言語げんご文化ぶんか #69・70

古文こぶん

古文こぶん たびこころ紀行きこう

おく細道ほそみち全二回ぜんにかい①】

旅立たびだ

松尾まつお芭蕉ばしょう

講師こうし 山本やまもと 章博あきひろ

学習がくしゅうのねらい

松尾まつお芭蕉ばしょうは、おおくのたびをしましたが、そのなかでもっともとおながたびが、東北とうほく北陸ほくりくをめぐる『おく細道ほそみち』のたびでした。今回こんかいはその「旅立たびだち」の場面ばめんみます。はるかなる旅路たびじへの期待きたい不安ふあん江戸えど友人ゆうじんたちとのわかれ、その旅立たびだちのとき風景ふうけいとともに、芭蕉ばしょう心情しんじょうせまってみましょう。

文法・表現

その中でもっとも
「其中最・當中最」。
東北、北陸をめぐる
「巡遊東北、北陸」。めぐる表示繞行・巡遊。
心情に迫ってみましょう
「讓我們探尋心情吧」。迫る表示接近・深入探索。

中文翻譯

松尾芭蕉做了許多旅行,其中最遙遠漫長的旅行,就是巡遊東北、北陸的《奧之細道》之旅。本回閱讀其「旅立ち」(啟程)的場面。讓我們與對遙遠旅途的期待與不安、與江戶友人的別離、啟程時刻的風景一同,探尋芭蕉的心情吧。

学習がくしゅうのポイント●

いち松尾まつお芭蕉ばしょうについて
旅立たびだちのさい作者さくしゃ心情しんじょうかんがえる
さん〉 「はるや……」の理解りかい鑑賞かんしょうする

松尾まつお芭蕉ばしょうについて

松尾まつお芭蕉ばしょう  一六四四せんろっぴゃくよんじゅうよねん一六九四せんろっぴゃくきゅうじゅうよねん江戸時代えどじだい
生誕地せいたんち伊賀国上野いがのくにうえの三重県みえけん伊賀市いがし)。
二十代にじゅうだいわり: 江戸えどて、文人ぶんじん交流こうりゅう
三十七歳さんじゅうななさい深川ふかがわいおりうつる。
近畿きんき地方ちほう常陸ひたち茨城県いばらきけん)、信濃しなの長野県ながのけん)などなをたびする。
四十六歳しじゅうろくさい: 「おく細道ほそみち」のたびる。弟子でし曽良そら同行どうこう

文法・表現

生誕地
「出生地・誕生地」。
文人と交流
「與文人交流」。文人=以詩文為業的人。
庵に移る
「移居茅屋」。庵=簡樸的小屋。

中文翻譯

◎ 松尾芭蕉 1644年〜1694年(江戶時代) 出生地:伊賀國上野(三重縣伊賀市)。 二十歲末期:來到江戶,與文人交流。 三十七歲:移居深川的茅屋。 遊歷近畿地方、常陸(茨城縣)、信濃(長野縣)等地。 四十六歲:踏上「奧之細道」之旅。弟子曽良同行。

旅立たびだちのさい作者さくしゃ心情しんじょうかんがえる

旅立たびだちの心情しんじょう
またいつかはと心細こころぼそし。
 ↓
江戸えどからえる富士山ふじさん上野うえの谷中やなかさくら、それをまたいつられるのだろうか。
 ↓
とおたびてしまったら、いつもどれるかからない。もしかしたら、もうかえってくることはないかもしれない、というおもい。

文法・表現

またいつかはと
「什麼時候才能再……呢」。またいつか表示不知何時的再度。
心細し
形容詞古語。「不安・心神不寧」。
もしかしたら
副詞。「也許・說不定」。表示不確定的推測。

中文翻譯

◎ 啟程的心情 「またいつかはと心細し。」 ↓ 從江戶可見的富士山、上野・谷中的櫻花,那些什麼時候才能再次看到呢。 ↓ 一旦踏上遙遠的旅程,就不知道什麼時候才能回來。也許永遠都無法再回來了——這樣的心情。

前途ぜんと三千里さんぜんりおもむねにふさがりて、
 ↓
前途ぜんとさき)は、三千里さんぜんり(はるかとおい)。

文法・表現

前途三千里
「前途三千里」。前途漫漫,引申為前方旅程遙遠之意。
胸にふさがりて
「充滿胸間・塞滿胸中」。中止形表示順接。

中文翻譯

「前途三千里の思ひ胸にふさがりて、」 ↓ 前途(去處)是三千里(遙遠之地)。

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 ↓
これから東北とうほく北陸ほくりくと、はるかとおくまでいくのだなあどおもうと、期待きたい不安ふあんむねがいっぱいになる。

文法・表現

なあど思うと
「一想到……就」。~と表示以某事為契機的結果。
期待と不安で胸がいっぱいになる
「因期待與不安而胸中充實」。

中文翻譯

↓ 一想到從此要走過東北、北陸,去到那麼遙遠的地方,便因期待與不安而胸中充實。

まぼろしのちまたに離別りべつなみだをそそぐ。
 ↓
まぼろしのようなはかないなかの、ちまた(かれみち)で、わかれのなみだながす。
 ↓
人生じんせいなかも、たびわかれのようににはかないものだ。

文法・表現

幻のちまた
「幻夢般的岔路口」。幻=如夢似幻的。ちまた=分岔路。
離別の涙をそそぐ
「流下離別的淚水」。そそぐ=灑落・流。
はかないものだ
「虛幻無常的東西」。はかない表示短暫・不堅實。

中文翻譯

「幻のちまたに離別の涙をそそぐ。」 ↓ 在幻夢般虛幻的世間的ちまた(分岔路口),流下離別的淚水。 ↓ 人生也好,世間也好,就像旅途的離別一樣虛幻無常。

重要じゅうよう語句ごく

あけぼの …… 夜明よあがたがほのぼのどけていく時分じぶん
朧々ろうろう ……… ぼんやりかすんでいること。
有明ありあけ ……… 夜明よあがたそらのこっているつき
よい …………… のはじめのほう時間帯じかんたい
ちまた ……… みちかれるところつじ

■ 「はるや……」の理解りかい鑑賞かんしょうする

はるや とりうおの なみだ

はる
たびく(る)はる
ってく(わっていく)はる
 ↓
とりうおは、はるってくのをかなしんでいる。
わたしは、はるるのをかなしむと同時どうじに、旅立たびだちのわかれになみだながしている。

文法・表現

行く春
「逝去的春天・踏上旅途的春天」。同時具有兩重含義。
啼き
「鳴叫・哀鳴」。啼く的連用形。
目は涙
「眼中含淚」。擬人化表現,將魚的眼睛比作含淚的眼睛。
悲しむと同時に
「在悲鳴的同時」。同時表示兩事同時發生。

中文翻譯

「行く春」 ① 踏上旅途(出發)的春天 ② 逝去(終去)的春天 ↓ 鳥兒與魚兒,為春天的離去而悲鳴哀泣。 我,在為春天離去而哀愁的同時,也在為啟程的別離而流淚。

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旅立たびだ

弥生やよいすえ七日なぬか、あけぼののそら朧々ろうろうとして、つき有明ありあけにてひかりをさまれるものから、富士ふじみねかすかに見えみえて、上野うえの谷中やなかはなこずえ、またいつかはと心細こころぼそし。むつまじき限りかぎりよいよりつどひて、ふね乗りのり送るおくる千住せんじゅといふところにてふね上がれあがれば、前途ぜんと三千里さんぜんり思いおもいむねにふさがりて、まぼろしのちまたに離別りべつなみだをそそぐ。

はるとりうおなみだ


これを矢立やたて初めはじめとして、行く道ゆくみちなほ進ますすまず。人々ひとびと途中とちゅう立ち並びたちならびて、後ろ影うしろかげ見ゆるみゆるまではと、見送るみおくるなるべし。

現代語訳げんだいごやく

陰暦三月いんれきさんがつすえ二十七日にじゅうななにち夜明よあがたそらはおぼろにかすんで、つき有明ありあけつきひかりうすらいでいるものの、富士山ふじさんみねがかすかに見えみえて、上野うえの谷中やなかはなこずえも、またいつ(られるだろう)かど心細こころぼそおもわれる。したしい人々ひとびとはすべてよいからあつまって、ふねっておくってくれる。千住せんじゅというところふねからがると、はるかとおくへのながたびるのだという思いおもいむねがいっぱいになって、まぼろしのようににはかないなかかれみちって、惜別せきべつなみだながす。

はるとりうおなみだってはるよ。はるしんでとりき、うおなみだかべている。わたしはるるのと同時どうじに、旅立たびだちのわかれになみだながすことだ。)

この筆記具ひっきぐ使つかはじめ(たびはじめ)として、すすんでみちはやはりはかどらない。人々ひとびと路上ろじょう並びならびて、後ろ姿うしろすがたえる限りかぎりはどおもって、見送みおくっているのであるろう。

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