[♪ オープニング音楽]
木本: NHK 高校講座、言語文化の時間です。
木本: 皆さん、ご機嫌いかがですか。木本 景子です。今回は前回に引き続いて『児のそら寝』の後半を読みます。前回はぼた餅が出来上がったところまででしたね。続きはどうなるんでしょうか。講師は 吉田 茂 先生です。よろしくお願いします。
吉田: こちらこそよろしくお願いします。
[♪ 音楽]
木本: 前回は『児のそら寝』の前半を読みました。内容も理解できて、児の心理の追跡が面白かったですし、とても楽しかったです。
吉田: はい。登場人物の心理を追跡し読み取るということは、現代文も古文も同じで楽しいことですね。前回はぼた餅が出来上がり、僧たちが集まって騒いでいるというところまででした。
木本: はい。なかなか気配りができる児でしたね。
木本: それでは、今回の学習のポイントを紹介しましょう。今回のポイントは
一、児の心理の追跡を続け、児と僧との駆け引きの面白さを味わう。
二、単語の分類を理解する。
三、僧が笑った理由を考える。
です。それでは、学習を始めましょう。
[♪ 音楽]
吉田: では、今回読んでいくところの朗読を聞きましょう。朗読は 高山 久美子さんです。
高山 (朗読):
この児、 定めて 驚かさむずらむと 待ちゐたるに、
僧 の、「物申し 侍はむ。 驚かせたまへ。」
と 言ふを、 嬉し とは 思へども、
ただ 一度に 答へむも、 待ちけるかともぞ 思ふとて、
今一声 呼ばれて 答へむと、 念じて 寝たるほどに、
「や、な 起こし 奉りそ。
幼き人は 寝入りたまひにけり。」
と 言ふ 声のしければ、
あな、 侘びし と 思ひて、
今一度 起こせかしと 思ひ寝に 聞けば、
ひしひしと、ただ 食ひに 食ふ 音のしければ、 術なくて、
無期の 後に、
「えい。」
と 答へたりければ、
僧たち 笑ふこと 限りなし。
[♪ ジングル]
表題: 児の心理の追跡を続け、児と僧との駆け引きの面白さを味わう
吉田: では、解釈をしていきます。
「この児 定めて 驚かさむずらむと 待ちゐたるに」。
この児は主語となる語ですから、前回触れたように現代語では「は」を補って「この児は」となります。
木本: はい、そうでしたね。
吉田: 「驚かさむずらむと」が難しいでしょうか。僧たちが自分を起こすだろうと、となります。
木本: 「驚く」というのはびっくりするという意味ではないんですか?
吉田: ここではびっくりする意の「驚く」ではなく、目が覚める、起きるの意味で用いられています。この意味に限定して言えば、古今異義語ということになります。
木本: 古今異義語は、古語の意味と現代語の意味とが異なる語を言うのでしたね。
吉田: はい、その通りです。他にびっくりする、はっと気づく、などの意味もありますから、古語の「驚く」は現代語よりも広い意味を持っています。ただここでは「驚かす」ですから、「起こす」「起こしてくれる」の意味になります。
「待ちゐたるに」は「待っていたところ」。 この児はきっと僧たちが自分を起こすだろうと待っていたところ、となります。
木本: ぼた餅ができたから起こしてくれると思っているんですね。
吉田: そうですね。そして僧が、「物申し 侍はむ。驚かせたまへ。」と言ふを、嬉しとは思へども。
「物申し 侍はむ」は「もしもし」という呼びかけの表現です。ぼた餅を作り上げた僧の一人が、「もしもし、お起きなさい」と児に声をかけてくれているのです。
木本: なるほど。だから「嬉し」なんですね。
吉田: そうなんです。でも児は嬉しいと思うけれども、「ただ一度に答へむも、待ちけるかともぞ思ふとて」。
「答へ」は「答える」の意ですから、ここは「たった一度で答えるのも、ぼた餅が出来上がるのを待っていたかと僧たちが思うといけないと思って」となります。
木本: 自分は行儀見習いだから軽く見られたくないという思いからでしょうか。
吉田: そうかもしれませんね。
「今一声 呼ばれて 答へむと 念じて 寝たるほどに」。
ここで注意する語は「念じ」です。
木本: 「念ずる」は現代語では神様などに願いを叶えてくれるよう祈るという意味ですよね。
吉田: そうですね。「念ず」には神や仏に祈るという意味もありますが、ここは「我慢する」の意味なのです。
木本: これは古今異義語の例ですね。
吉田: そうです。ですから「もう一度呼ばれたら返事をしようと我慢して、寝ているふりを続けるのです」。 この児は育ちが良いのでしょうか。また、行儀見習いがプレッシャーになっているんでしょうか。まだ返事をしないのです。
そして別の僧が「や、な 起こし 奉りそ。幼き人は 寝入りたまひにけり。」と言うのです。
木本: 何と言ったんですか?
吉田: 「おい、お起こし申し上げるな。幼い人は寝入りなさってしまった」と言ったんです。 ここの「な・そ」、これは重要な禁止表現ですので、少し気に留めておいてください。
木本: はい。
吉田: 児にとって困った声がかかってしまいました。それが「あな 侘びしと思ひて」で、 「あな」が「ああ」、「侘びし」が「困った」。「ああ、困ったと思って」 ということです。
そして「今一度 起こせかしと 思ひ寝に 聞けば」。 ここは主語がないので補って、「児は、もう一度起こしてくれよ、と思いながら寝て聞いていると」 となります。
木本: ぼた餅が出来上がったんですから、起こしてほしいですよね。
吉田: そうですよね。僧の一人が児に向かって「もしもし、お起きなさい」と声をかける。ところが児は僧に待っていたと思われるのを嫌って、もう一度声をかけられてから返事をしようと寝たふりを続けます。でも児の計算通りにはいきません。別の僧が「おい、お起こし申し上げるな。幼い人は寝入りなさってしまった」と言うのです。児はすっかり困ってしまいました。
僧の言葉、それに対する児の気持ちが読み取れ、児と僧との駆け引きの面白さを感じることができますね。
木本: はい。児の気持ちの変化が手に取るようにわかります。
[♪ ジングル]
表題: 単語の分類を理解する
吉田: ここでは単語について学習しましょう。
木本: はい。
吉田: 少し難しい言い方になりますが、単語はこれ以上分けられない言葉の最小単位を言います。 「私」とか「考える」とか「美しい」とかがそれです。
単語の次に小さな単位を文節と言います。 これは言葉として不自然でない程度に最小に区切った単位のことです。 具体的に例を挙げると、「今日も良い天気だ」の一文で、「今日も」「良い」「天気だ」と区切ったものを文節と言うのです。 単語に分けると、「今日」「も」「良い」「天気」「だ」となります。
木本: 「も」や「だ」は単語ですが、その語だけでは意味がわかりませんね。
吉田: そうですね。この例で言えば、「今日」「良い」「天気」のように、その語だけで意味がわかり文節となるものを自立語と言、 自立語と一緒になって初めて文節になる「も」や「だ」を付属語と言います。
ここで試みにこの一文を直訳的に古文に言い換えてみると、「今日も良き天気なり」 となります。今日、良き、天気が自立語で、も、なりが付属語になります。
木本: なるほど。文節や単語で見ると、現代語も古語も似ているんですね。
吉田: その通りです。中学校で単語は品詞に分類されると習いましたよね。改めて復習すると、品詞とは単語を意味的・文法的に分類したものを言って、古文で用いられる単語も現代語と同じく 10 の品詞に分類できるのです。
10 種類の品詞は、名詞、動詞、形容詞、形容動詞、副詞、連体詞、接続詞、感動詞、助動詞、助詞です。
木本: さっき出てきた今日、天気は名詞ですよね。
吉田: その通りです。名詞は主語になるもので、体の言と書いて体言と呼ぶこともあります。
そして良きは良いと同じで形容詞です。 文の中で述語になるものに動詞・形容詞・形容動詞があり、 これらを用いる言と書いて用言とも言います。
木本: 現代語と同じですね。
吉田: 副詞、連体詞、接続詞、感動詞は主語にならない自立語です。
木本: 『児のそら寝』に出てきた「あな 侘びしと思ひて」の「あな」は、「ああ」と訳したので感動詞ですね。
吉田: その通りです。ではさっき付属語と言った「も」「なり」。この品詞はわかりますか?
木本: 「も」は「私は」の「は」と働きが似ているので、確か助詞ですよね。 「なり」は「良い天気だ」と断定しているわけですから、助動詞ですか?
吉田: そうですね。自立語で用言と呼ばれる動詞、形容詞、形容動詞と、付属語である助動詞は語の形が変わります。 これを活用すると言いますが、 活用については次回の講座で学習しましょう。
[♪ ジングル]
表題: 僧が笑った理由を考える
吉田: 最後の部分を読んでいきましょう。
木本: 児は「もう一度声をかけてくれよ」と思いながら、寝たふりを
して聞いていたんですよね。
吉田: はい、すると「ひしひしとただ食ひに食ふ音のしければ」。この「ひしひし」はぼた餅を食べている擬音語です。木本さん、どう訳したらいいでしょうか?
木本: 食べている音なので、「むしゃむしゃ」がいいんじゃないでしょうか。
吉田: そうですね。僧たちは作り上げたぼた餅を「むしゃむしゃ」と、ただもうひたすら食べる音がしたので、 ということです。
「食ひに食ふ」は助詞の「に」をはさんで同じ動詞を用いた強調表現です。現代語の「待ちに待った夏休み」という表現と同じです。
木本: 現代の表現にも受け継がれているんですね。
吉田: その通りです。僧たちはすごい勢いでぼた餅を食べているのです。
「術なくて、無期の後に、『えい。』と答へたりければ、僧たち笑ふこと限りなし。」
「術」は漢字を当てると芸術の「術」を当てることができ、方法・手段の意味です。「術なくて」で「方法がなくて」、つまり「どうしようもなくて」 です。
「無期の後」は「長時間がたった後で」。 児が「えい」(「はい」)と返事をしたので、僧たちはこの上なく笑った、大笑いをした、というのです。
木本: なるほど。この「えい」には、「僕は起きていますよ、ぼた餅を食べたいよ」というような気持ちがこもっているのですね。
吉田: その通りです。初めに聞いた朗読にはその気持ちがよく表れていましたね。面白い場面でしょう。思わず吹き出した方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
皆さんは僧たちが笑った理由をどう考えますか? 木本さんはいかがですか。
木本: そうですね。児の返事がとても間の抜けたタイミングだったからかなと思います。
吉田: はい。また、児のことをどう思いますか?
木本: なんだか可愛いなと思いますね。こんな児だからぼた餅をたくさん食べさせてあげたいとも思います。
吉田: 木本さんはすっかり感情移入されていますね。
木本: 気づいていませんでしたが、そうですね。
吉田: ここで少し視点を変えて考えてみましょう。僧たちは児が「えい」と答えるまで、そら寝に気づいていなかったのでしょうか。
木本: そうですね。文章を素直に読むとそう読めますよね。
吉田: でも、想像をたくましくして読むと、僧はあるところでそら寝に気づいていたのではないかと思
木本きもと: なるほど。いろいろな解釈かいしゃくができそうですね。
吉田よしだ: 現代げんだいの小説しょうせつもそうですが、いろいろ解釈かいしゃくしながら読よむのが読書どくしょの楽たのしさですよね。僧そうの行動こうどうと児ちごの心こころの中なかの思おもいとが見事みごとに絡からみ合あって、緊張きんちょう感かんのある文章ぶんしょうとなっています。 そして、最後さいごに僧そうたちの笑わらいによって、その緊張きんちょう感かんが一瞬いっしゅんにして緩ゆるむという見事みごとな文章ぶんしょうです。
木本きもと: なるほど。
吉田よしだ: この健康けんこう的てきな笑わらいこそ説話せつわの魅力みりょくの一ひとつです。 また、世の中よのなか一般いっぱんの人々ひとびとの話はなしを多おおく載のせる『宇治うじ拾遺しゅうい物語ものがたり』の魅力みりょくの一ひとつになっています。
『児ちごのそら寝ね』はいかがでしたか?
木本きもと: このお話はなしは現代げんだいに通つうじるお話はなしかもしれませんね。
吉田よしだ: 確たしかに気きづかいをすることは決けっして悪わるいことではありません。でもそれが裏目うらめに出でて失敗しっぱいすることは、現代げんだいでもあることだと思おもいます。 そんなことにも気きづかされる説話せつわでした。
[♪ 音楽おんがく]
木本きもと: それでは、今回こんかいの学習がくしゅうのポイントを確認かくにんしましょう。
一いち、児ちごの心理しんりの追跡ついせきを続つづけ、児ちごと僧そうとの駆かけ引ひきの面白おもしろさを味あじわう。
二に、単語たんごの分類ぶんるいを理解りかいする。
三さん、僧そうが笑わらった理由りゆうを考かんがえる。
この三みっつでした。
吉田よしだ: 行儀ぎょうぎ見習みならいをする児ちごの、少年しょうねんらしい気きづかいが裏目うらめに出でて、僧そうたちに笑わらわれる結果けっかとなった話はなしですが、児ちごの心こころの中なかを示しめしている表現ひょうげんを追跡ついせきしていくと、嬉うれしさから困惑こんわくへと変化へんかするさまがよくわかりましたね。
木本きもと: はい、そうですね。現代げんだいの小説しょうせつもそうですが、登場とうじょう人物じんぶつの心理しんりを追跡ついせきしながら読よみ進すすめるというのは面白おもしろいですね。
吉田よしだ:** 内容ないようさえわかれば、古文こぶんも現代文げんだいぶんも同おなじです。単語たんごの分類ぶんるいについてはわかりましたか?
木本きもと: そうですね、少すこし難むずかしかったです。でも、品詞ひんしは現代げんだい語ごでも古語こごでも変かわらないのだというすることは理解りかいできました。
吉田よしだ: 同おなじ日本語にほんごですし、古語こごの延長えんちょう線上せんじょうに現代げんだい語ごがあるのですから、難むずかしく考かんがえずに古文こぶんに親したしんでほしいと思おもいます。
[♪ 音楽おんがく]
木本きもと: さて、今回こんかいは 吉田よしだ 茂しげる 先生せんせいと『児ちごのそら寝ね』の後半こうはんを読よみました。吉田よしだ先生せんせい、ありがとうございました。
吉田よしだ: ありがとうございました。
木本きもと: NHK 高校こうこう講座こうざ 言語げんご文化ぶんか。木本きもと 景子けいこと
吉田よしだ:** 吉田よしだ 茂しげるで
木本きもと: お送おくりしました。
[♪ エンディング音楽おんがく]