木本 景子:NHK 高校講座「言語文化」の時間です。今回は「短歌・俳句の読み方」。講師は 小山 志門 先生です。ご機嫌いかがですか?
小山 志門:小山です。今回は「短歌」と「俳句」の読み方を高校生の二人と一緒に勉強していきます。それでは自己紹介お願いします。
中田:中田です。よろしくお願いします。
六代:六代です。よろしくお願いします。
小山 志門:はい、よろしくお願いします。前回までで四回にわたって「短歌」と「俳句」について学習をしてきました。今回は「短歌・俳句の読み方」というテーマで、ここまでの学習ポイントも踏まえながら、短歌・俳句をより楽しむことを目指して学習していきましょう。
今回の学習ポイントは、
〈一〉声に出してみよう
〈二〉何を伝えようとしているのか考えよう
〈三〉自分ならどう表現するか考えてみよう
以上の三つです。
それでは始めましょう。
木本 景子:「声に出してみよう」。
小山 志門:短歌・俳句を読む時に一番大事にしてほしいのは、やはり声に出して読むことです。黙読をしてじっくり表現された内容を味わい理解していくのもいいですが、やはり韻文としてはリズムを体で感じるからこそ理解が深まるというものです。例えば、「短歌」の学習で出てきた 斎藤 史 さんの短歌を読んでみましょう。先に解釈をしておくと、視界が開けた丘の上で両腕を広げ、シャツが風を受けはためいている様子が、海賊のように勇ましく、これから新しい航海に出発しようとする、そんな様子だと詠っています。まずこれを声に出して読んでみましょう。それでは 六代 さん読んでみてください。
六代:はい。
岡に来て両腕に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた
小山 志門:自分で実際に読んでみたらどうですか?
六代:なんか前半が読みにくいですね。
小山 志門:そうですよね。読みづらいところはおそらく第二句です。五・七・五の真ん中が八音になっていることでリズムが崩れているんだと思います。そこでその八音「両腕に白い」のところを工夫して、なんとなく前向きで弾んだ気分を表すように読んでみたいところですね。
六代:どうすればいいのでしょうか?
小山 志門:その八音の「両腕に白い」のところの「白い」に注目をしてみましょう。そこの「白い」を音数通り「し・ろ・い」と三拍で読んでみてください。
六代:岡に来て両腕に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた。
小山 志門:これが普通に読んだ形んですが、それではなかなかリズミカルな感じにはなっていないんですよね。次にその「白い」を「しろい」と二拍で読んでみてください。
六代:岡に来て両腕に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた。
小山 志門:今のリズムで読んでみてどうでしたか?
六代:確かにタンタンと跳ねた感じがしました。
小山 志門:そうですよね。「もろて(両腕)に・しろい」。そうするとタンタンとスキップしたようなリズム感が生まれませんでしたか。
六代:はい。
小山 志門:その跳ねた感じ、広い丘の上をスキップで駆け抜けているような、短歌の内容に近づいたような読み方ができていましたよ。
それでは俳句の方も同じように声を出して読んでみましょう。種田 山頭火 の作品です。この俳句は「自由律俳句」と呼びました。五・七・五のリズムにとらわれず、表現も形式も取っ払って自由に書いたものです。皆さんならこれをどんなふうに読むでしょうか? それでは 中田 さん読んでみてください。
中田:
こんなにうまい水があふれてゐる
小山 志門:読んでみてどうですか?
中田:どこで区切っていいのかが分からないっていうところがありました。
小山 志門:そうですよね。この定型のリズムのなさが読みにくい感じになっているのかもしれません。情景をイメージしながら読んでみましょうね。種田 山頭火 が旅の間に詠んだ句でした。山々を歩き続け、相当喉が渇いた時に出会った水。「うまい水」ではなく「こんなに」うまい水です。この「こんなに」をどう読むかによって、山頭火 の気持ちに近づけるかもしれません。そこの「こんなに」を意識して、少し工夫をして読んでみてください。
中田:こんなにうまい水があふれてゐる……でしょうか?
小山 志門:そうですね。この今の「こんなに」の部分をもっと感情を込めてというか、喉が渇いた時に美味しい水に出会った、それが伝わるようにもっと味わい深く、印象的に読んでみましょうか。
中田:こんなに……うまい水が……あふれてゐる……でしょうか?
小山 志門:何度か読んでいくうちに情景をイメージしながら、その「こんなにうまい」の部分がその言葉に表れていくように工夫できるといいですね。例えば少し早めに読んでみたり、逆にゆっくり読んでみたり、または声色を変えてみたりして、読み方を変えて試してみるといいでしょう。
木本 景子:「何を伝えようとしているのか考えよう」。
小山 志門:「短歌」や「俳句」は心の叫びのようなものです。作者が生きていく中で心の中に湧き上がってきた感情を、それぞれの形式に託して表現しています。例えば次の短歌はどんな気持ちが詠まれたのでしょうか? 「短歌」の回で扱った 寺山 修司 の作品です。
(朗読)
ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
小山 志門:さて、地方から見ると東京は憧れのような存在として捉えられることがあります。私自身は京都出身なので気持ちが分かります。東京にしかない店、活気、文化、そういったものに憧れて人が集まってくるのです。地方にいた時には話していた方言が、東京生活で薄れていくということもよくあります。言葉も生き方も東京に染まっていく。そんな状況を目の当たりにした作者が詠んだ短歌です。一体どんな気持ちを短歌にしているのか読んでいきましょう。
まず、故郷を離れて生活を送る想像をしてみてください。中田 さんはどんな気持ちになりそうですか?
中田:故郷から離れる寂しさや不安がある中で、新しい土地での発見や人との交流への期待があると僕は思います。
小山 志門:六代 さんはいかがですか?
六代:私は言葉では表せないほどの辛さや悲しみを感じると思います。あ、けれど新たな仲間と出会えた喜びを感じる気持ちもあると思いました。
小山 志門:二人ともその新しい自由な生活に心躍る部分は感じていますね。でももう一方で、慣れ親しんだ土地や人から離れての生活は、やはり寂しさも伴います。お二人が話してくれた通りですね。
懐かしさや寂しさを感じながら故郷を思っている時、同じ故郷の仲間がどんどん東京に染まっていくとしたらどうでしょう? 故郷の訛りが薄れ、考え方や生き方のスタイルもすっかり都会風になってしまうんです。そんな場面を考えると、中田 さん、この作品に作者のどんな気持ちが読み込まれていると思いますか?
中田:故郷の訛りを隠して話している友達と、流行りのコーヒーを飲んで背伸びしている自分が重ねて見えた時に、こんなに「不自然」なものがあるかと感じた歌だと僕は思いました。
小山 志門:その「不自然さ」っていうのはどんな不自然さですかね。
中田:やはり故郷の訛りがまだ残っている友達が、東京に慣れようとして必死に東京で使っているような言葉を使っている中で、ふとしたところで訛りが見えてしまっている友人と、自分が普段飲んでいない流行りのコーヒーを飲んで、お互いが普段慣れていないことをしているっていうところが不自然なように見えたと思います。
小山 志門:そうですよね。なんか無理して都会に染まろうとしているような部分も感じられてしまう。六代 さんはいかがですか?
六代:生まれ育った故郷で長く時間を共に過ごした友達と、久しぶりに会った時の情景が描かれていると思います。自分は現在住んでいる土地にはあまり慣れていないのに、友達は新たな土地にすっかり染まっていた。自分だけ土地に慣れていない「悲しさや悔しさ」を感じたり、故郷で一緒に時を過ごした時間を恋しく思う気持ちなどが重なり、モカ珈琲がとても苦く感じたという心情が表れていると思いました。
小山 志門:お二人は故郷とか慣れ親しんだ土地を離れるっていうような経験はありますか? 中田 さんいかがですか?
中田:僕はそのような経験がないんですが、もしそのようなことがあった場合、やはり新しい土地ではうまく馴染めていけずにどうしたらいいんだろうと思うところはあると思います。
小山 志門:六代 さんはいかがですか?
六代:私は今まで三回ほど引っ越しをしたので、気持ちがすごい考えやすいなと思いました。
小山 志門:引っ越しされた時のこと思い出して、この自分が住み慣れた土地を離れた時は実際どんな気持ちがしましたか?
六代:初めは学校などで話す相手がいなくて一人ぼっちの自分を、自分で悲しく感じたこともあったんですけど、周りで出会った友達が話しかけてくれた時はすごく嬉しかったことを今でも覚えています。
小山 志門:やっぱり前の場所のことが恋しいなんて気持ちはありましたか?
六代:ありました。
小山 志門:やっぱりそういう気持ちと作者の故郷を思う気持ちに共通点はあるかもしれませんね。
六代:はい。
小山 志門:そうやってご自身の状況も重ねて想像をしていくと、より作品に描かれた心情も想像しやすいかなって思います。
木本 景子:「自分ならどう表現するか考えてみよう」。
小山 志門:それでは講座で取り上げた「短歌」「俳句」を自分ならどう表現するかを考えてみましょう。今回は 水原 秋桜子 の句を考えてみましょう。「来しかたや馬酔木咲く野の日のひかり」という句です。この句では「来しかた」はここまで来た道のりを表しています。例えばここまで来たんだなという振り返りです。今までの自分の歩みを振り返り、どんな心境にあるのかを想像しましょう。そしてその想像した心境を、どんな季節、どんな風景を用いたら表現できるか、実際に考えて表現をしてみましょう。
今回はお二人に事前に考えてきてもらいましたので、それを発表してほしいなと思います。まずは 六代 さん、お願いします。
六代:はい。
来しかたや朧月消え日のひかり
を考えました。
小山 志門:ありがとうございます。六代 さんは今の俳句、どんな風な心境とか風景を思い浮かべながら作ったんですか?
六代:今まで自分の将来の夢を明確には持っていなくて、どうしてもぼんやりとしてしまい、理想像がはっきりとはしていませんでした。しかし最近自分がやりたいことを見つけることができたので、自分の未来に希望が見えてきたという心情を表しました。
小山 志門:ありがとうございます。じゃあ次は 中田 さんお願いします。
中田:はい。
来しかたや春の筍日のひかり
小山 志門:中田 さんはどんな気持ちとかを込めて詠んだんですか?
中田:土の中からやっと頭を出した「筍」と、今までの自分を照らし合わせました。また「春の筍」は、中学生から高校生に進学した自分の姿を表しました。
小山 志門:実際に 水原 秋桜子 の句を土台に作り替えてもらったわけですけど、作るという作業のことをちょっと聞いてみたいなと思うんですが、今回こういう自分の言葉を生み出すというところでどんな風な感想を持ったかを聞かせてほしいなと思うんですね。まず 六代 さんどうでしたか?
六代:この短い文章の中で自分の思いを言葉に表すっていうのは難しいなと思う反面、自分の気持ちがどういう言葉に一番近いものになるのかというのを考えるのは楽しかったです。
小山 志門:その中でどんな風にしてこの「朧月(おぼろづき)」にたどり着いたかもちょっと教えてもらっていいですか?
六代:私は自分の今までの生き方を本当にぼんやりしていたなって思っていて、ぼんやりしているものに当たるような言葉って何だろうって考えた時に「朧月」っていう言葉を思いつきました。
小山 志門:中田 さんはいかがですか?
中田:筆者がどのように自分の心境を伝えようとしているかを汲み取って自分の俳句に生かす中で、五・七・五という中で自分の気持ちを表す難しさが分かりました。
小山 志門:中田 さんはどんな風にこの「春の筍」にたどり着いたのか教えてください。
中田:高校生になって大人には近づいたものの、まだ子供という場所なので、これからどんどん成長していくということから「筍」にしました。
小山 志門:実際に自分の思いを見つめる作業っていうのは結構難しいと思うんですね。お二人はその自分のことを見つめるところを前向きに取り組んでくれたので、それ自体すごいなとまず思いました。それを五・七・五の言葉に当てはめるっていう作業も結構難しいですよね。さらに自分がイメージしたものをぴったりくるものに置き換えるっていうのも難しさがあったと思います。それでも 六代 さんは「朧月」、中田 さんは「春の筍」と、自分なりの気持ちを表すものに置き換えられているっていうのも、とても素晴らしかったかなと思います。
ちなみに「朧月」も「春の筍」もぴったり春の季語ですね。「朧月」っていうのは春に出る月、湿度を含んだぼんやりとした月のことです。六代 さんの気持ちが、ぼんやりしたものが晴れたと伝えてくれましたが、まさにぼんやりした月が消え、春の眩しい光が差し込んでいる、そんな情景が思い浮かびますね。とっても良かったと思います。
六代:ありがとうございます。
小山 志門:中田 さんも、まだ子供なんだけど一歩大人に進んで、さらにぐんぐん成長していきたいという気持ち、「春の筍」という言葉で置き換えられていて、これからまさに筍はどんどん大きくなっていくようなイメージが伝わっていきます。
中田:ありがとうございます。
小山 志門:ぜひ皆さんも、俳句を作る、短歌を作るっていうのはとっても難しいんですけど、実は今お二人がやってくれたようにとっても楽しい作業でもあります。ぜひいろんな気持ちを五・七・五、この「短歌」や「俳句」のリズムに乗せて表現をしてみてほしいなと思いました。
今回は「短歌・俳句の読み方」を学習してきました。学習のポイントは、
〈一〉声に出してみよう
〈二〉何を伝えようとしているのか考えよう
〈三〉自分ならどう表現するか考えてみよう
でした。
実際に声に出して読んでみたり、作り替えてみたりしましたが、二人ともどうだったでしょうか? 中田 さんはいかがでしたか?
中田:声に出して読むことで「自由律俳句」という新しい読み方が分かりました。また作り替えてみて、筆者がどのように自分の心境を伝えようとしているかを汲み取る中で、自分の俳句にそれを生かしていき、さらに五・七・五という制約の中で自分の気持ちを表す難しさを知りました。
小山 志門:六代 さんはどうでしたか?
六代:短歌や俳句に日常接することがあまりないからこそ、読んだり作ってみたりすることが新鮮でとても楽しかったです。今回を機に俳句や短歌をもっと知りたいと思ったので、色々な作品を読んでみたいと思いました。
小山 志門:ここにお二人は真剣に止めてくれたので前向きにやってくれたと思うんですが、ぜひ放送視聴の皆さんも前向きに取り組んでくれるといいと思います。「短歌」や「俳句」っていうのは身近なものではないかもしれません。でもあまり身近ではないものは、なかなか普通に過ごしているうちに親しむことがありません。だからこそ逆に、身近でなかったものに触れ合う経験というのはとっても大事な機会かなと思います。今回の講座をきっかけに「短歌」「俳句」に触れるようにしてほしいと思います。
木本 景子:NHK 高校講座「言語文化」。講師は 小山 志門 先生でした。