NHK高校講座 言語文化
(音楽)
ナレーション:
NHK高校講座、言語文化の時間です。
木本 景子:
ご機嫌いかがですか? 木本 景子です。
今回は「雨漏りの音」の二回目です。小山 志門先生と一緒に読み進めていきましょう。
それでは小山先生、よろしくお願いします。
小山 志門:
小山です。よろしくお願いします。
今回も「雨漏りの音」を学習します。
今回は茜がどんなことを考え、何に思いを巡らせているのか読んでいきたいと思います。
この作品は大きな事件や劇的な変化がありませんので、茜の心情や登場人物の些細な仕草など丁寧に読み進めることが大切です。
それでは今回の学習のポイントを紹介しましょう。
今回のポイントは、
一つ目、「雨漏り」の思い出を整理する。
二つ目、父親の行動から心情を考える。
三つ目、茜の父への思いを考える。
以上の三つです。
それでは学習を始めましょう。
(間奏)
木本 景子:
「雨漏りの思い出を整理する」。
小山 志門:
茜は雨漏りの箇所を確認してぼんやり物思いにふけっていきます。
茜は一体どんなことを思い出していたのか読み進めてみましょう。朗読は高山 久美子さんです。
(朗読)
二つ目の物件に向かう車内の後部座席で、茜の頭の中には音が鳴っていた。
雨漏りの音だ。
アルマイトの洗面器を断続的にうつ水滴の、テン、テン、という音は、もっと微細に聞くとティン、ティンとかすかに器の中で反響した。
ティンとティンの間隔は二十秒に一度くらいだったか。
夜通し雨の降り続く中を寝て起きても洗面器が一杯になることはなかった。
雨漏りを父も母も弟も自分も、どうしていたっけ。
面白がっていた……いや、何とも思ってなかった、が近い。
横着な間に合わせの工夫で、特にストレスを感じることもなく過ごしていた。
うちは貧乏だったという気がそもそもっしない。
家屋は古いが広かったし、車も三度も買い替えた。
家族旅行にもよく出かけた。
学校で友人と自分のなにか(学用品や服装や弁当の中身など)を比較してみじめに感じることもなかった。
感じていたのは、ただただ家がボロいという事実だけだ。
でも、そういえば、まるで気にしていないわけでもなかった。
いつか、なにかの付き合いで泥酔した父が居間のソファで寝入った夜遅く、雨が降り出した。
自室の十四インチのテレビ画面がカラーバーを映し出し、のびをして勉強部屋から台所に出てきた茜は、しばらく違和感に気付かなかった。
冷蔵庫からお茶を出してコップに注ぎ、ソファに倒れる父をみやった。
ワイシャツの襟のボタンを外しただけで、だらりと床に下がった手には眼鏡を持ったままだ。
「もう、父さん、風邪ひくよ。」
口に出しながら、そうやって布団で寝なかったことで本当に風邪をひいた人を別にみたことないな、とも思って、でも一応近づくことにした。
バスタオルを持ってきてかけると、父の目が開いた。
その一瞬、父じゃないというか、なんの役割もない生身の生き物みたいな目をした。
「聞こえないだろ。」
父はそうしゃべったあとで、喉を鳴らした。痰がからんでいたのだろう。
「なにが聞こえないの。」
「音が。」
茜は耳をすませた。ソファの側の窓から雨音がする。
あっとひらめき、慌てて台所に向かうと、洗面器の底に雑巾が敷いてあった。
「気になってさ。」
振り向くと、父はソファから起き上がって、ネクタイを片手で取り外した。
もう生き物じゃない、いつもの父だった。
茜は「なるほどね」とかなんとか返事したのだったか。
小山 志門:
この音は作品の題名ともなった音ですよ。少しイメージを膨らませてみましょうか。木本さん、本文中では雨漏りの音をどんな風に表現されていましたか?
木本 景子:
えっと、「テン、テン」、もっと微細に聞くと「ティン、ティン」と反響する音だとあります。
小山 志門:
ありがとうございます。なかなか経験した人じゃないとイメージしづらいですよね。
少し一緒に想像してみましょう。
まず天井を見上げてください。その一箇所のシミが一滴雫落ちます。
それだけをイメージするとどんな音で表現できそうですか?
木本 景子:
ポタポタとかでしょうか。
小山 志門:
そんな感じですよね。
次に水滴が落ちていく床のことも合わせて想像してみましょう。
水滴が部屋の床に落ちていきます。
絨毯の人だったら「ボツ」、フローリングだったら「ピチン、ピン」とかでしょうか。
でも床が濡れるのは嫌だから応急処置として何かを置くわけですよね。
お皿とかお椀とかコップとか身の回りにあるものを雨の受け皿としておくんです。ね。
木本 景子:
はい。
小山 志門:
その受け皿によって音は変わります。今回の物語の中で茜の実家では何を置いたんでしたか?
木本 景子:
アルマイトの洗面器とありますね。先生、アルマイトとは何でしょうか?
小山 志門:
アルマイトは金属であるアルミニウムを酸化させたものだそうです。そこに水滴が落ちる。
確かになんとなく金属的な反響するような音がしそうです。
「ティン、ティン」、静かな部屋に反響する雨漏りの音。どうでしょう?茜の頭に響く音は少し想像できましたか?
木本 景子:
とても特徴的な音なので耳に残りそうですね。
小山 志門:
確かに耳に残りそうですよね。
少し話はそれますがみなさんは自分の家の中で何か特徴的な音。
そういえばいつも聞こえている音って何かありませんか?
少し思い返しながら頭の中で考えているとその音にまつわる他のものや家族のことなどいろんなことを一緒に思い出すようなことはありませんか?
木本 景子:
確かにそうですね。
私の場合はこう実家にいた頃に食器棚を閉める時のパタンパタンという音がこうご飯の楽しみにしている気持ちも一緒に思い起こされてきます。
小山 志門:
なるほど。なんだかこうお腹が減ってくる気がしますね。
木本 景子:
はい。
小山 志門:
はい。
小山 志門:
はい。そんな風に音によって色々思い出すことがあって、今回この物語の中ではそれが雨漏りの音です。
茜はその音が頭の中に響きどんどん物思いに耽っていく。
具体的にはどんなことを思い出していましたか?
木本 景子:
二十秒に1度くらいの雨漏りで横着な間に合わせの工夫で特にストレスを感じることもなく過ごしていたということを思い出していました。
あとでもそういえばまるで気にしていないわけでもなかったともありましたね。
小山 志門:
ありがとうございます。
横着な間に合わせと書いてありましたが、なんとかなるさとそのまま過ごしてきたんですね。
でも雨漏りする家のボロさは気になってはいた。
茜の回想からなんとなく大らかな家族が想像できます。
そうやって雨漏りのことを思い出すにつれ、いつの間にか茜は父のことを思い出していきます。
音にいざなわれて思い出し、そこから家族の思い出へと繋がっていきます。
小山 志門:
父親の行動から心情を考える。
ある雨の夜、茜が勉強部屋から台所に出てきた時のことが書いてありましたね。
この場面なんてことのないエピソードと思ってしまうかもしれません。
この、茜が感じた違和感や父とのやり取りを丁寧に読んでみましょう。
まずこの時、茜は何歳くらいなんでしょうかね。
勉強部屋とあるので学生ですよね。そして夜遅くまで勉強しているくらいですから高校生くらいの年代でしょうか。
木本 景子:
確かにそうだと思いますね。
小山 志門:
父はどうでしょうか?茜の年代や泥酔した父、Yシャツの襟のボタンを外したなどの表現を読み繋げると現役で仕事をしていてでも飲み疲れてソファーで寝てしまうような年齢40代とか50代というところでしょうか。
思春期の娘と父という関係は少し距離感が出てくる時期でしょうか?
木本 景子:
本文では茜は父に風邪引くよとバスタールをかけてあげるという優しさがあるので関係は悪くないと思います。
小山 志門:
そうですね。
そんな2人の場面です。ふと気づいたら父が泥酔してソファーで寝ろいるびっくりしますよね。
茜が感じた違和感の1つです。
でもそれだけのエピソードだとしたらそれこそだらしないお父さんの思い出でしかありません。
父はソファーでただ寝ていただけではなく聞こえない雨漏りの音を聞いていたんです。
木本 景子:
なんだか謎なぞみたいですね。
どういうことでしょうか。
小山 志門:
はい。そこに茜のもう1つの違和感が読み取れるんです。
寝転んでいた父が聞こえないだろうと言います。
それまでは気づかなかったけど、茜があっとひらめいたこと。
雨漏りの音が聞こえなかったんです。
ずっと雨の日に聞こえていた音がその晩は聞こえなかったんです。
茜が洗面器を確認しに行くとそこに雑巾が敷いてありました。
どういうことか分かりますか?
木本 景子:
響くはずの洗面器の底に布の雑巾が敷いてあるので雨漏りの音が聞こえなくなっているんですか?
小山 志門:
そうです。父はそれをだらりとした格好で聞いてたわけです。
この時父はどんな気持ちで雑巾を敷いて音を聞いてたんでしょう?
木本 景子:
あ、気になってさとありますね。父も雨漏りの音や雨漏りのことが気になっていたということですね。
小山 志門:
雨漏りを直さない。
いた父も茜と同じように実は家のボロさが気になっていて心のどこかでは直した方がいいだろうと思ってたのかもしれませんね。
家族の長ですから少し責任を感じていたのかもしれません。
父にしか分からないような思いを抱いて寝転んでいたような気がしてきませんか?
雨漏りの音をきっかけにしてそんな父のことを思い出していた。という場面なんです。
小山 志門:
茜の父への思いを考える。
雨漏りの音を実は気にしていた父。
次はそんな父のことを茜がどう感じたか確認しておきましょう。
木本 景子:
どんな感覚なんでしょうか?
小山 志門:
泥酔というのは我を忘れてしまうような酔っ払い方です。
眠り込んでしまって完全に力が抜けてしまった感じです。
家族や普段見知った人がそんな完全に脱力して寝ている場面に遭遇したらどう思いますか?
木本 景子:
少しなんだかドキッとしてしまう気がしますね。
小山 志門:
そうですよね。
おそらく普段とのあまりの違いに「だらしないね」と笑って嗜める程度を超えて全く違う人であるかのような感じを受け取ったのではないでしょうか。
しかもこの時父は「聞こえないだろう」と予想していなかった言葉も話したのでした。
見た目の姿の違いに加え、今まで茜が知らなかった考え方を持つ1人の人間として父を見たのです。
これが雨漏りの音から思い出したエピソードです。
この茜の感覚について共感しますか、よくわからないですか?木本さんはいかがでしょう?
木本 景子:
そうですね、少し難しい感じもしますが、こう普段見ない姿を初めて見たという風に考えると戸惑いもありつつこの人は誰なんだろうというような、あの感覚に似ているような気持ちになるかなと思います。
小山 志門:
やっぱりそういう風に感じる時ってありますよね。
家族ってずっと一緒にいるから時間をかけて関係を作ってきた人物像やお互いの認識が出来上がっています。
でも冷静に考えると時間は経ち、人間は成長し、老い。変わらないなんてことは何もありません。
ただ少しずつ変化しているから変化に気づきにくいだけですけれど、ある時何かのきっかけでその変化に気づいたり強く感じる時があります。
それまでで、自分が思っていた家族と違うという違和感にふと気づいた。
その瞬間を描いているのがこの茜のエピソードなんじゃないでしょうか。
木本 景子:
なるほど。そういうことなんですね。
小山 志門:
高校生って思春期と言ったりしますが子供の時期が終わり、1人の大人として人格が形成されていく時期です。
その時に1番近くにいる家族も1人の人間として自分から切り離して別の存在として認識していく。
ちょうどそんな時期ではないでしょうか。
さて、この父への感覚を思い出した茜はこの後現実に戻ります。
その思い出が現在とどう繋がっていくか続きは次回一緒に読んでいきましょう。
さて、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。
学習のポイントは、
1、雨漏りの思い出を整理する。
2、父親の行動から心情を考える。
3、茜の父への思いを考える。
この3つでした。
今回は茜が回想した過去について読み進めました。
ただ、父の様子とそれに対する茜の心情については改めて読み返して自分の考えと照らし合わせ想像を豊かに読んでみて欲しいなと思います。
次回は回想から現実に戻ってくる場面を読みましょう。
さて今回は「雨漏りの音」の2回目でした。
小山先生、ありがとうございました。
小山 志門:
ありがとうございました。
木本 景子:
NHK高校講座言語文化。木本景子と小山志門先生でお送りしました。