河:
NHK高校講座、言語文化。始まります。
皆さん、ご機嫌いかがですか? 河実里夏です。
今回は、故事成語の「五十歩百歩」を読みます。
講師は、渡辺恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺:
渡辺恭子です。よろしくお願いします。今回も一緒に楽しく漢文を学びましょう。
今回学習する文章は、「五十歩百歩」です。
河:
「五十歩百歩」は、現在もよく使いますよね。
渡辺:
そうですね。皆さんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。
それでは、今回の学習のポイントを確認しましょう。
1、本文を声に出して読む。
2、「五十歩百歩」の現代語訳と、故事成語としての意味を考える。
3、この話から、孟子が恵王に言いたかったことはなにか。
以上の3つです。では、学習を始めましょう。
(音楽・SE)
河:
1、本文を声に出して読む。
渡辺:
それでは、本文を訓読のきまりに従って読むことから始めましょう。
まず、本文の朗読を聞いてください。朗読は、高山久美子さんです。
朗読:
「五十歩百歩」
孟子対へて曰はく、
「王戦ひを好む。請ふ戦ひを以つて喩へん。
塡然として鼓し、兵刃既に接す。
甲を棄て兵を曳きて走る。
或いは百歩にして後に止まり、或いは五十歩にして後に止まる。
五十歩を以つて百歩を笑はば、則ち何如。」
王曰はく、「不可なり。
直だ百歩ならざるのみ。
是も亦走るなり。」と。
渡辺:
いかがでしたか? 皆さん、ついて来られましたでしょうか。
それでは、初めから訓読のきまりに従って、一緒に読み方を確認していきましょう。
ではまず題名から、「五十歩百歩」と読みましょう。
初めの一文の漢字には、返り点の記号が一つもついていませんね。
河:
そうですね。ですから、上の漢字から下の漢字へ、順序通りに読んでいけばいいのです。
「孟子対へて曰はく」、でいいですよね。
渡辺:
次に、鍵括弧の中を見ましょう。上の漢字から一字ずつ見ていきますよ。
河:
何も記号のついていない漢字は、すぐ読んでいいんでしたよね。
渡辺:
そうです。一番上の「王」には記号がついていないので、すぐに読みます。
次にその下、この「好」むの左下には、レ点の記号がついています。河さん、どうするんでしたか?
河:
はい。レ点は、すぐ下の漢字を読んでから、上の漢字に返って読む記号ですよね。
渡辺:
そうですね。ですからここは、「王 戦ひを好む」となります。
続けましょう。また上から順番に読んでいきます。「請ふ」はすぐ読みます。
次の「以」つてには二点がついていますから、下の漢字「戦ひ」を先に読むんでしたよね。
ですからここは、「請ふ 戦ひを以つて喩へん」となりますね。
河:
次の文、返り点がありません。
渡辺:
はい。一気に読んでしまいましょう。「塡然として鼓し」です。
その下の漢字は、ここでは読みません。このように、訓読する時に置いてあるだけで読まない漢字のことを、「置き字」と言いましたよね。
河:
前に学習した「株を守る」でも出てきましたね。
渡辺:
その通りです。では、置き字を抜かして、さらに下を読んでいきましょう。
「兵刃 既に接す」となりますね。この辺は問題ないでしょう。
では次の文です。またレ点が出てきましたが、もう大丈夫ですよね。
河:
えっと…「甲を棄て 兵を曳きて走る」、でしょうか。
渡辺:
河さん、いいですよ。ここにも置き字がありますね。
次の文の漢字には、やはり返り点が一つもついていませんね。ですから、上の漢字から下の漢字へと、順序よく読んでいきましょう。ただし、置き字が二つありますから注意してくださいね。
河:
そうすると…「或いは百歩にして後に止まり、或いは五十歩にして後に止まる」でしょうか?
渡辺:
はい、その通りです。
次の文、鍵括弧の閉じるところまで見ていきましょう。
常に、上の漢字から一字ずつ下の漢字へと読んでいくのが基本ですよ。
初めの漢字は「以」つてですね。左下には「二」という記号がついています。「二」は「一」の記号のついた漢字の次に読みなさい、というきまりですから、ひとまず「以」つてを飛ばして、何も記号のついていない漢字を上から順番に読んでいきます。
すると、「歩」くという漢字に「一」という記号がついています。
河:
「五十歩を以つて」というように読むんですか?
渡辺:
あ、そうですね。次も同じで、一二点を使った読み方ですよ。
「百歩を笑はば」となりますね。続けて、「則ち何如」と読んで、会話が終わります。
次はそのまま、「王曰はく」です。
最後の鍵括弧の中、「不可なり」。次はまた置き字が出てきました。もう読めますよね。
河:
「直だ百歩ならざるのみ」です。
渡辺:
あ、いいですね。最後の漢字「耳」は、みみではなく「のみ」と読むので注意してくださいね。
さて、最後の一文です。記号がありませんから上から順番に。
「是も亦走るなり」でおしまいです。
いかがでしたか? 本文の読み方が理解できたでしょうか。
あとは何度も声に出して、ひたすら読み慣れることです。読めば読むほど、漢文が身近になってくるはずです。
(音楽・SE)
河:
2、「五十歩百歩」の現代語訳と、故事成語としての意味を考える。
渡辺:
それでは、本文を現代語に訳して、意味を考えていきましょう。
この「五十歩百歩」という話は、孟子という思想家と、恵王という国王との、二人の会話で成り立っています。
河:
いつ頃のお話なんですか?
渡辺:
時代は戦国時代。今から2300年ほど前の出来事です。
さ、始めから訳していきましょう。じゃあ河さん、一文ずつ読んでくださいね。河さんが読んだ文を訳しながら、説明していきますね。
河:
はい。「孟子対へて曰はく」。
渡辺:
「孟子がお答えして言うには」と訳します。
ここでは反対の「対」という漢字を、「こたえる(対へて)」と読ませていますね。実は反対の「対」を使う時は、目上の人の質問にお答えする場合、と決まっているんです。
次に、会話文の中を訳していきましょう。
河:
「王戦ひを好む」。
渡辺:
「王は戦争がお好きです」。
戦国時代というのは、絶えず戦争が行われていた時代なので、王の最大の関心は、いかにして勝つか、ということだったようです。
河:
「請ふ戦ひを以つて喩へん」。
渡辺:
「請ふ」は、「どうか~させてください」という決まりきった言い方です。
ですから、「どうか、私に戦争の話でたとえさせてください」。
戦争好きの王に戦争の話で例えるとは、孟子は話の持っていき方がうまいですね。
河:
「塡然として鼓し」。
渡辺:
「塡然」は、攻める時の太鼓の音、ドンドンぐらいで良いでしょうか。
それに「鼓し」、太鼓を打ち鳴らすこと、と続きますから、「ドンドンと攻め太鼓を打ち鳴らし」と訳します。
河:
「兵刃既に接す」。
渡辺:
「兵刃」とは、武器のことです。「兵」と言っても、ここでは兵士のことではありませんから気をつけてくださいね。それに「刃」は刃物ですから、この武器は刀や槍の類いですね。
それが「接す」、つまり交わる、ぶつかり合うので、戦いのまっただ中ということになります。「両軍の武器が交わりました」と訳しましょう。
河:
「甲を棄て兵を曳きて走る」。
渡辺:
この「甲」は、日本ではカブトの意味で用いますが、漢文では「鎧」のことです。鎧を脱ぎ捨てたんですね。
そして「兵」は武器、「曳きて」は引きずって、「走る」は駆け足のことではなく、逃走の意味で「逃げる」という意味なんです。
ですから、「鎧を脱ぎ捨てて、武器を引きずって逃げ出した」と訳しましょう。
漢文では、兵(武器)や甲(鎧)や走(逃げる)のように、現在の日本語とは意味が異なる場合がありますから、注意しましょうね。
河:
「或いは百歩にして後に止まり、或いは五十歩にして後に止まる」。
渡辺:
「或いは」は、「ある者」の意味ですよ。これはそのまま訳してしまいましょう。
「ある者は百歩逃げ出してから踏みとどまり、ある者は五十歩逃げ出してから踏みとどまりました」、でいいですね。
河:
「五十歩を以つて百歩を笑はば、則ち何如」。
渡辺:
いよいよ孟子の質問です。
つまり、五十歩逃げてから止まった兵士が、百歩逃げてから止まった兵士を、五十歩分マシだということで臆病者だと笑った場合は、どうでしょうか、と聞いているんです。「何如」は「どうでしょうか」という意味です。
河:
「王曰はく」。
渡辺:
「王が言った」、ですから王の答えです。
河:
「不可なり」。
渡辺:
王の判断によると「よくない」。五十歩逃げた兵士は、百歩逃げた兵士を笑えないというのです。
その理由が、その後に述べられています。
河:
「直だ百歩ならざるのみ。是も亦走るなり」。
渡辺:
この「直だ~のみ」は、「ただ~だけだ」という限定を表す言い方です。
ここをそのまま訳すと、「ただ百歩逃げたのではないだけだ」となります。
「是も」とは、もちろん五十歩逃げた者を指しています。
「五十歩逃げた兵士も、また逃げたのである」。
つまり、逃げたことに変わりがないよ、というのが王の判断だったんですね。
(音楽・SE)
河:
3、この話から、孟子が恵王に言いたかったことはなにか。
渡辺:
さて最後に、「五十歩百歩」の話を用いて、孟子が恵王に言いたかったことはなにかを考えてみましょう。
それを知るためには、今回学習した本文には書かれていない部分のお話を、しなくてはなりません。
今回学習した文章は、「孟子対へて」から始まっていますよね。「対へて」というからには、当然その前に、何か恵王の質問があるはずですよね。
河:
どんな質問があるんですか?
渡辺:
うん、気になりますよね。
その質問とは、「私は、日頃、人民のことを考え、心を尽くした政治を行っている。隣の国の王は、私のような良い政治を行っていない。それなのに、なぜ隣国の人民は私を慕って移住してこないのか。我が国の人口が増えないのはどうしてか」という質問なんです。
河:
その質問に、孟子はどう答えたんですか?
渡辺:
はい。この時代は初めに言ったように、戦国時代です。
どこの国の王も思いは同じで、国を豊かにし、兵力を増強して、国の勢力を拡大すること。つまり「富国強兵」が最大の望みなんです。恵王が民を増やしたいと願ったのも、兵士を増やしたいからに他なりません。
このような世の中にあっては、その場限りの良い政治など、人民にとっては嬉しくないのです。
人民本位の政治、生活の安定と、その上に道徳教育の充実、そして戦争のない世の中こそ、人民が喜ぶ政治であると孟子は主張します。
恵王の、その場だけの、小手先だけの良い政治は、五十歩逃げた兵士と、百歩逃げた兵士が「逃げた」という点で同じであるようなものだ。恵王の政治が五十歩だとしたら、隣の国王の政治は百歩で、恵王は少しはマシだけれど、根本的には変わらない。つまり、大差がないということを、この話を通して言いたかったのです。
河:
なるほど。そういうことなんですね。
渡辺:
はい。この後、孟子は王に意見を受け入れてもらえませんでした。
その後も諸国を巡り、あちらこちらで戦争のない政治を主張します。
しかし、富国強兵策に熱中する戦国時代の諸侯からは、現実に見合わないと、結局受け入れてもらえませんでした。
孟子はとうとう、諸侯への働きかけは断念し、故郷に帰って弟子の教育に一生を捧げたということです。
(音楽・SE)
河:
それでは、今回の講座のポイントをまとめましょう。
学習のポイントは、
1、本文を声に出して読む。
2、「五十歩百歩」の現代語訳と、故事成語としての意味を考える。
3、この話から、孟子が恵王に言いたかったことはなにか。
の3つでした。
渡辺:
今回は、訓読のきまりに従って本文を読んで、「五十歩百歩」の話を通して孟子が恵王に言いたかったことを考えました。
河:
さて、今回は渡辺恭子先生と、故事成語の「五十歩百歩」を読んできました。渡辺先生、ありがとうございました。
渡辺:
ありがとうございました。
河:
NHK高校講座、言語文化。河実里夏と渡辺恭子先生でお送りしました。