河:NHK高校講座言語文化の時間です。皆さんご機嫌いかがですか?河実里夏です。今回から4回にわたって「折々のうた」に取り上げられた歌を読んでいきます。講師は山本章博先生です。よろしくお願いします。
山本:こちらこそよろしくお願いします。今回から読んでいく「折々のうた」は、詩人として、また評論家として著名な大岡信が、様々な日本の歌を取り上げて解説したものです。元々は1979年から2007年まで新聞に連載されたものですが、それが書籍としてまとめられています。この大岡信の解説文を参考としながら、様々な歌を読んでいきましょう。
河:はい。それでは今回の学習のポイントです。
1、『万葉集』について知る。
2、「淡海の海……」の歌を理解し鑑賞する。
3、「春の苑……」の歌を理解し鑑賞する。
以上の3つです。それでは学習を始めましょう。
山本:『万葉集』について知る。さて、歌謡といった日本の歌について学んでいきますが、皆さん歌は好きでしょうか?河さんはいかがですか?
河:はい、大好きです。
山本:はい。ポップス、ロック、演歌、童謡など、今はいろいろなジャンルの歌があります。ポップスやロックは西洋から入ってきたものですが、それ以前、日本人も古くから歌が大好きでした。その古い日本の歌を見ていきましょう。
河:はい、お願いします。
山本:今回は「折々のうた」の中から、『万葉集』の歌を取り上げます。日本における現存する最も古い歌集は『万葉集』です。どんな形の歌が入っているかというと、その大半は五・七・五・七・七の短歌形式です。この他にも五・七・五・七、五・七・五・七、五・七・七と長く続けていく長い歌、長歌も多く入っていますが、五音、七音のリズムが基本となります。『万葉集』にはいくつぐらいの歌が入ってると思おもいますか?
河:うーん、たくさん入ってそうですけど……何首ですか?
山本:全20巻、およそ4500首です。
河:4500。そんなに入っているんですか?
山本:そうなんです。随分と大規模な歌集ですね。この中で最も新しい歌が奈良時代の西暦759年に詠まれた歌ですので、『万葉集』が成立したのはその後ということになります。古い歌は7世紀前半、600年代前半まで遡ることができると推定されています。つまり『万葉集』は600年代前半から759年までのおよそ130年間の間に作られた歌ということになります。歌の作者は天皇、皇族、貴族が中心ですが、庶民の歌も見られるのが特徴です。東歌と呼ばれる歌がありますが、これは東国の庶民が歌っていた歌を元にしたものです。
河:東国ってどこなんですか?
山本:はい。東国とは現在の関東、また東北地方のことです。また防人歌というものが入っています。これは九州北部防衛のために祖国を離れることになった防人たちの嘆きの歌です。防人はもちろん貴族ではなく一般庶民です。誰がこの『万葉集』を編集したのかということははっきりとは分かっていませんが、この後に出てくる大伴家持が大きく関わっていたと考えられています。
山本:「淡海の海……」の歌を理解し鑑賞する。
それでは『万葉集』の歌を読んでみましょう。今回読む歌と解説文の朗読を聞いてください。朗読は高山久美子さんです。
(朗読:高山久美子)
柿本人麻呂
淡海の海
夕波千鳥
汝が鳴けば
情もしのに
古思ほゆ
「淡海の海」は琵琶湖。「夕波千鳥」は夕波に遊ぶ千鳥のことで、人麻呂の造語とされる。「しのに」は悲哀で心がしっとり濡れて、の意。近江の大津には天智帝が建てた都があったが、壬申の乱で壊滅した。人麻呂はこの乱後に詩人として大成した人だが、近江に赴いて荒都鎮魂の歌を詠むなど、古の都、人を悲傷する思いが一際は深かったらしい。右の歌の調べ、そういう心情を巧みに言葉に盛っていて、心にしみる調べがある。
山本:まずは柿本人麻呂の歌です。百人一首に「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を独りかも寝む」という歌が選ばれていますね。では解説文を参考としながら解釈していきましょう。
「淡海の海」は現在の滋賀県にある琵琶湖のことです。「夕波」は文字通り夕方の波のことで、「千鳥」は千鳥科の鳥の総称です。この千鳥は餌を漁るために海辺や河口に群れるのが特徴的な鳥です。夕方の琵琶湖に波が立ち、そこに千鳥の群れが飛んだり、その波に浮いたりして遊んでいる、そのような風景を想像することができます。
河:のどかな風景ですね。
山本:そうですね。「汝が鳴けば」の「汝」は相手を呼ぶ時の言葉で「あなた」「お前」という意味です。
河:この「汝」って誰なんでしょうか?
山本:はい。下に「鳴けば」とあるので千鳥のことですね。千鳥をお前たちが鳴くと、ということになります。「情もしのに」の「しのに」は聞き慣れない言葉ですね。これは解説文にあるように、悲しみで心がしっとり濡れるという意味になります。「古思ほゆ」。「古」は昔のこと。「思ほゆ」は「思う」と似た言葉ですが、「自然と思われる」「感じられる」という意味になります。ここでは「昔のことが思われる、思い出される」というのです。全体の意味をまとめてみましょう。
「琵琶湖に夕方波が立ち、そこに千鳥が群れて飛び回っている。千鳥よ、お前たちが鳴くと、心がしんみりとするほどに、昔のことが思われるのだよ」となります。
河:なんか寂しい感じがしますね。
山本:そうですね。作者の人麻呂は「心もしのに」と言っていますが、風景を想像しても、夕方の湖だけで何か寂しい感じがしますね。千鳥は冬によく見られる鳥ですので、冬の寒い日と考えて良いかもしれません。しかも千鳥の鳴き声が寂しく響き渡っているようにも想像できますね。
河:昔のどんなことが思い出されるのでしょうか?
山本:はい。人麻呂がいる場所は「淡海の海」、つまり近江の古都のようです。
河:琵琶湖ですね。
山本:この場所は昔、都がありました。この都について解説文の後半に書かれていますね。「近江大津宮」などと呼ばれる都です。中大兄皇子はこの大津の宮で即位して天智天皇となりますが、遷都からわずか4年後の671年に亡くなってしまいます。そして天皇の後継者を巡って「壬申の乱」という内乱が起き、それによって都は壊滅し荒廃していきました。
河:その都を思い出しているんですか?
山本:そういうことですね。人麻呂はすでに荒廃している都があった場所にいて、その都が栄えていた時のことを思い、その短命に終わった都の運命を悲しんでいる。人麻呂はこの近江の都への思いが一際は強かったようなのです。千鳥は昔と変わらずにこの湖で鳴いているけれども、都はもうすでにない。その変わらない千鳥と変わってしまった都との対比が、この歌を一層寂しく感じさせているのです。
山本:「春の苑……」の歌を理解し鑑賞する。
次の歌は『万葉集』の編集にも大きく関わったとされる大伴家持の歌です。
(朗読:高山久美子)
大伴家持
春の苑
紅匂ふ
桃の花
下照る道に
出で立つ乙女
巻頭に、春の園の桃と李を眺めて作った歌二首を掲げるうち、桃の歌。家持34歳、当時の3月1日、国守だった越中での作。「にほふ」は色美しく映える意。家持は植物好きだったらしい。庭にいろいろな花木も植えていただろう。ただ、この有名な歌、実景だろうか。桃は満開だったとしても、少女は家持が呼び出した夢の乙女ではないのか。歌からの想像で、確たる根拠はないのだが。
山本:「春の苑」は草原、果物、野菜などを栽培するための土地のことです。「紅匂ふ桃の花」。「紅」は赤い色です。「紅匂ふ」。つまり「赤い色に匂う」ということです。
河:赤い色の匂いってどういうことでしょうか?
山本:はい。この「匂ふ」は解説文に「色美しく映える」とあるように、鮮やかな色が明るく映えることを表す言葉です。つまり桃の花が赤く鮮やかに照り輝いているという意味になります。現代語の「匂う」は香りがするという意味で使いますが、元々は視覚的な美しさを表す言葉でした。
河:現代語とは意味が全然違うんですね。
山本:はい。「下照る」はその桃の鮮やかな輝きが、その桃の木の下を照らしているようだということです。「出で立つ乙女」は、乙女がその桃の木の下に出てきて立っているということになります。全体を通してイメージすると、「春の苑に赤い桃の花が色鮮やかに照り輝いている。その花の輝きは樹木の下の道を照らし、そこに少女が立っている」。こんな感じですね。
河:さっきの歌とは全く違って、明るくて華やかな感じがする歌ですね。
山本:そうですね。さて、ここで詠まれている春の花は、桜でも梅でもなく桃ですね。桃はどんなイメージがありますか?
河:桃と聞くと果物が先に出てきますが、お花もたくさんで可愛らしいイメージです。
山本:なるほど。この桃は繁殖力が強く、災いを払う、良くないことを追い払う力を持つ植物と信じられていたようです。3月3日はひな祭りですが、平安時代になると桃が盛んに飾られるようになりました。それも桃の持つ力にあかろうとしたものでしょう。また「桃源郷」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。桃は桃の字、源は源という字で書きます。これは元々中国の言葉ですが、この世とは異なる理想的な世界、理想郷を意味しますね。その理想郷のイメージとして桃源郷の「桃」、つまり桃がイメージされているのです。中国において桃は神聖な植物であったようです。
河:そうですね。
山本:この家持の歌に詠まれた、桃の花が咲き誇り少女が立つ光景は、まるでこの世とは別世界のような美しさで、理想郷のような雰囲気があるように感じますがいかがでしょうか?
河:はい。桃の花で色鮮やかなイメージで、現実とかけ離れたイメージがします。
山本:はい。さて、この桃の木の下にいる少女は1人でしょうか?あるいは何人かの少女でしょうか?河さんはどう思いますか?
河:はい、2人くらいですかね。
山本:なるほど。私は一人の少女をイメージしていたのですが、2人3人であっても良さそうですね。少女たちが何か楽しく話をしているとイメージすると、さらに明るい雰囲気の歌になります。またこの少女は実際にはいなかったのかもしれません。解説文で大岡信は、「少女は家持が呼び出した夢の乙女ではないのか」と言っていますね。もしかしたらそうかもしれません。あれこれとイメージしてみて、その違いを楽しむと良いでしょう。
それでは今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは
1、『万葉集』について知る
2、「淡海の海……」の歌を理解し鑑賞する
3、「春の苑……」の歌を理解し鑑賞する
この3つでした。
今回は『万葉集』について学びました。『万葉集』は奈良時代、700年代後半の成立で、600年代前半からおよそ130年間の歌の中から、およそ4500首を選んでまとめたものでした。その中から『万葉集』の代表的な歌人である柿本人麻呂と大伴家持の歌を解釈し鑑賞しました。是非『万葉集』の他の歌も読んでみてください。
河:さて今回は山本先生と「折々のうた」、『万葉集』を読みました。山本先生、ありがとうございました。
山本:ありがとうございました。
河:NHK高校講座言語文化、河実里夏と山本章博先生でお送りしました。