NHK高校こうこう講座こうざ 言語げんご文化ぶんか

だい11かい 「うつくしい」ということ(2)

(音楽おんがく)

かわ進行しんこうやく): NHK高校こうこう講座こうざ言語げんご文化ぶんか」。はじまりました。ご機嫌きげんいかがですか?かわです。

かわ: 今回こんかいは、前回ぜんかいつづき『「うつくしい」ということ』という随筆ずいひつんでいきます。

かわ: 小山こやま志門しもん先生せんせい一緒いっしょすすめていきましょう。小山こやま先生せんせい、よろしくおねがいします。

小山こやま志門しもん講師こうし): 小山こやまです。よろしくおねがいします。

かわ: それでは今回こんかい学習がくしゅうのポイントを紹介しょうかいしましょう。今回こんかいのポイントはみっつです。

かわ: ひと筆者ひっしゃべる「対話たいわ」を整理せいり理解りかいする。

かわ: ふた筆者ひっしゃかんがえる「うつくしさ」をる。

かわ: みっ、「回路かいろ」について整理せいり理解りかいする。

かわ: 以上いじょうみっつです。

(チャイム)

かわ: それでは学習がくしゅうはじめましょう。

かわ: それでは『「うつくしい」ということ』の朗読ろうどくを、はじめからいてください。朗読ろうどくは、松田まつだゆうきさんです。


(朗読ろうどく - 課文かぶん本文ほんぶん)

『「うつくしい」ということ』 赤木あかぎ明登あきと

うつくしい」ということほど、だれにでも経験けいけんできることはない。

ぼくはじめて「うつくしい」とかんじたのは、いつのことだったのか、そしてどういうふうにそうかんじたのか、もちろんおもすことはできない。

でもおそらく、「きれい」や「かわいい」や「気持きもちいい」や「おいしい」や「うれしい」や「たのしい」や「あたたかい」や「やさしい」にちかいけれど、ちがう、もうちょっと抽象的ちゅうしょうてき感覚かんかくとして、ぼくなかにプログラムされていたんだろう。

でも同時どうじに、「こわい」や「すさまじい」や「かなしい」や「さびしい」や「いたい」、さらには「気持きもい」や「きたない」や「みにくい」のなかにさえ、「うつくしい」ことがあるのを子供こどもぼくっていた。

そうなるともう、「うつくしい」ってどういうことなのかさっぱりからなくなる。

子供こどもころならば、かんがえずにんだものを、大人おとなになってからあれこれとおもなやむようになってしまったのは、いやはや、面倒めんどうなものだとわれながらおも始末しまつ

かんがえてもかんがえても、いろんな「うつくしい」をむすけているのがなんだかからないのに、おもいもよらぬところで、「うつくしい」を経験けいけんし、感動かんどうさせられてしまうのでこまってしまう。

いったい「うつくしい」ってなんだろうと。

ぼくうつわ自分じぶんつくることを仕事しごとにしている。ときどき、どうしたらこんなにたくさんのうつわかたちつくりだすことができるのかと、たずねられる。

じつは、うつくしいかたちまれるのはうつくしさのことも、かたちのこともなにかんがえていないときだ。いくらあたまをひねってかんがえても、いいかたちなど自分じぶん創造そうぞうすることなんてできない。

らずらずに鼻唄はなうたでもうたいながら夢中むちゅう仕事しごとしているときとか、長距離ちょうきょりのドライブをしているときとか、うみもぐっているときとか、ふっとりてくるように、いやこころそこからぽっかりといてくるように、かたちまれてくる。

その瞬間しゅんかんには、もうまえにはっきりとうつわがあって、れるぐらいにちゃんといろかたち出来上できあがっていて、感動かんどうしている自分じぶんがいる。

本当ほんとうなにもしていないのに、いつもそうなる。いったいだれつくっているんだろう、これは。

ぼくは、ただっているだけなのだ。

言葉ことばだっておなじだ。いつも文章ぶんしょうこうなんておもってはいない。ただっていると、ふと文字もじが、ちゃんとれつになってつぎからつぎへとりてくる。いつのまにかだれかがいてくれている感覚かんかくぼくはそれをわすれちゃいけないとあわててめる。それだけ。

そういうことがきるのはどうしてなんだろうと、ぼくなりに分析ぶんせきしてみた。

すると、りてくるまえに、まえというのはついさっきのときもあるし、一年前いちねんまえのときもあるし、もうわすれてしまうくらいまえのときもあるけれど、かならぼくなにかとリアルに出会であっていることに、出会であった対象たいしょう対話たいわしていることにがついた。

それは、たとえばつちなど、にした素材そざいだったり、だれかがつくった芸術げいじゅつ作品さくひんだったり、まった意味いみのないいしころだったり、もちろんひとだったりもする。ようなんでもいいんだけれど、ぼくこころそこほうに、たぶんたましいのような部分ぶぶんに、振動しんどうあたえるようななにかだ。その対話たいわによって、そこに物語ものがたりまれる。

だから、これだけはうことができる。ひとつの物語ものがたりまれる場所ばしょに、ひとつ「うつくしい」があるんじゃないかと。

なにかとなにかが出って、振動しんどうまれ、さざなみとなり、あたらしい物語ものがたりはじまる。その生成せいせい現場げんばに「うつくしい」はいつもっている。

よろこびであれ、かなしみであれ、もっとささやかなものであれ、ひとこころふるわせる物語ものがたりとともに「うつくしい」はまれ、あらわれて、かたちになったものはまたなにかと出会であい、べつ物語ものがたりしていく。

ひときていくには、世界せかいとつながる回路かいろ必要ひつようだ。そしてそこからつむされる物語ものがたり必要ひつようだ。じて、みみふさいで、いきひそめ、全身ぜんしんかたくして、世界せかいれることがないままでは、物語ものがたりはじまることはない。


かわ: 学習がくしゅうのポイント(1):筆者ひっしゃべる「対話たいわ」を整理せいり理解りかいする

小山こやま: 今回こんかい学習がくしゅうするところは、「そういうことがきるのはどうしてなんだろう」というところからですが、その部分ぶぶんからは筆者ひっしゃがついたことについてべていましたね。

小山こやま: それでは実際じっさい筆者ひっしゃがついたことはなんでしょうか?かわさん、いかがですか?

かわ: はい。「かならぼくなにかとリアルに出会であっていることに、出会であった対象たいしょう対話たいわしていることにがついた」とっていますね。

小山こやま: そうですね。この筆者ひっしゃづきにはふたつの内容ないようべられています。ひとつは「リアルに出会であっていること」。もうひとつは「対話たいわしていること」です。

小山こやま: ひとの「リアル」とは「現実げんじつ」という意味いみで、具体的ぐたいてきにはおな時間じかん空間くうかん存在そんざいしているものと理解りかいするといいでしょう。

小山こやま: そうだ、ととらえると、つぎのものは筆者ひっしゃかんがえる「リアル」とえるでしょうか?

小山こやま: (1) インターネットでつけた外国がいこく綺麗きれい風景ふうけい

小山こやま: (2) テレビ番組ばんぐみ紹介しょうかいされていた興味深きょうみぶか絵画かいが作品さくひん

小山こやま: かわさん、いかがですか?

かわ: うーん、どちらも実際じっさいれていないから、筆者ひっしゃかんがえる「リアル」ではないとおもいます。

小山こやま: あ、そうです。そのとおりです。きっとどちらも筆者ひっしゃかんがえる「リアル」ではなさそうですね。

小山こやま: 本文ほんぶんちゅうには、「つちなどの素材そざい」だったり、「だれかがつくった芸術げいじゅつ作品さくひん」などがげられています。

小山こやま: 「リアル」とは、なにかをかいしたものではなく、物理的ぶつりてき空間的くうかんてき時間的じかんてきに「現実げんじつ」のものである、ということをおさえましょう。

小山こやま: ふたは「対話たいわしていること」です。

小山こやま: たとえば筆者ひっしゃは、つけたいしながめ、り、雰囲気ふんいき性質せいしつ理解りかいしたうえかたちにしていくのでしょう。「会話かいわ」ではなく「ったりする」ということです。

小山こやま: しかし、この「対話たいわ」はかりやすい言葉ことばでさっとすすめてしまいそうですが、じつ最終的さいしゅうてきな「うつくしい」の理解りかいかぎになりますよ。

小山こやま: すすめると、「ぼくこころそこほうに、たぶんたましいのような部分ぶぶんに、振動しんどうあたえるようななにかだ。その対話たいわによって……」とありますね。

かわ: どういうことでしょうか?

小山こやま: たとえば、みなさんがひと出会であったときのことを想像そうぞうしてみましょう。とおりすがりのひとや、他愛たあいもない会話かいわわすだけのひとに、たましいさぶられることはあんまりかんがえられませんよね。

小山こやま: しかし、おたがいのかんがえをはなうような、よりふかかかわりを相手あいてならどうでしょうか。そういう間柄あいだがらであれば、自分じぶん自身じしんつよ影響えいきょうあたえる存在そんざいとなるかもしれません。

小山こやま: つまり筆者ひっしゃう「対話たいわ」とは、ただ言葉ことばわすようなことではなく、自分じぶんからはたらきかけ、相手あいてのことを理解りかいしようとする行為こういだとえそうです。

(チャイム)

かわ: 学習がくしゅうのポイント(2):筆者ひっしゃかんがえる「うつくしさ」を

小山こやま: さて、ここまで筆者ひっしゃがついたことをよくんでみると、筆者ひっしゃの「うつくしい」うつわが、たんなる偶然ぐうぜんされたものではないことがかってきましたね。

小山こやま: それではつづけて、この随筆ずいひつ最大さいだいのテーマ、「うつくしいとはどういうものか」をかんがえてみましょう。

小山こやま: 本文ほんぶんに、「対話たいわによって、そこに物語ものがたりまれる」とありますね。

かわ: はい。これはどういうことでしょうか?

小山こやま: ここまでの内容ないようまえると、リアルななにかと、たましい振動しんどうあたえるような対話たいわをすることによってまれる、自分じぶんとその対象たいしょうとの「物語ものがたり」のことです。

小山こやま: つづいてすすめてみると、「ひとつの物語ものがたりまれる場所ばしょに、ひとつ『うつくしい』があるんじゃないか」とかれています。

小山こやま: これはまさに、筆者ひっしゃの「うつくしい」の説明せつめいになっています。

小山こやま: そのすぐあとに、「あたらしい物語ものがたりはじまる。その生成せいせい現場げんばに『うつくしい』はいつもっている」とありますね。

かわ: そのあとにも、「物語ものがたりとともに『うつくしい』はまれ、あらわれて」とあります。

小山こやま: この3かいされた内容ないようをまとめると、「うつくしい」は、

小山こやま:こころ振動しんどうあたえる対話たいわによって物語ものがたりされる。そのときその場所ばしょで、こころなかこる感情かんじょう」。

小山こやま: それが「うつくしい」ということだと整理せいりができます。

小山こやま: すこむずかしいようなかんじがするかもしれませんね。

小山こやま: 筆者ひっしゃ場合ばあいなら、なにかの素材そざい出会であい、対話たいわし、そこでこころまれた物語ものがたりかたちにして「うつくしい」うつわつくる。

小山こやま: たとえば音楽家おんがくかだったら、「うつくしい」景色けしき出会であい、それにこころかよわせ、まれた物語ものがたりが「うつくしい」きょくになる。

小山こやま: あるいはわたしたちが、なにかと出会であい、それと対話たいわをし、こころうごき、「うつくしい」笑顔えがおや「うつくしい」なみだになったりするということです。

かわ: なるほど。そういうことなんですね。

小山こやま: なに出会であうかはひとによってちがうので、まれる物語ものがたりひとによってことなります。

小山こやま: よろこびをともなうような出会であいもあれば、せつなさがあふれるような出会であいもある。

小山こやま: その出会であいにおうじて対話たいわをして、こころ振動しんどうあたえられたときされる感情かんじょうだから、ひとによっていろんな「うつくしい」があるのでしょうね。

(チャイム)

かわ: 学習がくしゅうのポイント(3):「回路かいろ」について整理せいり理解りかいする

かわ: 最後さいご段落だんらくに「回路かいろ」という言葉ことばてきていますね。

小山こやま: はい。

かわ: どんなことをしているんでしょうか?

小山こやま: ひとによってたましいふるかたことなります。よろこびをかんじながらの対話たいわもあれば、かなしいなかでの対話たいわもあります。

小山こやま: しかし共通きょうつうしているのは、対象たいしょう自分じぶん対話たいわすることでこころ振動しんどうすることです。

小山こやま: 対話たいわは「リアル」ななにかとの出会であいが必要ひつようだと、筆者ひっしゃべていましたね。

かわ: そうです。

小山こやま: つまり、自分じぶん以外いがいなにかと出会であうこと。つまり「世界せかいとつながる回路かいろ」が必要ひつようだということです。

小山こやま: たとえばみなさんが、学校がっこう友達ともだちかたうことも「回路かいろ」とっていいでしょう。

小山こやま: 仕事しごととおしてことなるかんがかたる、芸術げいじゅつ作品さくひんれてあたらしい視野しやひろげるなど、みずからが意識いしきするにかかわらず、なにかしらの刺激しげきる「回路かいろ」があるはずです。

かわ: なるほど。そう……そういうものが「回路かいろ」なんですね。

小山こやま: その「回路かいろ」をとおして対話たいわすることで物語ものがたりされて、そのときかんじる感情かんじょうが「うつくしい」なんですね。

小山こやま:うつくしい」という何気なにげない感情かんじょうのようですが、「うつくしい」とかんじられるのはゆたかな経験けいけんなんだとかってきました。

小山こやま:うつくしい」とかんじるということは、みずからがなにかにはたらきかけられているあかしでもあります。ひとそれぞれ、様々さまざまな「うつくしい」をつけてくださいね。

かわ: さて、今回こんかい講座こうざのポイントをまとめておきましょう。学習がくしゅうのポイントは、

かわ: ひと筆者ひっしゃべる「対話たいわ」を整理せいり理解りかいする。

かわ: ふた筆者ひっしゃかんがえる「うつくしさ」をる。

かわ: みっ、「回路かいろ」について整理せいり理解りかいする。

かわ: このみっつでした。

小山こやま: 今回こんかい赤木あかぎ明登あきとさんの『「うつくしい」ということ』という随筆ずいひつみました。

小山こやま: まず、「うつくしい」うつわされるまえの「対話たいわ」を理解りかいしました。現実げんじつなにかと出会であい、こころなかたましいのような部分ぶぶん振動しんどうさせるような交流こうりゅうが「対話たいわ」でしたね。

小山こやま: こころふるわされる感動的かんどうてき交流こうりゅうでしょうか。その対話たいわによって、自分じぶんとその現実げんじつなにかとのあいだ関係かんけいができ、その「物語ものがたり」がされる。

小山こやま: 音楽家おんがくか音楽おんがくし、芸術家げいじゅつかすように。「うつくしい」は、それらの物語ものがたりされるときこころきる感情かんじょうです。

小山こやま: 最後さいごに、リアルに出会であうための「回路かいろ」についてもべられていましたね。

小山こやま: 自分じぶん以外いがいなにかと出会であうための場面ばめんが「回路かいろ」です。出会であわないと対話たいわはじまりませんからね。

小山こやま: みなさんが学校がっこう友達ともだちかたったりするのも「回路かいろ」のひとつです。

小山こやま: 世界せかいとつながる回路かいろって、いろんな「うつくしい」をかんじてみてください。

かわ: さて、二回にかいにわたって『「うつくしい」ということ』という随筆ずいひつを、小山こやま先生せんせいすすめてきました。小山こやま先生せんせい、ありがとうございました。

小山こやま: ありがとうございました。

かわ: NHK高校こうこう講座こうざ言語げんご文化ぶんか」。かわと、小山こやま志門しもん先生せんせいでおおくりしました。