字体じたい 22
日本語学にほんごがくだい41かんだい2ごう(2022ねん夏号なつごう)pp. 148–155

日本語書にほんごかき言葉史における変体漢文へんたいかんぶん

田中草大たなかそうた(2022)

1 変体漢文へんたいかんぶんとはpp. 148–150

 本稿ほんこう目的もくてきは、変体漢文へんたいかんぶんという表記法ひょうきほう日本語にほんご与えあたえ影響えいきょうについて概説がいせつすることである。それに先立ちさきだち本節ほんせつでは、そもそも変体漢文へんたいかんぶんとはどのようなものかということについて説明すせつめいする。

 変体漢文へんたいかんぶん一般的理解いっぱんてきりかいは、「和習わしゅう日本語にほんごてき要素ようそ)を含むふくむ漢文かんぶん」というものであろう。ただしこの定義ていぎでは「漢文」が日本語文にほんごぶん指すさすのか中国語ちゅうごくごぶん指すさすのかがふんめいでないし、本節ほんせつでこのあと論じろんじるように、「和習わしゅう含むふくむ」というふうに言ういう変体漢文へんたいかんぶんにおいて和習わしゅう従属じゅうぞくてき要素ようそであると読めよめるのも問題もんだいがある。

 定義ていぎについては追っおっ述べのべるとして、差しさし当たあたっては、変体漢文へんたいかんぶんとは「日本語文を、中国語風に書き記した」ものであり、その結果けっかとして「本来ほんらい中国古典文ちゅうごくこてんぶん見らみられない様態ようたい示すしめす」ものである、と理解りかいされたい。これに当てあてはまる文章ぶんしょう日本語にほんご史上しじょう数多いかずおおいが、古事記こじき平安へいあん鎌倉かまくら時代じだい古記録こきろく日記にっき)・古文書こもんじょ公文書こうもんじょ私文書しもんじょ)、吾妻鏡あずまかがみなどが殊にことに有名ゆうめいである。

 変体漢文へんたいかんぶんれい次につぎに挙げあげる(ちゅう1)。

⑴依二御宿願ごしゅくがん一令レ出家しゅっけ給。事已倉卒。不レ被レ尋二前例ぜんれい一。
小右記しょうゆうき寛和かんな元年八月二九日)

(訓読案)御宿願ごしゅくがんに依りて出家せ令め給ふ。事已に倉卒な
り。前例を尋ね被れず。

⑵仰云「名所にいなばの山可レ入。可レ出二他所一」。与二清範きよのり示合一。いく野ヲ止レ了。
明月記めいげつき建永けんえい二年五月二二日)

(訓読案)仰せて云く「名所にいなばの山入る可し。他所
を出だす可し」。清範と示し合はす。いく野を止め了んぬ。

文法・表現

~というものであろう
「一般的理解は〜というものであろう」:「であろう」は推量の助動詞。ここでは読者の想定する通説を代弁し、その後で批判的に検討するための構造。論文冒頭で通説を提示して反論する論述の型。
~と読めるのも問題がある
「〜のも問題がある」:問題点を複数列挙する際の表現(「〜でないし、〜のも問題がある」)。「のも」で「それもまた問題の一つだ」という累加的語感。
~と理解されたい
「理解されたい」は尊敬の受身(される)+希望(たい)の組み合わせ。著者が読者に対してある解釈を要請する表現。断言でなく「理解を促す」形を取ることで、後続の議論に余地を残す学術的姿勢。
これに当てはまる〜は〜数多いが
逆接の「が」で、広範な事例があることを認めつつ、代表例の列挙へとつなぐ。「数多い」(あまた)は「非常に多い」を意味する文語的表現。

中文翻譯

 本稿旨在概述「變體漢文」這一書寫法對日本語所產生的影響。在此之前,本節將首先說明變體漢文究竟是何種文章。

 一般對變體漢文的理解,大概是「包含和習(日本語要素)的漢文」。然而這一定義存在問題:其一,「漢文」究竟指日本語文還是中文,尚不分明;其二,如本節下文所述,「包含和習」的說法,容易讓人讀成和習在變體漢文中只是從屬要素——這也是問題所在。

 關於定義,將在後文詳加論述;暫且請理解為:變體漢文是「以中文風格書寫的日本語文章」,其結果「呈現出本來中國古典文中所未見的樣態」。符合這一描述的文章在日本語史上不勝枚舉,其中以《古事記》、平安鎌倉時代的古記錄(日記)・古文書(公文書・私文書),以及《吾妻鏡》等最為有名。

 以下列舉變體漢文的例子(注1)。

⑴依二御宿願一令レ出家給。事已倉卒。不レ被レ尋二前例一。
(小右記・寛和元年八月二九日)

(訓讀案)依御宿願而令出家給。事已倉卒。不被尋前例。
→ 奉陛下(帝)宿願,令其出家。事倉促而畢。未依前例探尋。

⑵仰云「名所にいなばの山可レ入。可レ出二他所一」。与二清範示合一。いく野ヲ止レ了。
(明月記・建永二年五月二二日)

→ 上命曰「名所可入因幡山。可出他所」。與清範商議。生野已罷。

 用例中の傍線部ぼうせんぶが先述の和習わしゅうに当たる。例⑴では「令〜給」を動作主尊敬の意味で用いていると見られるが、これは(中国語でなく)シメタマフという日本語を漢字で表記ひょうきした結果であろう。例⑵では仮名を交えており、中国語文を書くつもりがないことが明らかである。

 和習わしゅうの分類については田中(二〇一九)序論第一章で行っているので詳しくはそちらを参照されたいが、私見では、変体漢文へんたいかんぶんにおける和習わしゅうの中で最も重要なのが右の例⑴のようなものである。すなわち、変体漢文へんたいかんぶんは特定の和語わご和訓わくん)と結び付いた漢字を使って日本語を書き記すものだが、結び付いた和語Aと漢字αとで、意味が完全に一致するとは限らない。例⑴で言えば、和語シム(A)は使役と尊敬の両方の意味で用いられるが、漢字「令」(α)には使役の意味はあっても尊敬の意味はない。そこに例⑴のような和習わしゅうが生じる原因があるわけだが、これは変体漢文へんたいかんぶんという表記法ひょうきほうから必然的に生じるものと言えよう。

 このことから、次のことが言えると稿者は考える。すなわち変体漢文へんたいかんぶんは「和習わしゅうが混入した漢文」ではなくあくまで日本語文を漢字の表語用法ひょうごようほう(=訓読み(注2))によって書き記しかつ字句を便宜べんぎ的に中国語風に配列したものであるから、日本語文を綴っている以上、変体漢文へんたいかんぶんにおいて「和習わしゅう」は夾雑物きょうざつぶつではなく、本体である。「和習わしゅう」に見えない部分は、たまたま和語わご(A)とそれに宛がわれた漢字(α)との語義・用法が一致していたのであって、別にその部分だけが中国語で書かれているわけではない。

 変体漢文へんたいかんぶんは、ともすれば「正格漢文せいかくかんぶんでは上手く書けない部分について、和習わしゅうを交えて書いたもの」というイメージで理解されているかも知れない。しかし変体漢文へんたいかんぶん変体漢文へんたいかんぶんとして一律に書かれていると見るべきであって、正格せいかく部分と和習わしゅう部分とから成るヒョウタンツギのように捉えるのは適切ではない。

和習わしゅう

正格せいかく

和習わしゅう

変体漢文へんたいかんぶんの誤ったイメージ図

文法・表現

〜と見られる
推量・客観的分析の表現。「〜と考えられる」に近く、自分の判断を直接断言せず、観察に基づく推論として述べる。学術文で頻出する客観化の手段。
ではなく、あくまで〜である
強調的対比の構造。「ではなく」で先行解釈を明確に否定し、「あくまで」(どこまでも・本質的に)で再定義を強調する。変体漢文の本質をめぐる著者の核心的主張を提示する場面。
〜と見るべきであって
「べき」は当為・規範を示す助動詞。「であって」は中止形で逆接的接続(〜だが、の意)。「〜のように捉えるのは適切ではない」という否定への橋渡し役を担う。
〜かも知れない。しかし〜
想定される誤解を先に提示し(〜かも知れない)、「しかし」で反論する論述パターン。読者の理解を誘導しつつ、著者の主張をより鮮明にする。

中文翻譯

 例文中加底線的部分,即是上述的和習。例⑴中「令〜給」以動作主尊敬之義使用,這應是將日本語「シメタマフ」以漢字書寫的結果(而非中文書寫)。例⑵中夾雜假名,可知書寫者並無書寫中文的意圖。

 關於和習的分類,詳見田中(2019)序論第一章,此處不贅。稿者私見以為,變體漢文中的和習,最重要的是例⑴這一類型。亦即,變體漢文是以與特定和語(和訓)相結合的漢字來書寫日本語,但「和語A」與對應的「漢字α」,其意義未必完全一致。以例⑴而言,和語「シム」(A)兼有使役與尊敬兩義,而漢字「令」(α)雖有使役義,卻無尊敬義——這正是例⑴中和習產生的原因,且這可說是從變體漢文這一書寫法中必然產生的現象。

 由此,稿者認為可以得出如下結論:變體漢文並非「混入了和習的漢文」,而純粹是以漢字的表語用法(=訓讀,注2)書寫日本語、並便宜地以中文風格排列字句的文章。既然所書寫的是日本語文,那麼在變體漢文中,「和習」並非夾雜物,而是本體。那些看起來不像和習的部分,不過是和語(A)與對應漢字(α)的語義・用法恰好吻合,並非那些部分是以中文書寫的。

 或許有人將變體漢文理解為「對於正格漢文無法好好書寫的部分,摻入和習而寫成的文章」。但應將變體漢文視為一律以變體漢文書寫的文章,把它捕捉為由正格部分和和習部分交替構成的「瓢箪繼」(葫蘆形拼接),是不恰當的。

【圖說】「變體漢文的錯誤形象圖」:和習/正格/和習 垂直交疊的瓢箪形——這是對變體漢文的誤解。實際上變體漢文是整體一律的書寫法,並非正格與和習的拼接。

 このような変体漢文へんたいかんぶんは、右でも述べた通り、記録や文書を中心に日常的な書き物の表記法ひょうきほうとして広く長く用いられた。変体漢文へんたいかんぶんの始まりをどこに求めるかというのは難しい問題であるが、古事記こじきなどの実例から、八世紀以前より行われていたと分かる。

 下って近世になると、変体漢文へんたいかんぶんの中で候文そうろうぶんという形式が大きな位置を占めるようになる。尤も「候」を頻用するという意味での候文そうろうぶんは仮名文によっても表記されたが、多くは漢字主体のいわゆる変体漢文へんたいかんぶんの形で書かれた。次例のようなもので、単に「候」を多く含むだけでなく、仮名を活用する等によって返読表記を簡略化させ、実用文として、より機能的になっていると言うことができる。

⑶私方与も、か様ニ一紙ヲ認、指上可レ申と奉レ存候得共、先御前江差上申候。
大黒屋清兵衛だいこくやせいべえ口上書・寛文かんぶん九年五月二日・石清水文書いわしみずもんじょ③一二二六八号)

(訓読案)私方与も、か様に一紙を認め、指し上げ申す可
しと存じ奉り候得共、先づ御前へ差し上げ申し候。

 近代になっても候文そうろうぶんは用いられ続け、公教育でも教えられたが、大正期に急激に衰退したという(真下(一九七四)二一頁)。商用文などではなお用いられ昭和の例も存するが、第二次大戦後、文語文の衰減に伴ってその一類たる候文そうろうぶんも役目を終えた。これが変体漢文へんたいかんぶんの歴史の終幕である。

 前置きが長くなったが、このような変体漢文へんたいかんぶんが日本語に与えた影響について以下の2〜3節で概観していく。

文法・表現

〜と言うことができる
分析的判断を客観的に述べる表現。直接断言する「〜だ」より一段距離を置き、論拠に基づく評価として提示する。学術文でよく用いられる。
〜したという(真下(一九七四)二一頁)
「〜という」は伝聞・引用の表現。先行研究に依拠することを括弧内の文献情報で明示し、著者自身の断言でなく先行研究の知見として述べる。
前置きが長くなったが
論文の流れを一度振り返り、本論へ移行する接続表現。「が」は逆接ではなく、転換の接続助詞として機能する。読者に「ここから本論」と知らせる構造的シグナル。
〜概観していく
「〜ていく」は動作・変化が前方に向かって展開することを示す補助動詞。「概観する」だけでなく「〜していく」とすることで、複数の論点を順序立てて展開するという論述の動的な展望を示す。

中文翻譯

 如上所述,這樣的變體漢文以記錄・文書為中心,作為日常書寫的書寫法被廣泛且長期地使用。變體漢文的起源究竟應上溯至何時,是個難題,但從《古事記》等實例可知,早在八世紀以前便已存在。

 時代下移至近世,候文這一形式在變體漢文中占據了重要地位。固然以頻繁使用「候」為特徵的候文也有以假名書寫者,但多數仍以漢字為主體、即所謂變體漢文的形式書寫。如下例所示,不僅包含大量「候」字,還藉助假名的活用而簡略了返讀標記,作為實用文,可說更具功能性。

⑶私方与も、か様ニ一紙ヲ認、指上可レ申と奉レ存候得共、先御前江差上申候。
(大黒屋清兵衛口上書・寛文九年五月二日・石清水文書③一二二六八号)

→ 敝方亦本欲如此呈上一紙,然先行呈覽御前。

 進入近代後候文仍持續使用,也在公共教育中講授,但據說在大正期急劇衰退(真下1974:21頁)。商業文書等尚有使用,昭和時期亦有例證,然第二次世界大戰後,隨文語文的衰退,作為其一類的候文亦告終結。這便是變體漢文歷史的終幕。

 前言略長,以下將在第2〜3節概觀這樣的變體漢文對日本語所產生的影響。

2 「書かれたもの」としての変体漢文へんたいかんぶんが与えた影響pp. 150–154

 変体漢文へんたいかんぶんが日本語に与えた影響を考える上で最も重要なのは、前節で述べたようにこれが日常的な書き言葉の表記法ひょうきほうとして常用されたことであろう。つまり、変体漢文へんたいかんぶんにおいて培われた習慣が他の日本語書き言葉へ、また話し言葉へも、波及していくことが予想されるのである。

 本節では、「書かれたもの」としての変体漢文へんたいかんぶんに着目し、その影響として次の四点を指摘したい。

文法・表現

〜として常用されたことであろう
「〜たことであろう」は歴史的事実を推量的に述べる表現。確信はあるが証明困難な歴史的状況について断言を避け、論者の分析として提示する。
〜が予想されるのである
「予想される」は受身形による客観化。「のである」(のだ)は説明・強調の文末表現で、前文の「常用された」という事実から「波及する」という帰結を解説する機能を持つ。
次の四点を指摘したい
「〜たい」は著者の意向・希望を示す助動詞。論文の見取り図を示す際の定番表現。「四点」と数を明示することで読者に論の構造を予告する。

中文翻譯

 考察變體漢文對日本語所產生的影響,最重要的一點如前節所述,即它是作為日常書面語的書寫法而被廣泛使用的。換言之,在變體漢文中所培養的習慣,可以預期會波及其他日本語書面語,乃至口語。

 本節將著眼於作為「書寫物」的變體漢文,就其影響指出以下四點。

[1]和訓わくん固定化こていか

 現在行げんざいぎょうわれているように漢字かんじ訓読くんよみを用いてもちいて日本語文にほんごぶん表記ひょうきするためには、和訓わくん固定化こていか、すなわちある漢字かんじとある和語わごとの結び付きむすびつき社会的しゃかいてき共有きょうゆうされている必要ひつようがある。読み手よみてがテクストない漢字かんじから特定とくてい和語わご読み取るよみとることができなければ、読み手よみて漢字かんじ意味いみ頼りたよりにそのテクストの意味いみ読み取るよみとるしかなくなる。

 漢字かんじ意味いみ分かわかるなら読解どくかい支障ししょうないではないかと思わおもわれそうだが、これでは日本語にほんご表記ひょうきとしては実用性じつようせい欠くかく個々のここの漢字かんじが、中国語ちゅうごくごとしての語義ごぎから離れはなれられなくなるからである。次のつぎのれい見らみられたい。

先例せんれい昼時只目令レ候レ楽。而依レ人暗以二笏扇一驚レ之。
小右記しょうゆうき正暦しょうりゃく四年正月二二日)

(訓読案)先例、昼時只目して楽を候ぜ令む。而るに暗に
入るに依りて笏扇しゃくおうぎを以て之を驚かす。

 ここで「驚」字は〈知らせる・注意する〉の意味で用いられているのだが、その意味はあくまでオドロカスという和語わごのものであり、「驚」という漢字のものではない。よって、もし読み手に「驚=オドロク(オドロカス)」という結び付きが共有されておらず、漢字の意味から右の文意を読み取るしかないとしたら、その人がいかに「驚」字について広範詳細な知識を有していようとも、書き手の意図に到達することはあるまい。これを書き手の立場から言えば、もしその社会において「オドロク(オドロカス)=驚」が充分共有されていないならば、右の意味で「驚」字を用いることはリスキーである。ここに和語わごと漢字の結び付きを固定化する動機がある。

 事実、古代の変体漢文へんたいかんぶんにおいて既に「一語一漢字」の強い傾向のあることが指摘されている(峰岸みねぎし(一九八六)一一七頁)。

 他方、正格漢文せいかくかんぶんにはこのような動機はない。正格漢文せいかくかんぶんは中国古典こてん文の語法に従って(少なくとも、従おうとして)書かれるものであるから、漢字に対する和訓わくんが明確でなくとも、まさしく「漢字の意味」さえ分かれば文意も読み取れるのである。

 以上より、漢字仮名交じり文が一般化する前の時代(中世より前)においては、専ら変体漢文へんたいかんぶん和訓わくんの固定化の場であったと見なすことができる。その意味で、現在に連なる漢字による日本語表記の基礎整備が行われた場とも評し得よう。

文法・表現

〜するためには、〜が〜している必要がある
「〜ためには〜必要がある」は必要条件を示す構文。「するためには」で目的を提示し、その達成に不可欠な前提を「必要がある」で述べる。論文で条件設定を行う場面の定番表現。
〜しかなくなる
「〜しかない」は排他的選択肢の限定(それ以外にない)を示す。「〜なくなる」と組み合わせることで、選択肢が消えていく状況的帰結を述べる。
〜ではないかと思われそうだが
想定される反論を著者自身が代弁して提示する構造(自問自答)。「〜そうだが」で「一見そう見える」という仮定を受けつつ、「が」で反論へと転換する論述パターン。
〜と見なすことができる / 〜とも評し得よう
「見なすことができる」は客観的分析の結論として用いる認定表現。「評し得よう」は「評価することができるであろう」の短縮形で、「よう」が推量の婉曲化を担う。いずれも断定を避けた学術的判断の表し方。

中文翻譯

[1]和訓固定化之場

 要像現在這樣以漢字的訓讀來書寫日本語文,就需要和訓的固定化——即某一漢字與某一和語之間的對應關係在社會上得到共享。若讀者無法從文本中的漢字讀取特定和語,就只能依靠漢字的意義來理解文意。

 或許有人以為,只要理解漢字的意義就不影響閱讀,但這樣的話,日本語表記就缺乏實用性——因為每個漢字都無法脫離其作為中文的語義。請看下例。

⑷先例昼時只目令レ候レ楽。而依レ人暗以二笏扇一驚レ之。
(小右記・正暦四年正月二二日)

→ 先例,白晝只目令候樂。然依人入暗,以笏扇警之(告知之)。

 此處「驚」字是以〈告知・提醒〉之義使用,但這個意義本屬和語「オドロカス」,而非漢字「驚」本身的意義。因此,如果讀者沒有共享「驚=オドロク(オドロカス)」這一對應,只能依靠漢字意義來理解文意,那麼即便對「驚」字有再廣博的知識,也無法到達書寫者的意圖。從書寫者的角度說,若該社會中「オドロク(オドロカス)=驚」尚未充分共享,以此義使用「驚」字便是有風險的。這正是固定和語與漢字對應關係的動機所在。

 事實上,古代變體漢文中已有「一語一漢字」強烈傾向的指摘(峰岸1986:117頁)。

 另一方面,正格漢文並無這樣的動機。正格漢文是(至少試圖)遵循中國古典文語法書寫的,即便漢字對應的和訓不明確,只要理解「漢字的意義」便可讀取文意。

 由以上可見,在漢字假名混合文普及之前的時代(中世以前),唯有變體漢文是和訓固定化之場,可以如此認定。就此意義而言,也可以評價為奠定現代漢字日本語表記基礎之場。

[2]漢文訓読かんぶんくんどくによって醸成じょうせいされた表現ひょうげんの「使用語彙」

 漢文かんぶん訓読くんどくにおいて形成けいせい醸成じょうせいされた表現ひょうげん日本語にほんご多くおおく採りとり入れいれられたことはよく知らしられている。「いわんや〜をや」「すべからく〜べし」といった表現ひょうげん現在げんざいでも堅いかたい文語ぶんご調ちょう語感ごかん持ちもちつつ生き残っいきのこっている。

 しかしよく考えかんがえてみると、中国ちゅうごく古典こてんぶん読みよみ下すくだすという非常にひじょうに限定的げんていてき場面ばめん生じしょうじ翻訳ほんやく表現ひょうげんが、そのまま日本語にほんご他のほかの位相いそう波及はきゅうしていくとは、やや考えかんがえにくい。漢文訓読かんぶんくんどく得らえられる表現ひょうげんというのはいわば理解りかい語彙ごい留まるとまるものであって、これがより広いひろい広まひろまっていくには、そうした表現ひょうげん使用しよう語彙ごいへと拡張かくちょうするあしがかりがあって然るしかるべきであるように思わおもわれる。それは、話し言葉はなしことばにおいては詩文しぶんの「朗詠ろうえい」であり、書き言葉かきことばにおいては漢文かんぶんの「作文」であろう。

 もちろん、漢文訓読かんぶんくんどく由来ゆらいする語彙ごい語法ごほう最ももっとも頻用ひんようするのは正格漢文せいかくかんぶんであるはずである。しかしながら、変体漢文へんたいかんぶんもまた、そうした表現ひょうげん大いおおい活用かつようして綴らつづられていた。山田やまだ一九いっくさん)が示すしめす語群ごぐんからかずれい取り上げとりあげ、それらが変体漢文へんたいかんぶん用いもちいられているれい示すしめす

⑸イヘドモ・スベカラク〜ベシ
雖レ須二本公験副進一、依レ有二類地林一、副進不レ能。(僧澄賢そうちょうけん
林売券・仁安にんあん三年五月一〇日・平安遺文へいあんいぶん⑩五〇四七号)

(訓読案)須く本公験 副進す〔須〕しと雖も、類地の林有
るに依りて副進に能はず。    ※〔 〕は再読。

⑹アタハズ・文終止のノミ
中納言ちゅうなごん以二資平すけひら一令レ申二相府しょうふ一。御返事太長。不レ能二具記一而
已。
小右記しょうゆうき長和ちょうわ二年八月二二日)

(訓読案)中納言、資平を以て相府に申さ令む。御返事太
だ長し。具さに記すに能はず而已。

 漢文訓読かんぶんくんどくに由来する表現が使用語彙化する場は、右述の通り話し言葉にもあるのであり、また書き言葉でも正格漢文せいかくかんぶんが筆頭に挙がるものではある。しかし、日常的書き言葉たる変体漢文へんたいかんぶんに活用されたということも、この類の表現の普及・定着において無視できない役割を果たしたことが推定されよう。

文法・表現

〜はよく知られている
通説・定説を提示する定番の書き出し。自分で論証する必要なく共有知識として前提化し、その上で論を展開する。
〜とは、やや考えにくい
「考えにくい」は婉曲否定の表現。「考えられない」より穏やかで反論の余地を残す。「やや」を加えることでさらに断定を和らげ、後続の反論も許容する余地を作る。
理解語彙に留まるものであって
「留まる」(とどまる)は「その段階・範囲にある」という限定。「ものであって」の「であって」は中止形で逆接的接続として機能し、「それだけでは不十分で〜」という後続の論へとつなぐ。
もちろん〜はずである。しかしながら〜
「もちろん〜はずである」で先行解釈に一定の正当性を認め(譲歩)、「しかしながら」で自説へ転換する論述パターン。譲歩→反論の典型的な学術文の流れ。

中文翻譯

[2]漢文訓讀所醞釀表現的「使用詞彙」化之場

 漢文訓讀中形成・醞釀的表現大量被日本語採用,這是眾所周知的事實。「いわんや〜をや(況…乎)」「すべからく〜べし(凡…應)」等表現至今仍帶著文言色彩存活著。

 然而仔細思考,中國古典文的訓讀是極為有限的場合,在此場合產生的翻譯表現,要就這樣波及日本語的其他位相,似乎略難以想像。漢文訓讀場合中所得到的表現,可說僅停留於「理解詞彙」;要讓其廣泛傳播,應當需要這些表現拓展為「使用詞彙」的契機。在口語方面,那是詩文的「朗詠」;在書面語方面,則是漢文的「作文」。

 當然,最頻繁使用漢文訓讀源表現的應是正格漢文。然而,變體漢文也大量運用了這些表現。茲從山田(1935)所示語群中舉若干例,展示其在變體漢文中的使用例。

⑸イヘドモ・スベカラク〜ベシ(雖然・應當〜)
雖レ須二本公験副進一,依レ有二類地林一,副進不レ能。
→ 雖應附進本公驗,因有類地之林,不能附進。

⑹アタハズ(不能)・文末のノミ(而已)
中納言以二資平一令レ申二相府一。御返事太長。不レ能二具記一而已。
→ 中納言令資平申告相府。御回覆甚長。不能詳記,而已。

 漢文訓讀源表現成為使用詞彙之場,如上所述,口語亦是其中之一,書面語中正格漢文也首當其衝。但變體漢文作為日常書面語而被使用這一事實,在這類表現的普及・定著中所扮演的角色也不可忽視,當可推定。

[3]狭義の和製漢語わせいかんごが生成される場

 和製漢語わせいかんごという言葉は、文字通り①中国語には存しない和製の漢語(字音語じおんご)という意味でも用いられるが、より限定的な意味、すなわち②「訓読くんよみから音読おんよみへ変わったもの」(『日本語学研究事典にほんごがくけんきゅうじてん』「和製漢語わせいかんご」)も指す。例えば「火事(ヒノコト→クヮジ)」「大根(オホネ→ダイコン)」のようなものである。①は広義の和製漢語わせいかんご、②は狭義の和製漢語わせいかんごと言える。

 広義の和製漢語わせいかんご字音形態素じおんけいたいそを用いての造語であり、これは文字化を経ずとも(音声言語上でも)作られ得る。他方、狭義の和製漢語わせいかんごは、右の例で言えばヒノコト→クヮジ、オホネ→ダイコンという、音声的には全く繋がりを持たない語の派生であるから、文字化というプロセスを経ていなくては成立し得ないと考えられる。すなわち、和語わごヒノコトを漢字で「火事」と書き、それが音読おんよみでクヮジと読まれる、という行程によって(のみ)狭義の和製漢語わせいかんごは生じるわけである。つまり狭義の和製漢語わせいかんごは、書き言葉、それも漢字を用いる書き言葉を成立の場とする。そしてそのような場の筆頭として考えられるのが変体漢文へんたいかんぶんである。

 送り仮名おくりがなの類を基本的に用いない変体漢文へんたいかんぶんでは、語種(漢語か和語わごか)が特定できないことがしばしばある(例 開門かいもん開門かいもんス? 門ヲひらク?)。そのような文章の中で、漢字で書かれた和語わご音読おんよみにて理解される(=狭義の和製漢語わせいかんごの成立)ことがまま生じたことは充分想定できよう。なお、正格漢文せいかくかんぶんでは和語わごを(中国古典こてん文にない漢字列によって)そのまま文字化することは考えにくいので、狭義の和製漢語わせいかんごの発生の場にはならない。

 中世以降、漢字仮名交じり文が一般化するにつれ、この漢字仮名交じり文もまた狭義の和製漢語わせいかんごの発生の場として機能したであろうが、日常的書き言葉としてなお使われ続けた変体漢文へんたいかんぶんにおいても引き続きこれが作られることとなったであろう。

文法・表現

〜でも用いられるが、より限定的な意味〜も指す
術語の多義性を整理する論文定番の表現。「でも用いられる」で広義を提示し、「より限定的な意味〜も指す」で狭義を導入する。①②と番号付きで整理することで、以後の議論での参照が容易になる。
〜を経ていなくては成立し得ない
「〜ていなくては」は否定の仮定条件(〜ていなければ)。「成立し得ない」は「成立することができない」の書き言葉的縮約形。二重否定的な条件で論理的必要条件を強調する。
〜によって(のみ)〜わけである
「のみ」は限定強調(それだけ)。「〜わけである」は論理的帰結の説明(〜ということになる)を示す。「のみ」と「わけである」が呼応して「唯一の経路によって生じる」という必然性を表す。
〜は充分想定できよう
「〜よう」は推量の助動詞「う」の文語形(〜できるだろう)。「充分想定できる」だけでなく「よう」を加えることで控えめな主張になり、「蓋然性が高い」という判断として提示する。

中文翻譯

[3]狹義和製漢語生成之場

 「和製漢語」一詞,照字面有①中文中不存在的和製漢語(字音語)之義,同時也指更為限定的意義,即②「從訓讀變為音讀者」(《日本語學研究事典》「和製漢語」條)。例如「火事(ヒノコト→クヮジ)」「大根(オホネ→ダイコン)」之類。①可稱廣義和製漢語,②可稱狹義和製漢語。

 廣義和製漢語是運用字音形態素的造詞,無需經歷文字化(在音聲語言上也可產生)。另一方面,狹義和製漢語,以上例而言,是ヒノコト→クヮジ、オホネ→ダイコン這種在語音上毫無關聯的詞語派生,因此被認為不經歷文字化這一過程便無法成立。亦即,狹義和製漢語(唯有)通過「將和語ヒノコト以漢字寫作『火事』,再以音讀クヮジ讀之」這一過程才得以產生。換言之,狹義和製漢語以書面語、尤其是使用漢字的書面語為其成立之場——而這樣場合的首選,正是變體漢文。

 基本不使用送假名的變體漢文,常常無法確定語種(是漢語還是和語)(例:「開門」=「開門ス」?還是「門ヲ開ク」?)。在這樣的文章中,以漢字書寫的和語被以音讀理解(=狹義和製漢語的成立),這種情況時有發生,當可充分想像。又,正格漢文不太可能直接將和語(以中國古典文中不存在的漢字列)文字化,故不成為狹義和製漢語的發生之場。

 中世以後,漢字假名混合文逐漸普及,這種混合文也作為狹義和製漢語的發生之場發揮了功能;而繼續作為日常書面語使用的變體漢文,應當也持續是其產生之地。

[4]文語文ぶんごぶん保持ほじ

 変体漢文へんたいかんぶんは、候文そうろうぶんへの変遷へんせん経つへつ近代きんだいまで日常的にちじょうてき書き物かきもの用いもちいられ続けつづけた。このことは日本語にほんご書き言葉かきことば歴史れきしにおいて極めきわめ大きおおき意味いみ持つもつ思うおもう。なぜなら変体漢文へんたいかんぶんは、その表記ひょうきシステムうえ文語文法ぶんごぶんぽう拘束こうそくされるからである。

 日本語文にほんごぶん中国語ちゅうごくごかぜ書くかくということは、プロセスとしてはいわば漢文訓読かんぶんくんどく中国語ちゅうごくごぶん日本語にほんごとして読むよむ)を逆向きぎゃくむきにしたものである。漢文訓読かんぶんくんどく文語文法ぶんごぶんぽう基づもとづいて行わおこなわれる(現代げんだいでもそうである)(ちゅう3)ので、変体漢文へんたいかんぶん日常的にちじょうてき書き言葉かきことばとしてアクティブであった時代じだいはすなわち文語文ぶんごぶん日常的にちじょうてき書き言葉かきことばとしてアクティブだった時代じだいということにもなるわけである。

 もちろん、これは「文語文ぶんごぶん日常的にちじょうてき書き言葉かきことばとしてアクティブであったからこそ変体漢文へんたいかんぶん使わつかわ続けつづけた」と解釈かいしゃくするのが自然しぜんであろう。しかしそのぎゃく、すなわち「変体漢文へんたいかんぶんという表記法ひょうきほうがあったからこそ文語文ぶんごぶん日常的にちじょうてき書き言葉かきことばとしてアクティブであり続けつづけた」というめんも、想定そうていしうるのではないだろうか。

 変体漢文へんたいかんぶん殊にことに近世きんせい以降いこう候文そうろうぶん仮名かな活用かつようへんどく表記ひょうき簡略化かんりゃくかによって高いたかい機能性きのうせい有しゆうしていた(矢田やだ一二いちに第四だいよんへん、また本稿ほんこうれい参照さんしょう)。訓読くんどくにおいてはいわゆる古典文法こてんぶんぽう比べくらべ助動詞じょどうし助詞じょしかず限定的げんていてきであり習得しゅうとくしやすいという利点りてんもある。また仮名かなによる表音ひょうおん表記ひょうき対したいして、漢字かんじによる表語ひょうご表記ひょうき主体しゅたいとする変体漢文へんたいかんぶん候文そうろうぶんでは俗語ぞくご方言ほうげん表面化ひょうめんかしにくく((遠隔地えんかくちとの通信つうしん有用ゆうよう)、仮名遣いかなづかい問題もんだい生じしょうじにくいという利点りてん認めみとめられる。

 みぎからすると、文語文ぶんごぶん安定あんていして書けかけ環境かんきょう変体漢文へんたいかんぶんという表記法ひょうきほう担保たんぽしていたと見るみることもできようかと思うおもう。こうした変体漢文へんたいかんぶん特質とくしつがあってこそ、文語文ぶんごぶんが(口語こうご大きくおおきく文法ぶんぽう異なることなるにもかかわらず)初歩的しょほてき書き言葉かきことばとして使わつかわ続けつづけたとも見なみなしうるように思わおもわれるのである。

文法・表現

なぜなら〜からである
理由節を後置する文型。「なぜなら」で理由の提示を予告し、「からである」で締める。前文の「極めて大きな意味を持つ」という主張の根拠を説明するための構造で、論文でよく用いられる。
〜ということにもなるわけである
「〜ということになる」は論理的帰結(そういう状況になる)を示す。「わけである」が重なることで、推論の必然性がさらに強調される。「つまり〜だ」を婉曲的に言い換えた学術的表現。
〜と解釈するのが自然であろう。しかしその逆〜想定しうるのではないだろうか
「自然であろう」で通常解釈を認めつつ、「しかしその逆」で反転する論述。「〜のではないだろうか」は問いかけ的婉曲表現で仮説を提示する。「想定しうる」は「想定できる」の書き言葉的表現。
〜とも見なしうるように思われるのである
「見なしうる」(見なすことができる)+「ように思われる」(私にはそう思える)+「のである」(説明・強調)という三重の婉曲化。仮説的結論に慎重な論者の姿勢を示す。

中文翻譯

[4]文語文保持之場

 變體漢文在歷經向候文的演變過程中,持續被用於日常書寫直至近代。筆者認為,這在日本語書面語歷史上具有極其重大的意義。因為變體漢文在其表記系統上,是受文語文法所制約的。

 以中文風格書寫日本語,其過程可說相當於漢文訓讀(將中文以日本語讀出)的逆向操作。漢文訓讀是依據文語文法進行的(現代亦然)(注3),因此,變體漢文作為日常書面語活躍的時代,也就意味著文語文作為日常書面語活躍的時代。

 當然,較自然的解釋是「正因為文語文作為日常書面語而活躍,變體漢文才得以持續使用」。然而其反面——亦即「正因為有變體漢文這一書寫法,文語文才得以持續作為日常書面語而活躍」——這一面,或許也是可以設想的。

 變體漢文、尤其是近世以後的候文,藉助假名的活用與返讀標記的簡略化而具備了高度功能性(參見矢田2012第四編及本稿例⑶)。訓讀中助動詞・助詞的數量相較於所謂古典文法更為有限,具有易於習得的優點。此外,相對於假名的表音書寫,以漢字表語書寫為主體的變體漢文・候文,俗語・方言不易浮現(=便於遠距通訊),也不易產生假名遣問題,這些優點也值得認可。

 由此觀之,似也可以認為,變體漢文這一書寫法擔保了能夠穩定書寫文語文的環境。正因有變體漢文的這一特質,文語文才得以(儘管與口語文法相去甚遠)持續作為初步書面語使用——這似乎也是可以設想的。

3 和漢混淆文わかんこんこうぶん土壌どじょうとしての変体漢文へんたいかんぶんpp. 154–155

 和漢混淆文わかんこんこうぶんとは何かなにかというのは大きおおき問題もんだいであるが、「和文わぶん平安時代へいあんじだい仮名書きかながき散文さんぶん)の要素ようそ漢文訓読文かんぶんくんどくぶん漢文かんぶん読みよみ下しくだし文章ぶんしょう)の要素ようそとを併せあわせ持つもつ文章ぶんしょう」というのが一般的いっぱんてき理解りかい言えいえよう。そしてこの意味いみにおいて、変体漢文へんたいかんぶん文章ぶんしょう和漢混淆文わかんこんこうぶん一類いちるいであることは疑いうたがいない。前節ぜんせつの[2]で指摘してき例示れいじしたように変体漢文へんたいかんぶんでは漢文訓読かんぶんくんどく特徴的とくちょうてき語彙ごい語法ごほう用いもちいられているが、一方いっぽう次のつぎの例のれいのように和文わぶん特徴的とくちょうてき語彙ごい語法ごほう傍線部ぼうせんぶ)も用いもちいられているためである。

⑺見二余面一云「不レ可レ為レ疵。更不レ見レ苦」者。
小右記しょうゆうき治安じあん三年閏九月二六日)

(訓読案)余の面を見て云く「疵と為す可からず。更に見苦
しからず」者。

⑻数度雖レ相催、如此不レ相会之程、自然送二年月之由一所レ申
也。(伊勢大神宮いせだいじんぐう検非違使けびいし在那郡司等解案ざいなぐんじらげあん康和こうわ元年一〇
月七日・平安遺文へいあんいぶん④一四一六号)

(訓読案)数度相ひ催すと雖も、此の如く相ひ会はざる
〔之〕程、自然年月を送る〔之〕由申す所也。
                   ※〔 〕は不読。

 平安へいあん初期〜中期においては、それより後の時代に比べて、和文わぶん漢文訓読文かんぶんくんどくぶん的要素を比較的多く含み、また漢文訓読文かんぶんくんどくぶん和文わぶん的要素を比較的多く含んでいたことが知られている。その後、和文わぶん漢文訓読文かんぶんくんどくぶんそれぞれの特徴が明確化していく、いわば「精錬」の過程を経るわけであるが、それらをよそに変体漢文へんたいかんぶん和漢混淆文わかんこんこうぶんであり続けた。

 我々の日常使用の言葉を顧みると、俗語を交える一方で時には「えてして」「さしづめ」といった文語表現をも交えることがあるように、一つの文章が複数の位相語を混在させることはむしろ自然なことと思われる。その意味では、和漢混淆文わかんこんこうぶんであり続けた変体漢文へんたいかんぶんの方が自然で、和文わぶん漢文訓読文かんぶんくんどくぶんとがそれぞれ「精錬」の方向に向かったことこそが特徴的な流れと言えよう。

 和文わぶんにおいては文学的動機が、漢文訓読文かんぶんくんどくぶんにおいては訓読という翻訳システムの確立が、「精錬」の要因として想定される。他方、日常的な書き物を担う変体漢文へんたいかんぶんにおいてはそのような要因がなく、和漢混淆文わかんこんこうぶんであることがいわば許され続けたのであろう。

文法・表現

〜ことは疑いない
強い確言の表現。「〜であることは明らかだ」より文語的で重みがある。前節での分析を踏まえた論理的帰結として用いられており、根拠を積み上げた後の結論として機能する。
いわば「精錬」の過程を経る
「いわば」(言わば)は比喩・慣用的表現を導く副詞。「精錬」に括弧を付けて概念として立て、特定の専門的含意を持たせる(和文と漢文訓読文それぞれが純化・洗練されていく過程)。
〜こそが特徴的な流れと言えよう
「〜こそが」は強調の係助詞「こそ」による焦点化。「言えよう」は推量の婉曲形(〜と言えるだろう)。「変体漢文の方が自然」という反転した主張を強調して述べる。
〜要因として想定される / 〜いわば許され続けたのであろう
「想定される」は受身による客観的推量。「のであろう」は説明(のだ)+推量(であろう)の組み合わせで、歴史的プロセスについての間接的な判断を示す。いずれも歴史事実を慎重に推論する学術的スタンスを示す。

中文翻譯

 和漢混淆文是什麼,是個大問題;但「兼具和文(平安時代假名書寫散文)要素與漢文訓讀文(訓讀漢文的文章)要素的文章」,可說是一般的理解。就此意義而言,變體漢文的文章屬於和漢混淆文的一類,這是毫無疑問的。如前節[2]所指出・例示,變體漢文使用了漢文訓讀特有的詞彙・語法,同時也如下例所示,使用了和文特有的詞彙・語法(底線部分)。

⑺見二余面一云「不レ可レ為レ疵。更不レ見レ苦」者。
(小右記・治安三年閏九月二六日)

→ 見吾面曰「不可為疵。更不見苦(見苦しからず・てへり)」。

⑻数度雖レ相催、如此不レ相会之程、自然送二年月之由一所レ申也。
(伊勢大神宮検非違使并在那郡司等解案・康和元年一〇月七日)

→ 数度相催,然如此不相會之程,自然送年月,所申也。

 平安初期〜中期,相較於此後的時代,和文包含較多漢文訓讀文要素,漢文訓讀文也包含較多和文要素,這是已知的事實。此後,和文與漢文訓讀文各自的特徵趨於明確,經歷了可說是「精鍊」的過程;而置身於此過程之外,變體漢文依然是和漢混淆文。

 回顧我們日常使用的語言,一篇文章夾雜俗語之餘,有時也夾入「えてして(往往)」「さしづめ(換言之)」等文語表現——一篇文章混在複數語域,毋寧說是自然的事。就此意義而言,持續是和漢混淆文的變體漢文更為自然,而和文與漢文訓讀文各自走向「精鍊」的方向,才可說是更具特徵的流向。

 和文的精鍊要因是文學性動機,漢文訓讀文的精鍊要因是訓讀這一翻譯系統的確立——這些是可以設想的。另一方面,承擔日常書寫的變體漢文並無這樣的要因,因此成為和漢混淆文這一狀態,可說是被「許可」了的。

4 結語p. 155

 変体漢文へんたいかんぶんが日本語に与えた影響について、「書かれたもの」という観点と、和漢混淆文わかんこんこうぶんの土壌という観点から概説を行った。ただし、変体漢文へんたいかんぶんを日本語の歴史にどう位置付けるかという問題はなお研究の余地を大いに残している。変体漢文へんたいかんぶん研究の今後の活性化に期待したい。

1 以下、用例の引用に際しては底本から一部表記ひょうきを改めた。

2 正確には訓読くんよみだけでなく音読おんよみを含む。表語ひょうご用法としての音読おんよみとは、万葉仮名まんようがなとは異なり漢字の意味を残したもののことである(例 消息・先例・法師)。

3 理屈から言えば、話し言葉の歴史的変化に伴って訓読くんどくの文法も変化していく(例「不書」=カカズ∨カカス∨カカン)ことは有り得たはずだが、実際にはそうはならなかった。

参考文献

田中草大たなかそうた(二〇一九)『平安時代へいあんじだいにおける変体漢文へんたいかんぶんの研究』(勉誠出版べんせいしゅっぱん

真下三郎ましたさぶろう(一九七四)「日本書翰文体史 三:候文体そうろうぶんたい」(『甲南女子大学こうなんじょしだいがく研究紀要』一〇)

峰岸みねぎし 明(一九八六)『変体漢文へんたいかんぶん』(東京堂出版とうきょうどうしゅっぱん

矢田やた 勉(二〇一二)『国語文字こくごもじ・表記史の研究』(汲古書院きゅうこしょいん

山田孝雄やまだよしお(一九三五)『漢文の訓読くんどくによりて伝へられたる語法』(宝文館ほうぶんかん

用例底本

小右記しょうゆうき東京大学史料編纂所とうきょうだいがくしりょうへんさんじょ編(一九五九〜一九八六)『大日本古記録 小右記しょうゆうき』(岩波書店いわなみしょてん

明月記めいげつき冷泉家時雨亭文庫れいぜいけしぐれていぶんこ編(二〇一一〜二〇一八)『冷泉家時雨亭叢書 別巻 翻刻明月記』(朝日新聞出版あさひしんぶんしゅっぱん

石清水文書いわしみずもんじょ東京大学史料編纂所とうきょうだいがくしりょうへんさんじょ編(一九六九〜一九七〇)『大日本古文書 家わけ第四 石清水文書』(東京大学出版会とうきょうだいがくしゅっぱんかい

(たなか・そうた 京都大学講師)

文法・表現

〜という観点と〜という観点から概説を行った
「〜という観点から」は研究の分析軸・視点を明示する表現。複数の観点を「と」で並列して整理し、論文の成果を要約する。結語の冒頭定番。
〜はなお研究の余地を大いに残している
「余地を残す」は「さらに探求・研究の余地がある」という謙虚な展望を示す。自論の限界を認めつつ、研究領域の広がりを示唆する。「大いに」で余地の大きさを強調する。
〜の活性化に期待したい
「〜に期待する」+「〜たい」(希望)。論文の結語として自分の研究分野の今後の発展を希望する表現。「活性化」は「より活発になること」を意味する名詞。

中文翻譯

 就變體漢文對日本語所產生的影響,從「書寫物」的觀點與「和漢混淆文土壤」的觀點進行了概述。然而,如何將變體漢文定位於日本語歷史中,這一問題仍有相當大的研究餘地。期待變體漢文研究今後的進一步活性化。

1 以下,用例引用之際,已就底本部分表記有所改動。

2 正確而言,除訓讀之外亦包含音讀。表語用法的音讀,與萬葉假名不同,是保留漢字意義者(例:消息・先例・法師)。

3 從道理上說,訓讀的文法理應隨口語的歷史變化而變化(例「不書」=カカズ∨カカス∨カカン),但實際上並未如此。

參考文獻

田中草大(2019)《平安時代における変体漢文の研究》(勉誠出版)

真下三郎(1974)「日本書翰文体史 三:候文体」(《甲南女子大学研究紀要》10)

峰岸明(1986)《変体漢文》(東京堂出版)

矢田勉(2012)《国語文字・表記史の研究》(汲古書院)

山田孝雄(1935)《漢文の訓読によりて伝へられたる語法》(宝文館)