← 首頁 › 言語文化講義 › 第64回 「論語」の注釈を読む
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言語文化 講義
第1回 古文に親しむ
第2-3回 宇治拾遺物語 児のそら寝
第4回 今鏡 用光と白波
第5-6回 宇治拾遺物語 絵仏師良秀
第7-8回 さくらさくらさくら(俵 万智)
第9回 ●言語活動 「“花”といえば“桜”?」
第10-11回 「美しい」ということ(赤木明登)
第12回 徒然草 亀山殿の御池に
第13-14回 徒然草 奥山に、猫またといふものありて
第15回 雪のおもしろう降りたりし朝
第16回 今日はそのことをなさんと思へど
第17回 ●古文の窓 「兼好法師、こんな一面も」
第18-19回 枕草子 うつくしきもの
第20回 ●訓読の基本 (1) 訓読
第21回 ●訓読の基本 (2) 格言
第22回 故事成語 「守株」 (韓非子)
第23回 故事成語 「五十歩百歩」 (孟子)
第24回 故事成語 「借虎威」 (戦国策)
第25-26回 柳あをめる(短歌)
第27-28 回 雪の深さを(俳句)
第29回 ●短歌・俳句の読み方
第30回 折々のうた 万葉集
第31回 折々のうた 古今和歌集
第32回 折々のうた 新古今和歌集
第33回 折々のうた 梁塵秘抄・閑吟集
第34回 ●言語活動 「短歌を作る」
第35回 漢詩 「春暁」 (孟浩然)
第36回 漢詩 「黄鶴楼送孟浩然之広陵」 (李白)/「涼州詞」 (王翰)
第37回 漢詩 「春望」 (杜甫)
第38回 ●漢詩と日本文学
第39-41回 とんかつ (1-3) (三浦哲郎)
第42-44回 雨漏りの音 (1-3) (長嶋 有)
第45回 ●小説の読み方
第46回 羅生門 (1) (芥川龍之介)
第47-48回 羅生門 (2-3) (芥川龍之介)
第49-50回 羅生門 (4-5) (芥川龍之介)
第51回 ●言語活動 「元になった古典作品と読み比べよう」
第52-53回 伊勢物語 芥川
第54-55回 伊勢物語 筒井筒
第56回 ●言語活動 「和歌を自分の言葉で書き換える」
第57回 平家物語 木曽の最期 (1)
第58回 平家物語 木曽の最期 (2)
第59回 平家物語 木曽の最期 (3)
第60回 ●古文の窓 「平家物語」のあらまし
第61回 論語 学ぶということ
第62回 論語 人間を見つめる
第63回 論語 政治を考える
第64回 「論語」の注釈を読む
第65回 冬が来た (高村光太郎)
第66回 少年の日 (佐藤春夫)
第67回 I was born (吉野 弘)
第68回 ●言語活動 「歌詞の意味や表現技法について考えよう」
第69回 奥の細道 旅立ち
第70回 奥の細道 平泉
第71回 ●言語活動 「文学碑を調べる」
第72回 ●言語活動 「古典芸能へのいざない」
第73回 三国志 「曹公戦於白馬」
第74回 三国志 「曹公以関羽為義」
第75回 世説新語 「魏武捉刀」
第76回 ●言語活動 「三国志のあらまし」
第77-78回 夢十夜 (1-2) (夏目漱石)
第79-80回 夢十夜 (3-4) (夏目漱石)
第81-83回 デューク (1-3) (江國香織)
第84回 ●現代文の窓 「小説へのいざない」
↔ 逐字稿
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学習がくしゅう のねらい
『論語ろんご 』の最終回さいしゅうかい です。第一回だいいっかい は「学問がくもん 」について、第二回だいにかい は「人間にんげん 」について、そして、第三回だいさんかい は、「政治せいじ 」についての章句しょうく を読よ みました。今回こんかい は、『論語ろんご 』の解釈かいしゃく や注釈ちゅうしゃく について考かんが えていきましょう。
●学習がくしゅう のポイント●
〈一いち 〉 『論語ろんご 』の解釈かいしゃく ・注釈ちゅうしゃく について
〈二に 〉 『論語ろんご 』の章句しょうく における二通ふたとおり の解釈例かいしゃくれい
〈三さん 〉 江戸時代えどじだい の学者がくしゃ の『論語ろんご 』について
■ 『論語ろんご 』の解釈かいしゃく ・注釈ちゅうしゃく について
『論語ろんご 』は、昔むかし から中国ちゅうごく でも日本にほん でも多おお くの人ひと に読よ まれ、研究けんきゅう されてきた書物しょもつ ですので、注釈ちゅうしゃく もいろいろなものが生う み出だ されました。それらの『論語ろんご 』の注釈書ちゅうしゃくしょ は、たくさんありますが、十二世紀頃じゅうにせいきごろ 、南宋なんそう の時代じだい に朱熹しゅき (または、朱子しゅし ともいいます)によって書か かれた『論語集注ろんごしっちゅう 』の登場とうじょう によって、一ひと つの大おお きな区切くぎ りを迎むか えます。この朱子しゅし の注釈書ちゅうしゃくしょ を「新注しんちゅう 」と呼よ び、それ以前いぜん のものは「古注こちゅう 」と呼よ びます。「古注こちゅう 」の中なか でも、まとまった形かたち で現存げんぞん する最古さいこ の注釈書ちゅうしゃくしょ は、『論語集解ろんごしっかい 』という書物しょもつ です。三国志さんごくし で有名ゆうめい な魏ぎ 、その時代じだい の何晏かあん という人ひと が編纂へんさん しました。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 ~が生み出されました 「被產生出來了」。受身形。 一つの大きな区切りを迎えます 「迎來一個重大的分水嶺」。 と呼び 中止形。「稱為」。 まとまった形で現存する 「以完整形式現存的」。連體修飾。 中文翻譯 《論語》是從古以來在中國和日本都被許多人閱讀、研究的書籍,因此也產生了各種各樣的注釋。那些《論語》的注釋書雖然很多,但在12世紀前後南宋時代,隨著朱熹(也稱朱子)所著《論語集注》的出現,迎來了一個重大的分水嶺。將朱子的這部注釋書稱為「新注」,之前的稱為「古注」。在「古注」中,以完整形式現存的最古老的注釋書,是名為《論語集解》的書籍,由三國志中著名的魏國時代的何晏所編纂。
日本にほん では、『論語ろんご 』は、古ふる くは「古注こちゅう 」によって読よ まれていましたが、その後、江戸時代えどじだい になると、「朱子学しゅしがく 」が学問がくもん の中心ちゅうしん になり、『論語ろんご 』の解釈かいしゃく も朱熹しゅき (朱子しゅし )の『論語集注ろんごしっちゅう 』(「新注しんちゅう 」と呼よ ばれるもの)が標準的ひょうじゅんてき となりました。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 古くは 「古時・以往」。 標準的となりました 「成為標準」。 中文翻譯 在日本,《論語》古時以「古注」閱讀,其後進入江戶時代,「朱子學」成為學問的中心,《論語》的解釋也以朱熹(朱子)的《論語集注》(稱為「新注」者)成為標準。
ポイント
● 『論語集解ろんごしっかい 』 何晏かあん 編纂へんさん
「古注こちゅう 」の中なか でも、まとまった形かたち で現存げんぞん する最古さいこ の注釈書ちゅうしゃくしょ 。
● 『論語集注ろんごしっちゅう 』 朱熹しゅき (朱子しゅし )編纂へんさん
「新注しんちゅう 」は、日本にほん で「朱子学しゅしがく 」が学問がくもん の中心ちゅうしん になった江戸時代えどじだい の標準的なひょうじゅんてきな 解釈かいしゃく 。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 編纂 「編纂」。蒐集材料編輯成書。 標準的な解釈 「標準解釋」。 中文翻譯 ●《論語集解》 何晏編纂:在「古注」中,以完整形式現存的最古老的注釋書。●《論語集注》 朱熹(朱子)編纂:「新注」是在「朱子學」成為日本學問中心的江戶時代的標準解釋。
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■ 『論語ろんご 』の章句しょうく における二通ふたとおり の解釈例かいしゃくれい
『論語ろんご 』の章句しょうく の解釈かいしゃく には、どのような違ちが いがあるのか、実際じっさい に見み てみましょう。解釈かいしゃく というのは、一文字いちもじ 一文字いちもじ 、漢字かんじ の意味いみ の取と り方かた の違ちが いや章句しょうく 全体ぜんたい の捉とら え方かた によっても大おお きくかわってきます。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 実際に見てみましょう 「讓我們實際看看」。「てみる」+勸誘。 一文字一文字 「逐字」。 大きくかわってきます 「會產生很大的不同」。「てくる」表示漸進的變化。 中文翻譯 讓我們實際看看《論語》章句的解釋有何不同。所謂解釋,會因為逐字的漢字意義的取法差異,以及對章句整體的把握方式,而產生很大的不同。
● 『論語ろんご 』「為政いせい 」篇へん の章句しょうく の二通ふたとおり の読よ み方かた
▼ 孟武伯もうぶはく が、孔子こうし に「孝こう 」について質問しつもん している場面ばめん です。
孔子こうし の答こた えに二通ふたとおり の読よ み方かた があります。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 質問している場面 「詢問的場面」。 二通りの読み方があります 「有兩種讀法」。 中文翻譯 ▼ 是孟武伯向孔子詢問「孝」的場面。孔子的回答有兩種讀法。
一ひと つ目め の読よ み方かた
A 孟武伯もうぶはく 孝こう を問と ふ。子し 曰いわ はく、
「父母ふぼ は唯た だ其そ の疾やまい を之こ れ憂うれ ふ。」と。
解釈かいしゃく 「父母ふぼ は、ひたすらに子こ どもが病気びょうき にかかることを心配しんぱい するものである(だから、子こ どもは親おや に心配しんぱい をかけないように自分じぶん の健康けんこう に留意りゅうい しなければならない。)」
文法解析 中文翻譯
文法・表現 ひたすらに 副詞。「一心地・只管地」。 ~ものである 「是~的・本來就是~」。表示一般性真理或自然而然的事。 留意しなければならない 「必須注意」。 中文翻譯 解釋:「父母一心擔憂孩子生病(所以孩子必須注意自身健康,不讓父母擔心。)」
想說的是:「孩子注意健康,不讓父母擔心,這才是孝行。」
擔心的是→「父母」。「父母」擔心「孩子」的病。
いいたいこと
「子こ どもは、健康けんこう に気き をつけ、親おや に心配しんぱい をかけないようにすることこそ孝行こうこう である。」
心配しんぱい するのは ➡ 「父母ふぼ 」
「父母ふぼ 」が 「子こ ども」の疾やまい を心配しんぱい する
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二ふた つ目め の読よ み方かた
B 孟武伯もうぶはく 孝こう を問と ふ。子し 曰いわ はく、
「父母ふぼ には唯た だ其そ の疾やまい を之こ れ憂うれ へよ。」と。
解釈かいしゃく 「(子こ は)父母ふぼ に対たい しては、ひたすらに父母ふぼ の病気びょうき のことを心配しんぱい しなさい。」
文法解析 中文翻譯
文法・表現 心配しなさい 命令形。「要擔心・要擔憂」。 気遣う 動詞。「掛念・關心」。 中文翻譯 解釋:「(孩子)對父母,要一心擔憂父母的病情。」
想說的是:「孩子掛念父母的健康,這才是孝行。」
擔心的是→「孩子」。「孩子」擔心「父母」的病。
いいたいこと
「子こ どもが親おや の健康けんこう を気遣きづか うことこそ孝行こうこう である。」
心配しんぱい するのは ➡ 「子こ ども」
「子こ ども」が 「父母ふぼ 」の疾やまい を心配しんぱい する
ポイント
この違ちが いは、「其そ の疾やまい を」の「其そ の」という代名詞だいめいし が、「父母ふぼ 」を指さ すのか、「子こ ども」を指さ すのかにある。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 代名詞 「代名詞」。代替名詞的詞語。 指す 動詞。「指稱・指向」。 ~のかにある 「在於是否~」。 中文翻譯 這個差異,在於「其の疾を」的「其の」這個代名詞,究竟是指「父母」,還是指「孩子」。
【語句ごく の意味いみ 】
● 孟武伯もうぶはく ─ 孔子こうし の生い きていた時代じだい に、魯ろ の国くに では力ちから のあった貴族きぞく の家いえ が三軒さんげん あり、その中なか の一人ひとり 。孔子こうし よりは、ずっと若わか い青年せいねん で、孔子こうし のかつての同僚どうりょう の息子むすこ にあたる。この言葉ことば は、将来しょうらい 、魯国ろこく の重臣じゅうしん となることが約束やくそく されている若者わかもの に対たい して、孔子こうし が語かた ったもの。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 力のあった貴族の家 「有勢力的貴族之家」。連體修飾。 かつての同僚の息子にあたる 「相當於昔日同僚的兒子」。 将来~となることが約束されている 「日後注定成為~」。 中文翻譯 ●孟武伯——孔子在世時代,魯國有三戶有勢力的貴族之家,是其中之一。是比孔子年輕得多的青年,也是孔子昔日同僚的兒子。這番話,是孔子對一位日後注定成為魯國重臣的年輕人所說的。
古注こちゅう ・新注しんちゅう の解釈かいしゃく の違ちが い
● 朱熹しゅき (朱子しゅし )の「新注しんちゅう 」 (Aの解釈かいしゃく と全まった く同おな じ)
「父母ふぼ は唯た だ其そ の疾やまい を之こ れ憂うれ ふ。」と。
解釈かいしゃく 「父母ふぼ は、ひたすらに子こ どもが病気びょうき にかかることを心配しんぱい するものである(だから、子こ どもは親おヤ に心配しんぱい をかけないように自分じぶん の健康けんこう に留意りゅうい しなければならない。)」
文法解析 中文翻譯
文法・表現 ひたすらに 副詞。「一心地・只管地」。 ~ものである 「是~的・本來就是~」。表示一般性真理或自然而然的事。 留意しなければならない 「必須注意」。 中文翻譯 解釋:「父母一心擔憂孩子生病(所以孩子必須注意自身健康,不讓父母擔心。)」
想說的是:「孩子注意健康,不讓父母擔心,這才是孝行。」
擔心的是→「父母」。「父母」擔心「孩子」的病。
いいたいこと
「子こ どもは、健康けんこう に気き をつけ、親おや に心配しんぱい をかけないようにすることこそ孝行こうこう である。」
心配しんぱい するのは ➡ 「父母ふぼ 」
「父母ふぼ 」が 「子こ ども」の疾やまい を心配しんぱい する
● 何晏かあん の「古注こちゅう 」 (A・Bどらとも異こと なる解釈かいしゃく )
「父母ふぼ には唯た だ其そ の疾やまい を之こ れ憂うれ へしめよ。」
解釈かいしゃく 「両親りょうしん にはせいぜい病気びょうき のことだけを心配しんぱい させなさい」
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いいたいこと
「子こ どもが、親おや に、病気びょうき になって心配しんぱい をかけるのは致いた し方かた ないけれど、病気びょうき 以外いがい のことで心配しんぱい をかけてはいけない」
心配しんぱい するのは ➡ 「父母ふぼ 」
「父母ふぼ 」が 「子こ ども」の疾やまい を心配しんぱい する
A説せつ ・ B説せつ ・ 新注しんちゅう ・ 古注こちゅう
「古注こちゅう 」と「新注しんちゅう 」とでは多少たしょう 違ちが いはあるものの、「誰だれ が」という部分ぶぶん おいては、どちらも同おな じA説せつ 。
心配しんぱい するのは ➡ 「父母ふぼ 」
心配しんぱい されるのは ➡ 「子こ ども」
■ 江戸時代えどじだい の学者がくしゃ の『論語ろんご 』について
中国ちゅうごく の学者がくしゃ の中なか には、Bの解釈かいしゃく 「子こ ども」が「父母ふぼ 」の疾やまい を心配しんぱい する」と解釈かいしゃく している人ひと もいますが、多おお くは、「古注こちゅう 」「新注しんちゅう 」の解釈かいしゃく である「父母ふぼ 」が「子こ ども」を心配しんぱい するというのが主流しゅりゅう です。では、江戸時代えどじだい の日本にほん の学者がくしゃ はどうだったでしょうか。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 主流 「主流」。 では、~はどうだったでしょうか 「那麼,~是怎麼樣的呢」。轉換話題的疑問。 中文翻譯 在中國的學者中,也有人按照B的解釋「孩子擔心父母的病」來解讀,但多數以「古注」「新注」的解釋「父母擔心孩子」為主流。那麼,江戶時代的日本學者是怎麼樣的呢?
江戸時代えどじだい の日本にほん の学者がくしゃ も、『論語ろんご 』の解釈かいしゃく に力ちから を入い れていました。その代表的なだいひょうてきな 書物しょもつ が、伊藤仁斎いとうじんさい が著あらわ した『論語古義ろんごこぎ 』という本ほん です。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 力を入れていました 「致力於・努力於」。 代表的な書物 「代表性著作」。 著した 「著作・撰寫」。 中文翻譯 江戶時代的日本學者也致力於《論語》的解釋。其代表性著作,是伊藤仁齋所著的《論語古義》。
● 『論語古義ろんごこぎ 』 ─ 伊藤仁斎いとうじんさい が書か いた『論語ろんご 』の注釈書ちゅうしゃくしょ 。「朱子学しゅしがく 」が江戸えど の学問がくもん の中心ちゅうしん であった時代じだい に、朱子しゅし の考かんが え方かた に反発はんぱつ した書物しょもつ 。
文法解析 中文翻譯
中文翻譯 ●《論語古義》——伊藤仁齋所著的《論語》注釋書。是在「朱子學」為江戶學問中心的時代,對朱子思想方式提出反駁的著作。
● 伊藤仁斎いとうじんさい の『論語古義ろんごこぎ 』(Bの解釈かいしゃく )
父母ふぼ 已すで に老お ゆれば、則すなは ち侍養じよう の日ひ 既すで に少すく なし。況い はんや一いつ 旦たん 病やまい に染そ まれば、則すなは ち孝こう を為な さんと欲ほっ すと雖いえど も、得う べからざるなり。
解釈かいしゃく 父母ふぼ がもはや老お いてしまえば、そのときには、そばで世話せわ をすることのできる時間じかん は既すで に少すく ない。況ま してある日ひ (父母ふぼ が)病気びょうき にかかってしまったら、孝行こうこう をしようとしても、できなくなるのだ(そこで、子こ どもは父母ふぼ の健康けんこう を気遣きづか う必要ひつよう がある)。
文法解析 中文翻譯
文法・表現 もはや 副詞。「已經・再也」。 況んや~ば 「況且~的話・更何況」。「況んや」是表示程度遞進的副詞。 欲すと雖も 古典漢文。「即使想要」。逆接假定。 得べからざるなり 古典漢文。「是無法做到的」。不可能。 中文翻譯 解釋:父母一旦年老,那時能在旁照料的時間已經很少了。更何況若有一天(父母)生病,即使想要盡孝,也無法做到了(因此孩子必須掛念父母的健康)。
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いいたいこと
「残のこ り少すくな い時間じかん の中なか で精せい いっぱいのお世話せわ をすべく、子こ どもは父母ふぼ の健康けんこう に気き を付つ ける、これこそが親孝行おやこうこう である。」
心配しんぱい するのは ➡ 「子こ ども」
「子こ ども」が 「父母ふぼ 」の病やまい を心配しんぱい する
ポイント
伊藤仁斎いとうじんさい は、当時流行とうじりゅうこう していた「朱子学しゅしがく 」に流なが されることなく、解釈かいしゃく の歴史れきし を踏ふ まえた上うえ で、自分自身じぶんじしん の見解けんかい を述の べている。
内容理解ないようりかい のために
● 「孝こう 」とは何なに か
孔子こうし は「仁じん 」を求もと めて生涯しょうがい を過す ごしました。その「仁じん 」(思おも いやいり、まごころ)は家族内かぞくない において、自分じぶん を産う んで、この世よ に活躍かつやく の機会きかい を与あた えてくれた、父母ふぼ に対たい する「孝こう 」を最もっと も大切たいせつ な道徳目標どうとくもくひょう にしています。ですから、孟武伯もうぶはく も孔子先生こうしせんせい に「孝こう 」について質問しつもん しているわけです。古ふる い中国ちゅうごく では、子こ どもが親おや に孝行こうこう することが一番いちばん 大切たいせつ な奉仕ほうし の精神せいしん でした。
・ 『孝経こうきょう 』 (親孝行おやこうこう の道みち について述の べた書物しょもつ )には、次つぎ のように述の べられている。
「身体髪膚しんたいはっぷ 、これを父母ふぼ に受う く。あえて毀傷あえてきしょう せざるは孝こう のはじめなり。」
【意味いみ 】人ひと の身体しんたい はすべて父母ふぼ から恵めぐ まれたものである。傷きず つけないようにするのが孝行こうこう のはじめである」と。
子こ どもが幼おさな いよちよち歩ある きで、まだ成長せいちょう しきっていないときには、親おや は子こ どものことを心配しんぱい する。ある程度成長あるていどせいちょう したら、今度こんど は親おや に対たい して親孝行おやこうこう せよ。
まとめ
このように考かんが えると、この章句しょうく の解釈かいしゃく は、「親子おやこ の関係かんけい や子こ どもを何歳なんさい に捉とら えるかで、解釈かいしゃく が分わ かれる」と考かんが えることもできそうです。
① 子こ どもがまだ幼おさな い場合ばあい ➡ Aの解釈かいしゃく 。「自みずか らの身体しんたい を損そこ なわないようにと親おや は心配しんぱい するから、子こ どもが親おや に心配しんぱい をかけないことが「孝こう 」である。
② 父母ふぼ が病気びょうき がちであった場合ばあい ➡ どんなに幼おさな くても、子こ どもは親おや のことを心配しんぱい するのが「孝こう 」である。
③ 親おや が年とし を取と っている場合ばあい ➡ Bの解釈かいしゃく 。伊藤仁斎いとうじんさい のいうように、親おや のことを心配しんぱい するのが当然とうぜん の流なが れであり「孝こう 」である。
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