木本:NHK高校講座言語文化の時間です。皆さんご機嫌いかがですか?木本景子です。前回に続いて今回も短歌を学習していきましょう。講師は小山志門先生です。小山先生よろしくお願いします。
小山:はい、小山です。よろしくお願いします。今回は前回に引き続き短歌の学習を進めていきます。今回は短歌の読み方をもう少し広げていきましょう。前回の3つのポイントが基本的な読みのポイントだとしたら、今回示す3つはさらに短歌を味わい楽しむためのポイントです。
それでは今回の学習のポイントを紹介しましょう。今回のポイントは
1、言葉にこだわる。
2、作品の背景を知る。
3、短歌の面白さを知る。
以上の3つです。それでは学習を始めましょう。
言葉にこだわる
小山:まず俵万智さんの短歌を読みましょう。朗読は高山久美子さんです。
(朗読:高山久美子)
君のため
空白なりし
手帳にも
予定を入れぬ
鉛筆書きで
俵万智
小山:この歌は五・七・五・七・七の音数ですね。内容はいかがでしょうか?多少分かりづらい言葉があるかもしれませんが、何をしている場面かは読み取りやすかったのではないでしょうか?
木本:スケジュールに予定を書き入れている様子でしょうか?
小山:そうですね。分かる言葉をつなげてみると「君のため(の)空白だった(日に)手帳にも予定を入れた(鉛筆書きで)」という感じですね。予定が入ったことを歌にしています。
さて、まず一つ質問です。この歌を作った人と「君」との関係が表現されていますが、作者にとって「君」とはどんな相手だと思いましたか?
木本:そうですね、恋人とか付き合っている相手の方ですかね。
小山:そうだとしたら短歌のどの言葉から「恋人かな」と感じたでしょうか?
木本:「君のための予定」?という辺りでしょうか。
小山:そうですね。スケジュールを空白にしていたという表現に注目しても、他の予定を入れないで空けておいたということですから、きっといつ(予定が)入ってもいいようにスケジュールを空けていた大切な相手ですよね。
もう一つ質問します。短歌に出てくる「君」と、書き込んだ「予定」の相手は同じですか?「君」との予定、他の誰かとの予定、どっちなんでしょうか。
木本:うん。この「君」との予定だったと考えた人、「君のための空白だったスケジュールに君との予定を入れましたよ」と報告するのは不自然ではないでしょうか。だから「君のために空けていたスケジュールだけど、他の人との予定を入れたよ」というのが自然ではないでしょうか。ということは作者と「君」とは、この歌を作った時点でどんな関係なんでしょう?
小山:この「君」は今は別れてしまった相手だと考えられそうですよね。一旦まとめておきましょう。「今は別れてしまった君のために空けていた日があったのだけど、もう他の人との予定を入れましたよ」という内容です。この短歌、作者のどんな気持ちが歌われているのでしょうか?
木本:なんだかこの別れてしまった「君」のことがまだ気になっているような気持ちがありますね。
小山:そうですよね。そこで最後の「鉛筆書きで」に注目してください。わざわざ「鉛筆書きで」と表現しているのはどうしてでしょうか?短歌の最後に「鉛筆書きで」と強調されてますよ。ペンでもマジックでもない鉛筆書き。なぜか分かりますか?
木本:鉛筆だと予定が消せますね。
小山:そうなんです。他の予定を入れたんだけど鉛筆書きにしていつでも消せるようにしたんです。もし「君」との予定が入るなら。そう、この作者はまだ「君」のことを完全には忘れられていないのです。「君」のためなら他の予定より優先させたい。そんな切ない未練が最後の一言で伝わってきませんか。このように短歌の「言葉」やその使い方に注目すると、作者が表したかった心情に近づいていくことができます。
作品の背景を知る
小山:次の短歌を読んでみましょう。
(朗読)
瓶にさす
藤の花ぶさ
みじかければ
たたみの上に
とどかざりけり
正岡子規
小山:簡単にまとめておきましょう。「(机の上の)花瓶に生けた藤の花の房が短いので、畳の上には届かないことだなぁ」となります。筆者が花瓶に生けた藤の花を眺めて目にした様子を短歌にしたものです。この短歌を読んでみて、皆さんどのように感じるでしょうか?
木本:声に出してみると三句目の「みじかければ」が際立っているように感じます。
小山:確かにその通りですね。字余りなので目立っていますよね。
木本:そして心情を想像させるというより、なんとなく説明っぽい表現な気がします。ただ目の前にある事実を言葉にしただけのような。これは一体どんな気持ちを歌っているんでしょうか?
小山:はい。短歌を読む時に分かりにくいなと思った場合、その作品の作者や作られた背景などに触れてみるのもおすすめの学習方法です。例えば皆さんは小説を読んだり、映画を鑑賞する時に、同じ作者や監督が作った別の作品を読んだり鑑賞することありませんか?
木本:はい、ありますね。確かにそうすることで作者自身のことも含めて作品を理解するための情報が増えますし、作品を比較ができたりもして、一つだけでは分かりにくいというものも少し分かりやすくなることがありますよね。
小山:そうです。短歌や俳句も同じんです。今回であれば作者は正岡子規です。正岡子規は有名な歌人ですから名前は聞いたことがある人も多いとは思いますが、少し正岡子規について触れてみましょう。
本作品は一九〇一年に正岡子規が出した『墨汁一滴』に詠まれた歌です。実はここには藤の花にまつわる歌集が並んで掲載されています。その中の一番目の本作は正岡子規の代表作の一つにもなっています。この十首の前には前書きがあって、「夕食の後に仰向けで寝ながら、机に生けられた咲きごろの藤の花を眺めていると、物語にある昔のことなどが思い出されて歌を詠みたくなった」というようなことが書いてあります。実は正岡子規は結核を患い、一九〇二年に亡くなるのですが、この「藤の花」にまつわる十首は、子規が亡くなる直前に病床で作られた短歌ということになります。なかなか体調が回復しない子規が何を見つめ、どんな気持ちで歌ったのか想像をしながら、もう一度音読してみましょう。木本さん読んでみてください。
木本:はい。「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」。
小山:「藤の花ぶさ」が「畳」に届かないとありますが、それは病気で起き上がれない子規が布団に横たわった状態で見ている様子です。子規が畳の高さから見上げているわけです。ちょうどきれいで咲きごろの藤の花なんですけど、自分の寝ている畳までは届かないなという歌んです。
木本:もっと近づいて見てみたい、手に触れてみたい。でもそれが叶わないというような気持ちが伝わってくる気がします。
小山:その通りですね。先ほどお伝えした十首の中には「瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の床に春暮れんとす」という短歌もあります。この短歌には「病の床」とはっきり書かれています。病床で春が終わろうとしているわけです。「来年の春、またこの藤の花を見ることができるのだろうか」。そんな気持ちもあるのかもしれません。いかがでしょうか?作品を純粋に味わうのは大切ですが、こうやって作者のことや作られた背景を知ると、作品を立体的に味わうことができるような気がしませんか?ぜひ皆さんも短歌に接する時にその作者のことを調べたり、他の作品と比べたりしてみてください。
短歌の面白さを知る
小山:さて、短歌の学習を進めてきましたが、少しは短歌を身近に感じたり味わい方が分かったりしてきましたか?最後に面白い短歌をいくつか読んでみましょう。
(朗読)
えーえんとくちから
えーえんとくちから
永遠解く力を下さい
笹井宏之
小山:木本さんいかがですか?
木本:そうですね。なんだか不思議な呪文みたいな感じがしますね。文字だけを見ても前半ひらがなが続き、なんとなく呪文のようにも見えますし、「えーえんとくちから」が2回繰り返されていて、後半の「永遠」が出てくるまで区切り方に戸惑うような感じです。不思議な味わいのある短歌ですね。私は最初「えーん」と声をあげて泣く赤ちゃんの泣き声のように感じていました。しかし「永遠解く力」が後半「永遠解く力」だと表現されて理解できました。そういった変化が一首の中にあるというのも面白いですね。
小山:はい。どんな様子を歌っているんでしょうか?
木本:「永遠を解く力を下さい」というのは具体的に何を表現しているのかはぱっと分かりません。しかし「えーえんとくちから」という言葉を3回も繰り返すほど、作者が強く何かを願っていることは分かりますよね。
小山:リズムを感じ、音の響きを味わい、内容を自分なりに考えようとする。今まで学習してきた短歌とは少し雰囲気の違う新しい短歌のような気がしますが、短歌の面白さを十分感じられる作品です。さらに作者の笹井宏之さんについて調べてみるのもいいです。実は笹井さんは26歳という若さでこの世を去られています。10代の頃から病を患い、体を自由に動かせない状況の中で作品を生み出し続けられました。それらの作品は柔らかい言葉で綴られているようでいて、とても強い思いが溢れています。笹井さんの作品集や、本作『えーえんとくちから』が表題となっている文庫本なども出されていますので、他の作品や作者自身のことも調べてみてください。そういった作者の背景を知ると、「永遠解く力を下さい」と強く願う作者の気持ちが想像できたり、理解しやすくなるのではないでしょうか。
次の短歌の朗読を聞いてください。
(朗読)
ふるさとの
訛りなくせし
友といて
モカ珈琲は
かくまでにがし
寺山修司
小山:簡単にまとめると「ふるさとの言葉の訛りをなくしてしまった友人と過ごしていると、飲んでいるコーヒーがこんなにも苦く感じられることだ」となります。ふるさとを忘れてしまうことや、自分が置いていかれるような孤独、寂しさを感じさせる作品です。でも私が説明するより(他の)短歌と比べてみるといいと思います。寺山修司の作品の元になった石川啄木の短歌です。木本さん読んでみてください。
木本:はい。「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」。
小山:寺山修司の歌ではふるさとの友人に苦しさを感じていましたが、啄木は故郷の人を求め、訛りを聞ける駅の人ごみに足を運んでいます。故郷を懐かしんでいる気持ちが似ていますね。
木本:そうですよね。それにスタートはそっくり同じですよね。
小山:このように元の歌を土台にして作ることを本歌取りと言います。短歌では古く和歌の時代からこのように誰かの歌を味わって、自分なりの歌にすることもありました。誰かが表現した情報を受け取り、それを自分なりに受け止め、作り替えたりしてコミュニケーションを図るというのは、短歌でなくともとても楽しいことだと思いませんか?
小山:さて、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは
1、言葉にこだわる。
2、作品の背景を知る。
3、短歌の面白さを知る。
この3つでした。
木本:さて、いかがだったでしょうか?2回にわたり、短歌について学習してきました。
小山:前回は短歌の基本的な読み方を3つ確認しました。一番大事なのは音読をしてリズムを感じることです。リズムを味わえるようになったら、言葉に注目して作者の心情に迫ってみましょう。そして短歌が作られた背景も合わせて学習すると、より短歌に表された内容が理解できると思います。最近作られた新しい短歌なども調べてみて、ぜひ短歌の面白さに触れてほしいと思います。
木本:さて今回は小山先生と「柳あをめる」短歌の2回目の学習を進めてきました。小山先生、ありがとうございました。
小山:ありがとうございました。
木本:NHK高校講座言語文化、木本景子と小山志門先生でお送りしました。