NHK高校講座 言語文化
第15回 雪のおもしろう降りたりし朝
(音楽)
河実里夏(進行役): NHK高校講座「言語文化」。始まりました。ご機嫌いかがですか。河実里夏です。
河: 今回は、「雪のおもしろう降りたりし朝」を読みます。このお話も、『徒然草』に収められているお話です。講師は、山本章博先生です。よろしくお願いします。
山本章博(講師): こちらこそ、よろしくお願いします。今回は、『徒然草』第31段、「雪のおもしろう降りたりし朝」を読んでいきましょう。短い段ですが、難しい言葉も多く使われていますので、じっくりと解釈していきましょう。
河: どんなお話なんでしょうか。楽しみです。それでは今回の学習のポイントです。
河: 1、手紙の内容を理解する。
河: 2、手紙を読んだ作者の思いを考える。
河: 3、助動詞の意味を理解する。
河: 以上の三つです。それでは、学習を始めましょう。
(チャイム)
河: それでは初めに、「雪のおもしろう降りたりし朝」の朗読を聞いてみましょう。朗読は、高山久美子さんです。
(朗読 - 課文本文)
雪のおもしろう降りたりし朝、人のがり言ふべきことありて、文をやるとて、雪のこと何とも言はざりし返り事に、「この雪いかが見ると、一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるること、聞き入るべきかは。かへすがへす口惜しき御心なり。」と言ひたりしこそ、をかしかりしか。今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れ難し。
河: 学習のポイント1:手紙の内容を理解する
河: それでは、本文を解釈していきましょう。
山本: 「雪のおもしろう降りたりし朝」。「雪の」の「の」は、ここでは「が」の意味です。「雪が」となります。「おもしろう」は、「おもしろし」という形容詞が「おもしろく」と活用し、発音しやすいように、「おもしろう」と変化したものです。このような変化のことを「音便」と言います。
河: 「音」に「郵便」の「便」で、「音便」というんですね。
山本: はい。ここでは「う」の音に変化しているので、「ウ音便」と言います。「おもしろし」は、現代語の「面白い」の古い形ですが、ここでは、笑ってしまうような面白おかしさではなくて、「きれい」で「趣深い」という意味になります。雪がきれいに、趣深く、良い感じに降った朝、ということになります。「朝」は「朝」と同じです。
山本: そして、「人のがり言ふべきことありて」。この「がり」は、現代では使わない言葉ですね。
河: どんな意味なんですか。
山本: はい、「~のもとへ」という意味です。ですから、「人のがり」は、「人のもとへ」と訳すことができます。この「人」はどのような人か明らかにされていませんが、作者はこの人に、言うべきことがありました。
山本: 「文をやるとて」とは、「手紙」のことで、「やる」は「送る」という意味です。作者の兼好法師は、雪が趣深く降っていた朝に、ある人に手紙を送った、ということです。
山本: 「雪のこと何とも言はざりし返り事に」。雪のことについて、何とも言わなかった。つまり兼好は、手紙には雪のことについて全く触れず、書かなかった、ということです。そうしたら、ある人から次のような「返り事」、返事がやってきました。
河: どんな内容だったのでしょうか。
山本: 次のカギカッコ内が、その返事の手紙の中身になりますので、次にそれを理解していきましょう。「この雪いかが見ると」。「この今朝の雪を、どのように見ていますかと」。
山本: 「一筆のたまはせぬほどの」。この「のたまはせぬ」は、難しいですね。「のたまはせ」は、「のたまはす」という動詞が活用したもので、「おっしゃる」という意味になります。相手を敬って言う場合に使う敬語ですね。「ぬ」は、打ち消しの助動詞ですから、「ない」という意味です。「一筆、一言も、手紙でおっしゃらないほどの」、ということになります。
山本: 「ひがひがしからん人の仰せらるること」。この「ひがひがしからん」というのは、「ひがひがし」という形容詞が活用したものです。「ひがひがし」、現代では聞かない言葉ですね。
河: どういう意味ですか。
山本: はい。これは、「間違っている」、「ひねくれている」という意味の「ひが」という語を、ひがひが、と二つ重ねたものです。つまり、「ひがひがしからん人」は、「素直でない人」、「ひねくれている人」、「まともではない人」、ということになります。「仰せらるる」は、「おっしゃる」という意味の、これも敬語です。
山本: 「聞き入るべきかは」。これは、「聞き入れることができましょうか、いや、できない」という意味です。つまり、まともでない、ひねくれた人のおっしゃることは、聞き入れることができない、ということです。ビシッと断られてしまったということなんですね。
河: そういうことなんですね。
山本: はい。「かへすがへす口惜しき御心なり」。「口惜し」は、形容詞「口惜し」が活用したものですが、現代でも使わなくはないでしょうか。
河: 「残念だ」といった意味で使いますよね。
山本: そうですね。ここでも「残念だ」という意味になります。「返す返すも、本当に残念なあなたのお心ですよ」という意味になります。以上が返事の手紙の内容となります。「あなたの手紙には、深底がっかりしてしまいました」ということですから、こんな返事をもらった兼好は、冷や汗をかいたことでしょうね。
山本: ポイントは、「このある人は、なぜ兼好を『ひねくれた人』だと思ったのか」ということです。河さん、これはどうでしょうか。
河: うーん。雪のことについて、全く触れなかったからでしょうか。
山本: そうですね。綺麗な趣深い雪が降っているのに、そのことを手紙で全く触れないというのは、なんとひねくれていることか、と思ったのです。つまり、美しい風景に興味がなく、その趣を理解できないまともでない人だと、兼好を非難し、そんな人の用事などを聞くものか、と言ったのです。
河: 雪のことに触れないだけで、そこまで言われるのは厳しいですよね。
山本: そうですね。ろくに挨拶もしないで先生に頼み事をしに行ったら、「挨拶できないやつの用事など聞くか!」と怒られてしまった、そんな状況に似ていますかね。
(チャイム)
河: 学習のポイント2:手紙を読んだ作者の思いを考える
山本: さて、このような返事が戻ってきたら、どう思いますか。
河: はい。最初はびっくりしますが、後から冷静になって、「失礼だったかな」って反省するかもしれません。
山本: そうですか。素直に反省するという人もいるかもしれませんね。また、「何を細かいことを言うんだ。そっちがひねくれ者だ!」と怒る人もいるかもしれませんね。それでは、兼好はどう思ったのか、確認しましょう。「と言ひたりしこそ、をかしかりしか」。ある人が返事で言っていたのは、「をかしかりしか」。兼好の感想は、この「をかしかりしか」の一言です。
河: 一言だけですか。どういう感想でしょうか。
山本: はい。「をかしかり」は、形容詞「をかし」が活用したものです。「しか」は、過去の意味を示す助動詞です。「をかし」は、現代の「おかしい」の古い形ですが、ここでは、「面白おかしくて笑ってしまった」ということではなくて、「なかなか味があって面白い」、「素晴らしい」、という意味になります。つまり兼好は、なかなか面白い、良い返事だった、と感心したのです。
河: 厳しく言われたのに、面白いと感じたんですか。
山本: はい。「今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れ難し」。その返事をくれたある人は、今はもう亡くなってしまった人で、「かばかりのこと」は、「ちょっとしたこと」という意味ですが、この程度の小さなエピソードでも、懐かしく、忘れ難く思い出される、と言っています。この段は、亡くなってしまったある人の、懐かしい思い出のお話であった、ということになります。
河: なるほど。
山本: さて、ここでのポイントは、このような返事を、なぜ兼好は「をかし」、いいな、面白いな、と感心したのか、ということです。この手紙の相手の人は、何より季節、風景の趣など、「風流」を大事にしていた人のようですね。雪のことに触れなかったから、ひねくれた人間であり、そんな人の言うことを聞かない、というのは少々極端なように思われますが、それでも兼好は、そうした常に風流を大事にするその心構えを、「素晴らしい」と思ったのです。
(チャイム)
河: 学習のポイント3:助動詞の意味を理解する
山本: さて、前回に引き続き、助動詞について学習しましょう。前回は、助動詞の基本的な働きについて学習しました。助動詞は、動詞の後について、いろいろな意味を付け加えると学びました。
河: そうですね。活用して形を変える、ということも学びました。
山本: 今回は、「雪のおもしろう降りたりし朝」の本文中にある助動詞を、少し細かく見ていきましょう。
河: はい。
山本: 「をかしかりしか」。この「しか」が助動詞であることは、ポイント2で説明をしました。この「しか」の直前を見ると、「をかしかり」というように、形容詞になっています。
河: 動詞を助けるから助動詞、でしたよね。形容詞も助けるんですか。
山本: そうなんです。このように、形容詞に付く場合もあります。そして、この「をかしかりしか」の「しか」は、過去の意味を表す助動詞「き」が活用したものなんです。
河: 「き」が活用して、「しか」になるんですか。
山本: そうなんです。過去の意味を表す助動詞「き」は、少々特殊な変化の仕方をします。「き」の已然形は、「しか」となります。「をかしかりしか」の「しか」は、これにあたります。ということで、「しか」を見た時に、「あ、これは過去の助動詞が活用したものだな」と分かれば、この「しか」も過去の意味だと判断できるわけです。
河: なるほど。それで、「面白かった」と訳すことができるんですね。
山本: そうです。また、この過去の助動詞「き」は、「しか」だけではなく、連体形では「し」とも変化します。この「し」も本文中に使われています。「降りたりし」の「し」、「言はざりし」の「し」、「言ひたりし」の「し」、の三か所です。いずれもこの「し」は、過去の意味を持ち、「~た」と訳すことができます。このように、助動詞を一つ一つ理解していけば、古文を訳す力が徐々についていきます。そして、この「し」の直前を見てください。「降りたり」、「言はざり」、となっていますね。
河: はい。
山本: この「たり」、「ざり」も、助動詞です。助動詞は、動詞や形容詞のみならず、助動詞に続くこともあります。助動詞が二つ重なるという形ですね。
河: なるほど。では、「ざり」はどのような意味になるんですか。
山本: まず、「ざり」は「ず」が活用したものになりますので、打ち消しの意味になります。ということで、「言はざりし」は、「言ふ」という動詞に、打ち消しの「ざり」と、過去の「し」がついたもので、合わせて「言わなかった」と訳すことができます。
河: なるほど。では、「降りたり」の「たり」はどうなるんでしょうか。
山本: はい、こちらは少し複雑です。実は、助動詞「たり」は、二種類あります。1つは「存続」の意味を持つ「たり」、もう1つは「断定」の意味を持つ「たり」、です。
河: どう見分ければいいんでしょうか。
山本: 「たり」の直前が、活用している語の場合は「存続」、名詞の場合は「断定」になります。もう少し詳しく言うと、動詞が「連用形」に活用している語に接続する場合には「存続」、名詞、名詞のことを「体言」と言いますが、体言に接続している場合には「断定」となります。存続の「たり」は連用形、断定の「たり」は体言に接続する、という決まりがあるわけです。
河: なるほど。活用している語に続くと「~している」、で、名詞の後だと「~である」、となるということでしょうか。
山本: そうです。このように、助動詞の意味を考える場合に、その助動詞がどんな語に接続しているか、という知識が必要になる場合があります。ここが助動詞の難しいところなんですね。では河さん、「降りたり」はどちらになりますか。
河: うーん。「降り」は動詞ですから、「存続」、ですか。
山本: そうですね。「降り」は、名詞、体言ではありませんね。「降る」という動詞の連用形になっています。ということで、これは自信を持って「存続」の意味である。だから「~している」と訳すことができる、と判断することができるわけです。「降りたり」は、「降っている」となります。それに、過去の助動詞「し」がついているわけですから、合わせて「降っていた」と訳すことができます。
山本: それでは、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは、
山本: 1、手紙の内容を理解する。
山本: 2、手紙を読んだ作者の思いを考える。
山本: 3、助動詞の意味を理解する。
山本: この三つでした。
山本: 『徒然草』第31段「雪のおもしろう降りたりし朝」は、作者兼好がある人に送った手紙で、その朝の雪について触れなかった、「そんな趣深い雪について触れないような人の言うことは聞くものか」という返事が来た、というエピソードを巡るものでした。兼好は、その返事を見て、その返事を送ったある人の、風流を大事にする心構えに、「素晴らしいことだ」と感心します。季節や自然の美しさ、趣に常に目を向けて生きる人の魅力を、描き出した段と言えるでしょう。助動詞については、文章中に使われている「しか」、「ざり」を例に、その意味を判別する方法を学びました。
河: さて、今回は、山本章博先生と、「雪のおもしろう降りたりし朝」を読みました。山本先生、ありがとうございました。
山本: ありがとうございました。
河: NHK高校講座言語文化。河実里夏と、山本章博先生でお送りしました。