NHK高校講座 言語文化
(音楽)
ナレーション: NHK高校講座、言語文化。始まります。
河: 皆さん、ご機嫌いかがですか? 河実里夏です。今回は「訓読の基本 その2」です。講師は渡辺恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺: はい、渡辺恭子です。よろしくお願いします。今回は訓読の基本の2回目です。前回、漢文は日本語のルーツだという話をしました。
河: はい。漢文が私たちが普段使っている言葉と関係が深いことを知って、さらに興味が湧きました。
渡辺: そうなんですよ。ですから難しく考えず、楽しく勉強していきましょう。
河: はい、では今回の学習のポイントです。
一、返読文字(へんどくもじ)について。
二、置き字(おきじ)について。
三、再読文字(さいどくもじ)について。
以上の三つです。
渡辺: 始まる前に一つ質問します。昔、寺子屋で漢文の読みを教える時に、こんな暗号を教えました。
「ヲ・ニとあったら返れ」。
この暗号にはどういう意味があると思いますか?
漢字の右下の送り仮名に注意しながら、この暗号の意味を考えてみてください。
今日の勉強しているうちに分かってきますよ。答えは後で教えますね。
河: うーん。どんな意味なんでしょうか。
(間奏)
渡辺: それでは学習を始めましょう。
返読文字について。
漢文には「志を立つ(立志)」などのように、日本語と語順が異なる場合があることを前回学びましたね。
例えば、「立志」と書いて「志を立つ」と、下の漢字から上の漢字に返って読むのでしたね。
では、「立志」を主語や述語、目的語などの関係で言うとどうなるんでしょうか?
河: 「立つ」が述語で、「志を」が目的語だと思います。
渡辺: はい、そうですね。
漢文では基本的には述語の後に目的語や補語が来ます。
目的語や補語というのは、分かりやすく言うと、「~を」「~に」「~と」という送り仮名がつく言葉のことです。
つまり、漢字にこのような送り仮名がついていたら、その漢字を読んだ後、上の漢字に返って読むのが普通です。
ところが、漢文には「返読文字」というのがあって、返読文字は「ヲ」「ニ」という送り仮名がついていなくても、下から返って読む決まりになっています。
では例文を見ていきましょう。河さん、ちょっと読んでみてください。
河: はい。
「少年老い易く学成り難し」。
「李下に冠を正さず」。
「他山の石、以て玉を磨くべし」。
渡辺: はい。いいですね。ありがとうございます。では一つずつ見ていきましょう。
まずは「少年老い易く学成り難し」です。
「少年老い易く学成り難し」の中で、「ヲ・ニ」と送り仮名がないのに、下から上に返って読んでいる文字がありますよね。それは何でしょうか? 河さん。
河: 「易く」と「難し」の二つですか?
渡辺: はい、正解です。この二つの漢字に返って読む「易(やす)し」「難(かた)し」には、「~を」「~に」という送り仮名がありませんよね。
それは河さんの指摘してくれた「易く」と「難し」が返読文字だからなのです。
この格言は、「わずかな時間(寸暇)を惜しんで勉強に励まなくてはならない」という教訓を表しています。
次の「李下に冠を正さず」を見てください。
この格言は、「立派な人はあらぬ疑いをかけられることがないように、慎重に行動する」という教訓を表しています。
この中で、「ヲ・ニ」と送り仮名がないのに下から読んでいる文字はありますか?
河: えっと、「ず(不)」ですか?
渡辺: はい、その通り。「ず(不)」の前に読む漢字「正さ」には、「~を」「~に」という送り仮名がありませんよね。
ですから「ず(不)」は返読文字ということになります。
では「他山の石、以て玉を磨くべし」はどうでしょうか? 河さん。
河: 「べし(可)」ですね。
渡辺: その通りです。ちなみにこの格言は、「他人の誤った言行も、自分の行いの参考になる」という教訓を表しています。
さて、返読文字の共通点ですが、返読というくらいですから、もちろんレ点とか一・二点とか、返り点がつくことです。
返読文字には他にも、「於(お)」、「自(より)」、「乎(かな)」、「所(ところ)」、「如(ごとし)」などの文字があります。
これから出てくるたびに覚えていきましょうね。
はい。ところで最初の暗号の「ヲ・ニとあったら返れ」ですが、河さん分かったでしょうか?
河: はい。先生がおっしゃっていた「~を」「~に」のことですか?
渡辺: そうですね。「ヲ・ニとあったら返れ」とは、「~を」「~に」「~と」という送り仮名がつく目的語や補語があったら、それを読んだ後に上の漢字に返れ、という暗号でした。
「ヲ・ニとあったら返れ」という言葉で覚えておいてくださいね。
(間奏)
渡辺: 置き字について。
次に置き字について学びましょう。
例えばさっきの「他山の石、以て玉を磨くべし」。「の」とか「以て」という漢字があるでしょう。
河: はい。ありますね。
渡辺: うん。このように文中や文末にあって、語と語の関係を表したり、言葉の調子を補ったりする語を助字(じょじ)と言います。
その助字の中に、読む必要がないものがあるんですが、それが置き字です。
ではまず三つ、格言を読んでみましょう。ちょっと河さん読んでみてください。
河: はい。
「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」。
「忠言は耳に逆らえども行いに利あり」。
「己の長を以て人の短を表すこと無かれ」。
渡辺: はい。ありがとうございます。
一つ目の「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」から説明しましょう。
「過ちて」の下に、「而(しかして)」という字、置き字という漢字がありますね。この字、読みましたか?
河: あ、読んでいませんね。
渡辺: 同じように「是を過ちと謂う」の、「過ち」の下に「矣(い)」という漢字がありますね。これも読んでいませんよね。
こういう読まない字を置き字と言います。
河: なぜ読まないんでしょうか?
渡辺: それはですね、漢文訓読では、前後の文字の送り仮名に、この助字(置き字)の持つ役割が含まれているからなんです。
例えば「過ちて」だったら、その「て」にあたる送り仮名が、字の意味を含んでいます。ですから読まなくていいんです。
文末の「矣(い)」も読みませんが、断定の意味を表しています。
河: なるほど。そういうことなんですね。
渡辺: はい。この格言は「過ちを犯して改善しないこと、それを本当の過ちという」という意味です。
では次に行きましょう。
「忠言は耳に逆らえども行いに利あり」を見ましょう。
「忠言は耳に」の上に「于(う)」がついています。読みましたか? 河さん。
河: 読んでいませんね。あと、同じ字が「行いに利あり」の「行いに」の上にもあります。これも読んでいませんよね。
渡辺: そうですね。それと「利あり」の上の「於(お)」という漢字。前の格言でもあった置き字という漢字も読んでいませんよね。これが置き字でしたね。
この格言は、「忠告の言葉は、素直に聞けないけれど、実際の行いの上で利益があるものだ」という意味になります。
では次の「己の長を以て人の短を表すこと無かれ」を見ましょう。
この中の置き字はどれですか? 河さん。
河: はい。上から六文字目の「而(しかして)」という漢字です。
渡辺: はい。この格言の意味は、「自分の長所を誇示することで、他人の短所をはっきり示すようなことをするな」ということです。
私たちも他人のことも自分と同じように大切にしたいですよね。
(間奏)
渡辺: 再読文字について。
再読文字は、「再び読む文字」と書きます。その文字の通り、一つの漢字を二回読む字ということです。
例えば「未来」は、「未」の左に「ず(不)」というルビが振ってありますね。
つまりこの文字は二度読む文字、再読文字であることを示しています。
河: へえ。一つの文字で二回読むんですね。
渡辺: そうなんです。最初に日本語の副詞的な読み「未だ(いまだ)」と読みます。
その後、さらにもう一度、返り点に従って助動詞的な読み「ず」を読んで、「未だ来たらず」となります。
これで「まだ~していない」という否定の意味を示しているのです。
では例にある漢文を河さん、読んでみてください。
河: はい。
「未だ学を好む者を聞かざるなり」。
「将にその職を辞せんとす」。
「時に及んで当に勉励すべし、歳月は人を待たず」。
「君故郷より来たる、応に故郷の事を知るべし」。
「過ぎたるは猶お及ばざるが如きなり」。
渡辺: それでは一つ一つ見ていきましょう。時間の関係で、ここでは再読文字の指摘と意味の確認のみにします。
再読文字は、その漢字の読み方と意味を覚えることが大切です。
まずは「未だ学を好む者を聞かざるなり」ですが、この中で再読文字はどれですか? 河さん。
河: 最初の文字「未だ(いまだ)」です。
渡辺: そうですね。読み方は「未だ~ず」で、「まだ~ない」という意味です。
次に行きましょう。「将にその職を辞せんとす」ですが、この中で再読文字はどれですか? 河さん。
河: これも最初の文字「将に(まさに)」です。
渡辺: その通りです。読み方は「将に(まさに)~んとす」で、「今にも~しようとする」、または「しようとした」という意味です。
三つ目に行きましょう。「時に及んで当に勉励すべし、歳月は人を待たず」の再読文字はどれですか? 河さん。
河: 上から三文字目の「当に(まさに)」ですね。
渡辺: そうですね。「当に~べし」と読ませて、「当然~すべきである」、「きっと~であろう」という当然や推量の意味で用いられます。
どちらの訳が良いかは文脈に沿って考えましょう。
四つ目を見ましょう。「君故郷より来たる、応に故郷の事を知るべし」です。
再読文字は上から六文字目の「応に(まさに)」です。
河: そうですね。「応に~べし」と読ませて、「当然~すべきである」、「きっと~であろう」という当然や推量の意味で用いられます。
渡辺: 次を見ましょう。「過ぎたるは猶お及ばざるが如きなり」です。
この再読文字は上から二文字目の「猶お(なお)」ですね。
河: そうですね。もう聞かなくても答えてくれますね。
「猶お~のごとし」、「猶お~がごとし」と読ませて、「ちょうど~のようだ」、「ちょうど~と同じである」という比況(ひきょう)の意味を示しています。
河: 先生、今取り上げた再読文字のある文を書き下し文にする時はどうしたらいいんですか?
渡辺: 河さん、いい質問ですね。
一度目はそのまま漢字を用いてオッケーですが、二度目の読みはひらがなにするのが決まりなんです。
覚えておいてくださいね。
再読文字というのは、一つの漢字で二度読むことのできる、とってもお得な文字のことでした。
ちょっと覚えるのは大変ですが、再読文字は漢文を読む上で大切ですから、一つ一つマスターしてくださいね。
(間奏)
河: それでは今回の講座のポイントをまとめましょう。
学習のポイントは、
一、返読文字について。
二、置き字について。
三、再読文字について。
の三つでした。
渡辺: 返読文字とは、「ヲ・ニとあったら返れ」の「ヲ・ニ」がないのに下から返って読む文字のことでした。
河さん、置き字は何でしたっけ?
河: はい。置き字は前後の文字の送り仮名で示され、読む必要がない助字のことでした。
渡辺: その通りです。そして再読文字とは、最初に副詞的な読みをして、さらにもう一度返り点に従って助動詞的な読み(動詞的な時もありますが)、そういう読み方をする漢字のことでした。
河さん、今日はどうでしたか?
河: はい、だんだん漢文が読めるようになって、かなり楽しくなってきました。
渡辺: まあ、それは嬉しいですね。次回はいよいよ長い文章、故事成語の漢文を学んでいきます。お楽しみに。
河: さて今回は、渡辺恭子先生と「訓読の基本 その2」というテーマで学習をしてきました。渡辺先生、ありがとうございました。
渡辺: ありがとうございました。
河: NHK高校講座、言語文化。河実里夏と渡辺恭子先生でお送りしました。