橋本進吉による「変体漢文」の定義と古事記の位置付け
§0 本稿の目的p. 1
本稿の目的は次の二つである。(一)橋本進吉が「変体(の)漢文」という術語をどのような意味で用いていたかを、彼の「漢文」の定義に基づいて理解すること。(二)前項の理解に基づいて、橋本が何故(現在変体漢文の一つの典型とされる)古事記を、「変体漢文」に所属させなかったかを検討すること。
文法・表現
- ~について検討する/~を理解する(学術文の問題提起)
- 論文冒頭で「目的」を二項に分けて提示する典型形式。「(一)…すること。(二)…すること。」と体言止めに近い「~すること」で並列する書き方は、研究目的の宣言として最も格式のある形。
- ~とされる(受動による客観化)
- 「現在変体漢文の一つの典型とされる」のように、定説や通説を引用する際に用いる。書き手自身の判断ではなく「世間で/学界でそう見なされている」という距離感を示す。学術文で頻出。
※類似:「〜と言われる」「〜と考えられる」 - ~に基づいて(根拠の明示)
- 「彼の「漢文」の定義に基づいて」「前項の理解に基づいて」のように、議論の立脚点・根拠を示す。論文では各節が前節を踏まえる構造を作るのに不可欠。
- ~させる(使役の否定形「させなかった」)
- 「古事記を「変体漢文」に所属させなかった」=橋本が古事記を変体漢文に分類しなかった、ということ。ここでは「所属する」の使役形「所属させる」の過去否定。分類行為の主体(橋本)と分類対象(古事記)の関係を明示する。
- 「変体(の)漢文」のカッコ表記
- 橋本の原語は「変体の漢文」、現在の通称は「変体漢文」。両者を一括する便宜表記。原資料への忠実性と現代術語の便利さを両立させる学術的工夫。
中文翻譯
本文目的有二。(一)釐清橋本進吉以何種意涵使用「變體(之)漢文」此一術語,並基於其「漢文」之定義加以理解。(二)在前項理解的基礎上,探討橋本何以未將(現今被視為變體漢文典型之一的)古事記歸入「變體漢文」一類。
一 橋本進吉の「漢文」と「変体漢文」pp. 1–2
「変体漢文」という術語は橋本進吉の創唱とされる(注1)。橋本は『国語学概論 下巻』において、「変体の漢文及び書簡文」という項を設けて次のように説明している。
先ず「奈良朝以前から漢文が正式の文語として用ゐられ、官符の公用文は勿論、私人の手紙や記録のやうな実用的の文も漢文で書くのが正式であつた。(略)しかし、正しい漢文を書くのは容易でなく、学殖の無いものは、動もすれば文字の用法を誤り、順序を違へ、漢文としては不要な文字を加へなどして、変則な書き方をした」(一五五頁(注2))として、正倉院文書の例を始めに挙げる。そうして「この種の文は既に奈良朝にもあり、以後も絶えなかつたであらうが、平安朝も初期を過ぎて、漢文学が漸く衰へると共に、正式の漢文に用ゐない俗語や句法を用ゐる事が益多くなつて行き、形は漢文であるが(時には仮名を交へたものもある)、日本人の間にしか通ぜぬ変体の漢文となつたのである。平安中期以後の男子の日記類や東鑑など皆この体の文である」(一五六頁、傍線引用者)と述べている。「変体(の)漢文」の実例としては、天平宝字二年七月十四日小治田人君不参状(正倉院文書)、平安中期以後の男性日記、吾妻鏡、明衡往来、庭訓往来が挙げられている。
文法・表現
- 創唱とされる(受身による出典・帰属の客観化)
- 「橋本進吉の創唱とされる」=「橋本進吉が創唱したと言われている」。受身「とされる」を用いることで、書き手自身が断定するのではなく、学界の共通認識として提示する効果。直後に注を付けて出典を示すのが学術文の作法。
- ~において(場・範囲の限定、文章語)
- 「『国語学概論 下巻』において」=「〜の中で/〜では」の文章語。日常の「〜で」を改まった形で表現。論文では文献名・場面・時代を示すのに頻出。
- ~項を設けて(学術文の構造記述語彙)
- 「項を設けて」=「項目を立てて」。書物の章節構成を述べる際の定型。類似:「節を設ける」「章を立てる」。
- 旧仮名遣い・旧字体表現
- 引用文(橋本『国語学概論』、一九三三年)の特徴:
- 用ゐられ=用いられ(ワ行下一段の旧仮名遣い)
- やうな=ような
- 違へ/加へ/衰へる/交へ=違え/加え/衰える/交え(ハ行→ワ行転化前の表記)
- であらう=であろう(推量「だろう」の文語)
- 通ぜぬ=通じない(打消「ぬ」、文語)
- 動もすれば=ややもすれば(漢字表記。読みは「やや」)
- ~となったのである(断定・説明的回顧)
- 「変体の漢文となったのである」=歴史的経緯を整理して結論づける形。「のだ/のである」は事実を解説する語気。「〜となった」(過去)+「のである」(説明)で、過程の到達点を強調する。
- ~しか通ぜぬ(限定「しか」+打消、強い限定)
- 「日本人の間にしか通ぜぬ」=「日本人の間でしか通じない」。「しか〜ない/ぬ」は否定を伴う限定表現で、「他では通じない」ことを強調する。橋本が「変体漢文」を「日本人だけのもの」と捉えた本質を示す決定的な一句。
中文翻譯
「變體漢文」此一術語,據說為橋本進吉所首創(注1)。橋本在《國語學概論 下卷》中設立「變體之漢文及書簡文」一項,作如下說明:
首先「自奈良朝以前,漢文便作為正式的文語被使用,官符的公用文自不待言,私人的書信、記錄等實用之文也以漢文書寫為正式。(略)然而正確的漢文不易書寫,學識淺者,動輒誤用文字、顛倒語序、添加漢文中本不需要的文字,做出變則的書寫方式」(第一五五頁(注2))——以此將正倉院文書之例作為起首舉出。接著又說:「此種文章奈良朝既已存在,其後亦未曾斷絕。但平安朝過了初期、漢文學漸衰之同時,正格漢文中不用的俗語與句法越發頻繁地被使用,雖形式上仍為漢文(有時也夾雜假名),卻成了僅在日本人之間方能通曉的變體漢文。平安中期以後的男子日記類及《東鑑》(吾妻鏡)等皆屬此體之文。」(第一五六頁,傍線為引用者所加)此「變體(之)漢文」之實例,舉有天平寶字二年七月十四日小治田人君不參狀(正倉院文書)、平安中期以後的男性日記、吾妻鏡、明衡往來、庭訓往來。
この「変体漢文」は、当該文体を指す術語が夥しく存する中で、現在最も一般的なものとなっている。この文体に異称が多い事情としては、一つには、この語が指す「日本的な漢文」ということの指し得る範囲があまりに広いということがある。若干でも和習を含む正格的漢文から、若干でも漢文的要素を含む仮名交り文まで指示し得るため、その中の特にどの部分に焦点を当てたいかという論者それぞれの問題意識に伴ってそれに相応しい術語が唱えられ選ばれるわけである。例えば同一論考内で、上代の資料については「和化漢文」、中古以降の資料については「変体漢文」と術語を使い分けることがある(注3)のも、これと揆を一にするものと言えよう。
文法・表現
- ~し得る(可能・潜在の文章語)
- 「指し得る」「指示し得る」=「指すことができる」「指示することができる」。動詞の連用形+「得る(うる/える)」で潜在的可能性を表す。学術文・法律文に頻出する硬い言い方で、「〜できる」より客観的・形式的。
※読みは「うる」(古典・文章語)が主流、「える」も可。 - ~わけである(論理的帰結・説明)
- 「相応しい術語が唱えられ選ばれるわけである」=「〜という結果になる/〜は当然のことだ」。論理の流れを受けて当然の結論を導く。「のである」より一段と「論理的に当然」感が強い。学術文での因果・帰結の標準形。
- ~と言えよう(控えめな断定・推量)
- 「これと揆を一にするものと言えよう」=「と言ってもよかろう」「と言えるだろう」。意志形「言えよう」は遠回しな断定。著者自身の判断であることを認めつつ、独断にならぬよう柔らかく述べる学術文の定型。
- 揆を一にする(き-を-いつ-にする:成句)
- 「揆を一にする」=「同じ筋道・同じ方針に立つ」「軌を一にする」と同義の漢語成句。「揆」は「はかりごと・道筋」の意。前文で述べた「論者ごとに焦点が異なるから異称が生じる」という議論と、ここの「同一論考内でも資料時代によって術語を使い分ける」という現象が、同じ原理の現れであることを示す。
※「軌を一にする」のほうが現代では一般的だが、田中はあえて古風な「揆」を選択。 - ~については(範囲限定の格助詞相当)
- 「上代の資料については」「中古以降の資料については」=「〜に関しては/〜の場合は」。範囲・対象を限定して「対比して述べる」のに用いる。同類資料を時代区分する論述で頻出。
- ~のも、…と言えよう(並列+判断)
- 「術語を使い分けることもある(注3)のも、これと揆を一にするものと言えよう」=「使い分けるという現象も、同じ原理の現れと言ってよい」。「のも」は「これも〜の一例」の構文で、前段と並列して同類項を追加する。
中文翻譯
此「變體漢文」一語,於指稱該文體的術語繁多並存的當下,已成為現今最為通行的稱呼。此文體之所以多有異稱,原因之一在於:此語所指之「日本式漢文」涵蓋的範圍實在太廣。從略含和習的正格漢文,到略含漢文要素的假名混雜文,皆可被指涉,因此論者各自基於問題意識,欲將焦點對準何處不同,便相應選用各自合宜的術語。例如同一論文中,上代資料用「和化漢文」、中古以後資料用「變體漢文」這樣使用不同術語的情形(注3),亦可說與此同出一轍。
また、想定されているモノは同じでも、そのモノが持つどの側面を重視するか(どの側面をそのモノにとって本質的であると見做すか)によっても、命名の在り方は大きく変わってくることであろう。その結果として、例えば「漢文の形態を取る」ということを重視した命名(変体漢文、和化漢文、擬似漢文など)と、「その内実は日本語文である」ということを重視した命名(漢式和文、略体和文、漢化和文など)の両方が現れることになる。
文法・表現
- ~によって(基準・依拠の格助詞句)
- 「どの側面を重視するか…によって」=「〜次第で/〜の違いに応じて」。判断や結果を左右する変数・条件を導入する。学術文の因果記述で頻出。
※類似:「に応じて」「に従って」 - ~ことであろう(推量、地の文の格式)
- 「大きく変わってくることであろう」=「〜だろう/〜であろう」を一段強めた形。「こと」を介して命題化したうえで推量する、論述的・客観的な推量。「変わってくるであろう」より一層格式が高い。論文の地の文で著者が推測を述べる定型。
- ~と見做す(認識動詞、客観的判定)
- 「本質的であると見做す」=「〜と看做す/〜と見なす」。漢字「見做」は「みな」と読む(送り仮名「す」)。「考える」「思う」より客観的・定義的なニュアンス。学術文での判定・分類を述べるのに用いる。
- ~ということを重視した(連体修飾の名詞化+過去形)
- 「『漢文の形態を取る』ということを重視した命名」=「『漢文の形態を取る』という事柄を重視した結果として付けられた名前」。「ということ」で文・概念を体言化し、それを修飾節の中で目的語に立てる定型。論文では「概念 X を重視する立場」と「概念 Y を重視する立場」を並列・対比するのに不可欠。
- ~との両方が現れる(並列+帰結)
- 「A という命名…と B という命名…との両方が現れる」=「A と B の両方が出現する」。「との」は「〜と〜と」の二度目の「と」が「の」と融合した古典的格助詞用法で、対象を限定。「両方が現れる」は並存・共存を示す。命名の多様性を構造的に示す。
- その結果として(接続表現)
- 前文の論述から導かれる結果を提示する接続。「だから」「したがって」より分析的・説明的。前段で「重視する側面によって命名が変わる」と述べたうえで、「その結果として」具体的な実例(変体漢文/漢式和文)を出す。
中文翻譯
此外,即使所設想的對象相同,依據重視該對象所具備之何種側面(將何種側面視為該對象之本質)的不同,命名方式也將大為改變。其結果是,例如以「採取漢文形態」為重點的命名(變體漢文、和化漢文、擬似漢文等),與以「其內實為日本語文」為重點的命名(漢式和文、略體和文、漢化和文等),兩種命名並陳出現。
しかし異称の多さはそれだけに起因するものではない。例えば古事記の文章一つ取っても「変体漢文」「和化漢文」を始めとする幾つもの呼称が併存しているのが現状だからである。変体漢文の異称には、言わばその場限り的と覚しき造語が少なくないことも一つの特徴であるが(例えば『広辞苑』第五版(岩波書店、一九九八年)の「庭訓往来」の項には当該資料を「擬漢文」だと説明するが、この語は同辞典には立項されていない(注4))、一方で積極的提唱も少なくはない。例えば次のようなものがある。
文法・表現
- ~だけに起因する(限定の原因帰属)
- 「それだけに起因するものではない」=「それのみが原因だというわけではない」。否定文と組み合わせて原因の単一性を否定する。前段(「指す範囲が広い」「重視する側面で命名が変わる」)が異称多様性の原因の一部であることは認めつつ、それに尽きないと述べる論理転換の定型。
- 一つ取っても(譲歩・例示)
- 「古事記の文章一つ取っても」=「古事記の文章だけ取り上げてみても」。「一つ取る」は「一例として挙げる」の意味で、「他にも沢山あるが、たった一例でも〜」という強調・譲歩の言い方。
- ~を始めとする(包括列挙の連体修飾)
- 「『変体漢文』『和化漢文』を始めとする幾つもの呼称」=「『変体漢文』『和化漢文』など、それを筆頭にいくつもの呼称」。代表例を提示しつつ、それ以外も含意する。学術文の列挙で頻出。
- 言わば~と覚しき(評価的形容、文章語)
- 「言わばその場限り的と覚しき造語」=「いわば一回限りのものと思われる造語」。
- 言わば=「言ってみれば/いわゆる」、評価的な比喩・形容を導入
- 覚しき=「思しき」と同義、「〜と思われる/〜と見受けられる」の文章語形容詞「覚し」の連体形(古典文法・カリ活用)
- ~が、一方で…(対比接続)
- 「(…造語が少なくないことも一つの特徴である)が、一方で積極的提唱も少なくはない」=「〜であるが、他方では〜」。同じ対象の二面性を提示する。「変体漢文の異称」には ① 場限り的造語が多い、② 積極的提唱も多い、という二面があると整理する。
- ~も少なくはない(二重否定的な肯定)
- 「積極的提唱も少なくはない」=「積極的提唱もかなりある」。「少なくない」(多い)+係助詞「は」で軽く強調。「多い」と直接言うより慎重で学術的な響き。
中文翻譯
然而異稱之多並非僅源於此。例如僅取古事記之文章一例,便有以「變體漢文」「和化漢文」為首的多個稱呼並存的現狀。變體漢文的異稱中,可說一個特徵是不少看似一次性的造語(例如《廣辭苑》第五版(岩波書店,一九九八年)「庭訓往來」一項中將該資料說明為「擬漢文」,但此語在該辭典中並未立項(注4)),但另一方面也不乏積極提倡。例如以下諸例。
諸論者の提唱(1)—亀井孝p. 2
・亀井孝「(引用者注、古事記は)漢字をもって綴られてはいても、文章としては、いささかも純粋に漢文ではない。いまだ仮名の生まれぬ段階の日本語文として、以下、このような文は「漢字文」とよぶことにする。」(「日本語(歴史)」『言語学大辞典(二)世界言語篇(中)』、三省堂、一九八九年。一五九四頁右段)
文法・表現
- ~てはいても(譲歩、強調)
- 「漢字をもって綴られてはいても」=「漢字で書かれているとは言うものの/〜であってもなお」。「ては」(係助詞「は」を伴う逆接条件)+「いる」(状態)+「ても」(譲歩)の重層構造。「綴られている」を強く認めたうえで、それでもなお〜ないと続ける。学術文の譲歩構文として強い反転効果を持つ。
※「綴られていても」よりも、「は」が入ることで「綴られているという事実」を強調する。 - ~をもって(手段・方式の格助詞、文章語)
- 「漢字をもって綴る」=「漢字を用いて綴る/漢字で綴る」。「で」の格式高い言い換え。古典的・公文書的響き。論文での「手段の明示」に頻出。
- いささかも~ない(強い全否定)
- 「いささかも純粋に漢文ではない」=「全く/少しも純粋な漢文ではない」。「いささか」(少し)+「も」(全否定)。程度副詞による強い否定強調。「全然」「決して」より文章語的。
- いまだ~ぬ(古典文法、未然+打消「ぬ」)
- 「いまだ仮名の生まれぬ段階」=「まだ仮名が生まれていない段階」。
- いまだ=「まだ」の文章語
- 生まれぬ=「生まれない」の古典文法形(打消「ず」の連体形「ぬ」)
- ~ことにする(決定・宣言)
- 「『漢字文』とよぶことにする」=「『漢字文』と呼ぶ、と本論で取り決める」。
用語の宣言・定義導入の定型。論者が新しい術語を提案する際に使う。亀井はここで「漢字文」という新術語を打ち出している。
※類似:「〜と呼ぶこととする」(より硬い)。 - 引用者注(編者注の表記法)
- 「(引用者注、古事記は)」=引用文中で省略された主語などを、引用する側(田中)が補足する慣行。原文には「古事記は」がない/代名詞だが、読者の便宜のため明示する。学術文の標準表記。
中文翻譯
・龜井孝:「(引用者注:古事記是)儘管以漢字書寫,但作為文章,絲毫不純粹是漢文。作為仮名尚未產生階段的日本語文,以下將此類文章稱為『漢字文』。」(〈日本語(歷史)〉,《語言學大辭典(二)世界語言篇(中)》,三省堂,1989 年,1594 頁右段)
諸論者の提唱(2)—小松英雄p. 2
・小松英雄「この銘文(引用者注、法隆寺金堂薬師仏光背銘を指す)のような書記様式は、日本語的に変形された漢文(中国古典文)であるという認定のもとに〈変体漢文〉とよばれ、また、日本語化された漢文という意味で〈和化漢文〉などともよばれてきた。(略)くずれた漢文という把握に基づく変体漢文という名称は適切でない(略)使用される文字体系の相違が書記様式の目的の相違に対応しているところの、仮名文/片仮名文に合わせて、漢字文とよぶほうが簡単であり、わかりやすくもある。」(小松(一九九八)二二二〜二二五頁)
文法・表現
- 〈〉(山括弧)の使用
- 「〈変体漢文〉」「〈和化漢文〉」のように、術語の引用に山括弧〈〉を用いる。鍵括弧「」が「直接引用」を、二重鍵括弧『』が「書名・誌名」を担うのに対し、〈〉は「概念・術語の名指し」に多く使われる慣行。論者によっては全て「」で代用する。
- ~という認定のもとに(前提・条件の格式表現)
- 「日本語的に変形された漢文であるという認定のもとに」=「〜という判断・認定を前提として」。学術文で定義・分類の根拠を述べる際の格式高い言い方。「〜という認識のうえで」と類似。
- ~とよばれてきた(持続的現在の受身)
- 「〈変体漢文〉とよばれ、また…〈和化漢文、擬似漢文など〉とよばれてきた」=「〜と呼ばれ続けてきた/〜と慣用されてきた」。「〜てきた」で過去から現在に至る継続を表す。学術史的経緯を述べる定型。
- くずれた漢文という把握に基づく~
- 「くずれた漢文という把握に基づく変体漢文という名称」。文構造:
- 「くずれた漢文」=崩れた漢文(崩壊・劣化した漢文)
- 「〜という把握に基づく」=〜という理解に立脚した
- 「変体漢文という名称」=「変体漢文」という呼称
- ~しているところの(古典的連体修飾、漢文訓読体)
- 「目的の相違に対応しているところの、仮名文/片仮名文」=「目的の相違に対応している、仮名文/片仮名文」。「ところの」は古典文・漢文訓読体に特有の連体修飾節を作る形式。現代日本語では冗長で省略されることが多いが、関係詞節を明示するため学術文・法律文・古典訳で残存。 ※小松はあえて古風な書き方を選択している。
- ~のほうが簡単であり、…もある(比較・並列の判断)
- 「漢字文とよぶほうが簡単であり、わかりやすくもある」=「『漢字文』と呼ぶほうが簡単で、加えてわかりやすくもある」。比較で「ほうが」を使い、利点を「〜であり、…もある」で並列。亀井孝の「漢字文」術語提案を支持する小松の立場表明。
中文翻譯
・小松英雄:「此銘文(引用者注:指法隆寺金堂藥師佛光背銘)這類書記樣式,向來基於『被日本語化變形之漢文(中國古典文)』的認定而被稱為〈變體漢文〉;又取『被日本語化之漢文』之意而被稱為〈和化漢文〉等。(略)基於『崩潰之漢文』此一把握而來的『變體漢文』這一名稱並不適切(略)所使用之文字體系的相違對應於書記樣式目的之相違——配合仮名文/片仮名文一併考慮,將其稱為『漢字文』反而更簡明,也更易於理解。」(小松(1998)222–225 頁)
諸論者の提唱(3)—沖森卓也pp. 2–3
・沖森卓也「変体漢文とは、漢文法から逸脱し、日本語の要素が混じった「漢文」であるという捉え方に基づく名称であろう。しかし、逆にこれを和文体の側から見れば、原則として漢文法に従うため、字順が日本語の語順に合致しなかったり、本来の日本語にはあるべき表現を省略せざるを得なかったりした、普通の和文とは違う体裁の「和文」ということになる。そのような特徴において、この漢字文をしばらく「変格和文」(または「略体和文」)と呼ぶことにする。」(沖森(二〇〇〇)七十四〜七十五頁)
文法・表現
- ~から逸脱し(範囲からの離脱、文章語)
- 「漢文法から逸脱し」=「漢文の文法から外れて」。「逸脱する」は「規範・正道から外れる」の漢語動詞、客観的な記述に用いる。「外れる」「離れる」より硬い。
- ~という捉え方に基づく名称(認識依拠の連体修飾)
- 「〜であるという捉え方に基づく名称」=「〜という見方を根拠として付けられた名称」。
- 捉え方=「考え方・見方・把握の仕方」
- ~に基づく=「〜を根拠とする」
- 逆に~から見れば(視点転換)
- 「逆にこれを和文体の側から見れば」=「反対に和文体の観点から見ると」。学術文で視点を切り替える定型。沖森は「漢文目線」(→変体漢文)と「和文目線」(→変格和文)を対比する論法を取っている。
- ~せざるを得ない(やむを得ない、二重否定)
- 「省略せざるを得なかったり」=「省略しないわけにはいかなかったり」。「ざる」(打消「ず」連体)+「を得ない」=「〜しないでは済まない」の二重否定で、「やむを得ず〜する」の意。文章語。
※「〜たり…たりした」で並列:「合致しなかったり、省略せざるを得なかったり」。 - ~ということになる(論理的帰結の表現)
- 「普通の和文とは違う体裁の『和文』ということになる」=「結局〜ということだ/〜と結論される」。論理推論の到達点を述べる定型。「結果として〜という呼び方になる」のニュアンス。
- そのような特徴において(範囲指定)
- 「そのような特徴において、この漢字文をしばらく…と呼ぶことにする」=「そのような特徴の点から(鑑みて)、この文体を…と呼ぶ」。「において」は範囲・観点を限定する文章語。前文で述べた「普通の和文と違う体裁」という特徴を受けて、新術語の正当化を行う。
- 「変格和文」「略体和文」の提案(亀井・小松との対話)
- 沖森は亀井・小松の「漢字文」とは異なる新術語「変格和文」(または「略体和文」)を提案。両説の違い:
- 亀井・小松:仮名以前の「漢字を用いた日本語文」=「漢字文」
- 沖森:漢文法に従いつつも日本語要素が混じる文=「変格和文」
中文翻譯
・沖森卓也:「所謂變體漢文,可說是基於『脫離漢文法、混雜了日語要素之「漢文」』此一把握而來的名稱罷。然而反過來從和文體之側觀之,由於原則上仍遵從漢文法,故字序與日語語順不合,以及不得不省略本應於日語中存在之表現等,遂成為一種與普通和文體裁相異之『和文』。基於這樣的特徵,姑且將此漢字文稱為『變格和文』(或『略體和文』)。」(沖森(2000)74–75 頁)
諸論者の提唱(4)—山口佳紀p. 3
・山口佳紀「「変体漢文」あるいは「和化漢文」という従来の呼称は、どうしても「漢文」の崩れたものという印象を引き起こしやすく、適当な名称とは言えないようである(略)その本質は漢文式に表現された和文であるから、むしろ「漢式和文」とでも呼ぶのが適切であると思われる。」(山口(二〇〇五)四二三頁)
文法・表現
- ~あるいは~という(並列・選択の文章語)
- 「『変体漢文』あるいは『和化漢文』という従来の呼称」=「『変体漢文』もしくは『和化漢文』と呼ばれてきた呼称」。「あるいは」は文章語の選択接続。複数の従来呼称を一括して批判の対象とする。
- どうしても~しやすく(強い傾向、避けがたさ)
- 「どうしても『漢文』の崩れたものという印象を引き起こしやすく」=「どうやっても/必然的に〜という印象を生じやすく」。
- どうしても=「いかんとも避けがたく」(避けたくても避けられない)
- ~しやすく=「〜する傾向が強い」
- ~という印象を引き起こす(反応・受け取り方の喚起)
- 「『漢文』の崩れたものという印象を引き起こしやすく」=「『崩れた漢文』という受け取られ方を生じさせやすい」。「印象を引き起こす」は受け手の心理反応を表す慣用句。
- ~とは言えないようである(控えめな否定判断)
- 「適当な名称とは言えないようである」=「適切な呼称とは言えないように思われる」。
- ~とは言えない=直接否定
- ~ようである=伝聞・推量を含む控えめな断定
- その本質は~であるから(本質の規定+因果)
- 「その本質は漢文式に表現された和文であるから」=「実態は和文を漢文式で表現したものなのだから」。前段の批判を踏まえ、本質規定から新呼称提唱への因果を述べる論法。
- むしろ~と思われる(提案・控えめな主張)
- 「むしろ『漢式和文』とでも呼ぶのが適切であると思われる」=「むしろ『漢式和文』と呼ぶほうが適切ではないかと考える」。
- むしろ=「かえって・〜のほうが適切」
- とでも=「〜などと(適当な例として)」
- と思われる=控えめな提案
中文翻譯
・山口佳紀:「『變體漢文』或『和化漢文』此種傳統呼稱,無論如何都容易令人產生『漢文』之崩潰物的印象,似乎難稱為合適之名稱(略)其本質乃以漢文式表現之和文,故毋寧稱之為『漢式和文』方為適切。」(山口(2005)423 頁)
諸論者の提唱(5)—神野志隆光p. 3
・神野志隆光「それ(引用者注、漢字を指す)を通じて読み書きするということは、当たり前のことですが、外国語(漢文)として読み書きするほかないのです。」「訓読が定着することによって、漢文でなく書くことがなされていったと認められます。漢文でなく書く、と言いましたが、これをどう呼べばよいかが問題です。従来、変体漢文・和文といった用語もおこなわれてきましたが、わたしは非漢文と呼びたいと思います。漢文でないということが本質的な問題だからです。」(神野志(二〇〇七)三十四頁・三十八頁)
文法・表現
- 「ます体」の使用(敬体・講演体)
- 神野志の引用文はすべて「です・ます体」で書かれている。これは元の文章が講演・口述・対話形式のものに由来することを示唆。学術論文の本文(常体・である体)とは異なる。 引用された文体を改変せずに保持するのが学術引用の原則。
- ~を通じて(媒介・経由の格助詞句)
- 「それ(漢字)を通じて読み書きする」=「漢字という媒体を介して読み書きする」。媒介・手段を示す。古代日本人にとって漢字は外国語(中国語)の媒体に他ならなかった、という認識を表す。
- ~は当たり前のことですが、…ほかないのです(譲歩+強調)
- 「読み書きするということは、当たり前のことですが、外国語として読み書きするほかないのです」。
- 当たり前のことですが=「自明のことですが」(譲歩)
- ~ほかない=「〜以外にない/〜するしかない」(必然・限定)
- ~と認められます(受身による事実認定)
- 「〜がなされていったと認められます」=「〜が行われていったと認定できます」。「認める」の受身+丁寧で、客観的事実認定の口調。学術発言で「私はこう判断する」を婉曲に述べる定型。
- ~と言いましたが(自己引用・話法転換)
- 「漢文でなく書く、と言いましたが、これをどう呼べばよいかが問題です」=「(先ほど)漢文でなく書くと言いましたが、その文体をどう呼ぶかが問題です」。講演・対話で前述に立ち返る定型。「と言いました」「と申しました」など。
- 非漢文(ひかんぶん)— 神野志の提案語
- 「わたしは非漢文と呼びたいと思います」。「非〜」は否定接頭辞で「〜でないもの」。神野志は「漢文ではない」という否定属性こそが本質だと考え、術語自体に否定を含める命名を提唱。これは「変体漢文」「和化漢文」(漢文の一種扱い)と全く異なる立場。
- ~だからです(理由提示の定型)
- 「漢文でないということが本質的な問題だからです」=「漢文でないことこそ本質的な問題だから」。文末の「〜だからです」「〜のです」は、ます体での理由・断定の強調。前文(私は非漢文と呼びたい)の根拠を示す。
中文翻譯
・神野志隆光:「透過它(引用者注:指漢字)進行讀寫一事,雖屬理所當然,但只能作為外國語(漢文)來讀寫。」「藉由訓讀的固定,可以認定『非以漢文書寫』之事業已逐漸進行。我方才說『非以漢文書寫』,那麼此種文體該如何稱呼,便成為問題。從來雖有變體漢文、和文等用語,但我願稱之為『非漢文』。因為『非漢文』正是本質性的問題所在。」(神野志(2007)34 頁・38 頁)
諸論者の提唱(6)—毛利正守p. 3
・毛利正守「変体漢文とは橋本進吉によって命名されたものであるが、一体どういう経緯のもとに名付けられたものであったかを想うとき、それは、漢文に属するものであるが正格の漢文を書くのが容易でなく誤ったもの、即ち漢文の変則的な書き方、変体としての書き方であるものが「変体漢文」であるということであった」「書記が漢字ばかりの上代にあって、日本語文を目指して記された文章を筆者は変体漢文ではなく、また、和文体とも距離をおいて、「倭文体」として把握するのである。」(毛利(二〇一四)五頁・十三頁)
文法・表現
- ~によって命名された(受身、行為主体の明示)
- 「橋本進吉によって命名されたもの」=「橋本進吉が命名したもの」。受身+「によって」で行為主体を明示する。学術文で先行研究の業績を述べるのに頻出。「が命名した」より客観的・敬意あり。
- 一体どういう経緯のもとに~か(探究的問い)
- 「一体どういう経緯のもとに名付けられたものであったかを想うとき」=「いったいどういういきさつで命名されたものであったかと考えるとき」。
- 一体=「そもそも・はたして」(疑問の強調)
- 経緯のもとに=「いきさつ・由来に基づいて」
- ~を想うとき=「〜と思いを巡らすとき」(学術文の論述開始定型)
- 即ち~である(言い換え・定義)
- 「漢文に属するもの…誤ったもの、即ち漢文の変則的な書き方、変体としての書き方であるもの」=前段の説明を「すなわち」で言い換え・要約する漢文訓読体。「つまり」より格式高い文章語。
- ~であるということであった(複合述語、定義の伝達)
- 「『変体漢文』であるということであった」=「〜だ、ということであった」。
- 「であった」=過去形(橋本の命名当初の意図を回顧)
- 「ということ」=命題の体言化
- ~にあって(場面・条件の限定、文章語)
- 「書記が漢字ばかりの上代にあって」=「書記がもっぱら漢字であった上代において」。文章語の「において」より、場面・条件の限定的記述を強調する。
- ~を目指して記された(目的・志向の連体修飾)
- 「日本語文を目指して記された文章」=「日本語文を表すことを意図して書かれた文章」。「志向する言語」を述べるための定型。毛利は「日本語文を目指したか、漢文を目指したか」を区分基準とする。
- ~とも距離をおいて(並列+距離化)
- 「変体漢文ではなく、また、和文体とも距離をおいて」=「変体漢文でもなく、和文体からも一線を画して」。従来用語の両方を退ける論法。「とも」(並列)+「距離をおく」(離れる)で、新術語提唱の独自性を強調する。
- 倭(やまと)文体—毛利の提案語
- 「『倭(やまと)文体』として把握する」。倭を「やまと」と訓読み(ルビは原著者付)。「上代日本語文を表すための文体」を、漢文・和文体のどちらでもない第三の独立カテゴリーとして位置付ける提唱。「倭」は古代日本の自称で、独自性・古拙性を含意。
中文翻譯
・毛利正守:「『變體漢文』乃由橋本進吉所命名,然思及究竟基於何種經緯而被命名時,可知其義為:屬於漢文,但因正格漢文之書寫不易而生誤寫,亦即漢文的變則性書寫方式、作為變體之書寫方式者,方為『變體漢文』。」「在書記僅有漢字之上代,以日本語文為目標所書寫之文章,筆者不視之為變體漢文,亦與和文體保持距離,而將其把握為『倭(yamato)文體』。」(毛利(2014)5 頁・13 頁)
1.5 諸論まとめ・本稿の立場pp. 3–4
右には、「漢文」という語句を含まない(または「漢文」であることを積極的に打ち消す)術語を提唱する論考を挙げた。一つ目の亀井孝の論以外は皆「変体漢文」という最も普及した術語が不適と考えられる旨、明言している(最後の毛利正守の論では、「変体漢文」という術語自体は認めつつも、それを「漢文式に日本語を表記した」文体を表すのに用いることを否定している)。右の諸論からは、所謂変体漢文は日本語文であって「漢文」ではない、よって術語に「漢文」を含むことは適切でないという主張が見て取れる。
本稿では指摘したいのは、こうした主張の前提にあるのは「漢文」=「(古典)中国語文」という認識である、ということである。これは至極当然のことと思われるが、実は「漢文」をそのような意味で捉えない立場もある。しかも他ならぬ「変体漢文」という術語の創唱者である橋本進吉がこの立場であるので、この点に注意すべきと考えられるのである。
文法・表現
- 右には~論考を挙げた(学術文の自己参照)
- 「右には、〜術語を提唱する論考を挙げた」=「上に挙げた/前述したように、〜論考を挙げた」。「右」は縦書きでの「上・前」の意(横書きでは「上」に変えるべきだが、田中はあえて縦書き慣習を保つ)。学術論文の節内・節間で前述箇所への参照に用いる定型。
- ~以外は皆~(限定的全称、強い一般化)
- 「亀井孝の論以外は皆〜不適と考えられる旨、明言している」=「亀井以外の論は全て〜と明言している」。「以外」+「皆」で例外を一つだけ認めた全称命題を作る。学術文での厳密な範囲指定。
- ~旨、明言している(公式宣言の伝達)
- 「不適と考えられる旨、明言している」=「不適と考えられるという内容を、明言している」。
- 旨(むね)=「内容・趣旨」
- 明言する=「はっきりと述べる」
- ~自体は認めつつも、…を否定している(譲歩+否定の組み合わせ)
- 「『変体漢文』という術語自体は認めつつも、それを…用いることを否定している」=「『変体漢文』という呼び名そのものは認めるが、その用法を否定する」。
- 自体は~つつも=「〜そのものは認めるが」(譲歩)
- ~を否定する=対立物を退ける
- ~という主張が見て取れる(観察的読解の文章語)
- 「〜という主張が見て取れる」=「〜という主張が読み取れる/観察される」。 「見て取れる」は「見る」の可能形+「取れる」の複合動詞で、「対象に表れている内容を観察によって把握する」の意。直接断定ではなく「読者の解釈として導かれる」という婉曲的な書き方。学術文の論述まとめに頻出。
- 本稿では指摘したいのは~ということである(論文的自己言及・テーゼ宣言)
- 「本稿では指摘したいのは、〜という認識である、ということである」=「本稿で指摘したいのは、〜という認識である、ということだ」。
- 本稿では~たいのは=論文の主題提示
- ~ということである=命題の定義的提示
- しかも他ならぬ~がこの立場である(強い同定+驚きの強調)
- 「しかも他ならぬ『変体漢文』という術語の創唱者である橋本進吉がこの立場である」=「しかも、ほかでもない橋本進吉本人が、この(漢文≠中国語文の)立場をとっている」。
- しかも=「そのうえ・加えて」
- 他ならぬ=「ほかでもない、まさにその当人」
中文翻譯
以上所舉,乃是提倡不含「漢文」一語(或積極否認其為「漢文」)之術語的諸論考。除第一例龜井孝之論外,其餘諸家皆明言「變體漢文」此一最為通行之術語並不適切(最後毛利正守之論雖承認「變體漢文」此術語本身,但否認以之指稱「以漢文式表記日語」之文體)。從以上諸論可見一個共同主張:所謂變體漢文乃日本語文,並非「漢文」,故術語中含「漢文」一字並不適切。
本稿欲指出的是:上述主張之前提,乃是「漢文」=「(古典)中國語文」此一認識。此認識看似至為當然,然實際上亦有不以此意捉「漢文」之立場。而且不是別人,正是「變體漢文」此術語之創唱者橋本進吉本身採此立場,故此點不可不注意。
1.6 橋本の「漢文」観p. 4
それでは、橋本は「漢文」をどのように捉えていたのであろうか。「変体(の)漢文」の初出である橋本の『国語学概論』を見ると、橋本は「漢文」を「日本語」の表記法の一つとして捉えていることが判る。現代の文語について述べた箇所で、橋本は次のように主張している。
…「学而時習之不亦説乎」の文は、誰でも大抵「マナンデトキニコレヲナラフ、マタヨロコバシカラズヤ」と読む。この読み方は、「学んで時に之を習ふ、亦説しからずや」と書いた文の読み方と同じことである。さすれば、右の漢文は「マナンデトキニ…」の日本語を文字に書きあらはす方法の一つであるとも見られる。右のやうな次第であるから、我々は漢文を支那の文、即ち外国語の文とは見ずして、日本の文語の一種として取扱ふのが至当であると考へる。(一四八頁)
つまり、橋本はこの『国語学概論』において「中国語としての漢文」は念頭に置いていないということになろう。このことを前提にすると、橋本の「変体漢文」の定義も自ずと見えてくる。確かに橋本は「正しい漢文を書くのは容易でなく、学殖の無いものは(略)変則な書き方をした」ものが「変体漢文」であると述べている。しかし、ここで言う「正しい漢文」とは「中国語文」ではなく「漢文の方式に正しく則って書かれた日本語文」なのであるから、これを踏まえれば橋本の言う「変体漢文」とは則ち、「漢文の方式に正しく則らずに書かれた日本語文」であるということに自ずとなろう。また、このように捉えて初めて、橋本が変体漢文には「時には仮名を交へたものもある」とまで指摘し、吾妻鏡や明衡往来のような(中国語文を目指して書かれたとは到底考えられない)資料を代表例として挙げている理由も理解できるのである。
文法・表現
- それでは、~のであろうか(問題提起)
- 「それでは、橋本は『漢文』をどのように捉えていたのであろうか」=「では、橋本は『漢文』をどう理解していたのか」。「それでは」で前段の論理を承けて新たな問いに移る。「のであろうか」は論文の地の文での疑問提起。直接「?」を使わず、論述の流れの中で次の検討課題を出す学術文の定型。
- 「学而時習之不亦説乎」と訓読
- 《論語・学而》の冒頭句「学而時習之、不亦説乎(学んで時にこれを習ふ、亦説ばしからずや)」。橋本はこの古典中国語文を例に、漢文と日本語の関係を論じる。
- 原文:学而時習之不亦説乎(古典中国語)
- 訓読:マナンデトキニコレヲナラフ、マタヨロコバシカラズヤ(カタカナ表記)
- 書き下し:学んで時に之を習ふ、亦説しからずや(仮名混じり表記)
- ~と見ずして、…として取扱ふのが至当である(古典文体の対比)
- 「漢文を支那の文、即ち外国語の文とは見ずして、日本の文語の一種として取扱ふのが至当である」=「漢文を中国の文・外国語の文とは見なさず、日本の文語の一種として扱うのが妥当である」。
- ~と見ずして=「〜と見なさずに」(古典文「ず」の連用+「して」)
- 取扱ふのが至当である=「扱うのが最も適当である」
- つまり、~ということになろう(論理的帰結の文章語)
- 「つまり、橋本はこの『国語学概論』において『中国語としての漢文』は念頭に置いていないということになろう」=「要するに、〜ということになるであろう」。
- つまり=「要するに・換言すれば」
- ~ということになろう=「〜という結論になるだろう」(推量・婉曲)
- 確かに~。しかし、…(譲歩+反転論法)
- 「確かに橋本は『〜変則な書き方をした』ものが『変体漢文』であると述べている。しかし、ここで言う『正しい漢文』とは『中国語文』ではなく…」。 学術文の「相手の解釈を一旦認め、しかし自分の解釈で読み替える」典型的な反論パターン。「確かに」は譲歩、「しかし」は反転、その後で従来理解との差を打ち出す。
- ~を踏まえれば、…ということに自ずとなろう(推論連鎖)
- 「これを踏まえれば橋本の言う『変体漢文』とは則ち、〜であるということに自ずとなろう」=「これを踏まえれば〜という結論に自然と到達するだろう」。
- ~を踏まえれば=「〜を前提とすれば」
- 自ずと~なろう=「自然と〜となるだろう」
- このように捉えて初めて、~も理解できるのである(条件+帰結)
- 「このように捉えて初めて、〜も理解できるのである」=「このように理解して、はじめて〜も理解できる」。 「Xて初めてYできる」は「Xという条件があってこそYが成り立つ」の論理関係。橋本の「変体漢文」観に従えば、なぜ橋本が「仮名混じり」の文や吾妻鏡を変体漢文に含めたかが説明できる、と論証する。
中文翻譯
那麼,橋本是如何理解「漢文」的呢?查看「變體(之)漢文」之初出處——橋本的《國語學概論》——可知橋本將「漢文」視為「日本語」的一種表記法。在論述現代文語的段落中,橋本作如下主張:
…「學而時習之不亦說乎」之文,無論誰人大抵都讀為「マナンデトキニコレヲナラフ、マタヨロコバシカラズヤ」(學而時習之,不亦說乎)。此種讀法,與將之寫作「学んで時に之を習ふ、亦説しからずや」之文的讀法相同。據此,則上述漢文亦可被視為將「マナンデトキニ…」之日本語以文字書寫出來的方法之一。鑑於上述情況,我們不應將漢文視為支那(中國)之文、即外國語之文,而當以日本文語之一種視之,方為至當之考量。(148 頁)
亦即,橋本在此《國語學概論》中並未將「中國語意義之漢文」納入考慮。以此為前提,橋本對「變體漢文」的定義亦自然而然地浮現。橋本確實述及:「正格漢文難以書寫,學識淺者(略)作出變則性書寫」者即為「變體漢文」。然而,此處所謂「正格漢文」非指「中國語文」,而是「依漢文格式正確書寫之日本語文」。據此推理,橋本所謂「變體漢文」即「未依漢文格式正確書寫之日本語文」——此結論自然而生。如此理解之後,亦能解釋為何橋本指出變體漢文中「有時也夾雜假名」,並將吾妻鏡、明衡往來這類(決不可能是以中國語文為目標所書寫的)資料舉作代表例的理由。
二 橋本の「変体漢文」と古事記pp. 4–5
前節において、「変体漢文」も橋本にとっては「日本語(の文語)」の下位分類であったと述べた。ところで、橋本は前述の『国語学概論』の中で、現在では変体漢文の一典型と見做されている古事記や金石文について、これを「変体漢文」ではなく「和文」に所属させている。橋本が一方で奈良時代の文書や平安古記録、吾妻鏡などを「変体漢文」に属せしめ、他方で古事記や金石文を「和文」に属せしめた、その区別は何に基づくのであろうか。
文法・表現
- 前節において~と述べた(章節間参照)
- 「前節において、〜と述べた」=「前の節で〜と述べた」。論文の各節の論理的接続を示す定型。学術文では「前章」「前節」「上述」「既述」など使い分け、議論の流れを明示する。
- ~にとっては(観点・立場の限定)
- 「橋本にとっては『日本語(の文語)』の下位分類であった」=「橋本の観点では、〜下位分類だった」。誰の見方かを限定する。学術文で「論者の認識」と「現代の認識」を区別する際に必須。
- ところで(話題転換の接続)
- 「ところで、橋本は前述の…」=「さて、橋本は〜」。 前段(前節のまとめ)を承けつつ新しい論点に移る標識。論文の論述の流れを制御する重要な接続詞。
- ~と見做されている~について(受身による連体修飾+話題提示)
- 「現在では変体漢文の一典型と見做されている古事記や金石文について」。
- ~と見做されている=現在の通念を示す受身
- ~について=話題の限定
- これを「変体漢文」ではなく「和文」に所属させている(明確な対比)
- 「これを『変体漢文』ではなく『和文』に所属させている」=「これを『変体漢文』にではなく『和文』に分類している」。 「Aではなく B」の構造で、分類の意外性を強調。これが本節の論題(なぜ橋本は古事記を変体漢文に入れなかったか)を明示する核心句。
- 一方で~、他方で…(並列対比の論述)
- 「一方で奈良時代の文書や平安古記録、吾妻鏡などを『変体漢文』に属せしめ、他方で古事記や金石文を『和文』に属せしめた」。 同じ論者の「二重の判断」を対比的に提示する典型構文。両者の差を浮き彫りにする論理装置。
- 属せしめ(古典的使役、文章語)
- 「『変体漢文』に属せしめ」=「『変体漢文』に属させ」。
- 属せしめる=「属させる」の文章語形(「させる」の古典的形「しめる」)
- ~は何に基づくのであろうか(推論的問題提起)
- 「その区別は何に基づくのであろうか」=「その区別の根拠は何だろうか」。 論文の地の文での問題提起・課題設定。直接の疑問符を使わず、「〜のであろうか」で論理的な問いかけとして示す学術文の標準形。次節以降の検討課題を明示する。
中文翻譯
前節已述:「變體漢文」對橋本而言亦屬於「日本語(之文語)」的下位分類。然而,橋本在前述《國語學概論》中,將今日被視為變體漢文典型代表的古事記與金石文,並未歸入「變體漢文」,而是歸於「和文」。橋本一方面將奈良時代的文書、平安古記錄、吾妻鏡等歸於「變體漢文」,另一方面將古事記與金石文歸於「和文」——此一區分究竟基於何者?
2.1 文語の分類体系p. 5
橋本は『概論』において、文語の種類を「漢文の系統を承けたもの」と「純粋の日本語の系統を承けたもの」との二類に分けている。
…漢文の系統を承けたものは、漢文、変体漢文、男子書簡文、仮名交り文及び和漢混淆文
…純粋の日本語の系統を承けたものは、祝詞宣命の文、和歌及び和文、並に女子書簡文(一六三頁)
「変体漢文」を前者(漢文の系統を承けたもの)に、「和文」を後者(純粋の日本語の系統を承けたもの)に含めている。そして前者の他例としては、漢文、男子書簡文(候文)、仮名交り文(今昔物語集等)、和漢混淆文(平家物語等)を挙げている。
文法・表現
- ~の系統を承けたもの(系譜・継承の文章語)
- 「漢文の系統を承けたもの」=「漢文の系譜を継承したもの」。
- 系統=「血統・系譜・系列」
- 承(う)ける=「受け継ぐ」(古典的表記、現代の「受ける」と同源)
- 純粋の日本語の系統(強調的修飾)
- 「純粋の日本語の系統」=「純粋な日本語の系統/純然たる日本語の系統」。「純粋な」より「純粋の」のほうが古典的・強調的。「漢文要素を一切混じえない」という意味を強める。
- ~と~との二類に分けている(並列+数量限定の分類)
- 「『漢文の系統を承けたもの』と『純粋の日本語の系統を承けたもの』との二類に分けている」=「〜と〜の二種類に分類している」。 「との二類」の「と」は並列の格助詞。「との」は古典的併合形で、二項を「ひとつの集合」として括る効果。学術文の分類記述に頻出。
- 及び/並(並びに)の使い分け(公文書・条文の慣行)
- 引用文中:
- 「漢文、変体漢文、男子書簡文、仮名交り文及び和漢混淆文」
- 「祝詞宣命の文、和歌及び和文、並に女子書簡文」
- 「変体漢文」を前者(…)に、「和文」を後者(…)に含めている(精密な分類記述)
- 「『変体漢文』を前者に、『和文』を後者に含めている」=「『変体漢文』は前者に、『和文』は後者に分類している」。「前者・後者」で先行する二項を簡潔に参照する文章語の典型。「(…)」の挿入で正確な定義の再確認を行う精密な書き方。
- ~等(れっきょの省略マーカー)
- 「仮名交り文(今昔物語集等)、和漢混淆文(平家物語等)」=「『今昔物語集』など」「『平家物語』など」。「等」は文章語、「など」より硬い。代表例の提示に使う。
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橋本在《概論》中,將文語的種類分為「承襲漢文系統者」與「承襲純粹日本語系統者」二類:
…承襲漢文系統者,為漢文、變體漢文、男子書簡文、假名混雜文以及和漢混淆文
…承襲純粹日本語系統者,為祝詞宣命之文、和歌與和文,以及女子書簡文(163 頁)
橋本將「變體漢文」歸於前者(承襲漢文系統者),將「和文」歸於後者(承襲純粹日本語系統者)。並舉出前者之其他例子為:漢文、男子書簡文(候文)、假名混雜文(《今昔物語集》等)、和漢混淆文(《平家物語》等)。
2.2 古事記が「和文」である理由p. 5
「変体漢文」を含む右の如き資料群に見られる文章と、古事記・金石文の文章とを隔てる(と橋本が考えた)要因は何であろうか。それは決して書記方法ではあるまい。何故ならば「和文」の書記方法の一として「漢文式」を交えた在り方というものを認めているからである(『概論』一五八頁)。またここで扱われているのは文語であるから、音声的な観点で隔てられているとも考えられない。そして既述の通り、「志向する言語」の違いでもない。してみると、どうしても語彙・語法の線で見るのが自然であろう。
橋本は特に説明していないが、「変体漢文」の例として挙げている平安古記録や吾妻鏡などは、日本語文であることは明らかながら、一方で漢語の多用も大きな特徴である。それに対して金石文や古事記の文章というのは、本居宣長が古事記伝において徹底した訓読みを試みたが如く、読み下すに際しては和語を旨とする説が現在も有力である。
右のことを念頭に置いて、橋本の考えは次のようであったと見るのが自然であると稿者は考える。則ち、「変体漢文」を含む「漢文の系統を承けたもの」とは、「漢文の語彙や語法を比較的積極的に採り入れた」一類とでも言うことができる。そして、古事記や金石文というのは、「漢文式」に書いてはいるが、和語を文体的基調として、漢語や漢文的語法はなるべく用いざる文章であるという点で、それらとは趣の異なるものと見做され、「和文」に所属させた。橋本が「漢文の系統」と並べて「純粋の日本語の系統」なる言葉を用いたのは、このような文章分類の意識の反映と見るべきであろう。
文法・表現
- 右の如き(古典的指示連体)
- 「右の如き資料群」=「上述のような資料群/前述のごとき資料群」。
- 右の=「上の/前述の」(縦書きの慣行)
- 如き=「ような」の文章語(古典の比況「如し」連体形)
- ~を隔てる要因(区別の根拠)
- 「文章 A と文章 Bとを隔てる要因」=「両者を区別する要因」。 「隔てる」は「分け隔てる・差をつける」の意で、分類の境界線を示す表現。「区別する」より文学的・抽象的。
- 決して~ではあるまい(強い否定推量)
- 「それは決して書記方法ではあるまい」=「それは絶対に書記方法ではないだろう」。
- 決して=「絶対に・全く」(強い否定強調)
- ~ではあるまい=「〜ではないだろう」(推量否定の文章語)
- 何故ならば~からである(理由提示の文章語)
- 「何故ならば〜認めているからである」=「なぜならば〜を認めているからだ」。 「何故ならば」は格式高い理由提示。「だから」「なぜなら」より硬い。前文の主張(書記方法ではない)の根拠を示す論証手順。
- ~とも考えられない(複数の可能性の否定)
- 「音声的な観点で隔てられているとも考えられない」=「音声面の差で区別されているとも考えられない」。 「とも考えられない」の「とも」は「〜とも〜とも」の並列で、複数の解釈可能性を網羅的に検討して否定する論法。
- してみると、どうしても~が自然であろう(消去法的推論)
- 「してみると、どうしても語彙・語法の線で見るのが自然であろう」=「そうすると、結局のところ、語彙・語法の観点で考えるのが自然だろう」。
- してみると=「そう考えてみると/そうしてみると」(推論的接続)
- どうしても=「どうやっても/結局のところ」(必然的)
- ~は明らかながら、一方で~(譲歩+並列)
- 「日本語文であることは明らかながら、一方で漢語の多用も大きな特徴である」=「日本語文であることは明らかだが、一方で漢語が多用されることも特徴である」。 「明らかながら」は「明らかだが」の古典的譲歩。「一方で」と組み合わせて同一対象の二側面を提示する。
- ~が如く(古典の比況、漢文訓読体)
- 「本居宣長が古事記伝において徹底した訓読みを試みたが如く」=「本居宣長が古事記伝で徹底的に訓読を試みたように」。 「~が如く」は古典の比況「ごとし」の連用形。漢文訓読体に特有。「ように」より文学的・古典的。
- ~を旨とする(中心的方針として)
- 「読み下すに際しては和語を旨とする説」=「訓読においては和語を主旨とする説/和語を中心方針とする説」。 「旨とする」=「主旨・中心的方針として採る」。学術文・公文書で「方針・主義の宣言」に用いる定型。
- ~は次のようであったと見るのが自然である(仮説的解釈)
- 「橋本の考えは次のようであったと見るのが自然であると稿者は考える」=「橋本の考えは次のようなものだったと考えるのが自然だと、筆者は思う」。 「と見るのが自然である」は論者の解釈の妥当性を示す婉曲的な書き方。直接「私はこう思う」と言うより、「こう見るのが自然だ」と客観装って提示。
- 則ち(すなわち、漢文訓読体の言い換え)
- 「則ち」=「すなわち(即ち)」。 「則」は漢字「すなわち」の異表記(「即」「則」「乃」「便」など)。漢文訓読体の慣行。「即ち」より古典的。前段の論理を承けて、結論を簡潔に述べる定型。
- なるべく~ざる(控制的な否定意志)
- 「漢語や漢文的語法はなるべく用いざる文章」=「漢語や漢文的語法をなるべく用いない文章」。
- なるべく=「できる限り」
- ~ざる=「〜ない」(古典の打消「ず」の連体形)
- ~と並べて、…なる言葉を用いた(古典的並置)
- 「『漢文の系統』と並べて『純粋の日本語の系統』なる言葉を用いた」=「『漢文の系統』と並んで『純粋の日本語の系統』という言葉を用いた」。
- ~と並べて=「〜と並列して」
- なる=「という」の古典的形(「成る」と同源、ここでは比況の「なる」)
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包含「變體漢文」之上述資料群所見之文章,與古事記、金石文之文章,將兩者區隔開來(橋本所認為的)的要因為何?此絕非書記方法所致。因為(橋本)認可「和文」的書記方法之一即包含夾雜「漢文式」的形式(《概論》158 頁)。又因此處所討論者為文語,故亦不可能以語音層面隔開。且如前所述,亦非「志向之語言」之差異。如此一來,唯有從語彙・語法之線索觀察方為自然之解釋。
橋本雖未特別說明,但作為「變體漢文」例證所舉之平安古記錄、吾妻鏡等,雖顯然為日本語文,然另一方面大量使用漢語亦為其重要特徵。相對於此,金石文與古事記之文章,誠如本居宣長於《古事記傳》中試圖徹底訓讀那樣,至今仍以「讀解時應以和語為主」之說為主流。
以上述為念,認為橋本之考量大致如下,乃稿者所視為自然的解讀。亦即,包含「變體漢文」之「承襲漢文系統者」,可說是「相對積極地採用漢文之語彙與語法」的一類。而古事記、金石文,雖以「漢文式」書寫,但以和語為文體基調,盡量不使用漢語與漢文式語法之文章——基於此點,被視為與前者趣旨相異,遂歸入「和文」。橋本之所以在「漢文之系統」之外並置「純粹之日本語的系統」這樣的詞語,當視為這種文章分類意識之反映。
三 まとめpp. 5–6
「変体漢文」という術語は、広く流布している一方でそれを不適切とする主張も少なくない。そうした主張は、「変体漢文」は「くずれた中国語文」を意味するもので、実際には日本語文であるものをそのように呼ぶのは適当でない、と述べているように見える。しかし橋本の意図としては「漢文」とは中国語文ではなく「漢文の方式に正しく則って書かれた日本語文」であり、「変体漢文」とは「漢文の方式に正しく則らずに書かれた日本語文」であった。言わば「漢文」に対する認識が両者で全く相違していたのである。
但し、橋本の変体漢文を「漢文の方式に正しく則らずに書かれた日本語文」と定義するだけでは、橋本が古事記を「変体漢文」でなく「和文」に所属させた意図が充分に反映させられていない。古事記はその内実としての日本語文が「純粋の日本語の系統を承けたもの」であるために、換言すれば和語を中心とする文章であるために、漢文式に書かれてはいるが「変体漢文」には所属させられなかった。このことを逆に考えると、「変体漢文」とは、「漢文の方式に正しく則らずに書かれた日本語文」であり且つ「語彙・語法の上で漢文の影響を受けたもの」である、とまとめられよう。
橋本が、どちらも日本語文ではありながら、吾妻鏡等を「変体漢文」とし、古事記等を「和文」としたことは、橋本の文体観を窺う上で非常に重要であると考えられる。橋本は「漢文」を日本語表記法の一と認め、且つ文体の分類に際して表記体よりも語彙・語法の在り方を優先したのである。
文法・表現
- ~は広く流布している一方で~も少なくない(譲歩+並列)
- 「『変体漢文』という術語は、広く流布している一方でそれを不適切とする主張も少なくない」=「広く普及してはいるが、不適切とする声も多い」。 論文末尾の総括で、対象の現状を二側面から提示する典型構文。「広く流布している」と「不適切と批判される」を並列して、対立構造を明らかにする。
- ~と述べているように見える(解釈の婉曲提示)
- 「と述べているように見える」=「と述べているように受け取れる/と読める」。 論者の主張を直接断定せず、「自分の解釈ではこう読める」と一段距離を置く言い方。批判の前置きで使うと、自分の批判が押し付けではなく分析的解釈であることを示せる。
- 言わば~であった/言わば~していたのである(要約・命題化)
- 「言わば『漢文』に対する認識が両者で全く相違していたのである」=「いわば、『漢文』に対する認識が両者で全く異なっていたわけだ」。
- 言わば=「いってみれば/要するに」(要約・比喩的言い換え)
- ~のである=説明・断定的提示
- 但し、~と定義するだけでは~が充分に反映させられていない(限定的留保)
- 「但し、〜と定義するだけでは、〜が充分に反映させられていない」=「ただし、〜と定義するだけでは〜が十分に反映されない」。
- 但し=「ただし」(前段の主張に留保を加える接続)
- ~させられていない=使役受身の打消(〜が〜される、にはなっていない)
- 換言すれば(言い換え・パラフレーズ)
- 「『純粋の日本語の系統を承けたもの』であるために、換言すれば和語を中心とする文章であるために」=「〜であるために、言い換えれば〜であるために」。 「換言すれば」は文章語、「言い換えれば」より硬い。同一概念を異なる角度から再記述するのに用いる。学術文での精密な議論展開に有効。
- ~とまとめられよう(婉曲な総括の提示)
- 「『変体漢文』とは…『〜日本語文』であり且つ『〜漢文の影響を受けたもの』である、とまとめられよう」=「と総括できるであろう」。
- ~とまとめる=「総括する」
- ~られよう=可能形+意志形(「できるだろう」の文章語)
- どちらも~ではありながら(譲歩+共通性確認)
- 「橋本が、どちらも日本語文ではありながら、吾妻鏡等を『変体漢文』とし、古事記等を『和文』とした」=「両者ともに日本語文であるにもかかわらず、橋本は前者を変体漢文、後者を和文に分類した」。
- どちらも~ではありながら=両者の共通性を認めた譲歩
- ~を窺う上で非常に重要である(学術的評価の定型)
- 「橋本の文体観を窺う上で非常に重要であると考えられる」=「橋本の文体観を読み取るうえで非常に重要だと思われる」。 「~を窺う上で」は学術文の評価定型。「重要である」と単に言うより、「論者の意図を読み解く手がかりとして重要」という解釈論的価値を強調する。
- 且つ(並列の格式表現)
- 「漢文を日本語表記法の一と認め、且つ文体の分類に際して〜優先したのである」=「漢文を日本語表記法の一と認め、かつ文体分類において〜優先した」。 「且つ」は並列の文章語。「そして」「また」より格式高い。論文末尾で複数の重要点を並列するのに用いる。橋本の文体観の二つの核心点を並列。
- ~よりも~を優先した(明確な優先順位)
- 「文体の分類に際して表記体よりも語彙・語法の在り方を優先した」=「文体分類においては、表記体よりも語彙・語法のありようを優先した」。 「Y よりも X を優先した」で、橋本の判断基準の優先順位を明確化。論文の最終的な結論:橋本は「どんな文字で書くか(表記体)」より「どんな言葉で書くか(語彙・語法)」を重視した、という発見が学術的価値の核心。
中文翻譯
「變體漢文」此一術語雖廣為流通,然主張其不適切之意見亦不在少數。此類主張看似在述:「變體漢文」意謂「崩潰之中國語文」,將實為日本語文者如此稱呼並不適切。然就橋本之意圖言之,「漢文」並非中國語文,而是「依漢文格式正確書寫之日本語文」;「變體漢文」即「未依漢文格式正確書寫之日本語文」。可謂兩者對「漢文」之認識完全相違。
然而,僅將橋本之變體漢文定義為「未依漢文格式正確書寫之日本語文」,並未充分反映橋本將古事記歸於「和文」而非「變體漢文」之意圖。古事記因其內實之日本語文乃「承襲純粹日本語系統者」——換言之,即以和語為中心之文章——故雖以漢文式書寫,仍未被歸入「變體漢文」。逆向考之,「變體漢文」可歸納為:「未依漢文格式正確書寫之日本語文」且「在語彙・語法上受漢文影響者」。
橋本將同為日本語文之吾妻鏡等歸為「變體漢文」、古事記等歸為「和文」之事實,在窺探橋本之文體觀上極為重要。橋本承認「漢文」為日本語表記法之一,並且在文體分類時,較表記體更優先重視語彙・語法之存在方式。
[注]pp. 6–7
1 峰岸明(一九八六イ)四十六頁、沖森卓也(二〇〇〇)七十一頁、毛利正守(二〇一四)など。この語の、橋本の『国語学概論 下巻』(岩波講座日本文学講座、一九三三年一月)より遡る使用例は報告されていない。但し、矢野龍渓(文雄)の『日本文体文字新論』(報知社、一八八六年)に「漢文変体」の語が見える(なお件の文体について「変体」と形容したものとしては、更に遡って榊原芳野『文藝類纂』(文部省、一八七八年)がある(巻四・官府下行文并上請文))。矢野右掲書では、
此文体モ随分長ク我邦ニ行ハレタルモノニテ、此体モ漢文体ノ如ク転倒シテ、文字ヲ上ニ読ミ登リ又下ニ読ミ下リ、往キツ返リツスル有様ハ漢文ニ似タレトモ、其ノ異ナル所ハ、文字ヲ用フル場合ト文字ノ意味ト、総テ俗ニ従ヒ、大ニ漢文ニ異ナルモノヲ用ヒタルコト是ナリ、彼ノ職原抄杯ハ此文体ノ時代ノモノニテ、東鑑ノ如キハ此時代ノ初メノモノナリ、(七十七頁。読点引用者)
として、御成敗式目の第一条を例に引いている。吾妻鏡を「此時代ノ初メノモノナリ」として文体の発生時期をかなり遅く見ているのが注意されるが、現在の所謂変体漢文への認識と共通するところも大きい。
また、この部分は長連恒『日本語学史』(博文館、一九〇八年)に引用されてもいる(下巻一九三頁~)。橋本の『国語学概論』巻尾の「参考書」欄には矢野の著作は挙げられていないが長の著作は挙げられており(但し『日本語学史』ではなく『日本文章史』)、橋本の「変体漢文」も直接には長に由来するものかも知れない。
なお山田孝雄「日本文体の変遷」(未刊。一九二七年頃執筆か)の欄外メモに「変体漢文」とあり、一見橋本を遡る例かと見えるが、同書の本文部には「記録体」「史部の文」などの呼称はあっても「変体漢文」の語は一切見えないので、むしろこの欄外メモ部は後年の、橋本の記述を承けてのものと見るのが妥当と考えられる(田中・藤本・北崎(二〇一五)参照)。
2 以下、頁数は『橋本進吉博士著作集 第一冊』(岩波書店、一九四六年)に拠る。
3 小林芳規「平安時代の平仮名文の表記様式(二)」(『国語学』四十五、一九六一年)、築島裕『国語の歴史』(東京大学出版会、一九七七年)など。
4 なお『大辞泉』(小学館)や『古語林・古典文学事典』(大修館書店)の庭訓往来の項でもこの表現が用いられており、それを承けてか、林望『日本語の磨きかた』(PHP新書、二〇一四年)の庭訓往来の説明部分(十五頁)や、日本語版ウィキペディアの庭訓往来の項(平成二十七年十一月二十三日閲覧)等複数のウェブサイトでもこの語が用いられている。言わば「庭訓往来=擬漢文」という公式が『広辞苑』によって権威づけられて普及していったものと覚しく、術語の伝播の在り方として興味深い。
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注 1:峰岸明(1986イ)46 頁、沖森卓也(2000)71 頁、毛利正守(2014)等。此語在橋本《國語學概論 下卷》(岩波講座日本文學講座,1933 年 1 月)之前的使用例,未見報告。但矢野龍溪(文雄)《日本文體文字新論》(報知社,1886 年)中可見「漢文變體」一語(另,將此種文體形容為「變體」者,更可上溯至榊原芳野《文藝類纂》(文部省,1878 年),卷四・官府下行文并上請文)。矢野前揭書云:
此文體已長期於我國行用,此體亦如漢文體之倒裝,文字往上讀、又往下讀,往返迂迴之狀貌雖似漢文,然其相異處在於:用字之場合與字義均悉從俗,與漢文大相異趣。彼《職原抄》之類即此文體時代之物,《東鑑》之類則為此時代之初期作品。(77 頁。讀點為引用者所加)
並援御成敗式目第一條為例。將吾妻鏡視為「此時代之初期作品」,對文體發生時期之認定相當晚,值得注意;但與現今所謂變體漢文之認識亦有頗多共通處。
又,此段亦見於長連恆《日本語學史》(博文館,1908 年)之引用(下卷 193 頁起)。橋本《國語學概論》卷尾「參考書」欄中並未列入矢野著作,但有列入長之著作(不過所列為《日本文章史》而非《日本語學史》),故橋本之「變體漢文」直接淵源或可上溯至長。
另,山田孝雄〈日本文體之變遷〉(未刊。或於 1927 年前後執筆)之欄外備註中有「變體漢文」字樣,乍看似為較橋本更早之例,但同書本文部分中只見「記錄體」「史部之文」等稱呼,並無「變體漢文」一語,故此欄外備註當視為後年承襲橋本記述者較為妥當(參見田中・藤本・北崎(2015))。
注 2:以下,頁數依《橋本進吉博士著作集 第一冊》(岩波書店,1946 年)。
注 3:小林芳規〈平安時代之平假名文表記樣式(二)〉(《國語學》45,1961 年)、築島裕《國語之歷史》(東京大學出版會,1977 年)等。
注 4:另,《大辭泉》(小學館)與《古語林・古典文學事典》(大修館書店)之庭訓往來條目中亦使用此表現。或承襲此說,林望《磨練日語》(PHP 新書,2014 年)庭訓往來說明部分(15 頁)、日語版維基百科庭訓往來條目(平成 27 年〔2015〕11 月 23 日閱覽)等多個網站中亦使用此語。可說是「庭訓往來=擬漢文」此一公式,藉《廣辭苑》之權威化而普及,作為術語傳播之樣態頗有趣味。
[参考文献]p. 7
乾 善彦(二〇〇五)「擬似漢文の展相」『国語文字史の研究』八
沖森卓也(二〇〇〇)『日本古代の表記と文体』吉川弘文館
神野志隆光(二〇〇七)「漢字と非漢文の空間―八世紀の文字世界―」東京大学教養学部国文・漢文学部会『古典日本語の世界 漢字がつくる日本』(東京大学出版会)
小松英雄(一九九八)『日本語書記史原論』笠間書院
田中草大・藤本灯・北崎勇帆(二〇一五)「山田孝雄の未刊稿『日本文体の変遷』について」『日本語学会二〇一五年度秋季大会予稿集』
峰岸 明(一九八六イ)『平安時代古記録の國語學的研究』東京大学出版会
峰岸 明(一九八六ロ)『変体漢文 国語学叢書11』東京堂出版
毛利正守(二〇一四)「「変体漢文」の研究史と「倭文体」」『日本語の研究』十ノ一
山口佳紀(二〇〇五)『古事記の表現と解釈』風間書房
《付記》p. 7
本稿は平成二十六年度大学院生研究発表会(平成二十七年一月二十二日、於法文一号館)での発表を基に改稿したものである。また本稿は平成二十七年度日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費、研究課題「変体漢文を中心とする日本語文体史の研究」)による成果の一部である。
(たなか そうた 日本学術振興会特別研究員・PD)
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本文乃基於平成 26 年度(2014)研究所學生研究發表會(平成 27 年〔2015〕1 月 22 日,於法文一號館)之發表所改稿者。又,本文為平成 27 年度日本學術振興會科學研究費補助金(特別研究員獎勵費,研究課題「以變體漢文為中心的日本語文體史研究」)之成果之一部分。
(田中草大 日本學術振興會特別研究員・PD)