NHK高校講座 言語文化
(音楽)
ナレーション: NHK高校講座、言語文化。始まります。
河 実里夏: 皆さん、ご機嫌いかがですか?河 実里夏です。今回は故事成語の「守株」、「株を守る」を読みます。講師は、渡辺 恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺 恭子: 渡辺 恭子です。よろしくお願いします。今回も一緒に楽しく漢文を学びましょう。前回は「竜門に登る」のような短い文を勉強しました。いよいよ今回からは、内容的にまとまりのある文章を読んでいきます。
河 実里夏: はい。どんな文章なんでしょうか。楽しみですね。それでは今回の学習のポイントを確認しましょう。
1、故事・故事成語とは何か。
2、本文を声に出して読む。
3、「守株」の現代語訳と話の背景、故事成語としての意味を考える。
以上の3つです。では、学習を始めましょう。
(音楽)
河 実里夏: 故事・故事成語とは何か。
渡辺 恭子: さて、始めに故事について学習します。
河 実里夏: 故事、ですか?
渡辺 恭子: はい。故事とは、昔から伝わっている出来事や話のことです。では河さん、故事成語は何でしょうか?分かりますか?
河 実里夏: 昔から伝わっている出来事の成語、ですから……言葉、ですか?
渡辺 恭子: そうです。故事が元になって生まれた言葉という意味です。例えば、私たちは「これを完璧に仕上げようね」とか、「文章を推敲しようよ」という言葉を日常何気なく使っています。
河 実里夏: はい。使っていますね。
渡辺 恭子: うん。「完璧」はご存じの通り、完全無欠であることです。「推敲」は詩や文章を何度も練り直すことを言います。実はこの「完璧」や「推敲」も、中国の古い話から生まれた故事成語です。
河 実里夏: 「完璧」と「推敲」は中国生まれなんですね。
渡辺 恭子: そうなんですよ。それでは本文の朗読を聞いてください。朗読は松田 佑貴さんです。
松田 佑貴(朗読):
守株
宋人に田を耕す者有り。
田中に株有り。
兎走りて株に触れ、頸を折りて死す。
因りて其の耒を釈てて株を守り、復た兎を得んことを冀ふ。
兎復た得べからずして、身は宋国の笑ひと為る。
(音楽)
河 実里夏: 本文を声に出して読む。
渡辺 恭子: では早速、読み方を確認していきましょう。初めに題名ですが、「守株」と書いてあります。そして「守」という漢字の左下に、カタカナの「レ」の形をした記号、レ点がついていますね。さて、どっから読むのでしょうか。
河 実里夏: 下の漢字から上の漢字の順に読んで、「株を守る」ですよね。
渡辺 恭子: その通りです。訓読ばっちりですね。では、次に本文に入ります。一文ずつ区切って読んでいきましょう。
河 実里夏: はい。
渡辺 恭子: 初めの文の漢字には、題名に出てきたレ点の他に、一・二の記号のついた返り点がありますね。
河 実里夏: あ、そうですね。漢文は上の漢字から下の漢字へと、順番通りに一字ずつ読んでいくのが大原則でした。ですから、何も記号のない「宋」はそのまま順番に読んでいきますが、返り点があるところは返り点に従って、下から上に読むことになります。「宋」の次の「有(あり)」の左下には、「二(に)」という記号がついています。「二」は「一(いち)」の記号がついた漢字を読んだすぐ後に読みなさい、という決まりでしたね。ですから、ひとまず「有(あり)」の字は飛ばして、その下にある何も記号のついていない漢字を読んでいきます。
渡辺 恭子: すぐ下の漢字は「耕(たがや・す)」ですが、これにもレ点がついていますね。
河 実里夏: そうですね。ですから「耕」も飛ばして、さらに下の漢字を見ていくと、何の記号もついていない「田(でん)」という字があります。この「田」を読んだらすぐ上の「耕」を読み、さらに「田」の下の「者」へと続けて読んでいくのです。この「者」という漢字には、左下に数字の「一」という記号がついていますね。「一」は読む順番が来たら読んでいいんですけど、約束事がありました。河さん覚えていますか?
河 実里夏: はい。「二」の記号がついている漢字に戻るんですよね。
渡辺 恭子: その通りです。ですからここは「宋人に田を耕す者有り」と読むのです。さて、次の文は二文字目まで記号がありませんから、そのまま「田中に」と読みます。
河 実里夏: その次の漢字「有(あり)」の左下には、またレ点が付いていますね。
渡辺 恭子: ですから下の漢字から上の漢字へと読んでいくのです。「株有り」となりますね。次の文に行きましょう。これも上から一字ずつ順番に読んでいきますよ。記号のついていない漢字は「兎走りて」と順序通りです。そして次の「触(ふ・れる)」にはレ点が付いていますから、下の「株」を読んでから上の「触」に戻り、「株に触れ」となります。その次もまたレ点が出てきましたね。
河 実里夏: そうです。ですから「頸を折りて死す」となりますね。
渡辺 恭子: その下にある漢字(而)は読みません。こういう漢字を置き字というのでしたね。
河 実里夏: 置き字は飛ばして、その下の漢字を読んで丸(句点)になるんですよね。
渡辺 恭子: その通りです。では河さん、次の四つ目の文の前半、点(読点)までを、すでに学習したレ点、一・二点、置き字に注意しながら、上から順番に読んでみてくださいね。
河 実里夏: えっと、そうすると……「因りて其の耒を釈てて株を守り」ですね。
渡辺 恭子: そうです。点・読点の後の後半部分は一・二点を使っています。初めの漢字「冀ふ」には「二」の記号が付いていますから、とりあえず飛ばして下の「復た」を先に見ますよ。
河 実里夏: 先生、その下の「得(う・る)」と「兎」には「一」の下に「レ」のついた記号があります。これはどうすればいいんでしょうか?
渡辺 恭子: ああ、これは初めて出てきた記号ですね。さて、この場合「一」を優先させるのでしょうか?それとも「レ点」を優先させるのでしょうか?皆さんはどちらと思いますか?正解はレ点です。まずレ点に従って読むんですよ。そうするとここは、「復た兎を得んことを冀ふ」となりますね。
河 実里夏: はい、最後の文です。上の漢字から一字ずつ下に降りていきましょう。まず記号のない「兎」を読んで、次の「可(べ)し」にはレ点がついているので飛ばして、その下から「復た」を先に読むんですよね。
渡辺 恭子: でもその「復た」の左下にも「二」という記号がついていますね。ですから「復た」もひとまず飛ばして、「得(う・る)」を先に読みます。「得」という漢字の左下には「一」の記号が付いていますね。ですから読んだら上の「二」の点がついている「復た」に返って読むのです。そうすると、「兎復た得べからずして」となりますね。
河 実里夏: 「得」のすぐ下にある漢字(而)ですが、これは読まない漢字、置き字でしたね。その下の文は先ほどと同じ一・二点を使っていますので、「身は宋国の笑ひと為る」でおしまいです。
(音楽)
河 実里夏: 「守株」の現代語訳と話の背景、故事成語としての意味を考える。
渡辺 恭子: それでは全文を訳してみましょう。今から二千三百年ほど前の出来事です。では河さん、漢文を読んでくれますか?その後私が現代語に訳していきますね。
河 実里夏: はい。「宋人に田を耕す者有り」。
渡辺 恭子: 「宋の国の人に、畑を耕す者がいた」。「田」とは畑、耕作地のことです。日本のように水田だけを指すのではありませんから、「でん」と読まずに「た」と読み(お読み)しています。
河 実里夏: 「田中に株有り」。
渡辺 恭子: 「畑の中に木の切り株があった」。「株」とは木の切り株のことです。ここまでは話のお膳立て、状況の説明ですね。そして登場人物の農夫に思いがけない事件が起こります。
河 実里夏: 「兎走りて株に触れ、頸を折りて死す」。
渡辺 恭子: 「ある日そこへ兎が走って来て、兎はその切り株に突き当たり、首の骨を折って死んでしまった」。「触れ」ては、ここは突き当たる、ぶつかるという意味です。この男はこうして、何もせずに楽に兎を手に入れることができたわけですね。次はこのラッキーな経験をした後の、農夫の行動が書かれています。
河 実里夏: 「因りて其の耒を釈てて株を守り、復た兎を得んことを冀ふ」。
渡辺 恭子: 「農夫はそこで、すきを放り出して(耕作をやめ)、切り株の番をし、再び兎を手に入れようと待ち望んだ」。「耒」は田畑を耕す道具のことです。「冀ふ」は願うこと。偶然兎が木の切り株にぶつかって死んだのを見た農夫は、もう一度ぶつからないかと、仕事もしないで切り株の番を続けるようになってしまいました。その結果、畑は荒れ放題です。
河 実里夏: 「兎復た得べからずして、身は宋国の笑ひと為る」。
渡辺 恭子: 「兎は二度とは手に入れることができず、彼自身は宋国中の人々の笑い者となった」。童謡に似たようなお話がありますよね。
河 実里夏: うん。そうなんです。童謡の「待ちぼうけ」は、実は「守株」の故事から採ったお話なんです。この「守株」のお話は、韓非という学者が書いた本の中に伝わる話です。韓非は紀元前二百三十三年まで活躍した学者です。
河 実里夏: 二千年以上前の人が伝えた話なんですね。
渡辺 恭子: そうなんです。すごいでしょ。ところで韓非は一体何を主張したかったのでしょうか。故事を持ち出した後、最後を次のように結んでいます。「成功した昔のやり方で今の民を治めようとする者は、ちょうどこの農夫が切り株をじっと見守っているようなものだ」。
河 実里夏: どういうことですか?
渡辺 恭子: はい。「昔のやり方をそのまま持ち込むのではなく、今は今に相応しいやり方で人民を治めるべきだ」と主張しているのです。そしてこの主張を君主に聞いてもらうために、分かりやすい例え話として、この間抜けな男の寓話が使われたのです。「守株」は、「いつまでも古いやり方にこだわって、新しいことに対処できないこと」、「進歩のないこと」として現在も使われています。
(音楽)
河 実里夏: それでは今回の講座のポイントをまとめましょう。学習のポイントは、
1、故事・故事成語とは何か。
2、本文を声に出して読む。
3、「守株」の現代語訳と話の背景、故事成語としての意味を考える。
の3つでした。
渡辺 恭子: 今回は故事と故事成語とは何かを学び、「守株」を訓読し、その意味と内容の深さと面白さを味わいました。
河 実里夏: 童謡の元になったお話だったんですね。
渡辺 恭子: そうですね。では今日は、北原 白秋作詞、山田 耕筰作曲の童謡「待ちぼうけ」を聞きながら、皆さんとお別れしたいと思います。
(童謡『待ちぼうけ』)
待ちぼうけ、待ちぼうけ
ある日せっせと野良稼ぎ
そこへ兎が飛んで出て
コロり転げた木の根っこ
待ちぼうけ、待ちぼうけ
しめたこれから寝て待とか
今日のご馳走は兎鍋
かけてくる兎にぶつかれ木の根っこ
待ちぼうけ、待ちぼうけ
昨日は兎、今日は兎
今日は今日とて待ちぼうけ
明日は兎の森のソト
待ちぼうけ、待ちぼうけ
元は涼しい黍(きび)畑
今の兎は藪の中
北風(こがらし)吹く吹く木の根っこ
河 実里夏: さて今回は、渡辺 恭子先生と故事成語の「守株」を読んできました。渡辺先生、ありがとうございました。
渡辺 恭子: ありがとうございました。
河 実里夏: NHK高校講座、言語文化。河 実里夏と渡辺 恭子先生でお送りしました。