NHK 高校講座 言語文化 第18・19回
テーマ:「枕草子 うつくしきもの」
(音楽・オープニング)
木本景子(司会):
NHK 高校講座 言語文化の時間です。皆さんご機嫌いかがですか? 木本景子です。
今回と次回で、『枕草子』の「うつくしきもの」というお話を読んでいきます。
講師は、吉田茂先生です。よろしくお願いします。
吉田茂(講師):
こちらこそよろしくお願いします。
二回にわたって『枕草子』の「うつくしきもの」という章段を読んでいきます。
『枕草子』は平安時代の作品、すなわち中古文学の一つですが、前に学んだ『徒然草』と同じ「随筆」に分類されます。
作者は清少納言で、10世紀後半から11世紀の前半にかけて生きた人です。同時代の人に紫式部や和泉式部などがいます。
木本:
三人とも名前は聞いたことがあります。皆さん女性なんですよね。
吉田:
はい、皆さん女性です。清少納言は『枕草子』、紫式部は『源氏物語』を書き、和泉式部は有名な歌人として知られています。
木本:
その中の一人である清少納言が書いた『枕草子』、読むのがとても楽しみになりました。どんな文章なのでしょうか?
それでは今回の学習のポイントです。
1. 第三段落までの内容を読み取る。
2. 助詞の働きを知る。
3. 「うつくし」の語の意味を考え、時代による語の意味の変遷を確認する。
以上の3つです。それでは学習を始めましょう。
(チャイム)
木本:
それでは「うつくしきもの」の前半の朗読を聞いてみましょう。朗読は高山久美子さんです。
高山久美子(朗読):
うつくしきもの、瓜にかきたる児の顔。雀の子の、ねず鳴きするに踊り来る。二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひ来る道に、いと小さき塵のありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人ごとに見せたる、いとうつくし。
頭は尼そぎなる児の、目に髪のおほへるを、かきはやらで、うちかたぶきて物など見たるも、うつくし。
大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられて歩くも、うつくし。
をかしげなる児の、あからさまに抱きて、遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。
雛の調度。蓮の浮き葉のいと小さきを、池より取り上げたる。葵のいと小さき。何も何も、小さきものは、みなうつくし。
(解説パートを)
木本:
「第三段落までの内容を読み取る」。それでは解釈していきましょう。
吉田:
「うつくしきもの」。
「瓜にかきたる児の顔」。
「うつくしきもの」はこの文章のテーマです。意味は後で考えることにしましょう。「瓜に描いてある幼児の顔」。夏でしょうか、小さな瓜に顔を描いて、それに小さな着物を着せて人形遊びをしたのでしょう。なんだか可愛らしい感じがしますね。
はい、次は「雀の子の、ねず鳴きするに踊り来る」。
「ちゅっちゅっ」というねずみの鳴き真似をすると、雀の子が踊るようにして寄ってくるの。
「二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひ来る道に、いと小さき塵のありけるを、目ざとに見つけて」。
当時は数え年ですから、「二つ三つばかり」は今の1、2歳に当たります。それを承知で、ここではそのまま「二、三歳くらいの幼児が、急いで這ってくる途中、ごく小さなごみがあったのを」としておきます。
木本さん、「目ざとに」はどのような意味だと思いますか?
木本:
現代語の「目ざとく」と同じ意味ですか?
吉田:
はい、その通りです。「目ざとく見つけて」。
「いとをかしげなる指にとらへて、大人ごとに見せたる、いとうつくし」。
たいそう愛らしい指でつまんで、そこにいるどの大人にも見せているのは、実にかわいらしいです。
「頭は尼そぎなる児の、目に髪のおほへるを、かきはやらで、うちかたぶきて物など見たるも、うつくし」。
これは、髪の毛を肩のあたりで切りそろえている幼児が、目に髪がかかっているのを、払いのけもしないで、首をかしげて物などを見ているのも、かわいらしいです。
木本さん、もう「うつくし」の意味はお分かりですね。
木本:
はい。瓜の人形も、踊るようにやってくる雀の子も、塵を大人に見せている幼児も、尼そぎの児も、本当にかわいらしいですよね。なので「うつくし」は「かわいらしい」ですね。
吉田:
その通りです。作者は「かわいらしいもの」を列挙したのです。特に幼児の二つの例からは、一瞬の動きを見落とさない作者の鋭敏な感覚を読み取ることができます。
そして次は、「大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられて歩くも、うつくし」。
木本さん、ここで助動詞の復習をしておきましょう。「大きにはあらぬ」の「ぬ」は助動詞ですが、文法的意味は何ですか?
木本:
打ち消し、でしょうか。
吉田:
その通りです。打ち消しの助動詞「ず」の連体形です。大柄ではない、となります。
殿上童(てんじょうわらわ)は、宮中で作法見習いをしている少年です。それを踏まえて、「大柄ではない殿上童が、立派な着物をきちんと着せられて歩いているのも、かわいらしい」です。
木本:
「装束きたてられて」のところが、かわいらしい感じがしますね。
吉田:
はい。
「をかしげなる児の、あからさまに抱きて、遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし」。
ここに出てくる「あからさまなり」は、現代語では「露骨などの意味ですが、ここでは「ちょっとだ、急だ」という意味です。
「らうたし」は「かわいい」で通じる意味ですから、ここは、「愛らしい様子の幼児が、ちょっと抱いて、遊ばせかわいがるうちに、しがみついて寝入ってしまったのは、たいそうかわいらしい」となります。
木本:
小さい子が抱かれたまま寝入ってしまったという姿は、時々目にしますよね。
吉田:
そうですね。さらに「うつくしきもの」の例として、
「雛の調度」。調度は道具のことで、雛は紙などで作った小さな人形のことですから、「小さい人形遊びの道具」。
「蓮の浮き葉のいと小さきを、池より取り上げたる」。「水に浮いている蓮の葉で、たいそう小さな葉を池から取り上げたの」。
「葵のいと小さき」。「葵の葉で、ごく小さいの」。
「何も何も、小さきものは、みなうつくし」。「何もかも、小さなものは、みなかわいらしい」と結んでいます。
木本さん、ここまで作者が「うつくしきもの」として列挙したものから、作者はどのようなものにかわいらしさを感じていますか?
木本:
そうですね。「何も何も小さきものはみなうつくし」とあるように、小さく、また幼いものの動きをかわいらしいと思っているんじゃないでしょうか。
吉田:
はい、その通りです。
(文法パート)
木本:
「助詞の働きを知る」。
吉田:
今回読んでいるところに登場する助詞の主なものを学習しましょう。
木本:
はい。
吉田:
まずは格助詞から説明します。格助詞は主に体言につき、名詞のことですね、それが文の中でどのような働きをするかを示す助詞です。
「雀の子の」には二つの「の」が現れます。
「雛の調度」の「の」と同じで、現代語の「私の帽子」の「の」に当たり、「連体修飾格」の「の」と言います。
「雀の子の」の「の」は「主格」を表し、現代語の「私が聞いた」の「が」と同じで、主語を表します。
木本:
なるほど。それで先生は「雀の子が」と訳されたのですね。
吉田:
そうなんです。この格助詞の「の」は、連体修飾格、主格の以外に、「同格」の「の」というものがあります。
「蓮の浮き葉のいと小さきを」に見える「浮き葉の」の「の」がそれです。これは、「の」の上の「浮き葉」と、「の」の下の「いと小さき」は、蓮の葉を別の視点から説明していますが、文の構成上は同じ働きをしています。この働きを「同格」というのです。
「浮き葉」に続く「の」で、「〜で」と訳すといいですね。
木本:
そうするとここでは、「蓮の浮き葉で、小さいのを」と訳すわけですね。
吉田:
その通りです。他にも助詞が出てきています。その一つが接続助詞です。これは前後の文節を接続する、そのような働きをします。
「朝起きて、顔を洗います」という文の「て」が現代語の接続助詞です。「目ざとに見つけて」や「指にとらへて」の「て」が接続助詞で、古文でも多く用いられます。
「かきはやらで」の「で」も接続助詞です。「で」には打ち消しの意味が含まれますから、「かき払わないで」と訳します。
木本:
打ち消しの意味を持つ接続助詞もあるんですね。
吉田:
はい。ここで係り結びを作る助詞(係助詞)を説明します。
「ぞ・なむ・や・か・こそ」は係助詞です。「ぞ・なむ・や・か」があると、原則として連体形で文が結ばれます。「こそ」の場合は、原則として已然形となります。
このように文の結びに影響を与える係助詞は、今回読んでいる箇所には見えません。
「頭は尼そぎなる」の「は」や、「物など見たるも」の「も」が係助詞です。でもこの「は・も」があっても、結びの語形変化はありません。
木本:
他の種類の助詞は出てきていますか?
吉田:
はい。副助詞の「ばかり」が登場していますね。副助詞はいろいろな語について意味を添える助詞です。現代語でも少し古めかしい表現かもしれませんが、「一キロばかり行くと右手に郵便局があります」という言い方がありますね。この「ばかり」です。
木本:
なるほど。本文中では「二つ三つばかりなる」の「ばかり」ですね。
吉田:
そうです。他には「うちかたぶきて」の「て」や「物など」の「など」、「見たるも」の「も」などが(接続助詞や)副助詞です。他に古文には終助詞や間投助詞も登場します。助詞の働きに注意しながら読むと、正確な読解につながります。継続して学んでいきましょう。
(言葉の変遷パート)
木本:
「『うつくし』の語の意味を考え、時代による語の意味の変遷を確認する」。
「うつくし」はどのように用いられますか?
吉田:
美しい山、美しい人、などですか?
木本:
そうですね。現代では広く美一般を指して用いられますね。
吉田:
でも古い時代、例えば『万葉集』では、「妻子(めこ)見れば、悲し(うつくし)」と歌われ、これは「妻や子を見ると、愛しくかわいい」と訳されますが、この時代では妻や子などに対して「かわいい」という感情を「うつくし」で表していました。
木本:
そうなんですね。現代とは全然違いますね。
吉田:
はい。平安時代になると対象が少し広がって、『枕草子』のように、小さいもの、幼少のものの仕草を見て「かわいい」「かわいらしい」と思う時に、「うつくし」と表現するようになりました。
木本:
先生、本文に出てきた「うつくしむ」も「うつくし」に似ていますよね。
吉田:
そうですね。「うつくし」と語根が同じなんです。その動詞化で、「幼いものをかわいがる」の意味で用いられています。この語は現代語の「慈しむ」の古い形です。「かわいい」とか「かわいがる」というわけですから、「うつくし」や「うつくしむ」は、単に「美しい(きれい)」という意味ではなく、愛情のニュアンスが含まれるように思います。
鎌倉時代以降の中世になっても、初めは女性や華麗な花に限定して「うつくし」と表現したようです。その後、江戸時代直前の頃には、人間以外の自然の美、また人工的な美を含めて「うつくし」と表現されました。そして現代のように、広く美一般を「うつくし(い)」と表現するようになったのです。
木本:
なるほど。時代と共に意味が変わってきたんですね。
吉田:
そうなんです。「うつくし」の他にも、清少納言が『枕草子』で多用する「をかし」や、『源氏物語』で学んだ「あはれなり」、ありがたしの意味が時代によってどのように変わっていくのか。また、「らうたし」のように時代の推移とともにあまり用いられなくなった語にどのようなものがあるのか、調べてみるのも面白いと思います。
(まとめ)
木本:
それでは今回のポイントを確認しましょう。
1. 第三段落までの内容を読み取る。
2. 助詞の働きを知る。
3. 「うつくし」の語の意味を考え、時代による語の意味の変遷を確認する。
この3つでした。
木本:
今回読んだ「うつくしきもの」の前半では、瓜に描いた子供の顔や、雀の子が踊るように寄ってくる様子、そしてかわいらしい子供の仕草を挙げていました。また人形遊びの道具の小さな葉を挙げ、「小さきものはみなうつくし」と結んでいました。作者の観察眼の鋭さを感じました。
吉田:
はい。そして文中に見える助詞を中心に説明してきました。また「かわいらしい」という意味で読み取った「うつくし」の意味の変遷を眺めてきました。
木本:
さて今回は、吉田茂先生と『枕草子』「うつくしきもの」の前半を読みました。吉田先生、ありがとうございました。
吉田:
ありがとうございました。
木本:
NHK 高校講座 言語文化。木本景子と吉田茂先生でお送りしました。