NHK高校講座 言語文化、始まります。ご機嫌いかがですか?河実里夏です。今回は芥川龍之介の小説『羅生門』の3回目です。講師は斎藤優先生です。よろしくお願いします。
斎藤:はい、よろしくお願いします。さて、今回も芥川龍之介の『羅生門』を読んでいきましょう。
河:それでは今回の学習のポイントを紹介します。
1 悪を憎む心
2 老婆と下人
3 老婆の弁解
この3つです。それでは学習を始めましょう。
【悪を憎む心】
斎藤:さて、いよいよここから楼の上の場面が始まります。今回学習する箇所の朗読を聞いてみましょう。朗読は高山久美子さんです。
高山:下人は、それらの死骸の腐乱した臭気に思わず鼻を覆った。しかしその手は、次の瞬間には、もう鼻を覆うことを忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからである。
下人の目は、その時初めてその死骸の中にうずくまっている人間を見た。檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のような老婆である。その老婆は、右の手に火を灯した松の木切れを持って、その死骸の1つの顔を覗き込むように眺めていた。髪の毛の長いところを見ると、多分女の死骸であろう。
下人は、6部の恐怖と4部の好奇心とに動かされて、暫時は息をするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」ように感じたのである。
すると老婆は、松の木切れを床板の間にさして、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、ちょうど猿の親が猿の子の虱を取るように、その長い髪の毛を1本ずつ抜き始めた。髪は手に従って抜けるらしい。
その髪の毛が1本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えていった。そして、それと同時にこの老婆に対する激しい憎悪が、少しずつ動いてきた。いや、この老婆に対すると言っては語弊があるかもしれない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、1分ごとに強さを増してきたのである。
この時、だれかがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、餓死をすべきか盗人になるかという問題を改めて持ち出したら、おそら、く下人は、何の未練もなく、餓死を選んだことであろう。それほどこの男の悪を憎む心は、老婆の床に刺した松の木切れのように、勢いよく燃え上がり出していたのである。
河:『羅生門』の楼の上には、噂に聞いた通り死骸が転がっていました。腐った死体の匂いに、下人は思わず鼻を覆います。しかし、すぐ鼻を覆うことさえ忘れてしまうのです。「ある強い感情がほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったから」とありますね。ある強い感情って何でしょうか?
斎藤:はい。それは「6部の恐怖」と「4部の好奇心」だと言えます。この後の記述に、老婆の姿を認めてから「暫時(しばらくの間)は息をするのさえ忘れていた」と。鼻を覆うこと、息を吸うことを忘れるほどにある感情。すなわち「6部の恐怖」と「4部の好奇心」が強かったということでしょう。「6部の恐怖」と「4部の好奇心」とは、6割が恐怖、後の4割が好奇心という、複雑で矛盾した心情の表現ですね。「頭身の毛も太る」も同じ状態の言い換えです。
河:「頭身の毛も太る」ってどういうことですか?
斎藤:これは恐怖のためにゾッとする感じを表したもので、あまりの恐ろしさに体中の毛が逆立つという意味です。「旧記の記者の語」とありますが、こちらは『今昔物語集』のことですね。河さん、下人が老婆を見つけた時、「下人は」ではなく「下人の目は」となっていたことに気がつきましたか?
河:あ、本当だ。「下人の目は、その時初めてその死骸の中にうずくまっている人間を見た」となっていますね。
斎藤:はい。「下人の目は」とされることによって、読者は自然に下人の視点に立たされます。下人と老婆を離れたところから見るのではなく、下人の視点から老婆をまなざすようにしむけられているのです。
河:たしかに「下人の目は」でなく「下人は」だと、次の分の「猿のような老婆である」の印象が変わりますね。
斎藤:はい。この後の下人の心情の変化にも注目です。
河:「髪の毛が1本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは恐怖が少しずつ消えていった」とありますね。
斎藤:はい。恐怖が消えていくと同時に、あらゆる悪に対する反感が、自身の内側から湧き上がっていくのです。「悪を憎む心」ともありますね。河さん、この後の部分を読んでみてください。
河:はい。「この時、だれかがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、餓死をするか盗人になるかという問題を改めて持ち出したら、おそら、く下人は、何の未練もなく、餓死を選んだことであろう」とあります。だいぶ考え方が変わりましたね。
斎藤:振れ幅が大きいですよね。雨止みを待ちながら、グズグズと同じ考えを繰り返していた時の下人とは、似ても似つかぬ様子が描かれています。ついさきほどまで自身が悪の道に身を落とそうとしていた青年が、目前で行われている行為を「野蛮」であると断じ、自らが「正義の味方」であるような感覚に囚われていくのです。それでは、続きの朗読を聞いてみましょう。
高山:下人には、もちろん、なぜ老婆が死人の髪の毛を抜くか、分からなかった。したがって、合理的には、それを善悪のいずれに片付けたらよいか、知らなかった。しかし、下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の楼の上で、死人の髪の毛を抜くということが、それだけで、すでに許すべからざる悪であった。
もちろん、下人は、さっきまで、自分が盗人になる気でいたことなぞは、とうに忘れているのである。
そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、はしごから上へ飛び上がった。そうして、聖柄の太刀に手をかけながら、大股に、老婆の前へ歩み寄った。老婆が驚いたのは、言うまでもない。老婆は、ひと目下人を見ると、まるで弩にでも弾かれたように、飛び上がった。
「おのれ、どこへ行く」
下人は、老婆が死骸につまづきながら、あわてふためいて逃げようとする行手をふさいで、罵った。老婆は、それでも下人を突きのけて行こうとする。下人はまた、それを行かすまいとして、押し戻す。2人は、死骸の中で、しばらく、無言のまま、掴み合った。しかし、勝敗は、初めから分かっている。下人は、とうとう、老婆の腕を掴んで、無理にそこへねじたおした。ちょうど、鶏の足のような、骨と皮ばかりの腕である。
「何をしていた。い。え、言わぬと、これだぞよ」
下人は、老婆を突き離すと、いきなり、太刀の鞘をはらって、白い鋼の色を、その目の前へつきつけた。けれども、老婆は、黙っている。両手をわなわな振るわせて、肩で息を切りながら、目を、眼球がまぶたの外へ出そうになるほど見開いて、唖のように、執拗黙っている。
これを見ると、下人は、初めて明白に、この老婆の生死が、全然自分の意思に支配されているということを意識した。そうして、この意識は、今まで険しく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。あとにのこったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。
そこで、下人は、老婆を見下ろしながら、少し声を柔らげて、こう言った。
「おれは、検非違使の庁の役人などではない。いましがた、この門の下を通りかかった旅の者だ。だから、おまえに縄をかけて、どうしようというようなことはない。ただ、いまじぶん、この門の上で、何をしていたのだか、それを、おれに話しさえすればいいのだ」
すると、老婆は、見開いていた目を、いっそう大きくして、じっと、その下人の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い目で見たのである。それから、しわで、ほとんど鼻とひとつになった唇を、なにか物でもかんでいるように、動かした。細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。その時、その喉から、烏の鳴くような声が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わってきた。
「この、髪を抜いてな……この、髪を抜いてなあ……鬘にしようと思ったのじゃ」
下人は、老婆の答えが、存外平凡なのに、失望した。そうして、失望すると同時にまた、前の憎悪が、冷ややかな侮蔑といっしょに、心の中へはいってきた。
【老婆と下人】
斎藤:『羅生門』の楼の上に上がるいっぽ手前で息をひそめていた下人は、楼の上で明かりを灯しているのが見にくい老婆であることを認めると、勢いよく門の2階へ踊り出ます。そして、脇にさした刀に手をあて、抜けるような状態で相手を威嚇し、近づいていくのです。驚いた老婆もその場で飛び上がります。
河:下人も老婆も、どちらも飛び上がったのですね。
斎藤:そうなんです。下人にも老婆にも「飛び上がった」という同じ表現が与えられていますが、当然意味はまったく異なります。挑むように飛び上がる下人と、恐れおののいて飛び上がる老婆の描かれ方が対照的ですね。
河:でも、なぜ同じ表現をしているのでしょうか?
斎藤:同じ表現を、それぞれの人物を表すためにわざわざ使っているのは、表現上の技巧にすぎないと思われるかもしれませんが、この同調性は、ゆくゆく重なっていく2人の行いに通ずるところがあると読むこともできます。ただ、この場面では、「悪いことをしている老婆」と、それを「問い詰め正義を振りかざす下人」という描かれ方になっています。
【老婆の弁解】
斎藤:下人は老婆に歩み寄ると、掴み合いの末、老婆の腕を掴んでその場にねじふせます。
河:そして老婆に、「何をしていたのか」と問い詰めます。
斎藤:老婆は答えませんね。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、目を、眼球がまぶたの外へ出そうになるほど見開いて、しぶとく黙っているをですね。こうして読み返すと、描写がとても細やかなのがわかります。
河:はい。下人の場合は心情表現を重ねることで内面の変化を追っていましたが、老婆の場合は、身体的変化を丁寧に描くことを通じて、どのように下人の目に映っているのかが強調されています。老婆の様子を見て、下人は、老婆の生死が「自分の意思に支配されている」ことに気づき、いつしか「悪を憎む心」を冷ましてしまうのです。
斎藤:「ある仕事が終わった後の、安らかな得意と満足」とありますね。この男が文字通り「下人」という立場にあった時、仕事も生活も、言ってしまえば「生命」さえ主人という他人に支配されていた、弱い者であったはずです。ところが、この場面においては、感情の赴くままに行動した結果、「老婆という悪を懲らしめる」という下人の中で、相手がひどく動揺している様子にもつけこんだ形ではありますが、自分が相手の「生死」を支配する「強いもの」になったかのように自覚するをですね。「悪を成敗する」という仕事を終えた、「正義の味方気取り」とでも言えそうです。
河:ようやく絞り出すように声を出した老婆の、「死人の髪の毛を抜くのは鬘を作るため」という言葉に、下人は失望していますね。
斎藤:はい。楼の上に登る前の下人に、頭身の毛が逆立つほどの恐怖を与えたからには、それにふさわしいだけの理由があるはずだ、という目論見が崩れたのでしょう。下人にとって老婆の答えは、異常性に満ち、非日常的なものでなければならなかったのです。平凡な答えでは、下人の好奇心を満足させることができなかったということになります。この後湧き上がってきた「憎悪」には「冷ややかな侮蔑」という感情が付加されていて、下人にとって老婆が「平凡でつまらない、蔑むべき存在」になってしまったことがわかります。
河:さて、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。
1 悪を憎む心
2 老婆と下人
3 老婆の弁解
以上の3つでした。
斎藤:今回は、『羅生門』の楼に登る途中から、下人が老婆と対峙し、老婆の話を聞くところまで読んできました。下人の激しい心情の変化、「善」と「悪」、「支配」と「非支配」というコントラストが見事に描かれた場面です。次回は、老婆の話の要点を改めて整理したうえで、その話を受けて下人の決断が描かれた場面を読んでいきましょう。
河:さて、今回は斎藤優先生と芥川龍之介の『羅生門』を読んできました。斎藤先生、ありがとうございました。
斎藤:ありがとうございました。
NHK高校講座 言語文化、河実里夏と斎藤優先生でお送りしました。