チョムスキーは、句構造規則はできるだけ簡単な方がいいのだと考えました。(喬姆斯基認為句構造規則越簡單越好。)そもそも句構造規則というのは、ある言語がもつ文の構造という、文法にとっては最も重要な要素を決定する、その意味で言語の根幹を形づくる規則なのだから、できるだけシンプルでなければならないというのが、一番大きな理由です。(句構造規則本來就是決定某種語言句子結構這一語法中最重要的要素,在這個意義上形成了語言的根本,因此必須盡可能簡潔,這是最重要的原因。)
確かに、言語学とは少し違いますが、経験的なデータをもとに、運動や力などの自然現象を支配する法則を解明することを目的とする物理学では、万有引力の法則や運動量保存の法則など、驚くほど簡単な数式で表される法則が、実際に使われています。(雖然略有不同於語言學,但在以經驗數據為基礎、以闡明支配運動和力等自然現象的規律為目的的物理學中,萬有引力定律和動量守恆定律等令人驚嘆的簡潔數學公式法則實際上被使用著。)だとすると、言語学というのも、人間が自分の脳を使って作り出す、コトバという現象を支配する法則を解明することを目的とする学問なのですから、コトバについての法則も、できるだけ単純な形で書き表されるはずだというのは、それほど間違った信念でもないように思えます。(那麼,語言學也是以闡明人類用自己的大腦創造出來的語言這一現象所支配的規律為目的的學問,因此有關語言的規律也應該用盡可能簡單的形式來表述,這似乎也不是非常荒謬的信念。)
句構造規則が簡単なはずだということについてのもう一つの理由は、これは生成文法の歴史でも、もう少し後になってはっきりとした形で主張されるようになるのですが、句構造規則があまりに複雑だと、人間の子供が短期間で母語をマスターすることなどできないだろうということです。(關於句構造規則應該簡單這一點的另一個原因是,這在生成語法的歷史中也會在稍後以更明確的形式被主張,即如果句構造規則過於複雜,人類兒童不可能在短期內掌握母語。)
人間の子供は、大体五歳くらいまでには一応ちゃんと文を作ることができるようになります。(人類兒童大約到五歲為止就能夠相當熟練地造句。)もちろん、五歳くらいだと、使える単語の数は相当に限られていますし、発音もまだ稚拙だったりすることもよくあります。(當然,五歲左右的孩子所能使用的詞彙數量相當有限,發音也往往還很幼稚。)日本語の書言葉であれば、漢字もこれから学習しなければなりません。(就日語的書面語而言,還需要今後學習漢字。)日本語の語彙の非常に大きな部分は漢語なのですから、日本語を十分な形で使いこなすために漢字の知識が要求されることに間違いはありません。(由於日語詞彙中漢語所佔比例非常大,所以要充分掌握日語就必然需要漢字知識。)
ですから、五歳くらいで母語を十分に習得できているということは、まずありえないでしょう。(因此,五歲左右就能充分掌握母語基本上是不可能的。)あくまでも、覚えた単語がどんな意味でどんな品詞に属していて、どんな文法的働きをもち、それらの単語を句構造規則に従って並べることで、文法的に間違いのないレベルの文を作り出すことができるという段階が、五歳の幼児がもっている母語を使いこなす能力だと考えなければなりません。(而是說,已掌握的單詞具有什麼意思、屬於什麼詞性、具有什麼語法功能,通過按照句構造規則排列這些單詞,能夠造出語法上無誤的句子這一階段,才是五歲幼兒所具有的母語運用能力。)
その程度の能力を獲得するのに五年くらいが必要だとすると、果たしてこれが長いのか短いのか、判断がつきにくいようにも思えるのですが、チョムスキーはこれを驚くほど短いと考えたようです。(要獲得這種程度的能力需要大約五年時間,但是很難判斷這究竟是長還是短,不過喬姆斯基似乎認為這短得令人驚訝。)どうしてそう考えたのか、そのあたりの説明がないのでよく分かりません。(不知道他為什麼這樣認為,沒有相關的說明。)とにかく、人間の子供が母語の基礎的能力を身につけるのに五年という短い期間しか必要としないのだとすると、句構造規則もできるだけ単純な形をしていなければならないはずだということになります。(總之,如果人類兒童只需要五年這麼短的時間就能掌握母語的基本能力,那麼句構造規則也應該具有盡可能簡單的形式。)
はあ、そういうもんですか、としか言いようがないなあという感じです。(唉,只能說"原來是這樣啊"的感覺。)確かに、㉙のような句構造規則は、文頭に疑問詞が来ている場合しか使えない規則なので、あまり一般性はありません。(確實,像㉙這樣的句構造規則只有在疑問詞出現在句首時才能使用,所以普遍性不高。)学問が追究する、人間や自然に関わる現象の本質を解明した結果得られた規則は、できるだけ単純で、しかも一般性があった方が高い価値をもつと考えられますから、一般性のない句構造規則は、ないに越したことはありません。(學問追求闡明與人類和自然相關現象本質而得到的規則應該盡可能簡單且具有普遍性,因此沒有普遍性的句構造規則最好不存在。)
ただ、英語では実際に、疑問詞は主語である場合はもちろん、他動詞の目的語だったとしても必ず文頭に来るようになっているのですから、実際に使われた例、使われる可能性のある例について、その構造を分析する限りは、どうやっても普通の文とは違った句構造規則に従うものと考えなければならないのです。(但是,在英語中實際上,疑問詞無論是主語還是他動詞的賓語,都必然出現在句首,所以在分析實際使用的例子或可能使用的例子的結構時,都不得不認為它遵循與普通句子不同的句構造規則。)
もう一つの問題点は、疑問
チョムスキーは、疑問詞が文頭にあるような場合に見られる特別な文の構造を説明するのに、今まで説明したのとは全然違う道具を用意しました。(喬姆斯基為了說明疑問詞在句子開頭的特殊句子結構,準備了與迄今為止所解釋的完全不同的工具。)そしてまさにこれが、以前の文法(統語論)とチョムスキーの文法を根本的に区別する考え方なのです。(而正是這一點,才是將以前的語法(句法論)與喬姆斯基的語法根本區別開來的思想。) 疑問詞が文頭にありながら、主語として働いているのではない文の例として、先ほど見たのとは違う文をあげておきましょう。(作為疑問詞在句子開頭但不作為主語的例子,我們來舉一個與之前看到的不同的句子。) ㉚ What does the professor teach at college?(那位教授在大學裡教什麼?)(参照元へ戻る) この文を作るためには、特別の句構造規則が必要になるということと、動詞よりも前にあるのに目的語だということが、構造を見ただけではうまく説明できない、というのが句構造規則についての問題点でした。(要構造這個句子需要特殊的短語結構規則,而且雖然出現在動詞之前,卻是賓語這一事實,僅從結構來看無法很好地解釋,這就是短語結構規則的問題所在。) この問題点を解決する方法としてチョムスキーが考案したのは、㉚のような文だったとしても、意味を解釈する場合には、疑問詞がちゃんと他動詞の後に置かれている別の構造を仮定しようということでした。(喬姆斯基為了解決這一問題而提出的方法是,即使是像㉚這樣的句子,在解釋意思時,也要假定存在疑問詞恰好置於及物動詞後面的另一種結構。) ㉚について、こうした目的で仮定された構造は、次のような形になります(図㉛)。(關於㉚,為了達到這一目的而假定的結構形式如下(圖㉛)。) [図㉛挿入箇所] このような構造をもとに文の意味を解釈するのであれば、ちゃんと動詞の後に what(「名詞」としてありますが、もちろん正確には「疑問代名詞」と呼ぶべきところです)が来ていますから、普通の平叙文と同じように、この構造で what が動詞 teaches の目的語だということが理解できます。(以這樣的結構為基礎來解釋句子的意思的話,由於what(儘管被標記為「名詞」,但應該準確地稱為「疑問代詞」)恰好出現在動詞之後,就像普通陳述句一樣,在這個結構中what是動詞teaches的賓語這一點就能被理解。) そしてまた、疑問詞が文頭に来ていないことから、余計な句構造規則を付け加えなくても、基本的な規則だけを使ってこの構造を作ることができます。(而且,由於疑問詞不在句子開頭,即使不添加額外的短語結構規則,也可以只用基本規則構造出這個結構。)というわけで、句構造規則をできるだけ単純にし、疑問詞が動詞の目的語だと理解される過程も、平叙文と同じ手間で済むようにしたいという目的は、このような構造を仮定することで解決することができます。(因此,使短語結構規則儘可能簡單,並使疑問詞被理解為動詞賓語的過程也與陳述句的過程相同的目的,可以通過假定這樣的結構來解決。) ㉛のような、目的語の疑問詞がちゃんと他動詞の後に置かれているような文も、実際の英語で使われることはあります。(像㉛那樣,賓語疑問詞恰好置於及物動詞後面的句子,在實際英語中也是有使用的。)しかし、使われるのは、誰かが The professor teaches aesthetics at college. (その教授は大学で美学を教えている) の、aesthetics の部分だけが聞き取れなかったので、そこを疑問詞に置き換えて聞き返しているというような、特別の条件がある場合だけです。(但是,只有在某人沒有聽清The professor teaches aesthetics at college.(那位教授在大學裡教美學)中aesthetics部分,所以將其替換成疑問詞而提出反問這樣特殊情況下才會使用。)ですから、どんな条件でも使える、英語としていつでも正しい疑問文は、疑問詞が文頭に置かれているもので考えて差し支えありません。(因此,在任何條件下都能使用、作為英語總是正確的疑問句,可以認為是疑問詞置於句子開頭的那種。) だとすると、㉛のような構造をもった文は、英語の疑問文としては、一般的な状況では使用されることのない、句構造規則のみで構造を作るがもたらす問題点を解決するために、仮定されただけの文に過ぎないのだと考えなければなりません。(那麼,像㉛這樣結構的句子作為英語疑問句,在一般情況下不會被使用,只是為了解決僅用短語結構規則構造句子所帶來的問題而假定出來的句子罷了,必須這樣認識。) チョムスキーは、このような構造をもつ架空の文を「深層構造」と呼びました。(喬姆斯基將這樣具有這種結構的虛擬句子稱為「深層結構」。)深層構造は、句構造規則にきちんと従った構造をもっている文ですから、名詞が主語なのか目的語なのかというような、文が表す意味を正しく理解する上で最も大切な、構造に関する性質が表されています。(深層結構是遵循短語結構規則的結構,因此名詞是主語還是賓語等,對於正確理解句子所表達的意思最為關鍵的、與結構相關的性質都被表現出來了。)ですから、文の深層構造は、文が表す意味に直結する構造として位置づけることができます。(因此,句子的深層結構可以被定位為與句子所表達的意思直接相關的結構。) 一方で、㉚のような実際に使われる文のことを「表層構造」と呼びます。(另一方面,我們把像㉚這樣實際使用的句子稱為「表層結構」。)正確に言えば、表層構造はまだ発音される前の段階で、実際に発音されるためには、「音韻規則」という規則を表層構造に適用しなければならないのだとされています。(確切地說,表層結構還是發音之前的階段,要真正發音的話,據說必須對表層結構應用「音韻規則」這樣的規則。)実際、単語のアクセントとか文のイントネーションとか、そういう発音についての特徴は後でまた詳しく決めるようなしくみにしておいた方が、説明も楽ですから、表層構造と実際の発音は違うのだとしておいてもいいのかもしれません。(實際上,因為把單詞的重音、句子的語調等發音特徵放到後面再詳細決定會比較方便,所以說表層結構和實際發音不同也許是可以的。)ただ、実際の発音がどうなるのかをいちいち考慮に入れるのも大変なので、大体のところは、表層構造が実際に使われる文だと考えておくことにします。(但是,因為逐一考慮實際發音會很費事,所以在大體上我們就把表層結構當作實際使用的句子來看待。)
しかも、㉚のような形が表層構造ですよ、と言って提示された場合、そこには what とか teach とか professor のような具体的な「単語」が現れています。(而且,當我們說像㉚這樣的形式就是表層結構時,那裡會出現具體的「單詞」,比如what、teach、professor之類的。)単語というのは、現代言語学の創始者ソシュールが明確に述たように、「意味」と「音」(正確には音列、つまり音が組み合わさったもの)が結合して作られている単位です。(單詞,就如現代語言學創始人索緒爾所明確指出的那樣,是「意義」和「音」(確切地說是音列,即由聲音組合而成的東西)結合而成的單位。)ソシュールはこれを「記号」と呼んだのですが、呼び方はともかくとして、単語が使われた段階で、意味と音の両方を伴っていることは、人間のコトバの本質として間違いのないところです。(索緒爾把這稱為「符號」,不過不管叫什麼,在單詞被使用的階段,它同時帶有意義和聲音,這是人類語言的本質中確定無疑的地方。)
だとすると、表層構造の段階で、実際に発音される形とは同じではないにしても、単語に不可欠な要素としての音がすでに提示されていなければなりません。(既然這樣的話,在表層結構的階段,縱然不是實際發音的形式,作為單詞不可或缺的要素的聲音必須已經呈現出來。)そうすると、表層構造のレベルで実現される音というのが、どんなものなのかということが問題になるのですが、生成文法では、この点についてどうもはっきりしたところが決められていません。(那麼,表層結構層面上實現的聲音是什麼樣的就成了問題,但生成文法在這一點上似乎沒有明確規定。)
言語学では、人間の頭の中にあるだけの、抽象的な音の単位として「音素」というものを想定しており、この音素が実際に発音されたものを「音声」と呼んでいます。(在語言學中,我們假定存在「音素」這樣一個抽象音的單位,只存在於人的大腦中,而這個音素實際發出的聲音被稱為「音聲」。)日本語の「神田」(かんだ)と「心配」(しんぱい)で、「ん」というひらがなで表される音は、実際の発音では[n]と[m]という違った音なのですが、日本語を使う人間の頭の中では、同じ「ん」という音だと捉えられています。(在日語的「神田」(かんだ)和「心配」(しんぱい)中,用平假名「ん」表示的音在實際發音時是[n]和[m]這樣不同的音,但日語使用者的大腦中會把它們視為同樣的「ん」這個音。)この「ん」(専門的には /N/ という記号で表されます。音素は / / で囲んで表すのが習慣です)が「音素」に当たり、[n]や[m]が「音声」に当たると考えておいてください。(這個「ん」(專業上用/N/這樣的符號表示。音素通常用/ /括起來表示)相當於「音素」,[n]和[m]相當於「音聲」,請這樣理解。)
表層構造が、実際に発音される前の段階を表すものだとすると、この構造に現れている単語に伴う音というのは、音素のことなのだろうかと考えたくなります。(如果表層結構表示實際發音之前的階段,那麼出現在這個結構中伴隨單詞的聲音是指音素嗎,就會讓人想起這樣的疑問。)そうだったら分かりやすいのですが、もし表層構造のレベルで単語に対応する音素が現れているのだとすると、音韻規則というのは、表層構造にある音素の列が、実際にはどんな音声で発音されるのかを決める規則だということになりますはずです。(這樣就容易理解了,但如果表層結構層面出現了與單詞對應的音素,那麼音韻規則就應該是決定表層結構中的音素序列實際上以什麼樣的音聲發音的規則。)
ところが生成文法では、pick に -ed が付いて過去形になるとこの -ed は [t] という発音だけれども、play に -ed が付くと同じ -ed でも [d] という発音になる、などという規則や、will not の縮約形は won't だというような規則も、音韻規則の中に含まれることになっています。(但是在生成文法中,pick加上-ed變成過去式時這個-ed發音是[t],而play加上-ed時同樣的-ed發音是[d]這樣的規則,或者will not的縮約形是won't這樣的規則,也被包含在音韻規則之中。)しかし、こういう現象は音素から音声へというつながりとは、結局のところ無関係です。(但這樣的現象與音素到音聲的這種關聯最終是無關的。)picked も played も、音素のレベルで /pikt/ と /pleid/ になるわけで、その後でどういう音声として実現されるのかは、音韻規則の担当ではありません。(picked和played在音素層面分別變成/pikt/和/pleid/,之後以什麼樣的音聲實現並不是音韻規則的職責。)will not が縮約されて won't になるという現象に至っては、これは語形のレベルの問題で、音素とも音声とも直接的には関係がありません。(至於will not縮約變成won't這樣的現象,這是詞形層面的問題,與音素或音聲都沒有直接關係。)
というわけで、音韻規則なるものが、深層構造から実際の発音に至る段階のどの部分を対象とするのかは、生成文法の枠組みで正確に定義できているとは言えません。(既然這樣,音韻規則這個東西以生成文法的框架能否准確界定其對象是從深層結構到實際發音的哪個階段,就很難說了。)音韻規則の対象が厳密に定まっていない以上、表層構造についても、特に音の側面の性質が明確だとは言えません。(既然音韻規則的對象沒有明確界定,對於表層結構,特別是在音的方面的性質也就無法說得清楚。)
したがって、表層構造が実際に発音される文とはまだ違っていることは分かっても、どの程度違っているのかがはっきりしません。(因此,儘管我們知道表層結構與實際發音的句子還是不同的,但不清楚差異程度有多大。)しかも、深層構造との関係で表層構造をもってくる場合には、それが実際に使われる文と同じものだとおいても、それほどの支障がないのが普通です。(「深層結構」和「表層結構」這兩種對同一個句子所假定的不同結構,是生成文法的重要特徵。)深層構造を設定した方がいいことの理由は、繰り返しになりますが、次のようなものでした。(設定深層結構的理由雖然重複了,但如下所述。)英語の疑問詞を使う疑問文の場合は、たとえ目的語であっても文頭に置かれることから、目的語ならばちゃんと動詞句の内部に位置するような構造を仮定しておいて、その構造をもとに文の意味を導き出すしくみにしておけば、句構造規則が簡単にできるし、文頭にある疑問詞でも、それが目的語だということをうまく説明できる、ということです。(因為英語疑問句中的疑問詞即使是賓語也會被置於句首,所以假定賓語應該正確地位於動詞片語內部的結構,然後基於這種結構推導出句子的含義,這樣就能使短語結構規則變得簡單,而且即使疑問詞在句首,也能很好地說明它是賓語,這就是理由。)英語は、日本語や中国語などと違って、疑問詞を文頭に置くことが決まりになっている言語であり、疑問詞を使う疑問文が高い頻度で使われることも確かですから、こういう疑問文についての問題を解決できそうなしくみが提示できるのだとすれば、それはそれで意義のあることです。(英語與日語和中文不同,已成為定規將疑問詞置於句首,使用疑問詞的疑問句也確實以高頻率使用,所以如果能提出一套機制來解決這類疑問句的問題,那本身就是有意義的。) しかし、疑問詞が文頭にある疑問文の意味や構造についての問題がうまく説明できそうだというだけでは、やはりわざわざ二つの構造を仮定する積極的な利点があるとは考えにくいところがあります。(但是,只能說疑問詞在句首的疑問句的意義和結構問題能得到很好的解釋,還不足以認為假定兩種結構有積極的優點。) もちろん、チョムスキーは、別の例を用意していました。(當然,喬姆斯基準備了其他例子。)以下に、いくつかあげてみましょう。(下面我們舉幾個例子。)まずは、能動態と受動態の意味が同じだという現象です。(首先是主動態和被動態意義相同的現象。)次の例を見てください。(請看下面的例子。) ㉜ a. Tom built the house. (トムはその家を建た) (参照元へ戻る)(湯姆建造了那棟房子。) この例で a. の方は「能動態」の文、b. の方は「受動態」の文と言われます。(在這個例子中,a. 被稱為「主動態」句子,b. 被稱為「被動態」句子。)例文の日本語訳を見ても分かるように、能動態の文で使われる動詞は built や「建た」のように形が単純ですが、受動態で使われる動詞は、was built や「建られた」のように、英語でも日本語でも、「助動詞」に分類される単語 (was と「られ」) を伴っていて、能動態の場合よりも形は少し複雑になっています。(從例句的日語翻譯也可以看出,主動態句子中使用的動詞是「built」和「建てた」這樣形式簡單,而被動態中使用的動詞是「was built」和「建てられた」這樣在英語和日語中都帶有被分類為「助動詞」的單詞(was和「られ」),形式比主動態複雜一些。) 一般的に言うと、あるモノ A と別のモノ B の間に関係があることが認められて、A が B に対して物理的な力を及ぼしたり、A が B を変化させたりするような現象が起こった場合、A を主語、B を目的語として選んで、そういう現象を表す動詞が作られることがよくあります。(一般來說,當被認可A和B之間存在某種關係,且A對B施加物理力量或A使B發生變化時,經常會選擇A作主語、B作賓語,並創造出表示這種現象的動詞。)英語の build, make, kill, push、日本語の「建る」「作る」「殺す」「押す」などの動詞がそういう例です。(英語的build、make、kill、push和日語的「建てる」「作る」「殺す」「押す」等動詞就是這類例子。) こういう動詞がそのままの単純な形で使われて、A を主語、B を目的語とする文が作られた時、その文を「能動態」の文と言います。(當這樣的動詞保持原有簡單的形式被使用,並構成A為主語、B為賓語的句子時,這樣的句子稱為「主動態」句子。)これに対して、A ではなくて B を主語にしたい場合は、動詞をそのままの形にしておくわけにはいきません。(相反,當想要B而不是A作為主語時,不能保持動詞原有的形式。)そのままだと A が主語にならなければならないからです。(因為保持原樣的話,A必然成為主語。)この時には、動詞に助動詞のような別の単語をつけて、もとのままとは主語と目的語が違うのだということを表さなければなりません。(此時必須在動詞上附加助動詞之類的其他詞語,以表示主語和賓語與原來的不同。)このような、少し複雑な形の動詞が使われた文を「受動態」の文と言います。(這樣使用形式稍複雜的動詞的句子稱為「被動態」句子。) さて、㉜の能動態と受動態の文を比べてみると、主語である「トム」と目的語である「その家」との間には、主語の人間が目的語のモノを作り出したという関係があるという点では共通です。(現在讓我們比較㉜中的主動態和被動態句子,作為主語的「湯姆」與作為賓語的「那棟房子」之間在主語的人建造了賓語的東西這一點上是相同的。)文としては違っていても、その中に含まれる二つの名詞が表すモノの間にある関係が同じなのだから、それは意味が同じだということなのだとチョムスキーは考えました。(儘管句子形式不同,但由於其中包含的兩個名詞所表示事物之間的關係相同,喬姆斯基認為這就意味著意義相同。) 実際のところは、文の主語が違うのですから、素朴に考えてもこれら二つの文が表す意味が単純に同じだということにはならないはずです。(實際上,由於句子的主語不同,即使素樸地思考,這兩個句子所表達的意義也不應該簡單地相同。)それに、使われている動詞は共通だとはいえ、一方には助動詞がついているのにもう一方にはついておらず、助動詞にもちゃんとした意味があるのですから、動詞を考えてみても意味が同じだということにはならないはずです。(而且,儘管使用的動詞相同,但一方帶有助動詞而另一方沒有,而助動詞本身具有確切的含義,所以從動詞的角度來看,意義應該也不相同。) 例えば、A という人から B という人に X というモノが移動した場合、日本語で A を主語にするなら「A は B に X をやった」という文になるでしょうし、B を主語にするならば「B は A から X をもらった」という文になるでしょう。(例如,如果A人和B人之間發生
(與深層結構相關的邏輯問題)
能動態と受動態のように、表す意味が同じだと認定される二つの文が観察される場合、どうして意味が同じなのかを説明する方法として、深層構造が同じだからだと主張することには、実は大きな論理的問題があります。(像主動態和被動態那樣,當觀察到表示意思相同的兩個句子時,作為解釋為什麼意思相同的方法,主張是因為深層結構相同,實際上存在著很大的邏輯問題。)
実際に使われる文としての表層構造ではなく、句構造規則に正しく従って作られ、主語や目的語も、それにふさわしい位置を占ている深層構造から意味を導き出すというのが、この時期の生成文法の基本的な前提です。(這一時期生成文法的基本前提是,不是從實際使用的句子的表層結構,而是從正確遵循句結構規則而建立的、主語和賓語也佔據相應位置的深層結構來推導意義。)この前提については、ここでは問題にしないことにしておきます。(關於這個前提,我們在這裡決定不提出異議。)
深層構造から意味が導かれるのであれば、異なった深層構造に同じ意味が対応するようなことがない限り(生成文法では、こういう問題については検討されることがないので、多分ないのだろうと思います)、意味が同じであることと、深層構造が同じであることは、全く等しいということになります。(如果從深層結構推導出意義,那麼只要不存在不同的深層結構對應相同意義的情況(在生成文法中,這類問題沒有被檢討過,所以可能根本不存在),意義相同和深層結構相同就完全是一回事了。)別の言い方をすれば、表層構造の異なる二つの文について、意味の同一性と深層構造の同一性は、論理的に同値だということです。(換句話說,對於表層結構不同的兩個句子,意義的同一性和深層結構的同一性在邏輯上是等價的。)
ですから、能動文と受動文の意味が同じであることと、両者の深層構造が同じであることも、論理的には等しいことになります。(因此,主動文和被動文意義相同,以及兩者深層結構相同,在邏輯上也是相等的。)ところが深層構造はあくまでも生成文法理論の中で仮定されているだけの構造なので、実際には決して観察されることはありません。(但是深層結構畢竟只是在生成文法理論中假設的結構,實際上永遠不會被觀察到。)だとすると、二つの文の深層構造が同じだから両者の意味が同じだということを、事実に基いて検証することは絶対にできません。(那麼,要以事實為基礎來驗證兩個句子的深層結構相同因此意義相同,是絕對不可能的。)
つまり、二つの異なった文の意味が同じだということを、深層構造が同じだという「事実」によって説明することは、生成文法理論の枠内では不可能なのです。(也就是說,用深層結構相同這一「事實」來解釋兩個不同句子意義相同,在生成文法理論的框架內是不可能的。)だとすると、二つの文の意味が同じだということを説明する手段は、「母語話者の直観」以外にはないことになります。(那麼,解釋兩個句子意義相同的手段就只能是「母語使用者的直覺」了。)要するに、二つの文を見たり聞いたりして、その言語の話者であれば、同じなのか違うのかは直観によって分かるのであって、それを信頼すればよいのだということです。(總之,看到或聽到兩個句子時,只要是該語言的使用者,就能通過直覺判斷它們是相同還是不同,並且應該相信這種直覺。)
これを論理的観点から捉え直してみると、二つの異なった文の意味が同じだということはあらかじめ前提として与えられていて、その前提と、意味が等しいことと深層構造が等しいことは論理的に等しいという、生成文法理論内部の公準のようなものに基いて、二つの文の深層構造が等しいことが導き出されることになります。(從邏輯角度重新審視,兩個不同句子意義相同這一點被預先作為前提給定,基於前提和意義相等與深層結構相等在邏輯上等價這樣的、生成文法理論內部類似的公理,導出了兩個句子深層結構相等。)ですから結局のところ、能動態と受動態の文が表す意味が「なぜ」等しいのか、ということは生成文法の枠内ではどうやっても説明できないのです。(因此,到底為什麼主動態和被動態句子表示的意義相等,這個問題在生成文法的框架內無論如何都解釋不了。)
だからこそ、生成文法では母語話者の直観による判断をデータとして重視するわけです。(正因為如此,生成文法才把母語使用者的直覺判斷作為數據重視。)直観をそのまま信用していいのかということについては、生成文法の内外で議論がありますし、本書でも第1章で触れておきました。(關於是否可以直接相信直覺,生成文法內外都有討論,本書在第1章也涉及了。)しかし、母語話者の直観による判断をそのまま正しいものと受け入れたとしても、二つの文が表す意味がどうして同じなのかを、誰もが観察できる客観的な事実に基いて説明することは、深層構造がどういう形になろうが、生成文法を使って説明することは永遠に不可能です。(但是,即使完全接受母語使用者的直覺判斷是正確的,用任何人都能觀察到的客觀事實來解釋兩個句子表示的意義為什麼相同,無論深層結構是什麼形式,用生成文法進行解釋永遠是不可能的。)
深層構造というレベルは、後の生成文法ではなくなってしまうのですが、こういう幻のような深層構造という実体は、実は二つの文の意味が同じだということを説明するための道具としては、最初から無力であったのです。(雖然深層結構的層級在後來的生成文法中消失了,但這樣一種幻影般的深層結構這個實體,實際上作為解釋兩個句子意義相同的工具,從一開始就是無力的。)深層構造というレベルがあろうがなかろうが、文の意味が同じか違うかということは、最初から分かっていなければならないのですから。(無論是否存在深層結構的層級,句子的意義是否相同,從一開始就必須知道。)
本当のところは、実際に観察される文(表層構造)を出発点にして、そこから深層構造を一義的に導き出す規則を提示した方がよかったのではないかと思います。(實際上,應該以實際觀察到的句子(表層結構)為出發點,從中提示能夠唯一地推導出深層結構的規則,這樣不是更好嗎?)ただし、その規則の中には、観察される文の意味に関わる要素が入っていてはなりません。(但是,該規則中不應該包含與觀察到的句子的意義相關的要素。)そして、能動態と受動態のように異なった文であっても、その規則に従えば深層構造は同じになり、だから意味が同じなのだ、という手続きで説明がなされるのであれば、論理的には何の問題もないはずです。(而且,如果即使是像主動態和被動態那樣不同的句子,按照該規則深層結構就會相同,因此意義也相同,按照這樣的程序進行解釋的話,在邏輯上應該沒有任何問題。)意味とは無関係に深層構造が導き出され、その深層構造の同一性を見ることで意味の同一性を説明するのですから、直観に頼る必要もありません。(由於深層結構是獨立於意義而推導出來的,通過觀察深層結構的同一性來解釋意義的同一性,所以也就不需要依賴直覺了。)
異なった文の意味が同じだということを説明する方法として、こちらの方がずっと論理的だと思うのですが、生成文法ではなぜかこの方法が採用されたことはありません。(作為解釋不同句子意義相同的方法,我認為這種方法邏輯上要清晰得多,但生成文法為什麼沒有採用這種方法。)チョムスキーは、生成文法以前の言語学というのは、事実を観察し分類するだけの分析しか行わなかったので、「記述的妥当性」を満たしていただけだと言いました。(喬姆斯基說,生成文法之前的語言學只進行了觀察和分類事實的分析,只滿足了「描述的充分性」。)そして、自分が提唱する生成文法は、事実がどうしてそうなっているのかを、科学的な方法を用いて説明する力があるから、「説明的妥当性」まで満たしているのだと主張しています。(並且他主張他所提倡的生成文法具有用科學方法解釋事實為什麼如此的能力,因此滿足了「解釋的充分性」。)けれども、二つの文の意味が同じだということを論理的に説明できないような枠組みが、果たして説明的妥当性を本当に満たしているのかどうか、科学の方法に正しく従っているのかどうか、やはり疑問を感じるところです。(然而,一個無法邏輯地解釋兩個句子意義相同的框架,是否真的滿足了「解釋的充分性」,是否正確遵循了科學的方法,我還是感到疑惑。) 能動文と受動文の深層構造が同じで、受動文の深層構造が能動文のような構造をもっているという仮定を受け入れるとしましょう。(讓我們假設主動句和被動句的深層結構相同,且被動句的深層結構具有類似主動句的結構。)この仮定が正しいとすると、それでは能動文と同じような深層構造と、実際に使われる文に近い表層構造は、どうやって結びつけられるのかということが問題になります。(那麼問題就出現了:具有與主動句相同的深層結構的句子,與實際使用的、接近表層結構的句子是如何連接起來的呢?)
もっと一般的に言えば、任意の文について深層構造と表層構造の区別があるのだけれども、深層構造は句構造規則に従って作られることは、仮定によってあらかじめ分かっています。(更一般地說,對於任何句子都存在深層結構和表層結構的區別,但根據假定,我們已經預先知道深層結構是按照短語結構規則製定的。)それでは、表層構造の方はどうやって作られるのかということを、きちんと決めておかなければならないということです。(那麼,我們必須明確規定表層結構是如何製定的。)
生成文法では、深層構造に「変形規則」という規則が適用されて、表層構造ができあがることになっています。(在生成文法中,深層結構上應用「轉換規則」,就會產生表層結構。)今取り扱っている例で言えば、能動文と同じ深層構造に対して、「受動変形」という変形規則が適用されて、受動文と同じ形をした表層構造が導かれるわけです。(以我們現在處理的例子來說,對於與主動句相同的深層結構,應用「被動轉換」規則,就推導出與被動句相同形式的表層結構。)これを生成文法では、ある構造に何らかの規則を適用することで、別の構造が作られることから、「生成される」という言い方をします。(在生成文法中,因為通過對某一結構應用某種規則可以產生另一結構,所以用「生成」這個說法。)「生成文法」(generative grammar) という用語は、ここから来ているとも言えるのですが、生成文法の研究者たちは、人間が正しい文を生み出す (generate) 能力を研究することを目的とする言語理論だから、「生成」文法という名前句構造規則を超える――深層構造の登場――
表層構造
b. The house was built by Tom. (その家はトムによって建られた)(那棟房子是由湯姆建造的。)深層構造にまつわる論理的問題
深層構造と表層構造を結びつける――変形規則――
[図㉝挿入箇所]
これだけを見ると、何となく難しげな感じもします。(只看這個,似乎有點難懂。)「構造記述」というのは、変形規則を適用される前の構造、「構造変化」は、その規則を適用された結果できあがる構造のことです。(「結構記述」是指轉換規則應用前的結構,「結構變化」是指應用該規則後產生的結構。)ですから、結局のところは、構造記述の中に現れる句や単語に番号を付けて、それらが変形規則が適用された結果どういう順番で並ぶのか、そして語形が変わったりする場合にはどうなるのかを書き表しただけです。(儘管這樣做可以使關於結構的規則變得清晰,這也是沒有辦法的地方,但既然被稱為「音韻」,我認為應該只以與音相關的部分為對象。)受動態の文について、深層構造から表層構造、そして実際に発音される文に至るまでの過程を次のページにまとめておきます(図㉞)。(關於被動語態的句子,我將從深層結構到表層結構,再到實際發音的句子的過程總結在下一頁(圖㉞)。)
[図㉞挿入箇所]
「語彙目録」という用語はまだ説明していませんでしたが、要するに辞書のようなものです。(「詞彙目錄」這個術語我還沒有解釋,但基本上是像字典一樣的東西。)品詞や活用形なども含めた単語の意味と語形、発音などについての情報が、この語彙目録の中に記載されています。(關於包括詞性和活用形等的單詞的意義、詞形和發音等信息,都記載在這個詞彙目錄中。)話し手は、この語彙目録から選択した単語を、言語がもっている句構造規則に従って並べることで、深層構造を作るのだとされています。(據說說話者從詞彙目錄中選擇單詞,按照語言的短語結構規則排列,從而構建深層結構。)
表層構造を見ればたちどころに意味が正しく理解され、この意味を表す適切な深層構造が必ず想定できるのだとすると、もう怖いものはありません。(看表層結構的話,立刻就能正確理解意思,且必然能假定出表達這個意思的適當深層結構,那就沒什麼可怕的了。)できるだけ単純な句構造規則を定めておいて、その規則に合う構造だけを深層構造だと決めておきます。(定下盡可能簡單的短語結構規則,並決定只有符合該規則的結構才是深層結構。)そして、実際に使われる文は、いくらかでも深層構造とは異なるものですから、具体的な文の意味を考えて、それに合う深層構造を適当に考えます。(而且,實際使用的句子在某種程度上與深層結構不同,所以根據具體句子的意思進行思考,並適當地推想出與之相符的深層結構。)何と言っても、具体的な文(表層構造)の意味は直観的に分かるのですから、その意味に対応する深層構造なら、句構造規則が正しく決められている限り、比較的簡単に作り出すことができます。(無論如何,具體句子(表層結構)的意思是直覺性可以理解的,所以只要短語結構規則正確地被確定下來,就能相對簡單地產生出與該意思相對應的深層結構。)
具体的な文の構造が、想定されている句構造規則に従っていなかったり(疑問詞が文頭にある疑問文など)、句構造規則には一応従っているのだけれども、構造から予測される意味とは違った意味を表していたり(受動態の文など)、あるいは、特定の単語が表す意味が、与えられた文を見ただけでは直接的には理解できそうにない場合(代名詞を含んだ文や省略のある文)には、実際の文とは異なる深層構造を使って、そういう構造や意味に関する問題を説明することができます。(當具體句子的結構不符合假想的短語結構規則(如疑問詞在句首的疑問句等),或雖然大致符合短語結構規則但表達的意思與結構所推測的意思不同(如被動態句等),或者特定單詞表示的意思從給定的句子單看不太能直接理解(如包含代詞的句子或有省略的句子)時,就可以使用與實際句子不同的深層結構來解釋這些有關結構和意思的問題。)
要するに、具体的な文が提示する構造や意味の面での不規則な特徴は、必ず規則に従う深層構造という、いわば万能の構造を仮定することで、一見合理的に説明することができるようになるわけです。(總之,具體句子所呈現的結構和意思方面的不規則特徵,可以通過假定一個必然遵循規則的深層結構(可以說是一個萬能的結構),從表面上看就能合理地解釋了。)深層構造と表層構造との結びつきは、変形規則というパイプによってきちんと保証されていますから、表層構造がどんなに不規則なものであったとしても、変形規則を適当に調整しさえすれば、表層構造に対してほとんど直観的に割り当てられる深層構造と結びつけることは、原理的にいつでも可能です。(深層結構與表層結構的聯繫由變形規則這根管道恰當地保證,所以無論表層結構多麼不規則,只要適當調整變形規則,就原則上總能將與表層結構幾乎直覺地對應的深層結構聯繫起來。)
深層構造と変形規則という便利な道具が考案されることで、うまく説明できるようになったと思える例をいくつか見ておくことにしましょう。(藉由深層結構與變形規則這些便利的工具的考案,我們想看幾個似乎因此而能夠好好解釋的例子。)先の例では、時制や態などを表すための接辞を、動詞とは独立した要素だとして構造の変化を説明しましたが、特にこういう要素に注目する必要がない場合には、これらは深層構造でも最初から動詞の中に含まれていることにしておくこともあります。(在前面的例子中,我們把表示時制、態等的詞綴解釋為獨立於動詞的要素,以此說明結構的變化;但在不需要特別注意這樣的要素的情況下,有時也可以假定這些要素在深層結構中從一開始就包含在動詞裡面。)
[1]wh移動
意味を導くための深層構造が必要だという説明の時に、一番最初に取り上げたのが疑問詞が文頭にある疑問文でした。(在説明需要深層結構來推導意義的時候,最初提出的就是疑問詞在句首的疑問句。)主語はともかく、目的語であるはずの疑問詞が動詞の直後ではなく、動詞の前しかも文の先頭にあるという事実を説明するためには、目的語である疑問詞がちゃんと動詞の直後にある深層構造を設定すればよいわけです。(為了説明本應作為賓語的疑問詞不在動詞之後,而是在動詞之前且在句首這一事實,只需要設定一個深層結構,其中作為賓語的疑問詞就在動詞之後就可以了。)次の疑問文について、表層構造の生成過程を見ておきましょう。(讓我們來看一下以下疑問句表層結構的生成過程。)なお、(図㊱)に出てくる Pr というのは、過去を表す -ed と同じような、現在を表すための接辞のようなものです。(另外,(圖㊱)中出現的 Pr 是類似於表示過去的 -ed 的東西,是用來表示現在的詞綴一樣的東西。)ただし、実際に発音されることはありません。(但是,它實際上不發音。)㉟ Which book do you want? (あなたはどの本がほしいですか)(㉟ Which book do you want?(你想要哪本書?))[図㊱挿入箇所]([圖㊱插入位置])疑問詞(この例では「疑問詞+名詞」にしています)が動詞句の中で動詞の直後に置かれた深層構造を仮定し、ここから意味を導くことで、文頭にある疑問詞であっても、目的語としての働きをしていることが説明できるのだとされます。(假設疑問詞(在這個例子中是「疑問詞+名詞」)在動詞短語中位於動詞之後的深層結構,通過從這裡推導意義,可以解釋句首的疑問詞也在發揮賓語的作用。)この場合、深層構造から表層構造への変換過程で一番重要なのは、疑問詞を文頭に移動させる変形で、この変形規則を「wh 移動変形」と呼びます。(在這種情況下,從深層結構到表層結構的轉換過程中最重要的是將疑問詞移動到句首的變形,這一變形規則被稱為「wh 移動變形」。)wh というのは、疑問詞や「疑問詞+名詞」を全体としてまとめた呼称です。(wh 是對疑問詞或「疑問詞+名詞」作為整體的統稱。)しかし、疑問文の場合も、受動文の場合と同じように、一つの変形規則を適用するだけで表層構造にたどり着くわけではありません。(但是,就疑問句而言,就像被動句的情況一樣,只應用一個變形規則不會到達表層結構。)英語では、Who came? (誰が来たのか) のように、疑問詞が主語の場合以外は、疑問文を作る時に主語と動詞をひっくり返さなければなりません。(在英語中,除了疑問詞是主語的情況(如 Who came?(誰來了?))之外,在製作疑問句時必須顛倒主語和動詞。)これを「倒置」と呼びます。(這被稱為「倒裝」。)ところが、まことに不思議なことに、単純に主語と動詞を倒置して、Which book want you? のような疑問文になるのではなくて、㉟のように、ひっくり返っているのは do という助動詞と主語の you なのです。(但是,非常奇怪的是,並不是簡單地顛倒主語和動詞形成像 Which book want you? 這樣的疑問句,而是像㉟那樣,被顛倒的是助動詞 do 和主語 you。)つまり、深層構造にはなかった do という単語が、疑問詞が文頭に移動する過程で新たに登場し、この do と you が倒置されるという変形が行われているということです。(換句話說,深層結構中不存在的 do 這個詞在疑問詞移動到句首的過程中新出現,並且 do 和 you 發生了倒裝變形。)主語と動詞を倒置させて、この文は疑問文なのだよということを表す方法ならば分かりますが、わざわざ最初はなかった do を付け加えて、これと主語を倒置させるという操作は、非常に説明のしにくい、英語特有の現象です。(如果是通過倒裝主語和動詞來表示這句話是疑問句,我們可以理解,但是特意添加一開始不存在的 do,然後將其與主語倒裝這樣的操作是非常難以解釋的英語特有現象。)この不思議な現象については、デンマークの英語学者イエスペルセンなどは、do you want という形になれば、you want という連続は疑問文でも残って、「主語+動詞」の順番がそのまま保たれるから便利なのだ、などという説明をしていますが、これでなるほどと納得するわけにもいきません。(關於這個奇怪的現象,丹麥英語學者耶斯佩森等人曾説,如果變成 do you want 的形式,那麼 you want 這個序列在疑問句中仍然存在,「主語+動詞」的順序保持不變,這樣就比較方便了,等等這樣的解釋,但我們無法因此心悅誠服。)生成文法でも、現在に至るまで疑問文で使われる do についての合理的な説明はできていないようです。(在生成語法中,似乎也無法對疑問句中使用的 do 進行合理的解釋。)
まず、次の二つの文を見てください。(首先,請看以下兩個句子。)㊲ a. Clark gave flowers to Jenny.
b. Clark gave Jenny flowers.
(b. 克拉克給詹妮送了花。)使われている単語はほとんど同じで、「クラークはジェニーに花をあげた」という意味も同じだということはすぐに分かります。(使用的單詞幾乎完全相同,「克拉克給詹妮送了花」的意思也是相同的,這一點一目了然。)だとすると、生成文法の立場では深層構造も同じということになります。(那麼,從生成語法的立場來看,深層結構也應該是相同的。)それではこの二つの文に共通の深層構造は何かというと、それは㊲ a. のような文だと考えられます。(那麼,這兩個句子共同的深層結構是什麼呢,可以認為是像㊲ a. 這樣的句子。)なぜかというと、英語の句構造規則として次の㊳のようなものの方が、㊴よりも一般的だからです。(因為作為英語的短語結構規則,㊳這樣的規則比㊴更為常見。)
動詞句 → 動詞 + 名詞句 + 前置詞句
動詞句 → 動詞 + 名詞句 + 名詞句(㊴動詞句→動詞+名詞句+名詞句)㊴のような句構造規則が当てはまるのは、give(やる)、send(送る)、tell(言う)、make(作る)など、数が少ないというわけではないにしても、一部の動詞に限られています。(例如give(給)、send(送)、tell(告訴)、make(製作)等,雖然數量並非很少,但仍然僅限於一些動詞。)学校で学ぶ英文法の用語を使うなら、「動詞+間接目的語+直接目的語」という文型をとることができる動詞ということです。(用學校教授的英文法術語來說,就是能採用「動詞+間接賓語+直接賓語」這種句型的動詞。)一方で、㊳のように目的語の名詞句を一つだけとり、後に前置詞句が続く構文をとる他動詞ならばいくらでもあります。(另一方面,像㊳那樣只帶一個目的語名詞句,後面跟著前置詞短語的及物動詞則有很多。)だとすると、句構造規則をできるだけ簡単にするのならば、㊴のような形の規則はない方がいいわけです。(那麼,如果要盡可能簡化句構規則,就最好沒有㊴這樣形式的規則。)しかも、これも学校文法で教わったように、㊴のように目的語を二つとる動詞は、間接目的語の前に前置詞の to か for を置くことによって、㊳のような構文に、意味を変えずに書換えることができます。(而且,正如學校文法所教的那樣,像㊴那樣帶兩個賓語的動詞,可以通過在間接賓語前加上前置詞to或for,改寫成㊳這樣的句型,且不改變意思。)だとすると、㊲b のような文については、これはあくまでも表層構造だけで現れる構造なのであって、深層構造は ㊲a と同じだとしても構わないことになります。(那麼,對於㊲b這樣的句子,這只是表層結構中出現的結構,即使深層結構與㊲a相同也沒有關係。)そして、㊲a のような構造を ㊲b のような構造に変換する変形規則を設けておけば、これで二つの目的語をもつ文に関して、深層構造と表層構造をきちんと結びつけることができるようになるという具合です。(如果設置一條變換規則將㊲a這樣的結構變換成㊲b這樣的結構,那麼就能夠適當地將帶有兩個賓語的句子的深層結構和表層結構聯繫起來。)「動詞+名詞句+前置詞句」という構造を、「動詞+名詞句+名詞句」に置換える規則を、「与格移動規則」と呼びます。(將「動詞+名詞句+前置詞短語」的結構替換為「動詞+名詞句+名詞句」的規則被稱為「與格移動規則」。)「与格」とは耳慣れない用語ですが、要するに「間接目的格」のことです。(「與格」是一個不太常見的術語,其實就是「間接賓語格」的意思。)「格」というのは、主語とか(直接、間接)目的語、場所、道具、起点のような、名詞が表す事物の文法的な働きを表す、名詞の語形のことを言います。(「格」是指主語、(直接、間接)賓語、地點、工具、起點這樣的,表示名詞所表示的事物的語法功能的名詞的詞形。)日本語ならば「が」「を」「に」「で」のような「格助詞」が名詞の格を表しています。(日語中,像「が」「を」「に」「で」這樣的「格助詞」表示名詞的格。)ただ英語だと、名詞は基本的に語形変化しませんから、格を認めるのは難しいところです。(但是英語中,名詞基本上不發生詞形變化,所以很難認可格的概念。)かろうじて代名詞には、例えば I が主語、me が目的語を表すように、主語と目的語については、語形の区別があります。(只是代詞勉強地有所區別,例如I表示主語,me表示賓語那樣,主語和賓語之間有詞形區別。)名詞の文法的な働きは、語形が変わるにしろ変わらないにしろ、どんな言語にもあることから、生成文法では英語のように名詞がほとんど語形変化をしない言語についても、「格」という文法的な働きと語形が結びついた要素があるのだとしています。(由於名詞的語法功能無論詞形是否變化,都存在於任何語言中,所以生成語法認為,即使像英語這樣名詞幾乎不發生詞形變化的語言中,也存在著「格」這樣的語法功能與詞形聯繫在一起的要素。)前置詞の後にある名詞句が直接目的語(名詞句)の前に移動して、間接目的語(与格の名詞)としての働きをもつようになるということから、こういう移動のことを「与格移動」と呼ぶわけです。(由於前置詞後面的名詞短語移動到直接賓語(名詞短語)前面,並獲得間接賓語(與格名詞)的功能,所以這種移動被稱為「與格移動」。)㊲a のような深層構造から、㊲b のような表層構造へと変換される過程は、次のようになります(図㊵)。(從㊲a這樣的深層結構到㊲b這樣的表層結構的變換過程如下所示(圖㊵)。)深層構造に与格移動が適用されると、深層構造では to Jenny という前置詞句だったものが、Jenny が移動してしまうことで、to だけになってしまいます。(當與格移動應用於深層結構時,原本在深層結構中是「to Jenny」這樣的前置詞短語,由於Jenny移動了,就只剩下to。)ところが、前置詞は後に名詞句を伴わないと文中で何の働きもすることはできません。(但是,前置詞如果不帶上後面的名詞短語,在句子中就無法發揮任何作用。)つまり、与格移動の結果、前置詞は不要になってしまうわけです。(也就是說,與格移動的結果使前置詞變得不必要了。)こういう不要になった to を取り除く変形が「to 削除」です。(這種去除變得不必要的to的變換就叫做「to刪除」。)
[図㊵]
文→名詞句+動詞句
Clark, Jenny, give, flowers
Clark gave flowers to Jenny(Clark 给了 Jenny 花。)
ClarkはJennyに花をあげました。(克拉克給珍妮花。)
削除
Clark gave Jenny flowers
Clark gave Jenny flowers
[3]tough 移
次の二つの文を見てみましょう。(讓我們來看看以下兩個句子。)
㊶ a. It is easy to answer the question.
b. The question is easy to answer.
㊶にあげた文は、どちらも「その質問に答えるのが簡単だ」という意味を表していることが、英語の話者であれば(もちろん、英語を勉強した外国人である私たちも)すぐに理解できます。(㊶中舉出的句子,無論哪一個都表達「回答那個問題很簡單」的意思,英語使用者(當然,作為學過英語的外國人的我們也)可以立即理解。)用いられている単語もほとんど同じで、違うのは主語が a では it なのに、b では the question ということぐらいです。(使用的單詞幾乎相同,不同的只是主語在a中是it,在b中是the question左右。)
となると、生成文法としては、二つの文の深層構造は同じだと考えることになるわけです。(這樣的話,作為生成文法,兩個句子的深層結構應該是相同的。)深層構造がどんなものなのかを決めるために、用いられている単語の文法的働きを考えてみます。(為了確定深層結構是什麼樣的,讓我們考慮所使用單詞的語法功能。)㊶b で主語になっている the question (その質問)は、実際には answer (答える)という他動詞の目的語です。(㊶b中作為主語的the question(那個問題)實際上是answer(回答)這個他動詞的賓語。)何と言っても、answer the question (質問に答える)というのが基本の語順なのです。(畢竟,answer the question(回答問題)才是基本的詞序。)
そうすると、目的語が動詞の後に置かれた語順になっている ㊶a の方が、深層構造に近いと言えそうです。(這樣的話,賓語被置於動詞之後的詞序的㊶a,似乎更接近深層結構。)ただこの文についても、主語の it は単なる飾りで(学校文法では「仮主語」などと呼ばれます)、本当の主語は to answer the question (その質問に答えること)という不定詞のはずです。(但對於這個句子,主語it只是裝飾(在學校文法中被稱為「虛主語」等),真正的主語應該是to answer the question(回答那個問題的事)這樣的不定詞。)この不定詞が主語ならば、主語は文の先頭に来るのが英語の規則ですから、深層構造では不定詞が文頭に置かれていなければならないことになります。(如果這個不定詞是主語,那麼主語在英語中應該在句子的開頭,因此在深層結構中,不定詞必須被置於句首。)そして、この深層構造に、不定詞を文末に移動させるという変形規則が適用されることで、㊶a のような文ができあがったと考えるわけです。(並且,通過對這個深層結構應用不定詞移至句末的變形規則,就產生了像㊶a那樣的句子。)
それでは、㊶b の文がどのような過程で生成されたのかを以下に示します(図㊷)。(那麼,以下顯示㊶b的句子是通過什麼過程生成的(圖㊷)。)
[図㊷]
文→文+動詞句
文→名詞句+動詞句
動詞句→動詞+名詞句
外置 is easy (for ) to answer the question
移動
英語の不定詞は for me to answer the question(私がその質問に答える)のように、「for+名詞」という形で主語を表すことができるので、生成文法では一種の文だと考えられています。(英語的不定詞可以用「for+名詞」的形式表達主語,如 for me to answer the question(我來回答那個問題),所以在生成文法中被認為是一種句子。)ですから、句構造規則では、不定詞を含む文は複文と同じだと見なして、文を含む上位の文として「文」という範疇を設定しておきました。(因此在短語結構規則中,包含不定詞的句子被視為與複句相同,我們設定了「句子」這一範疇作為包含句子的上位句子。) ただ、㊶の例では、不定詞の主語は最初から明示されていないので、( )でくくって (for ) のように表しておきました。(但是在例①中,不定詞的主語從一開始就沒有明確表示,所以我用括號圍起來標記為 (for ) 的形式。)これは、不定詞が文の一種だということを示すための方法ですので、今考えている名詞句の移動とは直接関係はありません。(這是為了表明不定詞是句子的一種的方法,因此與我們正在考慮的名詞短語移動沒有直接關係。) 深層構造は、to answer the question is easy ですが、このまま変形規則が適用されなくても、英語としては正しい文ができあがります。(深層結構是 to answer the question is easy,即使不應用變換規則,作為英語也能形成正確的句子。)ただ、英語は主語があまり長い文は避ける傾向があり、主語が長ければ文末に移動させられます。(但是英語傾向於避免主語過長的句子,如果主語很長就會被移到句尾。)英語で「長い主語」というのは、大体のところ不定詞、それに that 節のような名詞節です。(英語中的「長主語」主要是指不定詞,以及像 that 從句這樣的名詞從句。)こうして、不定詞や名詞節が文末に移動する変形規則を想定することができて、この規則は「外置」と呼ばれます。(這樣我們就能設想不定詞和名詞從句移動到句尾的變換規則,這個規則被稱為「外置」。) 外置変形規則により不定詞を文末に移動させた結果できあがるのは、is easy to answer the question という構造です。(通過外置變換規則將不定詞移到句尾後得到的結構是 is easy to answer the question。)イタリア語のような言語であれば、こういう形でもう正しい文だと見なされます(È facile di rispondere alla questione)。(如果是意大利語這樣的語言,這種形式就已經被認為是正確的句子了(È facile di rispondere alla questione)。)しかし、英語だと文頭に主語のない文は許されないので、主語として it を挿入して、㊶a のような文が作られます。(但是英語不允許句首沒有主語的句子,所以要插入 it 作為主語,從而形成像①a 那樣的句子。) 外置変形だけが適用されるのであれば、これで終わりですが、不定詞が他動詞で、主文の動詞句の中で用いられている形容詞が easy (やさしい)、difficult, tough, hard (むずかしい)、pleasant (楽しい)、dangerous (危険だ)のようなものである場合には、不定詞の目的語を文頭に移動することができます。(如果只應用外置變換的話就結束了,但當不定詞是他動詞,且在主句動詞短語中使用的形容詞是 easy(容易)、difficult、tough、hard(困難)、pleasant(愉快)、dangerous(危險)這樣的詞時,可以將不定詞的賓語移到句首。)このような変形を、生成文法では、形容詞のうちで tough を代表として取り上げて「tough 移動」と呼びます。(在生成文法中,以形容詞中的 tough 為代表來稱呼這種變換為「tough 移動」。) 外置変形が適用された構造に対して、さらに tough 移動変形が適用された結果、㊶b のような文ができあがるというわけです。(在外置變換應用的結構上進一步應用 tough 移動變換的結果,就產生了像①b 那樣的句子。)これで、表層構造では主語の位置にある the question という名詞句が、どうして意味的には answer の目的語なのかということが説明されたようにも思われます。(這樣一來,表層結構中位於主語位置的名詞短語 the question 為什麼在意義上是 answer 的賓語,這一點似乎就得到了解釋。)
「花子は自分を鏡で見た」という日本語の文で、「自分」という単語(代名詞)は、先行する名詞「花子」と同じ人間を指し示しています。(「花子用鏡子看自己」這個日文例句中,「自分」這個詞(代名詞)指的是與前面出現的名詞「花子」同一個人。)このように、主語と同じモノを指す「自分」のような代名詞を「再帰代名詞」と呼びます。(像「自分」這樣指代與主語相同事物的代名詞被稱為「再帰代名詞」。) 英語の再帰代名詞は myself, himself のように -self で終わる形をとるのですが、ここで問題になるのは、普通の代名詞もそうなのですが、再帰代名詞はこの単語を見ただけでは、「主語と同じモノを指す」ということが分かるだけで、具体的に何を指しているのかは分からないということです。(英文的再帰代名詞採用以-self結尾的形式,但問題在於,普通代名詞也是如此,單從再帰代名詞這個詞本身只能知道它「指代與主語相同的事物」,但具體指的是什麼卻無法確定。) 代名詞というのは、わざわざ同じ名詞を何度も繰り返すのがわずらわしいので使われるものです。(代名詞的使用是因為重複使用相同的名詞會很麻煩。)次の文を見てみましょう。(讓我們看下一個例句。) ㊸ The old man felt hot, so he opened the window. (その老人は暑いと思ったので窓を開けた) この例で so の後に出てくる he が、最初の文にある the old man と同じ人間を指していることは誰にでも分かります。(在這個例子中,so之後出現的he指的是前面句子中的the old man是誰都能理解的。)ただ、同じ名詞句を二回も繰り返すのは面倒だし、使う単語の数も多くなるので、he という短い形ですむ代名詞を使うわけです。(但是重複使用相同的名詞短語兩次會很麻煩,而且使用的單詞數也會增加,所以使用he這樣較短的代名詞。)この代名詞だけでは誰を指すのか分からないので、意味的には一種の省略ですが、前にある名詞句と同じ人間を指すということは決まっているわけですから、誰を指すのかは、先行する部分を見ればすぐに分かります。(雖然單從這個代名詞本身無法知道它指誰,在語義上是一種省略,但由於它必然指代前面的名詞短語所指的同一個人,所以看前面的部分就能立即明白它指誰。) 再帰代名詞の場合も同じことです。(再帰代名詞的情況也是一樣的。)次の例を見てください。(請看以下例子。) ㊹ The girl looked herself in the mirror. (その女の子は鏡で自分を見た) この例の herself は主語と同じ the girl を指しています。(這個例子中的herself指的是與主語相同的the girl。)ただ、前の場合と違って、同じ一つの文の主語と目的語が同じモノを指していますから、そのことを語形の上ははっきりと表すために、普通の代名詞の her ではなくて herself という再帰代名詞が用いられています。(但與前一個例子不同的是,同一句中的主語和賓語指的是同一個事物,所以為了在語形上清楚地表達這一點,使用了再帰代名詞herself而不是普通代名詞her。) ㊹を初めて見た場合でも、herself が同一文の主語と同じ人間を指すという決まりを知ってさえいれば、この再帰代名詞が the girl を指すことはすぐに理解できます。(即使第一次看㊹,只要知道herself指同一句中與主語相同的人這一規則,也能立即理解這個再帰代名詞指的是the girl。)ですから、深層構造の段階からこの代名詞が使われていたとしても、そこから意味を解釈する規則の中に、再帰代名詞が指し示すモノが何なのかを決めるための規則が含まれていれば、特に問題はなさそうな気もします。(因此,即使從深層結構階段就使用了這個代名詞,只要意義解釋規則中包含確定再帰代名詞指代對象的規則,似乎就沒有特別的問題。) しかし、初期の生成文法では、代名詞にしても深層構造の段階では、何を指すのかがはっきりと分かるように、名詞句の形をしていなければならないと考えられていました。(但是在早期的生成文法中,人們認為即使是代名詞在深層結構階段也必須採取名詞短語的形式,以便清楚地表明它所指代的對象。)そして、表層構造へ変換される段階で、目的語の名詞句を再帰代名詞に置き換える「再帰代名詞化規則」を設けてやれば、再帰代名詞の語形も意味もうまく説明することができるとされたのです。(而且人們認為,如果在轉換為表層結構的階段設置一條「再帰代名詞化規則」來將賓語名詞短語替換為再帰代名詞,就能很好地解釋再帰代名詞的語形和語義。) ㊹について、深層構造から表層構造への変換過程は、次のようになります(図㊺)。(關於㊹,從深層結構到表層結構的轉換過程如下(圖㊺)。) [図㊺]
文→名詞句+動詞句
前置詞句→前置詞+名詞句
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the girl looked the girl in the mirror
the girl looked herself in the mirror
the girl looked herself in the mirror
[3]「tough移動」の説明でも触れたように、英語の不定詞は「for+名詞句」という形で主語の名詞句を表すことができます。(如「tough移動」的說明中所提及的,英語的不定詞可以用「for+名詞短語」的形式來表示主語的名詞短語。)このことから不定詞が文に近い単位だと見なされるのですが、不定詞の主語をいつでも for を使って表すことができるわけではありません。(由此可見,不定詞被視為接近句子的單位,但不定詞的主語並不總是能用 for 來表示。)次の例を見てみましょう。(讓我們看看以下例子。) ㊻ Patricia wants to visit Florence. (帕特里夏想要去佛羅倫薩。) (パトリシアはフィレンツェに行きたいと思っている) want の後に不定詞が来ていますが、不定詞はいつでも文の一種だとされていますから、必ず主語はあるはずです。(want 後面跟著不定詞,由於不定詞被認為始終是句子的一種,所以必定應該有主語。)主語があるのなら、それは「for+ 」で表されます。(如果有主語,那應該用「for+ 」來表示。)この例の主語は、Patricia だということは明らかですから、もしそれを深層構造のレベルで表現したければ、深層構造は、次のような形になるはずです。(這個例子的主語顯然是Patricia,如果要在深層結構層級上表達它,深層結構應該是這樣的形式。) ㊼ Patricia wants for Patricia to visit Florence. (帕特里夏想要帕特里夏去佛羅倫薩。) この構造では、Patricia という名詞が二回使われていますから、[4]で説明した再帰代名詞化規則が適用されて、その結果次のような形になります。(在這個結構中,名詞Patricia被使用了兩次,所以在[4]中解釋的反身代詞化規則就適用了,結果變成以下的形式。) ㊽ Patricia wants for herself to visit Florence. (帕特里夏想要她自己去佛羅倫薩。) この形でも意味は正しく理解できそうなのですが、英語では他動詞の目的語が不定詞の時には、「for+名詞句+不定詞」という形にはならないことになっています。(這種形式的意思似乎也能被正確理解,但在英語中,當他動詞的賓語是不定詞時,不能採用「for+名詞短語+不定詞」的形式。)目的語が名詞節の時には、that のような接続詞の後に、主語も述語もある文が来ることができるのですから、不定詞が文としての性質を果たしてきちんと備えているかどうか、少し疑しいところもあります。(當賓語是名詞子句時,可以在like that這樣的連接詞後面跟著既有主語也有謂語的句子,所以不定詞是否真正具有句子的性質並完整備齊,也有些可疑之處。) 主節の主語と不定詞の主語が異なっている場合には、不定詞の主語の前の for を取るだけで構いません。(當主子句的主語與不定詞的主語不同時,只需要去掉不定詞主語前的for就可以了。)例えば次のようになります。(例如,會變成以下這樣。) ㊾ Patricia wants her son to be a lawyer. (帕特里夏希望她的兒子成為律師。) (パトリシアは自分の息子が弁護士になることを望んでいる) しかし、主節の主語と不定詞の主語が同じ場合には、さらに進んで、不定詞の主語そのものを表してはいけないことになっています。(但是,當主子句的主語與不定詞的主語相同時,進一步規定不能表示不定詞的主語本身。)このため、㊽の herself は削除されて、次のような構造になります。(因此,㊽中的herself被刪除了,變成以下的結構。)これが最終的な表層構造です。(這就是最終的表層結構。) ㊿ Patricia wants to visit Florence. (帕特里夏想要去佛羅倫薩。) 主節の主語と不定詞の主語が同じ時に、不定詞の主語が削除されるという変形を「同一名詞句削除」と呼びます。(當主子句的主語與不定詞的主語相同時,不定詞的主語被刪除的這種變換被稱為「同一名詞短語刪除」。)ただ、不定詞というのは、もともと動詞だけでは主語や目的語になれないことから、動詞を名詞化するために作られた形で、主語を表すということはありませんでした。(但不定詞本來就是為了把動詞名詞化而創造的形式,因為單純的動詞無法作為主語或賓語,所以不定詞原本就不表示主語。)このことから、英語以外の言語でも、「~したい」という意味の動詞について、主節の主語と不定詞の主語が同じ時には、不定詞の主語が表されないのが普通です。(因此,在英語以外的語言中,當涉及「~想要」含義的動詞時,如果主子句的主語與不定詞的主語相同,通常也不會表示不定詞的主語。)以下に、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語の例をあげておきます。(以下列舉法語、意大利語、德語和拉丁語的例子。) (51) a. Patricia veut visiter Florence. (帕特里夏想要去佛羅倫薩。) b. Patricia vuole visitare Firenze. (帕特里夏想要去佛羅倫薩。) c. Patricia will Florenz besuchen. (帕特里夏想要去佛羅倫薩。) d. Patricia Florentiam visere vult. (帕特里夏想要去佛羅倫薩。) これらの言語では、不定詞が文として機能することはできず、したがって不定詞の主語を表すこともできません。(在這些語言中,不定詞無法作為句子功能,因此也無法表示不定詞的主語。)もちろん、英語は同じインド・ヨーロッパ諸語でも、これらの言語とは別の言語なのですから、英語の不定詞が他の言語とは違う文法的な働きをしていても、ちっとも構いません。(當然,英語雖然是與這些語言相同的印歐語族,但它是不同的語言,所以英語的不定詞具有不同於其他語言的語法功能,這完全沒有問題。) しかし、to visit Florence という不定詞が「フィレンツェに行くこと」のような名詞的な意味を表しているのならば、それを主語が「望む」と言えば、フィレンツェに行く主体は主語である人間だと解釈されるのが普通です。(但是,如果to visit Florence這個不定詞表示「去佛羅倫薩這件事」之類的名詞性意思,那麼當說主語「希望」時,去佛羅倫薩的主體通常就被解釋為主語本人。)だとすると、わざわざ不定詞の主語を深層構造で設定しておいて、動詞が want だから途中で削除するというような、非効率的な変形規則に本当に妥当性があるのか、考えてみる必要はあると思います。(既然這樣,那麼是否有必要在深層結構中特意設定不定詞的主語,卻因為動詞是want就在中途刪除,這樣的低效變換規則是否真的有適當的理由呢?我認為是有必要深思的。) それはともかく、㊻について、深層構造から表層構造への変換の過程は、次のようになります(図(52))。(無論如何,關於㊻,從深層結構到表層結構的轉換過程如下(圖(52))。)
[図(52)]
文→名詞句+動詞句
動詞句→動詞+文
Patricia wants for Patricia to visit Florence(Patricia 想要 Patricia 去訪問佛羅倫薩)
Patricia wants to visit Florence
ある言語の母語話者であれば、その言語で実際に使われる文を見れば、その文がどんな意味を表しているのかが即座に理解できます。(如果是某種語言的母語使用者,看到用該語言實際使用的句子,就能立即理解該句子表達的是什麼意思。)そして、その意味を客観的に表すための手段は用意していないのだけれども、意味を導くために仮定された構造として、深層構造がどんな文にも存在します。(而且,雖然沒有客觀表達意思的手段,但作為引出意義的假設結構,深層結構存在於任何句子中。)したがって、与えられた任意の文について、それが表す意味に直結する適切な深層構造を想定することで、その文が表す意味的な性質をうまく説明できるというのが、初期の生成文法の基本的考え方だったと言えます。(因此,通過對給定的任意句子假設與其表達的意義直接相連的適當深層結構,就能很好地解釋該句子所表現的語義性質,這可以說是初期生成語法的基本思想。)
ただチョムスキー自身は、文の構造はそれが表す意味とは独立に決まってくるはずだと考えていました。(但喬姆斯基本人認為,句子的結構應該是獨立於它所表達的意義而決定的。)この点は、チョムスキーが批判していた、彼以前にアメリカで行われていた言語学である「アメリカ構造主義言語学」の立場と似たところがあります。(這一點與喬姆斯基批評的、他之前在美國進行的語言學——「美國結構主義語言學」的立場有相似之處。)アメリカ構造主義言語学(代表的な言語学者はブルームフィールドです)では、人間のコトバをできるだけ客観的に分析するためには、意味のようなあまりに漠然とした要素を、排除できるのならそうした方がいいと考えられていました。(在美國結構主義語言學中(代表性的語言學家是布隆菲爾德),為了儘可能客觀地分析人類的語言,人們認為最好能夠排除意義這樣過於模糊的要素。)
確かに、文や単語が表す意味を、誰にでも分かるように客観的に表すことは至難の業ですから、言語学の厳密な分析に意味を介在させないですむなら、それはそれで悪いことではないような気もします。(確實,將句子或單詞所表達的意義客觀地表現成誰都能理解的形式是極其困難的,所以如果語言學的嚴格分析能夠避免涉及意義,那似乎也不是壞事。)ところが実際には、文であれ単語であれ、それが使われる時には必ず意味が表されます。(但實際上,無論是句子還是單詞,它們在被使用時必定會表達出意義。)ソシュールの言うように、言語が記号である限りは、文でも句でも語でも、言語の単位を分析しようとすれば、そこには意味が不可避的に伴っているのです。(正如索緒爾所說,只要語言是符號,那麼無論是文、句還是詞,在分析語言單位時,意義必然會伴隨而至。)ですから、物体の運動が必ず万有引力の法則に従わなければならないように、コトバの分析から意味を排除することなど、決してできないのです。(因此,就像物體的運動必然要遵循萬有引力定律一樣,從語言分析中排除意義是決不可能的。)
句構造規則を用いて作られる構造に、語彙目録から適当に単語を選んで配置することで深層構造が作られ、その深層構造に対して、構造を変換させる働きをする変形規則を適用することで、別の構造が作られ、一連の変形を経て、最終的に表層構造が作られるという標準理論が提示する構造生成のしくみでは、実に巧妙に意味を介在させないようにしてあります。(通過使用短語結構規則創建的結構,從詞彙目錄中適當地選擇和放置單詞以創建深層結構,然後對該深層結構應用變換規則(其功能是改變結構),創建另一種結構,經過一系列變換,最終創建表層結構的標準理論所呈現的結構生成機制確實巧妙地排除了意義。)意味そのものは、深層構造から意味解釈規則を経て導かれることになっていて、深層構造が直接意味を表しているのではありません。(意義本身是通過從深層結構經過意義解釋規則導出的,深層結構並不直接表達意義。)意味はあくまでも「導かれる」もの、つまり深層構造を解釈した結果出てくるものであって、深層構造とは基本的に別のものだとされているのです。(意義歸根結蒂是「被導出」的東西,即深層結構解釋的結果,在根本上與深層結構是不同的東西。)
ただ、もしこのような表層文の生成過程が、人間の頭の中で実行されるのだとしたら、まことに不思議なことになります。(但是,如果這種表層句子生成過程是在人的頭腦中執行的,那將是十分奇怪的。)句構造規則は、できるだけ簡単になるように決められているとしても、それなりの数はありますし、文の中に文(不定詞や節)をさらに含む(これを生成文法では「埋め込み」と呼びます)ことができますから、句構造規則によって作られることのできる構造は、ほとんど無限といっても構いません(チョムスキーは「無限だ」と言い切っていますが、文の下にまた文が、そしてその下にまた文が、というように無限に文が埋め込まれることは、コトバが意味を誰かに伝達する手段である以上、実際にはありえませんから、作られる構造の数が本当に無限になることはありません)。(短語結構規則雖然被設定成盡可能簡單,但仍有相當的數量,而且由於文中可以進一步包含文(不定式或分句)(這在生成語法中稱為「嵌入」),短語結構規則能創建的結構可以說幾乎是無限的(喬姆斯基說它「是無限的」,但由於語言是向他人傳達意義的手段,文中無限嵌入文這樣的情況實際上不可能發生,所以創建的結構數實際上不會是真正無限的)。)
そうすると、深層構造を作るべく語彙目録の中から選ばれたいくつかの単語を、それらの
具体的に観察される表層構造をもとにして、そこからどのようにして文の意味が理解されるのかという問題になると、標準理論の枠組みはさらに不可解になります。(根據具體觀察到的表層結構,當涉及到如何從中理解句子的意義這一問題時,標準理論的框架變得更加難以理解。)先ほども少し述たように、意味とは無関係に表層構造が生成されるという前提のもとで、文の構造の生成過程に関する問題を対象とするのが生成文法の基本的立場ですから、表層構造を出発点とする意味の理解を持ち出すのは、あまり適当とは言えないかもしれません。(如同之前提到的,在表層結構獨立於意義而生成的前提下,生成文法的基本立場是以文章結構的生成過程為研究對象,因此提出以表層結構為出發點來理解意義可能不太恰當。)何と言っても、結局のところチョムスキーは意味にあまり関心がないのです。(無論如何,歸根結底,喬姆斯基對意義並不是很感興趣。) しかし、表層構造を見て直観的に理解される意味に適合する構造が、深層構造だということに変わりはありません。(然而,與看表層結構直觀理解的意義相符的結構就是深層結構,這一點沒有改變。)「意味」というと少し言い過ぎかもしれませんが、少なくとも、名詞が表す事物が主語か目的語かとか、動詞の時制や態がどうなっているのかという、いわゆる単語の文法的な働きは、表層構造によって正しく理解されると仮定されているはずです。(說「意義」可能有些誇大,但至少名詞所代表的事物是主語還是賓語,動詞的時態和語態如何等,所謂單詞的語法功能應該被表層結構正確理解。)つまり、文が表す意味の中で、名詞がどんなモノを指し示すのかとか、動詞がどんな動きや状態を表すのかというものまでもが理解されていなくても、文が表す事柄の基本的な枠組みの部分については、表層構造を見て分かっていなければならないのです。(也就是說,即使句子所表達的意義中名詞指代什麼事物、動詞表達什麼動作或狀態等這些內容還未被理解,但對於句子所表達事項的基本框架部分,必須通過觀看表層結構而明白。) そうでなければ、ある特定の文について、深層構造はこういう形になっています、などという議論が生成文法で可能なはずはありません。(否則,生成文法就不可能對某一特定句子進行「深層結構具有這樣的形式」的討論。)例を持ち出すまでもないかもしれませんが、一応次の文を見ておきましょう。(雖然也許不必舉例,但讓我們先來看看下面的句子。) (53) I believe him to be honest. (私は彼が正直だと思う)(我認為他是誠實的。) この文は、I believe で始まっていますから、「私は何かを信じる」のような意味を表すことはすぐに分かります。(這個句子以 I believe 開始,所以立刻可以理解它表達「我相信某些東西」這樣的意義。)「何か」はモノであることもあれば事柄であることもあります。(「某些東西」可以是物體,也可以是事項。)モノであれば名詞が来るでしょうし、事柄であれば文が来るのが普通です。(如果是物體,應該是名詞出現;如果是事項,通常是句子出現。) この文では believe の後に him という目的格の代名詞が来ていますから、これだけだと「私は彼を信じる」という意味になるはずです。(在這個句子中,believe 後面跟著目的格代詞 him,所以只看這部分,意義應該是「我相信他」。)ところがこの文では、him の後に to be honest という不定詞が来ています。(但是,在這個句子中,him 後面跟著不定詞 to be honest。)不定詞は文の働きをしますから、そうすると信じているのはある事柄だということになります。(因為不定詞起句子作用,所以相信的是某個事項。)このことから、him to be honest 全体で、「彼が正直だ」という事柄を表しているのだと理解されるわけです。(由此,him to be honest 整體被理解為表達「他是誠實的」這一事項。) こうして、表層構造が表す意味が理解されてようやく、(53)の文の深層構造は、この意味を反映するものとして、次のような形だと決定できるわけです。(就這樣,只有理解了表層結構所表達的意義,才能最終確定 (53) 句子的深層結構是這樣的形式,以反映該意義。) (54) I believe [for him to be honest].(我相信[他是誠實的]。) 表層構造から、それが表す意味を媒介として深層構造が決定され、今度はその深層構造を出発点にして、表層構造が作り出されるにはどんな変形規則が必要なのかということを考えるのが、標準理論の方法だったと言えます。(從表層結構經由它所表達的意義作為媒介而確定深層結構,然後以該深層結構為出發點,思考需要什麼樣的變形規則來生成表層結構,這就是標準理論的方法。) つまり、深層構造というのは、ある文の不完全な意味表示としての役割をもっているに過ぎなかったのではないかと思えます。(也就是說,深層結構似乎只是充當某個句子的不完全意義表示的角色。)しかも、文が表す意味とはどんな形で表されるのかについての考察は行われないのですから、導かれる深層構造が果たして意味を導くために適格なものなのかということも、全く明ではありません。(而且,由於沒有對句子所表達意義的表現形式進行考察,所以導出的深層結構是否真的適合引出意義也完全不清楚。) だとすると、漠然と正しいものだと認定されている句構造規則にしても、果たしてそれが完全なものなのかを決定することもできなくなります。(既然如此,即使對於含糊地被認定為正確的短語結構規則,也無法確定它是否完全。)深層構造の適格性を判定する基準も方法も分からないのですから、その深層構造を作り出す規則である句構造規則の正しさを証明することも、当然できないわけです。(由於不知道判定深層結構適格性的標準和方法,所以當然也無法證明生成深層結構的短語結構規則的正確性。) 適格性を判定する絶対的基準のない深層構造が適格なものだとして固定し、固定された深層構造と、具体的な文としての表層構造をうまく関係づけるための変形規則を考え
深層構造は、生成文法という一つの言語理論の中で存在が仮定されているだけで、実際には決して観察されることができないものです。(深層結構只是在生成文法這一語言理論中被假定存在,而實際上它永遠無法被觀察到。)それだけに、理論の内部で、深層構造の外形においても、どのようなものが英語として認められる深層構造で、認められない構造はどれなのか、という構造の適格性について、厳密な基準を定めておく必要がありました。(因此,在理論內部,關於深層結構的外形,需要制定嚴格的標準,即什麼樣的深層結構被認為是英語中可接受的,什麼樣的結構是不可接受的。)
そのために、先にも述たように、文が表す意味の側から深層構造の外形を規定するという方向が望ましかったとは思いますが、句構造規則を厳密に定めるということから、逆に深層構造の適格条件を決定するという方法もありえたかもしれません。(為此,正如前面所述,從文所表達的意義方面規定深層結構的外形的方向也許是理想的,但從嚴格規定短語結構規則的角度,反過來決定深層結構的適格條件的方法也許也是可能的。)
しかし、どちらの方向からも深層構造の適格条件を決ることはなされなかったことから、標準理論で変形規則の役割が肥大するという結果になったわけです。(但是,由於從兩個方向都沒有確定深層結構的適格條件,結果在標準理論中變形規則的作用變得過度龐大。)
変形規則の数があまりに多くなり過ぎると、当然のことながら、本来ならば適用されるはずのない構造にある変形規則が適用された結果、英語として受け入れることのできない表層構造が作り出されてしまう危険性があります。(如果變形規則的數量過多,那麼當然存在這樣的危險:原本不應該適用的結構被變形規則適用,結果產生出無法作為英語接受的表層結構。)
例えば、変形規則の説明で最初にあげた「受動変形」にしても、「名詞句+動詞+名詞句」という構造であればいつでも適用できるわけではありません。(例如,即使是最初提到的「被動變形」,也不是每次都可以應用在「名詞短語+動詞+名詞短語」的結構上。)次の例を見てください。(請看下面的例子。)
(55) Kate resembles her mother. (ケイトは母親に似ている)(凱特像她的母親。)
(56) John became a doctor. (ジョンは医者になった)(約翰成為了一名醫生。)
どちらの文も、「名詞句+動詞+名詞句」という構造であり、能動文ですから、この構造を深層構造として、受動変形を適用できるはずです。(這兩句話的結構都是「名詞短語+動詞+名詞短語」,並且都是主動句,所以以這個結構作為深層結構應該可以適用被動變形。)ところが、この変形を適用して作られた文は不適格な文となります。(但是,用這個變形製作出來的句子是不合法的句子。)
(57) *Her mother is resembled by Kate.(*她的母親被凱特所像。)
(58) *A doctor was become by John.(*一名醫生被約翰所成為。)
(55)の場合は、resemble (似る)という動詞は他動詞だけれども、主語と目的語が全く対称の関係にあって、通常の他動詞とは違うから受動態にはなりにくいという説明ができます。(對於第(55)句,可以解釋說resemble(像)這個動詞雖然是他動詞,但主語和賓語之間有完全對稱的關係,不同於普通他動詞,所以不容易轉為被動態。)(56)については、become はそもそも他動詞ではなく自動詞であって、この動詞の直後にある名詞句 a doctor は目的語ではなく補語なのであり、だから受動態の主語になることはできないのだ、という説明がされます。(對於第(56)句,become根本不是他動詞而是自動詞,這個動詞後面的名詞短語a doctor不是賓語而是補語,因此不能成為被動態的主語,這樣解釋。)
いずれにしても、受動変形が適用できる構造であるはずなのに、実際には適用できないという事態が現実に現にあるのです。(無論如何,實際存在著這樣的事實:應該可以適用被動變形的結構,實際上卻無法適用。)
受動態に関しては、次の例も見ておきましょう。(關於被動態,讓我們再看看下面的例子。)
(59) a. You can see the mountain from this place. (この場所からその山が見える)(從這個地方可以看到那座山。)
b. They sell drugs at the store. (その店では薬を売っている)(在那家店裡他們在賣藥。)
(60) a. Our company was founded in 1975. (私たちの会社は一九七五年に創立された)(我們的公司在1975年成立。)
b. No such word is listed in this lexicon. (そんな単語はこの辞書には載っていない)(這樣的單詞沒有在這本詞典中被列出。)
(59)にあげた文では、主語の you や they は特定の人間を指しているのではなくて、誰だか特定できない人々を表しています。(在第(59)句中,主語you和they並不指代特定的人,而是表示不確定的人們。)このような場合には、受動態にはできるものの、能動文の主語を by の後にもってくることはできません。(在這樣的情況下,雖然可以轉為被動態,但不能將主動句的主語放在by之後。)
(61) a. *The mountain can be seen from this place by you.(*那座山可以從這個地方被你所看到。)
b. *Drugs are sold at the store by them.(*藥在那家店裡被他們所賣。)
(60)の各文は受動態ですが、これを能動態に置き換えようと思っても、主語の名詞句として何を選べばいいのか、よく分かりません。(第(60)句各句是被動態,但如果想把它們改為主動態,就不清楚應該選擇什麼名詞短語作為主語。)a であれば、the founder of our company (私たちの会社の創立者)なのかもしれませんが、こんな当たり前の主語であるはずもありません。(如果是第a句,主語也許是the founder of our company(我們公司的創始人),但這樣的主語當然太理所當然了。)b の場合も同じで、主語が the lexicographer (辞書編纂者)であれば、間違いではありませんが、他の名詞である可能性も十分に考えられます。(第b句也是這樣,如果主語是the lexicographer(詞典編纂者),也不是錯誤,但其他名詞作為主語的可能性也完全可以考慮。)
結局のところ、(59)の能動文に受動変形を完全に適用することはできませんし、この受動文に対応する能動文も、一義的に決できるわけではありません。(結果是,第(59)句中無法將被動變形完全適用於主動句,與這個被動句相對應的主動句也無法唯一地確定。)要するに、能動
このように、能動文と受動文とは、表層構造のレベルで異なっているのはもちろん、表す意味についても決して同じとは言えません。(就這樣,主動句和被動句不僅在表層結構的層面上不同,它們所表達的意義也絕不相同。)だとすると、意味を導くのは深層構造なのですから、深層構造も違っているということになりそうです。(如果這樣的話,既然推導意義的是深層結構,那麼深層結構似乎也應該是不同的。)
しかし、当時の生成文法では、能動文と受動文の深層構造までもが違うのだという結論が一般的になることはありませんでした。(但是,在當時的生成文法中,關於主動句和被動句的深層結構也不同這一結論並未成為普遍共識。)それではどうなったのかと言うと、まずは意味を深層構造と表層構造の両方から導けばいいとされたのですが、これでは両者のどの部分が意味の決定に関わってくるのかを決めるのが難しくなります。(那麼實際情況是怎樣的呢?起初有人提議從深層結構和表層結構兩方面推導意義,但這樣做就很難確定兩者的哪一部分會影響意義的決定。)それで結局は、表層構造の方から意味を導こうではないかということに落ち着きました。(因此,最後決定應該從表層結構的角度來推導意義。)
この経緯だけを見ると、受動文と能動文について、異なった深層構造を設定し、受動変形をなくしてしまえばいいだけのような気がします。(從這段發展經過來看,似乎只需要為被動句和主動句設定不同的深層結構,並去掉被動轉換規則就可以了。)ただ、次のように、発音が意味の区別に関係してくるような事実も指摘されたりもしました。(但是,也有人指出了這樣的事實,即發音與意義的區分有關。)
(63) a. TOM sent Mary flowers. b. Tom SENT Mary flowers. Tom sent MARY flowers. d. Tom sent Mary FLOWERS.
「TomはMaryに花を送った」(Tomはメアリーに花を送った)という文は、四つの単語からできていますが、どの単語を強調して発音するかによって、少しずつ意味が違ってきます。(「湯姆把花送給瑪麗」這個句子是由四個單詞組成的,但根據強調發音哪個單詞,意思會有所不同。)(63)では、強調して発音される単語は全部大文字で示してあります。(在(63)中,強調發音的單詞都用大寫字母表示。)
Tomを強調して発音すれば、「他の誰でもなくトムがMaryに花を送った」という意味になります。(如果強調發音Tom,就表示「不是別人,而是湯姆把花送給瑪麗」的意思。)つまり、主語として、「トム」という人間が他の人間と対比されているということです。(也就是說,作為主語,「湯姆」這個人與其他人進行了對比。)動詞の sent を強調して発音することは、実際にはあまりありませんが、もし強調されれば、「トムはMaryに花を送ったのであって、買ってやったり、作ってやったりしたのではない」というような意味になります。(雖然實際上很少強調動詞sent,但如果強調的話,就表示「湯姆是把花送給瑪麗,而不是買給她或做給她」的意思。)Maryや flowers を強調して発音した場合も同じことは、もうお分かりになると思います。(我想你已經明白強調發音Mary或flowers的情況也是同樣的道理。)
どの単語を強調して発音するかというのは、まさに発音の側面ですから、表層構造と直結しています。(選擇強調哪個單詞的發音,正是發音方面的問題,因此與表層結構直接相連。)(63)の各文について、異なった深層構造を対応させることは、「強調」のような、架空の発音されない記号を深層構造に組み入れたりすれば、できないわけではないかもしれません。(對(63)中的每個句子對應不同的深層結構,如果將「強調」這樣不發音的虛擬符號納入深層結構中,或許也不是不可能的。)しかし、そういう架空の記号を認めるとすると、「疑問」だの「反語」だの「未知」だの「既知」だの、あらゆる種類のそういう記号もまた認めなければならなくなってしまい、深層構造がいたずらに肥大化してしまいます。(但是,如果承認這樣的虛擬符號,就必須也承認「疑問」、「反語」、「未知」、「已知」等各種這樣的符號,深層結構就會無必要地膨脹。)
こういう事態は、変形規則の肥大化と同様に、避けなければいけませんから、やはりここでは(63)の各文の深層構造は同じだとしておかなければなりません。(這種狀況應該避免,就像避免轉換規則膨脹一樣,因此我們還是應該認為(63)中各個句子的深層結構是相同的。)だとすると、深層構造ではなくて、表層構造から意味を導くとした方がいいのかもしれません。(既然如此,或許從表層結構而不是深層結構來推導意義會更好。)
ただ、先に説明したように、表層構造が実際に発音されるというわけではなくて、表層構造に音韻規則が適用された結果、どのように発音されるかが決定されるというのが、生成文法が一貫してとっている立場です。(但是,如前所述,表層結構並不是實際發音的內容,而是對表層結構應用音韻規則的結果決定了如何發音,這是生成文法一貫採取的立場。)そうすると、表層構造のどこかに、「この単語を強調して発音する」という、これまた架空の抽象的な特性を加えておいて、これを音韻規則を適用するための入力情報にしなければならないことになるはずです。(這樣的話,就必須在表層結構的某個地方加入「強調發音這個單詞」這樣又是虛擬的抽象特性,並將其作為應用音韻規則的輸入信息。)しかし、そういう強調についての特性が、いきなり表層構造で付け加わるのだという合理的な根拠はどこにもありません。(但是,沒有任何合理的根據說這樣的強調特性突然在表層結構中加入。)深層構造の段階からすでにあって、それが表層構造まで保たれているのだと考えてはいけないのかというと、もしそういう特性を認めるのだとすれば、この考えを否定することもできません。(如果我們認為它從深層結構階段就已經存在,並一直保留到表層結構,那我們為什麼不能這樣想呢?如果我們承認這樣的特性,就無法否定這個想法。)
単語の強調についての情報を、深層構造と表層構造のどちらに組み入れることも難しいのなら、やはり最後の手段として音韻規則に担当させることもありえます。(如果無法將單詞強調的信息納入深層結構或表層結構,那麼作為最後的手段,也可以由音韻規則來負責。)しかし、どの単語を強調するのかが、文の意味に関係してくるのだとすると、音韻規則を適用された結果としての実際の発音から意味を導くしくみにはなっていないのですから、結局音韻規則に委ねるのも無理です。(但是,如果強調哪個單詞與句子意義有關係,那麼從應用音韻規則的結果即實際發音來推導意義的機制就不成立了,所以交給音韻規則處理也不行。)
したがって、単語が強調されて発音されることで、その単語と別の単語が対比される意味が出てくるという事実を根拠にして、表層構造から意味を導くことが合理的だと判断することは、生成文法の枠組みに従う限りは、実際のところ困難です。(因此,基於強調發音某個單詞會產生該單詞與其他單詞對比意義這一事實,判斷從表層結構推導意義是合理的,在遵循生成文法框架的限制下,實際上是困難的。)
このように、深層構造ではなくて表層構造の方から意味を導いた方が、標準理論全体の枠組みから論理的に要請されるというわけでもありません。(這樣看來,從表層結構而不是深層結構推導意義,也不是標準理論整體框架在邏輯上要求的。)深層構造の適格性を判断する基準がないという問題はあるにしても、意味を解釈するための構造として深層構造を仮定したことには、特に主語と目的語の理解をうまく説明することを可能にしたという意味では、それなりの利点があります。(雖然對深層結構適格性的判斷標準沒有依據,但假設深層結構作為解釋意義的結構,在特別是能夠很好地解釋對主語和賓語的理解這個意義上,是有其優點的。)意味につながるからこそ、深層構造の存在理由があると言っても過言ではないのです。(正因為它導向意義,所以說深層結構存在的理由是不為過的。)
それにもかかわらず、意味を導くのは深層構造ではなく表層構造の方だという方向へ、生成文法は方針を転換することにしたのでした。(儘管如此,生成文法還是決定改變方針,轉向意義是由表層結構而不是深層結構推導出來這一方向。)いくつか都合の悪い例が提出されると、理論にとって重要な前提でも潔く放棄するという態度は、生成文法のよく言えば柔軟なところではあります。(一旦提出了一些不合適的例子,就毫不猶豫地放棄對理論至關重要的前提,這是生成文法所謂柔軟的地方。)しかし、深層構造から意味を導き出すというしくみが、理論の体系全体からしてどうしても矛盾を引き起こしてしまうからよくないのだ、というような、厳密な論理的検証を経ないで変更されてしまうというのは、果たしてこの理論に科学性を保証することになるのか、心配なところでもあるのです。(但是,如果說從深層結構推導意義的機制會從理論體系的整體上引起矛盾所以不好,卻沒有經過嚴密的邏輯驗證就被改變了,這樣做是否能為這個理論保證科學性,這是令人擔憂的地方。) 意味を導き出す構造が表層構造だということになると、まず困るのは、疑問詞が文頭にある疑問文です。(如果導出意義的結構就是表層結構,那麼首先遇到困難的是疑問詞位於句首的疑問句。)目的語なのに文頭に置かれている疑問詞が、きちんと目的語だと理解されるのは、意味を解釈するための深層構造では、ちゃんと動詞の右側に置かれているからだ、というのが深層構造を設定する大きな利点の一つでした。(虽然疑問詞作為賓語卻被放在句首,但在用於解釋意義的深層結構中,它被正確地放在了動詞的右側,這就是設立深層結構的主要優點之一。)
ところが深層構造から意味を引き出せなくなった今では、主語でもない疑問詞が文頭に置かれている表層構造をもとにして、その疑問詞が目的語だということを何とかして説明しなければならなくなったのです。(但是現在既然不能從深層結構導出意義,就不得不根據既然非主語的疑問詞被放在句首的表層結構,設法解釋該疑問詞是賓語。)
深層構造というレベルを使わなくても、例えば次の文の先頭にある疑問詞の what が目的語だということを説明する方法はあります。(即使不使用深層結構的層次,也有辦法解釋例如句首的疑問詞 what 是賓語的方法。)
(64) What did you watch on TV? (你在電視上看了什麼?)
英語で、前置詞を伴わない名詞は、主語か目的語のどちらかの働きをします。(在英語中,不帶前置詞的名詞要麼充當主語,要麼充當賓語。)もし文頭にある名詞が主語ならば、英語の語順の規則によって、その後には動詞が来ていなければなりません。(如果句首的名詞是主語,那麼根據英語的語序規則,其後面必須跟著動詞。)したがって、次にある did は「した」という意味の動詞であるはずです。(因此,接下來的 did 應該是表示「做」意思的動詞。)そしてさらに次の単語を見ると、you という代名詞です。(而且再看下一個單詞,是代詞 you。)だとすると、動詞の did は他動詞で、did you で「他動詞+目的語」となるはずですが、表す意味は「あなたをした」という不自然なものになります。(這樣的話,動詞 did 應該是及物動詞,did you 應該是「及物動詞+賓語」,但表達的意思是「做了你」這樣不自然的含義。)したがって、did は動詞ではなくて、助動詞ではないかと推測されます。(因此,did 不是動詞,而是推測為助動詞。)
実際、you の後に動詞の watch が来ていますから、did は疑問文を作る時に使われる助動詞だと決定されます。(實際上,you 後面跟著動詞 watch,所以 did 被確定為用於製造疑問句的助動詞。)だとすると、動詞の watch の直前にある代名詞の you は、英語の語順の規則により、主語だと認定されます。(這樣的話,根據英語的語序規則,直接位於動詞 watch 前面的代詞 you 被認定為主語。)主語は you なのですから、もう一つの前置詞を伴わない what は目的語だと認定されるわけです。(既然主語是 you,那麼不帶前置詞的另一個 what 就被認定為賓語了。)
言葉で説明したので、少し分かりにくかったかもしれませんが、人間が文の意味を理解する時には、左側から一つずつ単語を見たり聞いたりしながら、その意味と働きをだんだんと認定していくという、疑いえない事実をもとにするならば、このような方法でもこのような具体的な文だけをもとにして、文頭の疑問詞が目的語だということを説明することは可能です。(雖然文字說明可能有點難懂,但基於人在理解句子意義時,是從左到右逐個觀看或聽取單詞,並逐漸認定其含義和作用的無可否認的事實,用這樣的方法也完全可以根據這樣具體的句子來解釋句首的疑問詞是賓語。)
しかしもちろん、生成文法はこのような方法で動詞の右側にない疑問詞が目的語だということを説明することはありませんでした。(但當然,生成文法不會用這樣的方法來解釋不在動詞右側的疑問詞是賓語。)深層構造と表層構造という二つのレベルを保持しながら説明するための手段として持ち出されたのは、深層構造からある単語が移動した後の「痕跡」という考え方です。(在保持深層結構和表層結構兩個層次進行解釋的手段中,提出的是單詞從深層結構移動後留下的「痕跡」這樣的想法。)
その前に、あまりに肥大化した変形規則群を整理する過程で登場した、「構造保持仮説」というのがありました。(在整理變得過度膨脹的變形規則群的過程中,出現了所謂「結構保持假說」。)これは、移動を伴う変形規則で、ある単語が別の位置に移動したとしても、移動前の構造と移動後の構造は変わらないという仮説です。(這是一個假說,認為在涉及移動的變形規則中,即使某個單詞移動到另一個位置,移動前的結構和移動後的結構也不會改變。)要するに、深層構造から表層構造に至るまで、変形規則が適用されて単語や接辞が移動したとしても、構造はそのままだという性質を仮定しておこうというものです。(總之,即使從深層結構到表層結構的過程中應用了變形規則,單詞和詞綴發生了移動,結構本身保持不變,這就是該假說要假定的性質。)
この仮説が提示される背景としては、単語が移動するような変形があったとしても、その移動先はどこでもいいというわけではなく、例えば名詞句ならば、もとの位置からの移動先としては、やはり名詞句が占めることができる位置でなければならないという性質があると主張されたことがあります。(提出該假說的背景是,即使存在導致單詞移動的變形,其移動位置也不是任意的,例如名詞短語只能移動到名詞短語本身能佔據的位置。)
例として、次の例を見てみましょう。(作為例子,讓我們看看下面的例子。)
(65) Richard seems to be sad. (理查德看起來很傷心。)
(66) e seems [Richard to be sad]
(65)の深層構造は、(66)だとされます。((65) 的深層結構被認為是 (66)。)文頭にある e というのは、構造の中で位置はあるけれども、何の単語も入っていないということを示す標識です。(句首的 e 是一個標記,表示結構中有位置,但沒有任何詞彙項目。)seem という動詞がかなり特殊な動詞だということは分かるにしても、どうしてこういう深層構造になるのか、どうも理解しにくいところはあります。(雖然我們能理解 seem 是一個相當特殊的動詞,但為什麼會有這樣的深層結構還是難以理解。)ここではそれを不問深層構造決定にまつわる論理的矛盾
変形規則に関わる問題
表層構造から意味を導く
深層構造が命脈を保った理由