NHK高校講座 言語文化
第14回 「奥山に、猫またといふものありて(2)」
(音楽)
木本景子(MC):
NHK高校講座「言語文化」の時間です。皆さんご機嫌いかがですか?木本景子です。
今回も「奥山に、猫またといふものありて」というお話を読んでいきます。前回は法師が何かに飛びつかれたところまで読みました。この後はどうなるのでしょうか?
講師は山本章博先生です。よろしくお願いします。
山本章博(講師):
山本です。よろしくお願いします。
それでは今回の学習のポイントを確認しましょう。
一、後半の法師の行動を理解する。
二、事の真相を理解し、この段の教訓を考える。
三、助動詞のはたらきを理解する。
以上の三つです。
それでは学習を始めましょう。
木本:
それでは今回学習する「奥山に、猫またといふものありて」の後半の朗読を聞いてください。朗読は高山久美子さんです。
(朗読:高山久美子)
肝心も失せて、防がんとするに力もなく、足も立たず、小川へ転び入りて、「助けよや、猫またよや、猫またよや。」と叫べば、家々より、松どもともして走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり。「こはいかに」とて、川の中より抱き起こしたれば、連歌の賭物取りて、扇、小箱など、懐に持ちたりけるも、水に入りぬ。希有にして助かりたるさまにて、這ふ這ふ家に入りにけり。
飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。
木本:
後半の法師の行動を理解する。
山本:
猫またに足元から飛びつかれ、首を噛まれそうになった法師は、その後どうしたのでしょうか?現代語訳していきましょう。
「肝心も失せて、防がんとするに力もなく、足も立たず、小川へ転び入りて」。
木本:
「肝心も失せて」とはどういう意味なんでしょうか?
山本:
はい。正気を失うということです。法師はあまりのことに正気を失い、しがみつく猫またを払いのけるだけの力も入らず、足もすくんでしまい、立っていることもできずに川に転げ落ちてしまいました。「小川」は川の名前でしたね。
そして「助けよや、猫またよや、猫またよや」と叫びます。
これは「助けてくれ。猫まただ。猫またが出たぞ」という感じでしょう。気が動転しながらも必死ですよね。
木本:
はい。そしてその叫び声を聞いた近所の人々が驚いて出てきます。
山本:
「家々より、松どもともして走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり」。
この「松」は松明のことで、松の木の先端を燃やして明かりとしたものです。今で言うと懐中電灯のようなものでしょうか。
木本:
その通りですね。
山本:
「わたり」は、ここでは辺り近所という意味になります。人々は何事かと松明を灯して走ってやってきました。その松明で照らして助けを呼んだ人の顔を見てみると、近所では知られた法師でした。
つまり、法師はかなり自分の家に近い場所で猫またに襲われたということになります。
木本:
近所の人が助けに来てくれたというわけですね。
山本:
はい。
「『こはいかに』とて、川の中より抱き起こしたれば」。
「一体何があったのか」と言って、近所の人々は川に(落ちた)法師を抱き起こして助け出しました。
「連歌の賭物取りて、扇、小箱など、懐に持ちたりけるも、水に入りぬ」。
連歌では優れた句を作ることができた場合に賞品が出ることがありました。「連歌の賭物」とはその賞品のことです。法師はその賞品の扇や小さな箱などを大事に抱えて持っていたのですが、それも川に落ちて水につかり、使い物にならなくなってしまいました。
木本:
もったいないですね。でも猫またに襲われたら、もうそれどころではないですもんね。
山本:
そうですね。法師は賞品目当てで夜中まで連歌に夢中になっていたとも言えそうです。その賞品は法師にとって、必死で獲得した大事なものであったはずです。それも台無しになってしまったということです。
「希有にして助かりたるさまにて、這ふ這ふ家に入りにけり」。
木本:
「希有」は現代語では「珍しい」という意味ですが、ここでは違うんですか?
山本:
ここでは「奇跡的に」という意味になりますね。奇跡的に助かった、九死に一生を得たというような様子で、「這ふ這ふ」。これも面白い表現ですね。「這って這って」という意味ですが、地面を這いつくばりながら家に入っていきました。川に落ちてびっしょり濡れたまま、「ああ助かった」と言いながら地面を必死に這う様子は、目に浮かぶようですよね。
ということで、結局食われることなく、なんとか助かったというわけです。
木本:
本当によかったですね。
事の真相を理解し、この段の教訓を考える。
山本:
さて、この話は本当に「猫また」というものがいて、法師はそれに襲われ食べられそうになったということなのでしょうか。なんだか怪しくないですか?
木本:
猫またじゃなかったんですか?
山本:
最後の一文でこの真相が明かされます。
「飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛びつきたりけるとぞ」。
法師が飼っていた犬が、真っ暗闇の中でも主人が帰ってきたことが分かって、嬉しくて飛びついた。これが真相であったということです。
木本:
なんと、飼い犬だったんですね。
山本:
そうです。犬の気持ちになってみましょうか。
この犬は主人が夜になってもなかなか帰ってこない。お座りをしながらずっと待ち続けていたのではないでしょうか。暗闇の中、その匂いや気配で主人が帰ってきたことが分かった犬は、嬉しくて嬉しくて飛びついたのです。
それを法師は猫まただと勘違いしてしまったということなんですね。飛びついたら主人は川に落ちてしまったのですから、犬もさぞかしびっくりしたことでしょう。
さあ、皆さんは以上のような話を聞いてどのような感想を持つでしょうか?木本さんはいかがですか?
木本:
こう、先入観や思い込みは影響がとても大きいんだなという風に強く感じましたね。もう飼い犬が一番驚いたのではないかなと思いました。
山本:
なるほど。なんて馬鹿馬鹿しい話なんだと思った人もいるでしょう。
この法師は大きな勘違いによって無用な恐怖を体験することになり、せっかくの賞品も台無しにしてしまいます。この法師の間抜けさを笑い呆れた人も多いのではないでしょうか。
しかし、この話は単なる笑い話なのでしょうか。私たちはこの法師のことを本当に笑えるでしょうか?
木本:
私も猫またの噂に怖いなと思った立場なんですけれども、こう現代でも似たような噂話を信じる人はいますよね。
山本:
はい。今、世の中には多くの情報が溢れ返っていますね。それを疑うこともなく本当のことだと信じ込んで行動しているということが、私たちにもあるのではないかと思います。
法師はおそらく、疑うことを知らない、純粋でいい人だったのだと思います。どこか憎めないところがありますよね。
木本:
はい。ちょっとおっちょこちょいで可愛いなと思ってしまいました。
山本:
でも「いい人である」、それだけではやはりダメで、噂話というものは慎重に受け取る必要がある。そうでないとこの法師のように大失敗をすることがある。噂話は人を惑わすものであり、気をつけた方が良い。
兼好法師はそんな警告を私たちにしているようにも思われますが、いかがでしょうか?
皆さんも自らを振り返り、社会の様子を見て考えてみると良いでしょう。
木本:
助動詞のはたらきを理解する。
山本:
それではここで少し文法の話をしたいと思います。
木本:
はい、お願いします。
山本:
「助動詞」というものがあります。古文を理解するために最も重要な文法事項と言っても良いでしょう。難しそうだ、と思うかもしれませんが、今回は助動詞の基本的な役割を理解してみましょう。
現代の言葉でも私たちはこの助動詞を普通に使っています。例えば、「遊びに行く」ということを過去の出来事として表現したい場合、どうしますか?
木本:
過去の出来事だったら、「遊びに行った」ですね。
山本:
その通りですね。この場合「た」が助動詞になります。この助動詞「た」は過去の出来事であることを示すために使われる助動詞ということになります。
この「た」の上を見てください。「行っ」というのは「行く」という動作を表す言葉、動詞が変化したものです。この変化のことを「活用」と言いましたね。
このように助動詞は、多くの場合動詞の下につくものです。だから「助動詞」と言います。
木本:
あ、動詞を助けるから助動詞なんですね。
山本:
はい。では否定の文にしたい場合はどうしますか?
木本:
否定だと、「遊びに行かない」ですね。
山本:
そうですね。この場合は「ない」が否定を意味する助動詞になります。「ない」の上は今度は「行か」となっていますが、これも動詞の「行く」が活用したものです。
動詞はこのように、下に続く助動詞によって活用が異なるんですね。使う時にはあまり意識はしていませんが、そのように変化させていますね。
木本:
あ、古文でも同じなんですね。
山本:
そうです。この「遊びに行った」「遊びに行かない」という過去と否定の文を、古文ではどのように表現するか見てみましょう。
「遊びに行った」は、「遊びに行きけり」となります。この「けり」が助動詞で、「た」と同じ「過去」の意味を付け加えます。
木本:
「遊びに行かない」はどうなりますか?
山本:
「遊びに行かず」となります。この「ず」が助動詞で、現代語の「ない」と同じ用法になります。否定を表す助動詞ですが、文法の用語としては「打消し」と言う場合が多いですね。
つまり、古文の文法の知識として、「けり」が過去の意味を表すということを知っていれば、「遊びに行きけり」と出てきた時に、「ああ、遊びに行ったという意味か」と理解できるわけです。
この「けり」は今回読んだ箇所にも出てきましたね。
木本:
はい。「家に入りにけり」のところですね。
山本:
そうです。ここでは「家に入った」という意味になります。
また、打消しの「ず」は、「足も立たず」と出てきました。「足も立たない」という意味になりますね。
さて、ここからがやや複雑になりますが、この助動詞は、動詞が活用するのと同じように、下に言葉が続く場合、形を変えて変化します。
木本:
助動詞も活用するんですね。
山本:
そうなんです。今回読んだ箇所では「ける」という語が出てきてます。
「懐に持ちたりけるも」、「飼ひける犬」、「飛びつきたりけるとぞ」と、三箇所に「ける」が使われています。
これは過去の助動詞「けり」が変化、活用したもので、「けり」と同じようにこれも過去の意味を示します。
それぞれ「懐に持っていたのも」、「飼っていた犬」、「飛びついたということだ」と訳すことができるわけです。
木本:
なるほど。
山本:
教科書の付録や文法書に助動詞の一覧表がありますので、一度見ておいてください。この過去の「けり」や打消しの「ず」の他にもたくさんの助動詞があります。そしてそれぞれの助動詞がどのような意味を示すのかが書かれています。さらに活用の表がありますが、これはそれぞれの助動詞がどのような形に変化、活用するのかを表したものです。
木本さんはこの助動詞の表を見たことがありますか?
木本:
はい、あります。でもあまりにもたくさんの助動詞があって、覚えるのはちょっと大変そうだなと思った記憶があります。
山本:
そう思いますよね。もちろんこれを全部理解するのは大変なことです。一つ一つ少しずつ身につけていくべきものです。今回取り上げた「けり」は古文を読んでいると何度も何度も出てくるので、自然と覚えてしまいますよね。
この表を見ながら、これまで読んできた文章の中から助動詞を見つけて、現代語訳と照らし合わせながらその意味を考えてみると勉強になると思います。
木本:
それでは今回の学習のポイントを確認しましょう。
一、後半の法師の行動を理解する。
二、事の真相を理解し、この段の教訓を考える。
三、助動詞のはたらきを理解する。
以上の三つです。
山本:
今回は『徒然草』第八十九段「奥山に、猫またといふものありて」という話の後半を読みました。
木本:
法師が猫またに飛びつかれて川に落ちて助けを求めたんですよ。その助けを求める声を聞いた人々が出てきて、法師を助け、やっとのことで家に逃げ込みます。しかし、飛びついたのは主人の帰りを待っていた飼い犬でした。
山本:
法師の慌てぶりがおかしく思いました。
木本:
はい。噂話というものがいかに人を惑わすものか、そうしたことを考えさせられるお話でした。また、助動詞の基本的な役割について、「けり」と「ず」を例として学習しました。
さて、今回は山本章博先生と「奥山に、猫またといふものありて」の後半を読みました。山本先生、ありがとうございました。
山本:
ありがとうございました。
木本:
NHK高校講座「言語文化」。木本景子と、山本章博先生でお送りしました。