NHK高校講座 言語文化
第10回 「美しい」ということ(1)
(音楽)
河実里夏(進行役): NHK高校講座「言語文化」。始まりました。ご機嫌いかがですか?河実里夏です。
河: 今回と次回で『「美しい」ということ』という「随筆」を読んでいきます。どんなことが述べられているんでしょうか?
河: 小山志門先生と一緒に読み進めていきましょう。それでは先生、よろしくお願いします。
小山志門(講師): 小山です。よろしくお願いします。改めまして、小山志門です。高校で国語を担当しています。小学生の頃から国語の授業は好きでした。本を読んだり、授業でやりとりをするのも大好きです。一年間、「言語文化」を楽しんでいきましょう。
河: それでは今回の学習のポイントを紹介しましょう。今回のポイントは三つです。
河: 一つ目、「美しい」と感じる場面や物事に思いを巡らす。
河: 二つ目、文章の構成を把握する。
河: 三つ目、筆者の仕事に対する態度を整理する。
河: 以上の三つです。
(チャイム)
河: 学習のポイント(1):「美しい」と感じる場面や物事に思いを巡らす
小山: ええ、皆さん、普段生活をしている中で、「美しい」と思うものは何ですか?あるいはどのような場面で「美しい」と感じますか?河さんはいかがですか?
河: はい。私が美しいと思うものは「海」です。特に夕日が掛かった海は美しいと感じます。
小山: いや、夏の海とかはとっても綺麗ですしね。
河: はい。
小山: 私は秋の時期に見ることができる「もみじ(紅葉)」が大好きです。
河: あ、もみじも美しいですよね。
小山: そうなんです。私は京都出身なんですけども、京都の嵐山のお寺で見られるもみじ、真っ赤に染まった様子はとっても美しいです。でも私は、山肌が赤やオレンジ、黄色などまだらに付いている様子が一番好きなんです。
小山: 私の感覚では、山にも人間と同じようにいろんな経験があるんじゃないかなと思うんです。冷たい風に吹きつけられてきた木もあれば、日差しをたっぷり浴びた山肌もある。そんな経験の積み重ねによって、色づき方の違う「美しい」が生み出されるのかなと思われて、もみじに親近感を持ち、なんとなく心が温まります。
河: そうですね、気持ちも分かります。河さんと私の「美しい」と感じるものが違うように、人はそれぞれ様々なものを「美しい」と感じていますね。
小山: 例えば、前回読んだ教材『さくらさくらさくら』では「桜」が取り上げられており、多くの日本人が美しいと思う木でしたね。また絵画や陶芸、写真や映像など、人が作り出したものに「美しい」を感じる人もいるでしょう。さらに人によっては、モノではなく、誰かの生きざまや、何かと何かの関係といった形がないものにも「美しい」と捉えたりすることもあります。
河: 確かに人によって違いますよね。
小山: 感じる対象も感じ方も人それぞれ違う「美しい」という感情は、いったいどういう心の動きなんでしょうか。今回はそんな問いかけに対して、一つの考え方を表した随筆を読んでみたいと思います。
小山: 筆者は、「輪島塗」の「塗師」をされている赤木明登さんです。皆さん、輪島塗の食器など手にしたり見たことありますか?河さんはいかがですか?
河: はい。和食で使いますよね。深くて表情のあるとても美しい色をしていますよね。
小山: そうなんです。まさに「美しい」を説明するのにふさわしい日本の工芸品です。それを作り出している筆者が、「美しい」ということの捉え方を読み取っていきましょう。自分の感性と筆者の感性とを比較するつもりで読んでみましょう。
(チャイム)
河: 学習のポイント(2):文章の構成を把握する
小山: まず文章全体の流れを確認します。自分でパッと分けられる人は多くありません。しかし文章を理解する時に、ざっと読んで大きな流れを掴み、その上で細かい部分を読んでいけるようになると理解がより深められますので、文章の構成を意識する姿勢は重要です。
河: どのようにしたらいいんでしょうか?
小山: そうですね、まずどんな文章のジャンルなのかを意識しましょう。本作品は「随筆」です。「随筆」というのは筆者の体験に基づく思いや考えを表現した文章ですから、体験などを説明している〈具体的なまとまり〉と、筆者自身の気持ちや感覚を表現している〈抽象的なまとまり〉とを意識すると、流れを掴みやすくなると思います。
河: なるほど。その時にどんな点に注意したらいいんでしょうか?
小山: その際、筆者の気持ちを表す独特な言葉はないか、敏感に捉えられるといいです。そのように意識をして全体の流れを捉えると、次の四つに分けることができます。
小山: 1. 一つ目が、話題を提示している箇所で、冒頭から「いったい『美しい』って何だろう」というところまで。
小山: 2. 二つ目が、筆者の具体的体験を述べている箇所。「僕は器を自分の手で作ることを仕事にしている」から、「僕はそれを忘れちゃいけないと慌てて書き留める。それだけ。」というところまで。
小山: 3. そして三つ目が、二つ目の体験談を分析している箇所。「そういうことが起きるのはどうしてなんだろうと、僕なりに分析してみた」から、「その対話によって、そこに物語が生まれる」というところまで。
小山: 4. 最後、四つ目は、筆者の考えを述べている箇所。「だから、これだけは言うことができる」から最後まで。
小山: このように分けられます。
河: なるほど。大きく四つに分けられるんですね。
小山: まずそもそも「美しい」と言っても様々な対象に「美しい」はあって、楽しいことにも悲しいことにも「美しい」を感じることがあるという説明がなされています。注目して欲しいのは一つ目の箇所の最後の一文です。
河: 「いったい『美しい』って何だろう」という文ですね。疑問文になってますね。
小山: そうです。まさにこの文章全体のテーマを表す疑問文です。その問いに答えていくのがこの随筆の役目ということですね。ちなみに評論や随筆など説明的な文章では、その文章のテーマを端的に伝えるために疑問文が序盤に出てくることがよくあります。意識してみましょう。
小山: 次の二つ目の箇所で、筆者の経験が述べられています。初めに「僕は器を自分の手で作ることを仕事にしている」という文に出てきますね。筆者が「美しい」器をどうやって作っているのかを読み取りましょう。第一段落とは違い、具体的表現で書かれていることを意識してください。
小山: そして三つ目の箇所は、「そういうことが起きるのはどうしてなんだろう」という疑問から始まっていますね。前の具体的な器の生み出され方を踏まえて、筆者自身が分析するまとまりです。筆者の心に「形」が生み出される過程がはっきり述べられています。
小山: そして最後の箇所には「美しい」という言葉が再登場していることに気づくと、ここから全体のまとめが始まると考えられます。最後のまとまりは、筆者の体験談を踏まえて「美しい」がどういうものかをまとめています。
小山: このように、二つ目の箇所での具体的な体験談をしっかり読み取り、それをどう分析しているのか、三つ目、四つ目の箇所で理解できると良いです。
(チャイム)
河: 学習のポイント(3):筆者の仕事に対する態度を整理する
小山: さて、最初に皆さんにとって「美しい」とはどういうことか思いを巡らせてもらいました。
河: はい。私は海で、先生はもみじでした。
小山: そうです。その「美しい」ということがこの文章のテーマです。一つ目の箇所の最後で「いったい『美しい』って何だろう」と疑問文で表されていましたね。
小山: 筆者は「美しい」ということを説明するために、自分の器を作る仕事の経験を用いています。それが二つ目の箇所の内容です。まずは、「美しい」器を筆者がどうやって作り出しているか確認していきましょう。
小山: 『「美しい」ということ』の前半の朗読を聞いてください。朗読は、声優の松田佑さんです。
(朗読 - 課文本文)
「美しい」ということほど、誰にでも経験できることはない。僕が初めて「美しい」と感じたのは、いつのことだったのか、そしてどういうふうにそう感じたのか、もちろん思い出すことはできない。でもおそらく、「きれい」や「かわいい」や「気持ちいい」や「おいしい」や「うれしい」や「楽しい」や「あたたかい」や「やさしい」に近いけれど、違う、もうちょっと抽象的な感覚として、僕の中にプログラムされていたんだろう。
でも同時に、「怖い」や「すさまじい」や「悲しい」や「寂しい」や「痛い」、更には「気持ち悪い」や「汚い」や「醜い」の中にさえ、「美しい」ことがあるのを子供の僕は知っていた。そうなるともう、「美しい」ってどういうことなのかさっぱり分からなくなる。子供の頃ならば、考えずに済んだものを、大人になってからあれこれと思い悩むようになってしまったのは、いやはや、面倒なものだと我ながら思う始末。考えても考えても、いろんな「美しい」を結び付けているのが何だか分からないのに、思いもよらぬところで、「美しい」を経験し、感動させられてしまうので困ってしまう。いったい「美しい」って何だろうと。
僕は器を自分の手で作ることを仕事にしている。ときどき、どうしたらこんなにたくさんの器の形を作りだすことができるのかと、尋ねられる。実は、美しい形が生まれるのは美しさのことも、形のことも何も考えていないときだ。いくら頭をひねって考えても、いい形など自分で創造することなんてできない。知らず知らずに鼻唄でも歌いながら夢中で仕事しているときとか、長距離のドライブをしているときとか、海に潜っているときとか、ふっと降りてくるように、いや心の底からぽっかりと浮いてくるように、形は生まれてくる。その瞬間には、もう目の前にはっきりと器があって、手に取れるぐらいにちゃんと色も形もできあがっていて、感動している自分がいる。本当に何もしていないのに、いつもそうなる。いったい誰が作っているんだろう、これは。僕は、ただ待っているだけなのだ。言葉だって同じだ。いつも文章を書こうなんて思ってはいない。ただ待っていると、ふと文字が、ちゃんと列になって次から次へと降りてくる。いつのまにか誰かが書いてくれている感覚。僕はそれを忘れちゃいけないと慌てて書き留める。それだけ。
小山: 筆者は「美しい」器をどうやって生み出しているか読み取れましたか?
小山: 筆者は「実は、美しい形が生まれるのは、何も考えていないとき」。
小山: 「頭をひねって考えても、いい形など自分で想像することなんてできない」。
小山: 「ふっと降りてくるように」、
小山: 「心の底からぽっかりと浮いてくるように」。
小山: 「何もしていないのに……ただ待っているだけ」。
小山: このように述べていました。つまり筆者の「美しい」器は、生み出そうとして生み出したのではなく、自然に浮かんでんできたものだ、ということになりますね。皆さんはご自身の経験の中に、筆者の述べる感覚と似たような経験はありますか?河さんはいかがですか?
河: そうですね。声優のお仕事をしている時に演技のプランを立てるんですけれども、そのプランに反して素直にセリフが出た時に、それが自然で良かったりすることもあるので、「美しい」とは少し違うんですけれども、感覚的には少し似ているのかなと思いました。
小山: なるほど。そうですね。気がつけば美しいものを形にしていたような体験。是非、河さんのように筆者の感覚を自分の体験に合わせて想像してみてくださいね。
小山: しかし、本文の主題である「『美しい』って何だろう?」という問いかけの答えとして、偶然「ぽっかりと心に浮いてくる」ものであるというのは、少し説明不足のような気がしませんか?
河: 確かに。偶然だけではないと思いますね。
小山: 「美しい」という感情は、何もせず待っていれば自然に生じるという説明では不十分です。それに筆者が「美しい」器を作り続けるには、きっと偶然ではない何かがあるはずです。そこで筆者は、心にぽっかりと浮いてくる理由をもう少し深めています。それについては次回の講座で確認しましょう。
河: さて、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは、
河: 一つ目、「美しい」と感じる場面や物事に思いを巡らす。
河: 二つ目、文章の構成を把握する。
河: 三つ目、筆者の仕事に対する態度を整理する。
河: この三つでしたね。
小山: 今回は赤木明登さんの『「美しい」ということ』という随筆を読みました。
小山: まず「美しい」と感じるものや場面を思い浮かべてもらいましたね。その何気ない「美しい」という感覚は何かについて、筆者の考えを述べるのが今回の随筆です。
小山: 随筆は筆者の具体的体験や経験、そこから取り出す筆者独自の抽象的な感覚や考えが述べられていきます。
小山: そして今回、随筆の前半では、筆者の「美しい」器が具体的にどんな流れで生み出されるのかを読み取りました。筆者の体験の部分ですね。
小山: 筆者の「美しい」器は、生み出すというより、心に「ぽっかりと浮いてくる」ということでしたよ。でもどうしたら「ぽっかり浮いてくる」のか、はっきりしていません。その心の動き、筆者の感覚の部分は、次回の放送で読んでいきたいと思います。
河: さて、今回は『「美しい」ということ』という随筆の前半を読みました。小山先生、ありがとうございました。
小山: ありがとうございました。
河: NHK高校講座「言語文化」。河実里夏と、小山志門先生でお送りしました。