河:NHK高校講座言語文化始まります。皆さんご機嫌いかがですか?河実里夏です。
今回は故事成語の「虎の威を借る」を読みます。
講師は渡辺恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺:渡辺です。よろしくお願いします。今回も一緒に楽しく漢文を学びましょう。
今回は3回目。「虎の威を借る」という言葉の元になったお話を読んでいきます。
まずは今回の学習のポイントを確認しましょう。
1、本文を声に出して読む。
2、漢字の意味に注意しながら、現代語に訳す。
3、話の背景と故事成語としての意味を理解する。
以上の3つです。では学習を始めましょう。
本文を声に出して読む。
渡辺:それではまず本文の朗読を聞いてください。朗読は高山久美子さんです。
朗読:
「借虎威」
虎百獣を求めて之を食らふ。
狐を得るに、狐曰はく、
子敢へて我を食らふ無かれ。
天帝我をして百獣に長たらしむ。
今子我を食らはば、是れ天帝の命に逆らふなり。
子我を以つて信ならずと為さば、
吾子の為に先行せん。
子我が後に随へ。
観よ、百獣の我を見て敢へて走らざらんや。と
虎以つて然りと為す。
故に遂に之と行く。
獣之を見て、皆走る。
虎獣の己を畏れて走るを知らざるなり。
以つて狐を畏ると為すなり。
渡辺:いかがでしたか?それでは初めから一緒に読み方を確認していきましょう。
まず始めの文を見ましょう。上の漢字から下の漢字へ、一字ずつ順序通りに読むのが大原則でしたね。ここには一二点の記号があります。順番は一を読んでから二でした。
河:えっと、「虎百獣を求めて」でしょうか。
渡辺:いいですね。そしてそのすぐ下にある「之」。これは置き字ですね。さ、置き字は飛ばして「之を食らふ」となります。次も二点が付いていますから同じように下から上へ「狐を得るに」ですね。そして「狐曰はく」と続きます。鍵括弧の中を読んでいきますよ。ここには一の下にレ点のついた一レ点が一緒になった記号がありますね。前回学習しました。レ点の下の文字を先に読んでから一二の順番でしたね。じゃあ気をつけて読んでいきましょう。
河:「子敢へて我を食らふ無かれ」でしょうか。
渡辺:その通りです。最後の「なり」という字はここでは置き字ですから読みません。さ、次の文には一二三点がありますよ。まず記号のついた漢字は飛ばして記号がついていない漢字をどんどん上から読んでいきますよ。
河:そうすると「天帝」は「我をして」一、二、「百獣に」ですね。
渡辺:はい。そうです。最後に読んだ「百獣に」には一の記号がついていますから、一を読んだらすぐに二の記号のついている「長たら」を読み、さらに三の記号のついている「しむ」を読んで、「我をして百獣に長たらしむ」となるのです。さて次の文ですが、レ点、一二点がありますが、もう大丈夫ですね。
河:えっと、「今子我を食らはば、是れ天帝の命に逆らふなり」です。
渡辺:そうですね。さっき出てきた時は「也」という字を置き字として読みませんでしたが、ここでは「なり」と読みます。次の文を見てください。
河:あ、レ点が4箇所も出てきます。
渡辺:そうですね。でも安心してください。レ点の原則通り下から上、下の文字から上の文字にひっくり返って読めば大丈夫です。「子我を以つて信ならずと為さば、吾子の為に先行せん」となります。次の文に行きます。一二の順番ですよ。「子我が後に随へ」でいいですね。
次の文はレ点に注意して「観よ、百獣の我を見て」と読みます。我の下にある文字、これは置き字ですから飛ばして、下の文字「敢へて」を読んで、さらにその下の文字「走らざらん」を読もうとしたら、あれ、「走らざらん」にはレ点が付いていますね。どう読めばいいんですか?
河:はい。下の文字を先に読んで「走らざらんや」となるわけです。
渡辺:はい、これで狐の会話が終わりました。次の3つの文はそれぞれレ点が一つずつあるだけですから、先ほどと同じようにレ点のところは下の文字から上の文字へと読んでいきましょう。一つ目の文はどうなりますか?河さん。
河:はい。「虎以つて然りと為す」。で、二つ目は「故に遂に之と行く」でしょうか?
渡辺:はい、その通りですね。二つ目の文では「与」という漢字を「と」と読みますので要注意です。そして三つ目は「獣之を見て、皆走る」となりますね。
次の文にはレ点と一二点が使われています。ゆっくりいきますよ。「虎獣の己を畏れて走るを知らざるなり」です。
河:ちょっと複雑ですね。
渡辺:そうでしたね。でもゆっくり読めば大丈夫ですよ。では最後の部分です。「以つて狐を畏ると為すなり」。これで全体が読めました。
漢字の意味に注意しながら、現代語に訳す。
渡辺:「虎の威を借る」の内容を見ていきましょう。この話も前回学習した「守株」とほぼ同じ時代、紀元前のお話なんです。では河さん一文ずつ読んでくださいね。
河:はい。「虎百獣を求めて之を食らふ」。
渡辺:はい。「百獣」の百というのは単に100という数字ではなく、「たくさんの」「多くの」という意味です。求めるは「探し求める」ということ。虎が多くの獣を探し求めては食べていた、と訳します。
河:「狐を得るに、狐曰はく」。
渡辺:はい。虎が狐を捕まえた時に、その狐が言うには、と話が始まります。さて、狐の言った内容がここからの内容です。
河:「子敢へて我を食らふ無かれ」。
渡辺:はい。この「子」は「あなた」という意味。「敢へて~無かれ」は「決して~するな」という強い禁止を表します。ですからここは「あなたは、決して私を食べてはいけません」としましょう。
河:「天帝我をして百獣に長たらしむ。今子我を食らはば、是れ天帝の命に逆らふなり」。
渡辺:はい。「天帝」は天の神のこと。古代中国では地上の全ての物は天帝が支配していると考えられていました。そしてこの文で使われている「AをしてBしむ」という表現は漢文独特の言い回し(使役)です。ここは「天の神が、私(狐)が百獣の長であるようにした」と訳します。そして次にある「今」という漢字。これは現在でも「今仮に」という言い方があるように、仮定の意味を表します。もし、あなた(虎)が私(狐)を食べたならば、それは天の神の命令に逆らうことになります。狐は逃れたいので自分が百獣の長、つまり百獣の王だと言い切っていますね。
河:「子我を以つて信ならずと為さば、吾子の為に先行せん」。
渡辺:はい。この「我を以つて信ならずと為さば」という部分も漢文の独特の言い回しです。あなた(虎)が私(狐)の言うことを本当でないと思うならば、と訳します。そして、私(狐)はあなた(虎)のために先に立って歩いてみましょう、と言っているのです。あなた(虎)のために、というのはもちろん虎の疑いを晴らすためということです。狐が百獣の王だなんて虎だけでなく私たちも信じられませんよね。続けて狐の言葉を見ていきましょう。
河:「子我が後に随へ」。
渡辺:はい。あなた(虎)は私の後ろからついて来なさい、ですね。
河:「観よ、百獣の我を見て敢へて走らざらんや」と。
渡辺:ここでは観察の「観」を「観よ(みよ)」と読ませています。「念を入れてみる」「注意してみる」という意味です。狐は虎に念を入れてじっくり見て欲しいと言っているのです。「走る」は「逃げる」という意味です。そして「敢へて走らざらんや」がちょっと訳しにくいですが、これも漢文独特の言い回し(反語)です。ですからここは、じっくり見なさい、多くの獣たちが私(狐)を見て、どうして逃げないことがあろうか。(いや、必ず逃げます)と訳せるわけです。これを反語形と言います。狐は自分は百獣の王、私(狐)の姿を見ただけで多くの獣たちが逃げ出すから、虎にその様子を観察してほしいと頼んでいるわけです。
一方話を聞いた虎の様子は「虎以つて然りと為す」と書かれています。「然り(しかり)」とは「なるほどその通りである」という意味ですから、虎は狐のことをその通りであると思った、と訳しましょう。
河:「故に遂に之と行く」。
渡辺:はい。「故に」は「そこで」、「遂に」は「そのまま」「つまり狐の提案通りに」という意味です。「之と行く」の「之」はもちろん狐のことですね。そこで、そのまま狐と一緒に歩いて行った、となります。
河:「獣之を見て、皆走る」。
渡辺:その結果、獣たちは、それを見て皆逃げた、ですね。
河:「虎獣の己を畏れて走るを知らざるなり。以つて狐を畏ると為すなり」。
渡辺:はい。虎は獣たちが(本当は)自分(虎)を怖がって逃げているのだとは知らなかった。(虎を怖がっているのを)狐を怖がって(逃げて)いるのだと思ったのである。
話の背景と故事成語としての意味を理解する。
渡辺:さて最後は「虎の威を借る」がどういう場面で用いられたのかを学びましょう。
河:どういう場面ですか?
渡辺:はい。ある国に王から軍事政治を任されている大臣がいたんです。その大臣は諸国からその実力を畏れられていました。そんなある日、王が家来たちに向かって「諸国は王の私でなく、大臣を怖がっていると聞くが、本当はどうなのか」と尋ねます。
河:どう答えたんですか?
渡辺:そんな時に、他国から送り込まれた工作員が、王と有能な大臣との仲を裂くために、この「虎の威を借る」の話を持ち出すのです。つまり工作員は有能な大臣を「狐」になぞらえ、王を「虎」になぞらえて、「大臣は王の権威をかさに着ているだけの人物だ。諸国から本当に畏れられているのはもちろん王である」と発言し、王を満足させて王に取り入ろうとします。また一方、有能な大臣については「王の権力をかさに着ているだけの人物だ」と批判して陥れようとするのです。
この話から「虎の威を借る」の意味は、「他人の権威をかさに着ていばる」ということです。また「虎の威を借る狐」と「狐」がつくと、「他人の権威の陰に隠れていばる小人物」のことを言います。
河:なるほど。そういうことなんですね。
渡辺:はい。このように故事成語の元になっている話を知ると、漢文が楽しくなることはもちろん、言葉をより正しく使えるようになりますよね。
それでは今回の講座のポイントをまとめましょう。学習のポイントは
1、本文を声に出して読む。
2、漢字の意味に注意しながら、現代語に訳す。
3、話の背景と故事成語としての意味を理解する。
の3つでした。
今回は訓読のきまりに従って本文を読めるように学習し、本文の内容を現代語に訳しました。そしてこの話が生まれた背景を学んで、「虎の威を借る」の意味を理解しました。
河:さて、今回は渡辺恭子先生と故事成語の「虎の威を借る」を読んできました。渡辺先生、ありがとうございました。
渡辺:ありがとうございました。
河:NHK高校講座言語文化、河実里夏と渡辺恭子先生でお送りしました。