NHK高校講座 言語文化
(音楽)
ナレーション:
NHK高校講座、言語文化の時間です。
木本 景子:
ご機嫌いかがですか? 木本 景子です。
今回から三回にわたって、「雨漏りの音」の三回目です。小山 志門先生と一緒に読み進めていきましょう。
それでは小山先生、よろしくお願いします。
小山 志門:
小山です。よろしくお願いします。
全三回にわたって学習してきた「雨漏りの音」も、いよいよ最終回です。
前回は、茜が父のことを父親ではない存在として、客観的に見た場面のことを読みました。
家族であっても、自分以外の一人の人として見るようになる。
そんな大人への成長の一瞬のエピソードでした。
そんな茜の過去の思い出が現在にどう繋がっていくのか、今日は読み進めていきたいと思います。
この「雨漏りの音」の最後の場面です。
思い出話を現在の茜がどう意味づけているのか。
そこに読者である私たちは何を感じるのか。
そんなことを考えながら読みましょう。
河 実里夏:
それでは今回の学習のポイントを紹介しましょう。
今回のポイントは、
一つ目、二人の様子を整理し、最後の場面の茜の心情を捉える。
二つ目、作品の構成や表現上の特徴を整理する。
三つ目、作品の読み取りを通じ、人間関係のあり様を振り返る。
以上の三つです。
それでは学習を始めましょう。
(間奏)
木本 景子:
「二人の様子を整理し、最後の場面の茜の心情を捉える」。
小山 志門:
それでは最後の場面の朗読をお聞きください。朗読は高山 久美子さんです。
(朗読)
今にしてみれば、なんの含蓄もない話だ。
それでも茜は覚えている。
夜遅くまでアルマイトをたたく水と金属の衝突音と、それを気にしていないようで気にした父。
その後リフォームされるまで、同じ工夫は特にされなかったと思う。
「神式なんですか?いいですねえ。」
運転席の女が弾んだ声音をあげた。
「そうなんですよ。」
いつの間にか、結婚式の話を晴人はしていたらしい。
二つ目の物件の前で、今度は茜が鍵を受け取った。
今度の家はトキワ荘みたいではない。
小さな玄関で、追い越すように先に三和土をあがった晴人が、恭しく手を差し伸べる。
「もういいからそれ。」
「いやいや。」
おなかのが中に子供がいる実感さえまだ持てないのに、なんでもうわべから、それも芝居がかった形で応じる男。
手を取ってもらい、茜は晴人の顔をみつめた。
これから生まれてくる自分たちの子供が、この家で暮らす。
この玄関で靴を脱ぎ、この段差を何度も越え、何事もなく過ごし育ち、不意に父親を父でなく生き物のように感じる夜が訪れることを考えながら。
小山 志門:
今回読む最後の場面の冒頭の「今にしてみれば、なんの含蓄もない話だ」というところで思い出の回想が終わり現実に戻ってますね。
その時車の中では不動産屋の女と晴人が結婚式の話をしています。
茜はその話題を「いつの間にか」と感じていると書かれているので、茜が昔を思い出し物思いに耽っていた時間は結構長い時間だったようです。
しばらくの間自分の世界に入り、過去の出来事を思い返し、自分の家や家族とのことを考えていた茜。
我に返って現実に戻り、その過去の思い出を今度は現在の自分たちに当てはめたり、意味づけをしていきます。
二つ目の物件について、玄関に上がる時のシーンに注目してみましょう。
晴人が茜に恭しく手を差し伸べている様子が描かれてますね。
王子様がお姫様にするような、晴人のこういう動作って前にもありませんでしたか?
木本 景子:
あ、一軒目のトキワ荘みたいな物件に上がる時にありました。
小山 志門:
その時茜は「わざとらしい」と言いつつ笑って手を取ってたことを覚えてますか?
茜はその振る舞いにちょっとしたズレを意識していたシーンだったんですが、みなさんこの晴人の行為をどう感じましたか?木本さんいかがですか?
木本 景子:
はい、晴人の優しさを感じました。
小山 志門:
なるほど。
実は本文を最後まで読み進めると茜のお腹の中に新しく生まれる子供がいるようです。
だとすると晴人が手を差し出す行為は身重の妻に対する夫の優しさでもあり、生まれてくる子供を大切にする父の自覚とも読み取れます。
つまり晴人が夫として父親としてその役割を自覚し果たそうとしていると読むことができます。
そんな晴人の行為に対して茜の反応はいかがでしょうか?
特に二回目はどうだったでしょうか?
木本 景子:
本文には「もういいからそれ」とありますね。なんとなくどこかそっけないように感じます。
小山 志門:
そうなんです。
手は取るものの一回目のような笑顔があったかも分かりません。
この雰囲気の違いはどこから来るんだと思いますか?
木本 景子:
うーん。難しいですね。
小山 志門:
そこで意識して欲しいのはこの二件目の物件は茜が過去のエピソードを思い出した後だということです。
過去の雨漏りを思い出し、それにまつわる父との関係を意識しながら現実の晴人と向き合っているのがこの最後の茜の心境です。
つまりどういうことでしょうか?
過去の自分の父親に対する感覚や認識をこれから父親になろうとする晴人に重ねているということです。
もっと具体的に言うと、茜は晴人が何年か後、何十年か後には茜自身が感じたように子供から父でないもののように感じられる日が来るかもしれないと想像してるんです。
晴人は父親という役割をすでに引き受けて行動しています。
それでもいつか父親ではない1人の人として子供から捉えられる日が来るかもしれない。
その茜の感覚はだから二人の関係が受け入れられないとか晴人との結婚生活に不安を感じているということではありません。
これから自分たちが迎えるであろう変化を想像し、そんな未来も含めて家族としての一歩を踏み出しているのだと私は思いました。
茜の新しい出発の物語が「雨漏りの音」という小説である、と言えるかもしれません。
小山 志門:
作品の構成や表現上の特徴を整理する。
さて、ここまで雨漏りの音のストーリーやテーマに関わることを読み進めてきました。
どうでしょうか?
新婚、結婚前の女性の感覚や人間関係の捉え方ということでなかなか想像することが難しかったかもしれませんね。
しかし作者の構成や表現上の工夫を捉えて読んでいくと自分のこととして置き換えることがしやすくなったように思います。
復習の意味も込めて本作品の特徴の中でも大きなポイントを2つ確認しておきましょう。
木本 景子:
はい。
小山 志門:
本作品で注目させられたことは人によって色々あると思いますが1番注目させられたこと、目立っていたものはやっぱり何と言っても題名にもなった音への意識付けです。
前回の講座でも雨漏りの音を想像するということをやりましたよね。
作者もその音を巧みに描き活用していたと思います。
1番の効果はまさに雨漏りの擬音語です。
何と表現していましたか?
木本 景子:
「ティン、ティン」でしたね。
小山 志門:
そうですよね。
普通「ポタ」とか「ポツン」とか雫を表しそうな言葉は思いつきますが、「ティン、ティン」という表現は非常に特徴的でした。
そういった特徴的な擬音語を使うことでどんな雨漏りだったかを具体的に想像させられたと思います。
また音に注目することで過去の思い出に没入していく茜と同じように読者の私たちもその雨漏りの様子や茜の過去にグイっと入り込むことができたのだと思います。
木本 景子:
確かに音を巧みに表現されていた効果ですね。
小山 志門:
もう1つは先ほどの内容と重なる部分も多いですが、やはり過去の回想をうまく活用していたことです。
本作品は雨漏りに対する晴人とのズレをきっかけにして過去の雨漏りの経験を思い出し父との関係を見つめるという構成となっていました。
さらにその回想で意識した過去の父との関係が現在の晴人に重ねられます。
さらに晴人と新しい子供との未来に思いを馳せていくんです。
現在から過去、過去から現在、そして現在から未来へと展開していく過去の雨漏りの記憶が逆に現在と未来をつなぐ懸け橋ともなっているんです。
小山 志門:
作品の読み取りを通じ、人間関係のあり様を振り返る。
静かで穏やかな物語でした。
みなさんは全体を通してこの作品に対しどのような感想を持ちましたか?
例えば自分の家にある特徴的な音や何か象徴的なものを思い出した人もいるでしょうか?
あるいは自分と家族との関係を振り返った人もいるかもしれません。
木本さんはいかがでしたか?
木本 景子:
はい。雨漏りの音から思い起こされた茜と父と過去の思い出が最後には晴人と子供との未来に重ねるお話になっていてすごく温かくて素敵だなと思いました。
小山 志門:
ありがとうございます。
そういう作品のあったかさを感じられるっていうのも大事なことですね。
私は茜の思い出に合わせて実家のことを思い出してました。
広くないマンションだったんですが家族5人がギュッと集まって過ごしました。
物理的に距離が近かったので衝突したことも多かった記憶があります。
音楽が好きだったのでテレビやらステレオやらピアノやらハーモニカやら、いろんな音楽が溢れていたことも思い出しました。
今はそれぞれ自立して両親とも兄弟とも離れて暮らしてますが、案外いろんな音が昔の家族の営みや関係を思い出させるものだなと本作品を読みながら思い返してました。
音と一緒に残るすごく温かい思い出ですね。
なんとなく照れ臭い感じがあります。
はい。家族関係の変化という点では恥ずかしい話ですが、高校生の頃の反抗期のことが思い出されました。
それまで仲良く一緒にいた兄弟や親に強い口調を使ったり、我儘を言ったり、機嫌をそのまま態度に出しちゃったり、子供の頃の自分とは違う反抗的な時期がありました。
次に気づいたら大人になっていて家族との関係を持ってました。
高校生の頃には茜のように父や母に布団をかけてあげるというような優しさは持てていなかったですね。
家族との関わり方というのはなかなか人に簡単には話しづらいこともありますが木本さんは何か家族との関わり方の変化とか他人のように感じた経験とか何かありますか?
木本 景子:
はい。家族との関わり方なんですけれどもやっぱりこう実家を離れて家族のありがたさをより強く感じるようになりまして、こう感謝の気持ちを日頃からなるべくちゃんと伝えるようにしようと思うようになりました。
小山 志門:
ありがとうございます。
ま、作品に描かれたことから自分の家族に置き換えるっていうのもやっぱり大事なポイントですね。
人によっては家族との関係って良好な時もあれば辛い時もあります。
でも当たり前ですがそこに自分が置いているのでその時には分からないことがいっぱいあります。
今幸せであることも意識できなかったり、関係がうまくいってないことを乗り越えられなかったり。
しかも自分の家族以外の家族の関わり方を知りません。
だから客観的に自分と家族のあり方を見つめたり、すぐに関係を修正したりすることがその瞬間、その時期には難しいものです。
時間を置いて気づくことがあったり、距離を置いて他の人の家族関係を聞いたりしてようやく理解できたりしますよね。
木本 景子:
確かにそうだと思いますね。
小山 志門:
ですから本作品で茜と父親の関係、晴人との関係を読んだように小説を通して自分以外の誰かの経験に触れたり別の考え方に気づかされたり自分の家族に置き換えて振り返るきっかけを手に入れたりすることは非常に大きな読書の意義だったと私は感じます。
別に茜の感覚が全員に共感されるものとも限りませんし、そうである必要もありません。
でも作品の中で茜が違和感を未来に繋げたように小説を読んだ感覚を自分自身のことに置き換えこれからのことを思い描くきっかけにできればとっても素敵な経験と言えるのではないでしょうか。
木本 景子:
はい。私にとっても素敵な経験になりました。
小山 志門:
さて、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。
学習のポイントは、
1、2人の様子を整理し、最後の場面の茜の心情を捉える。
2、作品の構成や表現上の特徴を整理する。
3、作品の読み取りを通じ、人間関係のあり様を振り返る。
この3つでした。
3回に渡り雨漏りの音を読み進めてきました。小説ですから自分で作品を読み通し自分なりの感想を持つことが1番大事です。
さらに作品を作者の意図や工夫を受け止めながら丁寧に読むことができれば、より深く考えたり、自分のことを見つめ直すきっかけを手に入れることができるということも知ってくれるといいと思います。
是非いろんな物語を読み作品に心を寄せて自分自身のプラスにしてくれたらいいなと思います。
さて、3回に渡って小説雨漏りの音を読んできました。小山先生、ありがとうございました。
小山 志門:
ありがとうございました。
木本 景子:
NHK高校講座言語文化。木本景子と小山志門先生でお送りしました。