[オープニング音楽]
木本: NHK 高校講座、言語文化の時間です。
木本: 皆さん、ご機嫌いかがですか。木本 景子です。 今回から作品を読みながら学習を進<rt>すす</rt>めていきましょう。今回と次回で『児のそら寝』 というお話を読んでいきます。どんなお話<rt>はなし</rt>なんでしょうか。講師は 吉田 茂 先生です。 よろしくお願いします。
吉田: こちらこそ、よろしくお願いします。
[音楽]
吉田: 今回から 2 回にわたって読んでいく『児のそら寝』という話は、『宇治拾遺物語』 に収められている話です。
木本: 『宇治拾遺物語』 ですか?
吉田: はい。『宇治拾遺物語』は鎌倉時代の初期に成立しました。説話集 というジャンルに入る作品です。『宇治拾遺物語』には、こぶとりじいさん、舌切り雀、わらしべ長者の原話となる話などもあるのですよ。
木本: それらのお話は小さい頃に絵本で読んだことがあります。
吉田: 今挙げた三つの昔話から想像できると思いますが、説話集 とは昔話を集めたものと考えてよいでしょう。
木本: 昔話というと、昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました、で始まるお話ということですか?
吉田: そうです。ですから古文 といっても楽しんで読むことができるのではないでしょうか。皆さんも『児のそら寝』 に描かれる児、少年がどのような気持ちを抱いて、どのように行動したのか、考えながら読んでいきましょう。
木本: はい。
木本: それでは、今回の学習のポイントです。一、朗読を聞いた後、物語前半の内容を理解する。 二、五十音図、現代語訳する際の注意点<rt>てん</rt>を知る。 三、児の心理を追跡する。 以上の三つです。それでは、学習を始めましょう。
[Jingle/Title]: 朗読を聞いた後、物語前半の内容を理解する
木本: それでは、『児のそら寝』 の朗読を聞いてみましょう。朗読は 高山 久美子さんです。
これも今は昔、 比叡 の山に児 ありけり。 僧たち、宵のつれづれに、「いざ、かいもちひせむ。」 と 言ひけるを、この児、心寄に 聞きけり。 然りとて、しいださむを 待ちて 寝ざらむも、 わろかりなむと 思ひて、 方々に 寄りて、 寝たるよしにて、 出でくるを 待ちけるに、 既に しいだしたるさまにて、ひしめきあひたり。
この児、 定めて 驚かさむずらむと 待ちゐたるに、 僧 の、「物申し 侍はむ。 驚かせたまへ。」 と 言ふを、 嬉し とは 思へども、 ただ 一度に 答へむも、 待ちけるかともぞ 思ふとて、 今一声 呼ばれて 答へむと、 念じて 寝たるほどに、 「や、な 起こし 奉りそ。 幼き人は 寝入りたまひにけり。」 と 言ふ 声のしければ、 あな、 侘びし と 思ひて、 今一度 起こせかしと 思ひ寝に 聞けば、 ひしひしと、ただ 食ひに 食ふ 音のしければ、 術なくて、 無期の 後に、 「えい。」 と 答へたりければ、 僧たち 笑<rt>わら</rt>ふこと 限りなし。
吉田: 木本さん、朗読をお聞きになっていかがでしたか?
木本: 古文の美しいリズムを感じました。
吉田: そうですね。見事な朗読によって、古文の美しいリズムが伝わってきましたね。それでは、解釈していきましょう。
吉田: 「これも今は昔、比叡 の山に児 ありけり。」 「これも今は昔」という書き出しは、説話 によく用いられる表現です。説話集である『宇治拾遺物語』 の多くは、「これも今は昔」と書き出されています。
吉田: 次の「比叡の山」 ってどこの山なんでしょうか? 今の京都府と滋賀県の境にある比叡山のことです。ここでは比叡山にある延暦寺を指します。 児 は学問や行儀作法を身につけるために寺に預けられた少年です。 良い家の子供です。ですからこの一文を現代語訳すると、「今となっては昔のことだが、比叡山の延暦寺に児がいた」となります。
吉田: そして次は、「僧たち、宵のつれづれに、いざ、かいもちひせむ、と言ひけるを、この児、心寄に聞きけり」。 木本さん、この宵とはいつ頃を指すと思いますか?
木本: 今でも「宵の口」とか使いますよね。夜になって間もない頃でしょうか?
吉田: そうですね。現代語では日が暮れて間もない時間帯を指します。でも、古文に出てくる宵は、その時刻から今でいう夜中までのかなり長い時間を指すことが多いのです。
木本: ちょっと時間帯が違うのですね。
吉田: そうなんです。つれづれは、『徒然草』の書名と関係のある語ですが、やることがなく退屈<rt>たいくつ</rt>だ、という意味です。
吉田: そして、「いざ」は「さあ」、「かいもちひ」は今の「そばがき」などとする説もあるのですが、ここでは「ぼた餅」 と考えときましょう。「かいもちひせむ」は「ぼた餅を作ろう」ということですが、想像力を巡らせば「ぼた餅を作ろう」と解釈できるでしょう。
木本: なるほど。そういう風に解釈できるんですね。
吉田: 現代文を読む時もそうですが、古文でも想像力を巡らしながら読むことが大事ですよ。
吉田: 今は美味しいスイーツがたくさんありますね。ですから、ぼた餅はあまり喜ばれないでしょうが、当時は大変なご馳走でした。ですから、「さあ、ぼた餅を作ろう」と言ったのを、「心寄に聞きけり」。 木本さん、「心寄」は分かりますか?
木本: うーん。「心を寄せること」「好きになること」ではないですよね?
吉田: 「好きになること」という意味もありますが、ここでは「期待する」 の意です。この少年はぼた餅が仕上がるのを期待して聞いたということです。
吉田: 「然りとて、しいださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむと思ひて」。 「さりとて」は「そうかといって」、「しいださむを待ちて」は「作り上げるのを待って」です。「寝ざらむも」は難しい表現ですね。「寝ないのも」と訳します。「わろかりなむと思ひて」、ここも難しいですね。
木本: 「わろかり」って現代語では使いませんね。
吉田: 「わろかり」の「わろ」に漢字を当てれば「悪」、悪いという漢字を当てることができます。「悪し」に比べると程度は弱い語ですから、「きっとよくないだろう」と訳します。
木本: そうすると、現代語に訳すと、「そうかといって、作り上げるのを待って寝ないのも、きっとよくないだろうと思って」 となるんですか?
吉田: その通りです。さて、児 はどうしてそう思ったんでしょうか。皆さんはどうお考<rt>かんが</rt>えになりますか? 木本さんはいかがですか?
木本: そうですね。食いしん坊だと思われたくないとか、行儀が悪いと思われたくない、とかでしょうか?
吉田: その通りです。この児は行儀見習い のためにこの寺にいるのですものね。ですから、「方々に寄りて、寝たるよしにて」、 ここは「部屋の片隅に寄って、寝たふりをして」です。
木本: たぬき寝入りをしたわけですね。
吉田: はい。そして、「出でくるを待ちけるに、既にしいだしたるさまにて、ひしめきあひたり」。 できあがるのを待っていると、既に作り上げた様子で、「ひしめきあひたり」は僧たちが集まって騒いでいる、 ということです。
木本: なるほど。
吉田: 寝たふりなどをしなければ良いとも言えるでしょうが、僧たちに行儀が悪いと思われたくないという思いからそうしたのだと思います。
[Jingle/Title]: 五十音図、現代語訳する際の注意点を知る
木本: 先生、「五十音図」 とは 何でしょうか?
吉田: はい。50 音の仮名を縦 5 字、横 10 字ずつ配列<rt>はいれつ</rt>した表のことです。縦を「行」、横を「段」 と言います。段は階段の段です。子音が同じものを同じ行に並べ、母音が同じものを同じ段に配置したものです。
吉田: 一番右から「あいうえお」のア行から始まり、カ行、サ行と左に続いて、一番左に「わいうえお」のワ行が並ぶものです。この五十音図の基になったものは、平安時代の中頃にあったと言われますが、今の形になったのは江戸時代なんです。
吉田: 木本さん、五十音図をご覧になって、何か気づきませんか?
木本: ワ行の 2 番目と 4 番目の文字は、普段使わない文字ですね。
吉田: そうですね。ワ行の 2 番目の文字は、「行い」の意味の「行為」の「い」の漢字を崩してできた仮名です(「ゐ」)。4 番目の文字は、「知恵」の「慧」、「恵み」という漢字を崩してできた仮名で(「ゑ」)、 古文で用いられる仮名です。
木本: 今回読んでいるところでは、「待ちゐたる」 の「ゐ」、「一声」 の「ゑ」が出てきていますね。
木本: でも、どうして古文ではワ行の「ゐ」と「ゑ」があるんですか?
吉田: 平安時代まではア行とワ行では「い」「え」の発音が異なっていたため、別の仮名が当てられたということです。
木本: そうなんですね。先生、ア行とヤ行の「い」と「え」、ア行とワ行の「う」は同じ文字ですね。
吉田: そうです、だぶっていますね。このだぶった仮名を五十音から引くと、47 音になります。古文ではこの 47 音の仮名を用いることになります。 この 47 音の仮名を歌にしたのが、平安時代に作られたとされる『いろは歌』 です。
木本: 確か、「いろはにほへと ちりぬるを」 という歌ですね。
木本: あと、五十音図の中には「ん」が入っていませんね。
吉田: そうですね。先ほど五十音図の基ができたのは平安時代の中頃と言いましたが、その時代には「ん」という仮名ができていなかったからだと考えられています。そのため、「ん」の音を「む」で代用させたり、表記しなかったりしたようです。
木本: なるほど。
吉田: 次は、現代語訳する際の注意点 をお話しましょう。『児のそら寝』の意味を取る時に、「児ありけり」 を「児がいた」、 「この児、心寄に聞きけり」 を「この児は期待して聞いた」と現代語訳しましたね。
木本: はい。先生はそう訳されましたね。
吉田: 現代語訳する時には、助詞の「が」「は」「を」 を補って訳すと、現代文らしくなりますよ。
吉田: また、「出でくるを待ちけるに」 のところを「できあがるのを待っていたところ」 と訳しましたね。この「の」のように、「の」「もの」「こと」「ところ」 などを補うと、現代語訳として分かりやすくなるんです。
吉田: さらに、日本語の特則<rt>とくしょく</rt>の一つに、主語や動作の対象が省略される ということがあります。
木本: 主語が省略される、ですか?
吉田: 例えば、「ひしめきあひたり」 を「僧たちが集まって騒いでいる」 と現代語訳したように、主語や動作の対象を補って訳すと、誤解もなく理解されるのです。
木本: なるほど。それらのことに注意して現代語訳すればいいんですね。
[Jingle/Title]: 児の心理を追跡する
吉田: ここで、もう一度『児のそら寝』の前半の朗読を聞いてみましょう。
これも今は昔、 比叡 の山に児 ありけり。 僧たち、宵のつれづれに、「いざ、かいもちひせむ。」 と 言ひけるを、この児、心寄に 聞きけり。 然りとて、しいださむを 待ちて 寝ざらむも、 わろかりなむと 思ひて、 方々に 寄りて、 寝たるよしにて、 出でくるを 待ちけるに、 既に しいだしたるさまにて、ひしめきあひたり。
吉田: さて、改めて朗読を聞いて、木本さん、いかがでしたか?
木本: そうですね。勉強する前に比べて、内容がよく理解できたと思います。
吉田: それはよかった。それでは、児の心理 を考えてみましょう。児の心理を表すところはどこだと思いますか? 木本さん。
木本: 「この児、心寄に聞きけり」 のところではないでしょうか?
吉田: そうです。そこが僧たちがぼた餅を作ろうと言<rt>い</rt>った時の児の心理ですね。 ぼた餅が食べられる、と大いに期待したのでしょうね。
木本: きっと、わくわくしたんでしょうね。
吉田: それから、もう一ヶ所ありますね。「しいださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむと思ひて」 のところです。 ここは「ぼた餅を作り上げるのを待っていて、寝ないのもよくないと思って」ということですが、この時間は宵と言っても、夜中近くのことです。児にとっては寝る時間かもしれません。それを寝ないで待っているのは、行儀見習い の身として、ちょっとかっこ悪いと考えたわけなんです。
吉田: 児の少年らしい羞恥心がよく表れていますね。
木本: 食いしん坊だと思われたら恥ずかしいですよね。
吉田: ですから児は僧たちに空寝 がばれないように、部屋の片隅に寄って寝たふりをして、ぼた餅の出来上がるのを待っているわけです。食べたい、食べたいと言って起きているのは、児のプライドが許さないのです。
木本: 児の複雑な心理が想像できますね。
吉田: 現代の小説などもそうですが、登場人物の心理を追跡しながら読むところに醍醐味があるわけですが、古文でも同じですね。
吉田: その先は「既にしいだしたるさまにて、ひしめきあひたり」 とありますから、児はその場の雰囲気で、ぼた餅を作り上げた、その様子を想像しているのです。ぼた餅の美味そうな匂いがしてきたのかもしれません。僧たちが「うまくできた。さあ、食べよう」などと言っているのかもしれませんね。寝たふりをしている児は、ぼた餅が食べたくて仕方がないのです。
吉田: さあ、続きはどうなるのでしょうか?
木本: とても気になってきますね。
吉田: それは次回のお楽しみです。
[音楽]
木本: それでは、今回の学習のポイント を確認しましょう。一、朗読を聞いた後、物語前半の内容を理解する。 二、五十音図、現代語訳する際の注意点を知る。 三、児の心理を追跡する。 この三つでした。
吉田: 今回読んだ『児のそら寝』 の前半は、行儀見習い として寺に預けられた児が、僧たちのぼた餅を作るのを楽しみに待っている話でした。木本さん、いかがでしたか?
木本: こう、気を使って葛藤しながら寝たふりをしている児の心理が手に取るように想像できました。僧たちのことを気にして、あれこれと考えているところが面白かったです。
吉田: そうでしたね。それから、五十音図 を説明しました。五十音図は古文で用いる歴史的仮名遣いの仮名を示します。古典文法を学ぶ上での基本となりますので、重要ですよ。きちっと復習しておいてください。
木本: さて、今回は 吉田 茂 先生 と『児のそら寝』 の前半を読みました。吉田先生、ありがとうございました。
吉田: ありがとうございました。
木本: NHK 高校講座 言語文化。木本 景子と
吉田: 吉田 茂で
木本: お送りしました。