言語げんご文化ぶんか #60

古文こぶん

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古文こぶんまど

平家へいけ物語ものがたり』のあらまし

講師こうし 山本やまもと 章博あきひろ

学習がくしゅうのねらい

前回ぜんかいまで「木曽きそ最期さいご」の場面ばめんんできましたが、それは『平家へいけ物語ものがたり』のほんの一部いちぶにしかぎません。今回こんかいは、『平家へいけ物語ものがたり』の全体像ぜんたいぞうとらえてみたいとおもいます。また、こうした合戦かっせんえが意味いみについてもかんがえてみましょう。

文法・表現

ほんの一部にしか過ぎません
「不過只是一小部分」。「しか」+否定,強調限定。
全体像を捉えてみたい
「想要把握整體面貌」。「捉える」+「てみたい」。
こうした
連體詞。「這樣的」。
~についても考えてみましょう
「也讓我們思考~吧」。「について」+「も」表追加,「てみましょう」勸誘。

中文翻譯

到上回為止一直在閱讀「木曾的最期」的場面,但那不過是《平家物語》的一小部分。本回想要把握《平家物語》的整體面貌。也讓我們思考一下描寫這樣的合戰的意義。

学習がくしゅうのポイント ●

いち〉 『平家へいけ物語ものがたり』の成立せいりつ琵琶びわ法師ほうしについて
平家へいけ都落みやこおちの場面ばめんについて
さん平家へいけ滅亡めつぼう場面ばめんについて

■ 『平家へいけ物語ものがたり』の成立せいりつ琵琶びわ法師ほうしについて

● 『平家へいけ物語ものがたり』の成立せいりつ

成立せいりつねん作者さくしゃ未詳みしょう一二〇〇年代せんにひゃくねんだい前半ぜんはん原型げんけい成立せいりつしたか。
その後、さまざまなかたちの『平家へいけ物語ものがたり』が成立せいりつしていった。

文法・表現

未詳
「不詳・不明」。漢語詞。
~か
終助詞。帶有疑問・推測語氣。「或許~」。
さまざまな
連體詞。「各種・多樣的」。
~ていった
「逐漸~・相繼~」。「ていく」過去形,表示持續的過程。

中文翻譯

成立年份・作者不詳。原型或許成立於1200年代前半。其後,各種形態的《平家物語》相繼成立。

現在げんざい一般いっぱんまれている『平家へいけ物語ものがたり』は、覚一本かくいっぽん平家へいけ物語ものがたり』とばれるもの。覚一本かくいっぽん平家へいけ物語ものがたり』は、一三七〇年せんさんびゃくななじゅうねんごろ室町むろまち時代じだい)に、明石あかし覚一かくいちという琵琶びわ法師ほうしによってまとめられた。

文法・表現

一般に
副詞。「一般地・通常」。
~と呼ばれるもの
「稱為~的(東西)」。受身形+「もの」。
~によってまとめられた
「由~彙整而成」。受身形,表示施事者。

中文翻譯

* 現在一般閱讀的《平家物語》,稱為覺一本《平家物語》。覺一本《平家物語》,是於1370年前後(室町時代)由名為明石覺一的琵琶法師彙整而成的。

琵琶びわ法師ほうしとは

琵琶びわという楽器がっききながら、『平家へいけ物語ものがたり』をかたってかせる僧侶そうりょのこと。
   ↓
平家へいけ物語ものがたり』は、琵琶びわ法師ほうしによってかたられた。
   ↓
平家へいけ物語ものがたり』のかたものとしての表現ひょうげん特徴とくちょう
みみいて理解りかいできる。場面ばめん想像そうぞうしやすい。
音便おんびんおおい。

文法・表現

~ながら
「一邊~一邊~」。表示同時並行的動作。
~て聞かせる
「講給~聽」。「てやる・てあげる」的替換表現,「聞かせる」含使役語感。
語り物
「說唱物語」。以口頭講述為前提而創作的文學作品。
耳で聞いて理解できる
「用耳朵聽便能理解」。說唱物語的語言特性。
音便が多い
「音便較多」。發音省略・變化的現象,在口頭講述中常見。

中文翻譯

指一邊彈奏琵琶這種樂器,一邊講述《平家物語》給人聽的僧侶。↓《平家物語》是由琵琶法師講述的。↓《平家物語》作為說唱物語的表現特徵。●用耳朵聽便能理解。場面容易想像。●音便較多。

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平家へいけ都落みやこおちの場面ばめんについて

平清盛たいらのきよもり関係かんけい系図けいず

清盛きよもり時子ときこ
    │
   徳子とくこ高倉たかくら天皇てんのう
      │
     安徳あんとく天皇てんのう

源平げんぺい合戦かっせん経過けいか (「木曽きそ最期さいご」まで)

一一八〇年せんひゃくはちじゅうねん 五月ごがつ みなもとの頼政よりまさ挙兵きょへい 京都きょうと宇治川うじがわたたか
       八月はちがつ みなもとの頼朝よりとも挙兵きょへい
       九月くがつ みなもとの義仲よしなか木曽きそ義仲よしなか挙兵きょへい
      一〇月じゅうがつ 富士川ふじがわたたか
一一八一年せんひゃくはちじゅういちねん うるう二月にがつ 平清盛たいらのきよもり死去しきょ
一一八三年せんひゃくはちじゅうさんねん 五月ごがつ 倶利伽羅くりからとうげたたか
一一八三年せんひゃくはちじゅうさんねん 七月しちがつ 平家へいけ都落みやこおち みなもとの義仲よしなか入京にゅうきょう
一一八四年せんひゃくはちじゅうよねん 一月いちがつ みなもとの範頼のりよりかば冠者かんじゃぐんみなもとの義経よしつねぐんみなもとの義仲よしなかぐんやぶ
           義仲よしなか死去しきょ

● 「忠度ただのり都落みやこおち」のあらすじ

平家へいけ武将ぶしょう平忠度たいらのただのり和歌わかこのんだひとであった。忠度ただのり都落みやこおちするが、途中とちゅうかえして、藤原ふじわら俊成しゅんぜいのところに、自分じぶん和歌わかいた巻物まきものわたしにいく。藤原ふじわら俊成しゅんぜいは、藤原ふじわら定家ていかちちで、ちょうどそのとき勅撰ちょくせん和歌集わかしゅう編集へんしゅうしていた。忠度ただのりは、その勅撰ちょくせん和歌集わかしゅうに、ぜひ自分じぶんうた一首いっしゅでもれてしいということで、俊成しゅんぜいのところに、その候補こうほとなるうたをたくさんいた巻物まきものわたしにいったのである。

文法・表現

~を好んだ
「喜好~的」。動詞「好む」過去形的連體修飾。
都落ちする
「棄都而逃」。動詞用法。
引き返して
「折返」。複合動詞「引き返す」的て形。
ちょうどその時
「正好在那個時候」。
ぜひ~でも
「哪怕~也好」。強調希望的副詞用法。

中文翻譯

平家武將平忠度是個喜好和歌的人。忠度雖然棄都而逃,但途中折返,前往藤原俊成處,交付了寫有自己和歌的卷軸。藤原俊成是藤原定家的父親,當時正好在編撰敕撰和歌集。忠度希望能將自己的歌哪怕一首也好放入那部敕撰和歌集中,因此前往俊成處,交付了寫有許多候選歌的卷軸。

その後、忠度ただのりにし、平家へいけ滅亡めつぼうするが、その三年さんねんに『千載せんざい和歌集わかしゅう』という勅撰ちょくせん和歌集わかしゅう完成かんせいする。そこに忠度ただのりうたが「よみ人知らずよみびとしらず」として一首いっしゅはいった。

文法・表現

討ち死にする
「戰死」。在戰場上被敵人殺死。
滅亡する
「滅亡」。
よみ人知らず
「詠者不知」。和歌中的慣用語,表示作者身份不明。
入った
「入選・收入」。

中文翻譯

此後忠度戰死,平家也滅亡了,但三年後《千載和歌集》這部敕撰和歌集完成。忠度的歌以「詠者不知」之名入選一首。

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平家へいけ滅亡めつぼう場面ばめんについて

源平げんぺい合戦かっせん経過けいか (「木曽きそ最期さいご以降いこう

一一八四年せんひゃくはちじゅうよねん 二月にがつ 一の谷いちのたにたたか
一一八五年せんひゃくはちじゅうごねん 二月にがつ 屋島やしまたたかい (那須なすの与一よいち
       三月さんがつ 壇の浦だんのうらたたかい 平家へいけ滅亡めつぼう

文法・表現

一の谷の戦い
「一之谷之戰」。1184年,源義経以奇襲大破平家軍。
屋島の戦い
「屋島之戰」。1185年,那須與一射下平家的扇子的名場面。
壇の浦の戦い
「壇之浦之戰」。1185年,平家最終滅亡的海戰。

中文翻譯

1184年 二月 一之谷之戰 1185年 二月 屋島之戰(那須與一)     三月 壇之浦之戰 平家滅亡

壇の浦だんのうらたたかい」における安徳あんとく天皇てんのう入水じゅすい場面ばめん

現代げんだい語訳ごやく

安徳あんとく天皇てんのうは、なみだをはげしくながし、ちいさくかわいらしいわせて、まずひがしかっておがみ、伊勢神宮いせじんぐうにおわかれをもうげられ、その後、西にし極楽浄土ごくらくじょうどほうかって、念仏ねんぶつとなえられたので、二位殿にいどの(つまり安徳あんとく天皇てんのう祖母そぼ平時子たいらのときこ)は、すぐに、天皇てんのうきかかえ、「なみしたにもみやこはございますよ」といって、ふかうみそこへおはいりになった。

……御涙おんなみだにおぼれ、ちいさくうつくしき御手おんてをあはせ、まづひんがし伏し拝みふしおがみ伊勢大神宮いせだいじんぐう御暇おんいとま申させ給ひもうさせたまい、その後、西にし向かはせ給ひてむかわせたまいて御念仏おんねんぶつありしかば、二位殿にいどのやがていだきたてまつり、「なみしたにもみやこのさぶらふぞ」となぐさめたてまつつて、千尋ちひろそこへぞ入り給ふいりたまう
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