NHK 高校講座 言語文化 第18・19回
テーマ:「枕草子 うつくしきもの(二)」
(音楽・オープニング)
木本景子(司会):
NHK 高校講座 言語文化の時間です。皆さんご機嫌いかがですか? 木本景子です。
今回は『枕草子』の「うつくしきもの」の後半を読みます。
講師は、吉田茂先生です。よろしくお願いします。
吉田茂(講師):
こちらこそよろしくお願いします。
前回「うつくしきもの」前半を読みましたが、木本さん何かお感じになられたことはありますか?
木本:
はい。本文の「何も何も小さきものはみなうつくし」という表現が印象に残っています。
吉田:
良いところにお気づきですね。小さいもの、幼いものへの作者の愛情が凝縮されている表現のように思います。また同時に作者の美意識をも想像させますね。
この『枕草子』を書いた清少納言の曽祖父(ひいおじいさん)は、歌人の清原深養父(きよはらのふかやぶ)です。そして父・元輔(もとすけ)も『後撰和歌集』という勅撰集の歌を選ぶ撰者の一人でした。
木本:
歌人が多い家系なんですね。
吉田:
そうですね。元輔は中流貴族です。清少納言はそのような有名な歌人の家に生まれました。
木本:
そのような清少納言が、さらに「うつくしきもの」としてどのようなものを挙げているのか、後半を読むのがとても楽しみです。
それでは今回の学習のポイントです。
1. 第四・第五段落の内容を読み取る。
2. 『枕草子』と随筆文学について知る。
3. 清少納言がどのような人物であったか理解する。
以上の3つです。それでは学習を始めましょう。
(チャイム)
木本:
それでは「うつくしきもの」後半の朗読を聞いてみましょう。朗読は高山久美子さんです。
高山久美子(朗読):
いみじう白く肥えたる児の、二つばかりなるが、二藍の薄物など、衣長にて襷結ひたるが、這ひ出でたるも、また、短きが袖がちなる着て歩くも、みなうつくし。
八つ、九つ、十ばかりなどの男子の、声は幼げにて文読みたる、いとうつくし。
鶏の雛の、足高に、白うをかしげに、衣短なるさまして、ひよひよとかしましう鳴きて、人の後先に立ちて歩くも、をかし。また、親の、ともに連れて立ちて走るも、みなうつくし。
かりのこ。瑠璃の壺。
(解説パート)
木本:
「第四・第五段落の内容を読み取る」。それでは「うつくしきもの」の後半を読んでいきましょう。
吉田:
「いみじう白く肥えたる児の、二つばかりなるが、二藍の薄物など、衣長にて襷結ひたるが、這ひ出でたるも」。
「いみじう」は「たいそう」だから、「たいそう色白でぽっちゃりとした幼児で、二歳くらいなのが、二藍(紅花と藍で染めた紫色)の薄い着物など、着物の丈が長くダブダブなので袖を襷でくくり上げているのが、這い出して出てきたのも」となります。
木本:
よくイメージができます。
吉田:
はい。よかった。ここで前回の助詞の復習をしましょう。木本さん、「白く肥えたる児の」の「の」はどのような助詞ですか?
木本:
えっと、先生は「ぽっちゃりとした幼児で、二歳くらいなのが」と訳されました。それがヒントになりますよね。同格を表す格助詞だと思います。
吉田:
はい。その通りです。
「また、短きが袖がちなる着て歩くも、みなうつくし」。
「また逆に、丈の短い着物で袖が目立つ着物を着て歩いているのも、みなかわいらしいです」。
この幼児と着物のアンバランスな感じがかわいらしいということでしょうか。
木本:
はい。そうですね。
吉田:
次は、「八つ、九つ、十ばかりなどの男子の、声は幼げにて文読みたる、いとうつくし」。
「八歳、九歳、十歳くらいの男の子が、声は幼げな感じで、漢文の書物を読んでいるのは、たいそうかわいらしい」となります。
木本:
ここに出てくる「文」は、漢文の書物のことなんですか?
吉田:
はい。この当時は、貴族の子供たちは七、八歳になると「文始め」と言って、漢文の書物を読み始めたのです。難しい漢文を幼い声で読み上げているのを「かわいらしい」というのです。
実は清少納言には「橘則長」という男の子がいましたので、漢文の書物を読むわが子の姿と重なっているのかもしれません。
木本:
なるほど。現代ではこの年齢だとまだ小学生ですよね。小学生で漢文を読むなんてすごいですね。
吉田:
そうですね。でも当時、漢詩文を読んだり漢詩文を書いたりできることが、男子の必須の教養でした。それができないと就職もできなかったようです。幼い頃から学ばざるを得ないのです。
木本:
そういう理由があるんですね。
吉田:
はい。次は、「鶏の雛の、足高に、白うをかしげに、衣短なるさまして、ひよひよとかしましう鳴きて、人の後先に立ちて歩くも、をかし」。
「鶏の雛が、足が長く見えて、白くかわいらしく、着物の丈が短いといった様子で、ぴよぴよとやかましく鳴いて、人の後ろや前を歩き回るのも、かわいらしい」となります。
これはどういうことでしょうか? 「衣短なるさまして」。
雛のまだ毛が生えそろっていなくて、細長い足が目立っている状態を「衣短」と言っているのです。
木本:
なるほど。そういう表現なんですね。
吉田:
見事な表現ですね。
「また、親の、ともに連れて立ちて走るも、みなうつくし」。
「また親が、雛を連れて走るのも、かわいらしい」となります。
木本:
あるあるという感じですね。
吉田:
ね。最後は「かりのこ。瑠璃の壺」。
「かりのこ」はここでは「カルガモの卵」としておきましょう。そして「ガラス製の壺」と結んでいます。瑠璃は元々青く美しい宝玉のことですから、青いガラスの壺と言っているのかもしれません。
(文学史パート)
木本:
「『枕草子』と随筆文学について知る」。
「うつくしきもの」を読んできました。木本さん、内容は理解できましたか?
木本:
はい、よくわかりました。「かわいらしいもの」というテーマでいろいろ列挙したものですね。作者の観察眼の鋭さとセンスの良さも感じました。
吉田:
はい。そうですね。『枕草子』はおよそ300の段からなっていて、その内容によって大きく三つに分けられます。その一つは「類聚的章段」と言います。
木本:
ルイジュ、ですか?
吉田:
はい。類聚とは同じ種類の事柄を集めることです。「ものづくし」とも言われます。
これは「うつくしきもの」のように「何々もの」型の段。また、「星はすばる……」、「猫は上の限り黒くて腹いと白き」のように「何々は」型の章段で、全体のおよそ半数を占めています。
木本:
半分も占めるんですね。あとの二つはどんな章段なんでしょうか?
吉田:
二つ目は「日記的章段」です。作者清少納言は、一条天皇の后である中宮定子(ちゅうぐうていし)に仕えます。主にそこで見聞したこと、体験したりしたことを回想して書かれた章段があります。これもおよそ80段あって、作者の活躍なども記されています。
木本:
なるほど。
吉田:
最後三つ目は「随想的章段」です。自然を観察しスケッチ風に書いたもの。また出来事に取材して自由に書いたもの。いわば随筆風の章段です。清少納言は『枕草子』の中で、「私の目に映り心に思うこと」、「つれづれなる(退屈な)」自分の家での生活の中で書き集めた、と書いています。
木本:
以前学んだ『徒然草』の「つれづれなるままに、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば」と同じですね。
吉田:
木本さんよく気づきましたね。このように随筆は心の赴くままに書かれたものですから、その内容は多様です。古文には多くの随筆があります。随筆文学の双璧と言えば、やはり『枕草子』と『徒然草』の二つになるでしょうね。
木本:
なるほど。
吉田:
『枕草子』は平安時代、華やかな宮廷を経験した清少納言が、自分の鋭い感覚をもとに書き表したもので、彼女の美意識が現れているように思います。
一方、鎌倉時代の末に成立したと考えられる兼好法師の『徒然草』は、思索的な内容となっています。
木本:
同じ随筆文学でも随分違いがあるんですね。
吉田:
はい。二つの作品には大きな隔たりがあります。これは二人が生きた時代や環境の違いが関係しているのかもしれません。
(人物像パート)
木本:
「清少納言がどのような人物であったか理解する」。
吉田:
父・元輔の教育方針から、清少納言は和歌とともに漢詩文も勉強しました。当時、漢詩文の教養は男性貴族の場合必須でしたが、女性の場合は必ずしもそうではなかったのです。清少納言は漢詩文の教養も身につけました。
木本:
すごい。清少納言は和歌、漢詩文に理解しているんですね。
吉田:
はい。そのような才能が認められ、清少納言は28歳の頃、中宮定子の元に宮仕えすることになりました。中宮定子は当時18歳、一条天皇は14歳でした。清少納言は一条天皇を指導する立場だったのかもしれません。その中宮定子の話し相手役として、清少納言などの女房が必要だったと思います。
木本:
先生、「女房」って何でしょうか? 奥さんの意味ではないですよね。
吉田:
はい。「女房」の「房」は、一人が住めるほどの小さな部屋のことです。それを与えられ、身分の高い人に仕えた女性、女官を指します。当時は中宮定子の父の藤原道隆(ふじわらのみちたか)や、兄弟の伊周(これちか)、隆家(たかいえ)の絶頂期でした。
木本:
藤原道隆はどういう人でしょうか?
吉田:
一条天皇の関白になった人で、弟に道長がいます。
木本:
道長は有名ですね。
吉田:
はい。前に触れた『枕草子』の日記的章段には、貴族たちと漢詩などに裏打ちされた機知やウィットに富むやり取りをすることによって、それらの人々の信頼を勝ち取った清少納言の姿が描かれています。でもこの栄華は長く続きません。
木本:
どうなったんでしょうか。
吉田:
道隆が死に、後、弟の道長が関白になると、定子の兄弟は一気に失脚してしまいます。そして道長の娘、藤原彰子(ふじわらのしょうし)が一条天皇の後宮に入り、翌年には后と認められます。ちなみに『源氏物語』の作者である紫式部は、後の彰子に仕えることになります。
さらに悪いことが続き、皇后となった定子は翌年、二番目の女の子を産んだ直後に崩御されます。
木本:
え、亡くなってしまったんですか?
吉田:
はい。そうなんです。清少納言はその頃、女房としての生活を終えたようです。清少納言の宮仕えは七年ほどと言われています。その七年間の宮仕えの中で、清少納言の目には、定子やその家族が栄華を極める姿と、一気に没落していく姿の二つが見えていたはずです。感受性の豊かな清少納言は、栄華と没落とを見て、いろいろな感情を持ったと思われます。
でも、『枕草子』で描くのは、一貫して定子周辺の栄華の様、光輝く世界です。
木本:
清少納言はどうしてそうしたんでしょうか?
吉田:
そうですね。難しい質問ですね。うん。
日記的章段と言っても、必ずしも日々の記録ではなく、回想して書かれたものが多いのです。定子に仕え、定子からも信頼されている清少納言は、自分の書き留めるべきものは定子周辺の栄華の様、光輝く世界であると考えたからでしょう。
別の言い方をすれば、清少納言はその悲運や没落を描くことに興味はなかったし、そうするべきではないという判断をしたのだと思います。仮にそれを描けば、定子周辺の栄華ばかりでなく、定子と過ごしたかけがえのない自分の生活まで色あせてしまうと考えたのかもしれません。
(まとめ)
木本:
それでは今回のポイントをまとめておきましょう。
学習のポイントは、
1. 第四・第五段落の内容を読み取る。
2. 『枕草子』と随筆文学について知る。
3. 清少納言がどのような人物であったか理解する。
以上の3つでした。
今回読んだ「うつくしきもの」の後半も、あどけないもの、小さなものを「うつくしきもの」に挙げています。「衣短なるさま」の表現などは、簡潔で見事な表現ですね。次に随筆である『枕草子』の内容と特色を考えました。「うつくしきもの」は「類聚的章段」に分類されるんですよね。
吉田:
はい。さらに、清少納言は和歌や漢詩を理解する女性で、その才能を生かして中宮定子に仕えたことを見てきました。また『枕草子』の日記的章段において、定子周辺の光輝く世界を中心に描いた理由を想像してみました。
木本:
はい。私もその理由を考えてみようと思います。
さて今回は、吉田茂先生と「うつくしきもの」後半を読みました。吉田先生、ありがとうございました。
吉田:
ありがとうございました。
木本:
NHK 高校講座 言語文化。木本景子と吉田茂先生でお送りしました。