平安時代における変体漢文の日常語的性格について ――文体間共通語オク(置)を用いて――
一 調査の方法とその動機p. 11
平安時代の漢字文献の内、特に記録(日次記)や文書(公文書・私文書。またそれに準ずる往来物)、及び一部の典籍において見られる、漢字を専用にして日本語文を綴った(稿者は現在「変体漢文」という術語をこうした文章に限定して用いている)と思しき一連の資料の言語的性格について、特にその語彙の、同時代の他文体との対照ということを通じて、稿者は現在研究を行っている。より具体的に述べると、同時代の和文・漢文訓読文の双方に見られる語彙の内、更に両文体間でその語義・用法にズレや相違が確認される語(稿者はこのような語を「文体間共通語」と呼んでいる(注1))を取り上げ、変体漢文資料においては、それらの語がどのような語義・用法で用いられているか(則ち、和文的なのか、訓読文的なのか、それとも独自のものか)を確認することによって、平安時代の変体漢文の言語的性格を明らかにする一助とせんと試みてきた。この意図によって拙稿(二〇一三イ)・同(二〇一三ロ)・同(二〇一四イ)の三編をこれまでに発表している。これらの論考では、文体間共通語であるオドロク(驚)、ヒサシ(久)、ワヅカ(僅・纔)、アソブ(遊)、サカリ(盛)を取り上げ、それらの各文体での語義・用法を吟味し比較して、以下の如く結論した。
文法・表現
- ~において見られる、…と思しき一連の資料(連体修飾の入れ子)
- 「記録や文書…において見られる、漢字を専用にして日本語文を綴った…と思しき一連の資料」。極めて長い連体修飾節が「資料」を修飾する構造。学術文の典型で、対象を厳密に限定するための入れ子状の修飾。
- ~において見られる=場所・範囲限定(記録・文書・典籍)
- 漢字を専用にして日本語文を綴った=資料の性質
- ~と思しき=「〜と思われる」の文章語(古語形容詞「思し」の連体形)
- 稿者は~用いている/稿者は~呼んでいる(学術文の自己言及)
- 「稿者は現在『変体漢文』という術語を…用いている」「稿者はこのような語を『文体間共通語』と呼んでいる」。「稿者」は論文での自称(「私」「筆者」より客観的)。学術文で「自分の用語の定義・選択を明示する」場面の定型。
- ~を一助とせんと試みてきた(古典的意志、目的+遂行)
- 「平安時代の変体漢文の言語的性格を明らかにする一助とせんと試みてきた」=「〜を明らかにする一助とすべく、試みてきた」。
- ~せんと=「〜しようと」の文章語(古典の意志助動詞「む」の打消・婉曲を残す形)
- 試みてきた=過去から現在に至る継続
- ~によって~を取り上げ、…を確認することによって(多重「によって」)
- 本段落の長文構造。学術文の論証では「方法 1 によって、目的 1 をし、それによって、目的 2 を達成する」という多重連鎖がよく現れる。読み解きには主語と動詞のペアを慎重に対応づける必要がある。
- 則ち(すなわち、漢文訓読体の言い換え)
- 「(則ち、和文的なのか、訓読文的なのか、それとも独自のものか)」。「則ち」「即ち」「乃ち」は「すなわち」の異表記。漢文訓読体の慣行で、田中はあえて古典的表記を選択。
- ~の如く結論した(古典的比況+結論提示)
- 「以下の如く結論した」=「以下のように結論した」。「~の如く」は古典文の比況「如し」連用形、漢文訓読体の慣行。学術文で箇条書き等を導入する際の格式表現。
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平安時代之漢字文獻中,特別是於記錄(日次記)、文書(公文書・私文書,以及準此之往來物)、與部分典籍中所見之,專用漢字以綴成日本語文(稿者目前將「變體漢文」此一術語限定使用於此類文章)此類資料的言語性格——尤其透過其詞彙與同時代他文體之對照——稿者目前正進行研究。更具體言之,於同時代和文・漢文訓讀文兩者皆可見之詞彙中,進一步取用兩文體間之語義・用法可確認有差異或相違者(稿者將此類詞語稱為「文體間共通語」(注 1)),透過確認這些詞語在變體漢文資料中以何種語義・用法被使用(即和文式、訓讀文式、或獨自式),藉此試圖作為釐清平安時代變體漢文之言語性格的一助。基於此意圖,至今已發表拙稿(2013イ)・同(2013ロ)・同(2014イ)三篇。這些論考中,取用文體間共通語之オドロク(驚)、ヒサシ(久)、ワヅカ(僅・纔)、アソブ(遊)、サカリ(盛),審視比較其各文體中之語義・用法,做出如下結論。
1.2 先行調査の結論①②③pp. 11–12
① 文体間共通語の語義・用法という点においては、変体漢文の言語は漢文訓読語よりも和文語と共通する所が大きい。
② 但し、和文における語法の中の和歌的な部分(和歌に影響されたと思しき語法)は、変体漢文には見られない。→変体漢文における語法は単に和文語的というよりも「日常語」的である。
③ 文体間共通語の語義・用法における日常語的要素の大きさは、変体漢文の中でも資料により差異がある。具体的には、一部の文書・典籍に訓読語的語法を多用するものがある。
右の三点について、今後より追究していくべき問題としては以下のようなことが考えられよう。
文法・表現
- ~という点においては(限定的観点の提示)
- 「文体間共通語の語義・用法という点においては」=「〜という観点で見れば」。「点(てん)」を介して議論の限定的範囲を明示。学術文の論述で頻出。
- ~よりも~と共通する所が大きい(程度比較の文章語)
- 「漢文訓読語よりも和文語と共通する所が大きい」=「漢文訓読語より、むしろ和文語に近い」。「所が大きい/小さい」は学術文で程度・度合いを述べる定型。「〜と似ている」より分析的。
- 但し、~には見られない(注意・限定の接続)
- 「但し、和文における語法の中の和歌的な部分(和歌に影響されたと思しき語法)は、変体漢文には見られない」=「ただし〜には認められない」。前段(①)の主張を全面肯定したまま例外・条件を明示する。
- →(矢印)による論理導出
- 「変体漢文には見られない。→変体漢文における語法は…『日常語』的である。」矢印「→」は箇条書き・概念図の論理導出に用いる。学術論文での「事実から含意の導出」を視覚的に示す。
※散文的論述では「したがって」「ゆえに」に相当。 - 単に~というよりも~的である(比較的修正の文章語)
- 「単に和文語的というよりも『日常語』的である」=「単に和文的というよりは、むしろ日常語的だ」。「単に X というより Y」でより精確な特徴付けを提示する論法。X を否定するのではなく、X を含みつつ Y のほうがより本質的だと述べる。
- ~の中でも資料により差異がある(内部多様性の指摘)
- 「変体漢文の中でも資料により差異がある」=「変体漢文という大カテゴリーの内部にも、資料ごとの違いがある」。一群の資料を同質と扱わず、内部多様性を認める研究姿勢の表明。学術論文での慎重な記述態度。
- 追究していくべき問題としては~が考えられよう(今後の課題提示)
- 「今後より追究していくべき問題としては以下のようなことが考えられよう」=「今後さらに追究すべき課題として、以下のようなことが考えられるであろう」。
- ~していくべき=今後継続すべき
- ~が考えられよう=意志形の婉曲提示(「考えられるだろう」)
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① 就文體間共通語之語義・用法此一觀點而言,變體漢文之言語與漢文訓讀語相比,更多與和文語有共通之處。
② 惟和文語法中之和歌性部分(受和歌影響之語法),在變體漢文中未見。→變體漢文中之語法與其稱為和文語式,毋寧為「日常語」式。
③ 文體間共通語之語義・用法中日常語要素之大小,於變體漢文之中亦因資料而有差異。具體言之,部分文書・典籍中亦見大量使用訓讀語式語法者。
關於上述三點,今後更應追究之問題,可考慮如下幾項。
1.3 今後の課題 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲp. 12
Ⅰ(右①に関して)変体漢文の言語については、先学により漢文訓読語的要素と和文語的要素の双方が夙に指摘されているが、変体漢文の言語において、文体間共通語の語義・用法について和文語的(日常語的)要素が現れるという事実は、単に変体漢文の言語的「混淆状態」を改めて示すに過ぎないのか、それとも変体漢文の構造に関わって何らかの意味を有するものであるか。
Ⅱ(右②に関して)変体漢文の語法における和歌的な部分の排斥は、現時点では一語(サカリ)の調査のみからの帰納であるから、これを補強する(あるいは修正する)他の例の提示が望まれる。
Ⅲ(右③に関して)「変体漢文」という一つの文章的カテゴリにおける言語的性格と、資料の種類との関係――より具体的には、変体漢文の中でもどのような資料群乃至具体的資料が和文語的或いは訓読語的であるのか等――の精査・分類。
本稿では、この内のⅡについて、動詞オク(置)という追加例の調査結果によって改めて検討する。
文法・表現
- 右①に関して(文書内参照)
- 「(右①に関して)」=「(上記①に関して)」。「右」は縦書きでの「上・前」の慣行表記。学術文での前述項目への参照定型。
- 夙に指摘されている(先行研究の言及)
- 「夙に指摘されている」=「早くから指摘されている/古くから言われている」。「夙に」(つとに)は文章語、「早くから・以前から」の意。学術文で先行研究の蓄積を尊重しつつ言及する定型。
- ~は単に~に過ぎないのか、それとも~か(二択型問題提起)
- 「〜は単に変体漢文の言語的『混淆状態』を改めて示すに過ぎないのか、それとも変体漢文の構造に関わって何らかの意味を有するものであるか」。 「単に X に過ぎないのか、それとも Y か」は典型的な二択問題提起。論文で「課題」を構造化して提示する論法。X が消極的解釈、Y が積極的解釈。
- ~が望まれる(学術的願望、客観的提示)
- 「これを補強する(あるいは修正する)他の例の提示が望まれる」=「補強・修正する他の例の提示が望ましい/必要だ」。 「~が望まれる」は受身的表現で、論者個人の願望ではなく「学界・研究分野として望ましい方向」を客観的に述べる学術文の定型。
- ~乃至(ないし、文章語の選択接続)
- 「資料群乃至具体的資料」=「資料群、もしくは具体的資料」。「乃至」は法律文・公文書・学術文で「もしくは/または」の意。「あるいは」より格式が高い。
- 本稿では、この内の~について、…検討する(論文の射程提示)
- 「本稿では、この内のⅡについて、動詞オク(置)という追加例の調査結果によって改めて検討する」=「本論文では、上記三課題のうちⅡに焦点を絞って検討する」。 論文の射程・対象を明示する定型。三課題のうちⅡだけ扱うと宣言することで、Ⅰ・Ⅲは別稿に譲る姿勢を示す。
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Ⅰ(關於上述①)變體漢文之言語,先學早已指出兼具漢文訓讀語要素與和文語要素,但變體漢文之言語中,文體間共通語之語義・用法上和文語式(日常語式)要素之顯現此一事實,僅是再次顯示變體漢文之言語「混淆狀態」而已,抑或關涉變體漢文之構造而具有某種意義?
Ⅱ(關於上述②)變體漢文語法中和歌性部分之排斥,現階段僅基於一語(サカリ)之調查歸納,故期待補強(或修正)此論之他例提示。
Ⅲ(關於上述③)「變體漢文」此一文章類別中之言語性格,與資料種類之間的關係——更具體言之,變體漢文之中究有何種資料群或具體資料屬和文語式或訓讀語式等——之精查・分類。
本稿擬就其中之Ⅱ,藉由動詞オク(置)此一追加例之調查結果加以重新檢討。
二の一 和文におけるオクの語義・用法pp. 12–13
露霜の語法(和歌的用法)
前節で挙げたⅡの問題について検討するためには、調査対象とする文体間共通語は和歌における特徴的な語義・用法を有するものである必要があるが、オクという動詞は次の例の如き用法によって、これに相応しいと判断される(注2)。
〔1イ〕心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花(古今集・秋歌下・二七七)
〔1ロ〕さ夜更けて声さへ寒きあしたづは幾重の霜か置きまさるらん(新古今集・冬歌・六一三)
〔1ハ〕秋ちかう野はなりにけり白露の置ける草葉も色かはりゆく(古今集・物名・四四〇)
〔1ニ〕夕さればいとど干がたきわが袖に秋の露さへ置き添はりつつ(古今集・恋歌一・五四五)
則ち、霜や露が発生する、現代語では霜/露がオリル等と表現される所で、オクが用いられている。これは〔1ニ〕の如く涙の比喩になることも手伝って、和歌に頻用される語法であることは周知の通りである。
同時代の仮名書き散文、則ち所謂平安和文においてもこの用法は確認される。その例の殆どは次の〔2イ〜ハ〕の如く文中に出て来る和歌におけるものであるが、〔2ニ〜チ〕のように散文部分に出て来る例も、数は多くないながら存する。なお〔2ニ〕では露が玉のようだと述べているが、〔2ホ〕は逆に、衣装に縫い込んだ玉を露に見立てた記述である(宇津保物語にも同様の比喩あり。吹上下)。
〔2イ〕霜だにもおかぬかたぞといふなれど波の中には雪ぞ降りける(土左日記)
〔2ロ〕しら露のをくを待つ間のあさがほは見ずぞなかなかあるべかりける(大和物語・三十九)
〔2ハ〕かりの別れにあらばこそ 君が夜床も あれざらめ 塵のみおくは むなしくて 枕のゆくへも知らじかし(蜻蛉日記・中巻)
〔2ニ〕秋深き庭の浅茅に、露の色々(の)玉のやうにてをきたる。(三巻本枕草子・一二三)
〔2ホ〕暮れ行くままに月の隈なきに、打ちたる衣どもに、薄物の唐衣の透きたるに、玉を貫き露おかせなどしたるがいとをかしきに、(栄花物語・三十五)
〔2ヘ〕草の上に、行縢(むかばき)などをうち敷きて、上にむしろを敷きて、いとはかなくて夜を明かす。頭もしとどに露おく。(更級日記)
〔2ト〕女郎花色変り、尾花の袖も白みわたりつつ、心細げにうちなびきたるに、露は重げにきらきらと置きわたしたるは、如意宝珠といふ玉かと見ゆ。(狭衣物語・三)
〔2チ〕御前の火たき屋も、埋もれたるさまして、(雪が)今もかきくらし降るさま、こちたげなり。滝口の本所の前の透垣などに降おきたる、見所ある心地して、…(讃岐典侍日記・下)
また、この露霜についての語法は、既に挙げた用例からも見て取れるように、オクを自動詞として用いたものであるという点も注意される(例えば〔1イ〕の例は、小学館新編日本古典文学全集本で「初霜が一面に白く置いて」と訳されている)。
文法・表現
- ~する必要があるが、…と判断される(資格条件+認定)
- 「〜必要があるが、オクという動詞は次の例の如き用法によって、これに相応しいと判断される」。
論文の方法論部分での定型:
- ~する必要があるが=資格条件の提示
- ~と判断される=受身による客観的認定
- ~が発生する、…される所で、…が用いられている(場面定義の連鎖)
- 「霜や露が発生する、現代語では霜/露がオリル等と表現される所で、オクが用いられている」=「霜露が生じ、現代語ではオリルと言うような場面で、(古典では)オクが用いられている」。 同一の場面・指示対象を、現代語と古語で異なる動詞で表すという事実を述べる典型構文。「〜される所」で場面を限定(連体形+名詞「所」)。
- ~も手伝って、…と言える/周知の通りである(複合的証拠提示)
- 「〔1ニ〕の如く涙の比喩になることも手伝って、和歌に頻用される語法であることは周知の通りである」。
- ~も手伝って=「〜という要因も加わって」(要因の累積を示す)
- 周知の通りである=学界での共通認識を確認する慣用句
- 数は多くないながら存する(譲歩+存在の確認)
- 「〔2ニ〜チ〕のように散文部分に出て来る例も、数は多くないながら存する」=「数は少ないものの存在する」。 「~ながら」は古典の譲歩接続「〜であるが」「〜しつつも」の文章語。「存する」は「ある」の文章語。「少ないが、ゼロではない」と例外の存在を確実に提示する慎重な書き方。
- ~と注意される(資料的観察の婉曲提示)
- 「オクを自動詞として用いたものであるという点も注意される」=「〜という点も注目すべきだ/留意されるべきだ」。 「~が注意される」は受身形で「研究上の重要事項として注目される」ことを客観的に提示。「私はこう考える」より控えめ。
- 例:オクの自動詞用法(古典文法上の特殊性)
- 現代語の「置く」は他動詞(「本を机に置く」)が基本だが、和歌の「霜が置く・露が置く」は自動詞用法(霜・露が「降りる/生じる」の意)。主語が無生物(霜・露)でオクが自動詞として機能するのは、和歌特有の語法。本論文の論点の核心。
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欲檢討前節提出的Ⅱ問題,作為調查對象之文體間共通語必須具備在和歌中之特徵性語義・用法,而動詞オク基於下列用例所示之用法,被判斷為適合(注 2)。
〔1イ〕「(白菊花上)初霜置滿」(古今集・秋歌下・277)
〔1ロ〕「夜深聲寒,蘆鶴身上幾重霜置」(新古今集・冬歌・613)
〔1ハ〕「秋近野色變,白露置於草葉」(古今集・物名・440)
〔1ニ〕「日暮袖難乾,秋露相添置(喻淚)」(古今集・戀歌一・545)
亦即,當霜・露發生(現代語表為「霜/露下(オリル)」之處)時,使用了オク。再加以〔1ニ〕之比喻為淚,故知此語法為和歌頻用,乃眾所周知。
同時代之假名書寫散文(亦即所謂平安和文)中,此用法亦見。其例多數如〔2イ〜ハ〕為文中所引和歌中所用,但如〔2ニ〜チ〕散文部分中所見之例,數量不多但確存。〔2ニ〕述露如玉,〔2ホ〕反之,乃將縫入衣裳之玉比作露之記述(《宇津保物語》亦有同樣之比喻,吹上下)。
〔2イ〕《土左日記》「霜不置處,波中卻飄雪。」
〔2ロ〕《大和物語・39》「待白露置之朝顏,未及見便已凋。」
〔2ハ〕《蜻蛉日記・中卷》「君之夜床唯塵置,空虛可知。」
〔2ニ〕《三卷本枕草子・123》「秋深淺茅庭中,色色露珠置(如玉一般)。」
〔2ホ〕《榮花物語・35》「暮月明亮,貫玉於羅衣,露置(裝飾如珠)。」
〔2ヘ〕《更級日記》「夜間野宿,頭上濕露置。」
〔2ト〕《狹衣物語・3》「女郎花變色,露重重晶亮置遍如如意寶珠。」
〔2チ〕《讚岐典侍日記・下》「滝口前透垣等處,雪降置成趣。」
另,由上引諸例亦可見,此露霜語法將オク作為自動詞使用之點,亦值得注意(例如〔1イ〕之例,於小學館新編日本古典文學全集本中譯為「初霜一面白白地置」)。
2.1.2 甲類(抽象目的語)p. 14
右の語法を除くと、和文におけるオクの用法は、基本的には現代語と同様であるように見受けられる。大別すると、対象が具体的であるか抽象的であるかに二分される。具体的であるのは、「炭を重ねをきたるいただき」(三巻本枕・二七七)や「脇息の上に経ををきて」(源氏・若紫)の如く現代語と同様のものであって贅言を要すまい。一方、抽象的なものは、更に(甲)目的語の名詞が抽象的なもの(言葉通りの意味ではオクことが不可能なもの)と、(乙)複合動詞の後項となり相手の動詞に抽象的な意味を付加するもの、則ち補助動詞化しているもの(注3)とに分けられる。以下が甲類の例である。
〔3イ〕仏のいとうるはしき心にて説きおきたまへる御法も、方便といふことありて、悟りなき者は、ここかしこ違ふ疑ひををきつべくなん、(源氏物語・蛍)
〔3ロ〕をかしくもいとほしくもおぼえて、内々に心も知らざりける、恨みをかれんも、罪避りどころなき心地すべければ、(源氏・総角)
〔3ハ〕…わが心は人に違へりかしと思ひ知られながら、今はまして、何の心をく気色か見えむ。(とりかへばや・三)
〔3ニ〕かしこまりをはなはだしうおきたれば、つややかなることはものせざりけり。(蜻蛉・下)
〔3ホ〕女君、「遥かなる所に、頼もしき人々をおき奉りては、いかで」とのたまへば、帥、「さは、『一人まかり下れ』とや。…」(落窪物語・四)
〔3ヘ〕「むげにこそ思ひうむじにしか。などさる者をばをきたる」との給。げにさぞありけむと、をかしうもいとおしうもありし。(三巻本枕・八十七)
〔3ト〕人の隠しすゑたるにやあらんと、わが御心の思ひ寄らぬ隈なく、(浮舟ヲ)落としをきたまへりしならひにとぞ、本にはべめる。(源氏・夢浮橋)
〔3チ〕このこと聞きて後は、わりなく、思しすます蓮の上の御願ひも、さしをかれ、起き臥し乱れて、宰相中将の参りたるを召し寄せて、「左衛門督のさること言ひしは、まことか。いかなることぞ」と問ひたまふ。(夜の寝覚・二)
〔3リ〕年ごとにあまれば恋ふる君がためうるふ月をばおくにやあるらむ(蜻蛉・中)
〔3ヌ〕太政大臣はこの帝の御代に、たはやすくおかせたまはざりけり。(大鏡・一)
〔3イ〜ニ〕のような心理に関わる例と、〔3ホ〜ト〕のような人を置く(住まわせる、また配置する)例が、一つの特徴を成している。〔3リ・ヌ〕のような制度・官職などの設置に関するものは、例は見られるものの少数であり、漢文訓読文での方が例数は多いので、起源としては漢文に影響された用法かも知れない。
文法・表現
- 右の語法を除くと、…と見受けられる(前提除外+観察)
- 「右の語法を除くと、和文におけるオクの用法は、基本的には現代語と同様であるように見受けられる」=「上記の語法を除けば、〜のように見受けられる」。 論述で「特殊例を除外して、一般傾向を述べる」定型。「見受けられる」は受身で客観的観察。
- ~は…に二分される(分類定型)
- 「対象が具体的であるか抽象的であるかに二分される」=「具体的か抽象的かの二類に分けられる」。学術文の分類記述典型。「二分する」は他動詞、「二分される」は受身(その分類が結果として認められる)。
- ~の如く現代語と同様のものであって贅言を要すまい(古典文体)
- 「〜の如く現代語と同様のものであって贅言を要すまい」=「〜のように現代語と同様であって、くどくど述べる必要はない」。
- 贅言を要す=「無駄な説明をする必要がある」
- ~まい=古典文の打消推量「ない/〜ないだろう」
- 更に(甲)…と、(乙)…とに分けられる(さらなる細分)
- 「更に(甲)目的語の名詞が抽象的なもの…と、(乙)複合動詞の後項となり…もの…とに分けられる」。 一段階の分類(具体/抽象)から、抽象側を更に二分する論述。古典中国語に由来する「甲乙」の階層分類で、学術文の厳密な分類体系を作る。
- 言葉通りの意味ではオクことが不可能なもの(メタ言語的記述)
- 「言葉通りの意味ではオクことが不可能なもの」=「字義通りには『置く』ことができない対象」。 抽象的目的語の定義。「疑い」「恨み」「心」などは物理的に「置く」ことはできない、しかしオクと共起する。比喩・派生用法の存在を分析する。
- 則ち補助動詞化しているもの(語彙→文法の転化)
- 「複合動詞の後項となり相手の動詞に抽象的な意味を付加するもの、則ち補助動詞化しているもの」。 補助動詞化=もとの語彙的意味(「置く」)が薄れて、文法的機能(時制・アスペクト等の付加)を担う変化。「〜しておく」の「おく」がその例。言語の文法化の典型。
- ~が一つの特徴を成している(特徴付けの慣用)
- 「〔3ホ〜ト〕のような人を置く例が一つの特徴を成している」=「〜が特徴の一つとなっている」。 複数例を観察したうえで、共通項を特徴として認定する記述。学術文での「特徴の抽出・命名」の定型。
- ~かも知れない(控えめな仮説提示)
- 「起源としては漢文に影響された用法かも知れない」=「起源としては漢文の影響を受けた用法かもしれない」。 学術文での仮説提示。「〜である」と断定せず「〜かも知れない」と婉曲に述べることで、確証のない推論であることを示す。
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除上述語法外,和文中之オク用法基本上似與現代語相同。大別之,依對象為具體或抽象而二分。具體者,如「炭重置之頂」(三卷本枕・277)、「脇息之上置經」(源氏・若紫)等,與現代語同樣,無須贅言。一方,抽象者更進一步分為(甲)目的語名詞為抽象之物(字面上不可能オク者)與(乙)作為複合動詞後項而為對方動詞附加抽象意義者,亦即補助動詞化者(注 3)。以下為甲類之例。
〔3イ〜ニ〕涉及心理(疑、恨、心、敬畏)之例,引自源氏物語・蜻蛉日記・とりかへばや。
〔3ホ〜ト〕「人を置く」(使住、配置)之例,引自落窪物語・三卷本枕・源氏・夢浮橋。
〔3チ〕「願をさしおく」(將願置之不顧),引自夜の寝覚・2。
〔3リ・ヌ〕「閏月をおく」「太政大臣をおく」等制度・官職設置之例,引自蜻蛉・中、大鏡・1。
〔3イ〜ニ〕之心理相關例,與〔3ホ〜ト〕之「人を置く」(使其住、又配置之)之例,構成一個特徵。〔3リ・ヌ〕之制度・官職等設置相關例雖見,但數量少,且漢文訓讀文中例數較多,故起源上或屬受漢文影響之用法。
2.1.3 差し置きの用法(〜オキテ)pp. 14–15
また甲類の中には、派生が進んで「(現代語の)差し置く」の意味で用いられるものがあり、現行の辞書類でも項目を別に立てる場合がある(「措」の字が充てられる)。次の〔4〕諸例がそれに当たろうが、〔3〕の諸例とは必ずしも截然と分かたれない。
〔4イ〕左右のおとどたちををき奉りては、おはせぬ上達部なし。(三巻本枕・四十二)
〔4ロ〕この大将は、春宮の女御の御兄弟にぞおはしける。大臣たちををきたてまつりて、さし次ぎの御おぼえいとやむごとなき君なり。(源氏・藤袴)
〔4ハ〕「心ざしはありながら、女御かくてものしたまふををきて、いかがもてなさまし」など、忍びてのたまひけり。(源氏・真木柱)
〔4ニ〕兄の大納言の、さのみおされたまはんもいとほしく、世をも恨みたまはず宮仕を勤め、才もおはする人の、つと世に仕へたまはんをおきては、いかでかはと思しめす。(栄花・三十九)
〔4ホ〕わがためにつらき人をばおきながらなにの罪なき世をや恨みむ(大和・一〇五)
〔4ヘ〕…帝の御心掟を、世人も目もあやにあさましきことに申し思へり。一の御子おはする女御ををきながら、かく御子もおはせぬ女御の后にゐたまひぬること、やすからぬことに世の人なやみ申して、(栄花・二)
〔4ト〕この院の宮たちぞ、その次の世にはかならず立ち出でたまはん。ただしその御時の摂政、関白、われ祖父なり、それををきて、いみじからん今の摂政の大臣、内大臣、もしは大蔵卿などや立出で心地つかむ、それらはいとやすし」(栄花・十六)
〔4チ〕「昨夜も、かくてぞ御覧ぜられけめ」と思ふに、年月ごろのことどもはおかれ、聞きつるさま、我が思ひ暮らしつる心のうち、上の御気色のいちじるかりつるなど、かき尽くしのたまふに、(寝覚・三)
〔4リ〕衛門の督わざと来て、「かうかうのことなむはべる。年ごろになりぬる人を置きながら、かかるありさまを、人もあやしとかならず思ひはべらむ、と思ふ思ふ、さるべきにや、…」(浜松中納言物語・三)
単なる除外の意味でなく多くは「〜を差し置いて」「〜がありながら」の意味で用いられ、基本的に終止せず中止形の形を取る点に特徴がある(『古語大鑑』も、この意味のオクは多く〜ヲオキテの形で出るとしている)。
文法・表現
- 派生が進んで~の意味で用いられる(語義拡張の記述)
- 「派生が進んで『(現代語の)差し置く』の意味で用いられるもの」=「意味の派生が進んで〜の意味で使われるもの」。 派生(はせい)=言語学用語で「ある語から意味が分化・展開すること」。「置く」(基本義)→「差し置く」(除外)への変化。語義拡張・意味分化を述べる学術文の定型。
- 項目を別に立てる場合がある(辞書編集の記述)
- 「現行の辞書類でも項目を別に立てる場合がある」=「現代の辞書では別の見出し項目として立項されることもある」。 辞書学上の処理を客観的に記述。「(A の用法と B の用法は)別語と認められる」と暗に主張する。
- 「措」の字が充てられる(漢字使い分けの記述)
- 「(『措』の字が充てられる)」=「漢字としては『措』が当てられる」。同訓異字の使い分けを示す(「置」と「措」は両方とも「おく」と読むが意味が異なる)。学術文の表記分析。
- ~に当たろうが、…とは必ずしも截然と分かたれない(境界の曖昧性)
- 「次の〔4〕諸例がそれに当たろうが、〔3〕の諸例とは必ずしも截然と分かたれない」=「〜に当たるが、〜とは必ずしも明確には区別されない」。
- ~に当たる=「〜に該当する」
- 截然(せつぜん)=「明瞭・明確に」
- 分かたれない=古典文「分かつ」の受身打消(「区別されない」)
- 単なる除外の意味でなく多くは「〜を差し置いて」「〜がありながら」の意味(意味の精確化)
- 「単なる除外の意味でなく多くは『〜を差し置いて』『〜がありながら』の意味で用いられ」。 「単に〜でなく、より精確には〜」と意味を精緻化する論述。「除外」だけでは不十分で、「差し置いて」「ありながら」というニュアンスがある、と分析。
- 基本的に終止せず中止形の形を取る点に特徴がある(語形分布の指摘)
- 「基本的に終止せず中止形の形を取る点に特徴がある」=「基本的に文末で終止形にならず、中止形(〜オキテ)になる点に特徴がある」。
- 終止形=文末用法(オク。)
- 中止形=文中で動詞を切る用法(オキテ、オキ、…)
中文翻譯
另,甲類之中,派生進一步發展而用於「(現代語的)擱置」之意者,現行辭書類中亦有將其另立項目者(漢字以「措」字當之)。下〔4〕諸例當屬之,但與〔3〕諸例未必能截然劃分。
〔4イ〕《三卷本枕・42》「除左右大臣外,無未在列之上達部。」
〔4ロ〕《源氏・藤袴》「除大臣諸君外,此大將次序之顯赫亦極尊貴。」
〔4ハ〕《源氏・真木柱》「縱使有意,但置女御此種尊貴在側,如何安置?」
〔4ニ〕《榮花・39》「兄之大納言…暫置不顧,豈能置之不論」之意。
〔4ホ〕《大和・105》「對我冷酷之人尚置於不顧,何故怨恨無罪之世?」
〔4ヘ〕《榮花・2》「將有第一皇子之女御擱置,立此無皇子之女御為后,世人皆苦惱。」
〔4ト〕《榮花・16》「除其時之攝政・關白之外,今之攝政大臣、內大臣等何人有此能耐。」
〔4チ〕《寢覺・3》「年月諸事擱置不論」之意。
〔4リ〕《濱松中納言物語・3》「年深之人尚置不顧,竟生此事」之意。
並非單純表「除外」之意,多以「將〜擱置」「〜尚在」之意被使用,基本上不採終止形而採中止形(〜オキテ)之形態,乃此用法之特徵(《古語大鑑》亦言此義之オク多以「〜ヲオキテ」之形出現)。
2.1.4 〜ニオキテハ(〜に関しては)p. 15
また、現代語の〜ニオイテに繋がるものとして、〜ニオキテハの形で「〜に関しては」のような意味を表す例もあるが、例数は多くない。
〔5イ〕大将殿におい奉りては、この家得たまはずとも、いとよくありなむ。(落窪・四)※他一例あり
〔5ロ〕得難き女を得むとせむやうは、世界に、不屑整はず、家かまどなくして、便りなからむ人、道のことにをきては、職事にも入り、登省し、及第し、学問料賜はり、かくかへすがへす、ものはついでを越さず出で立つべきものなり。(宇津保物語・藤原の君)
〔5ハ〕今にをきては、みづからをこそおぼし捨てめ、この人をばなほひとびとしうももてなして見むとはおぼしすべうなむはべる。(寝覚・五)
〔5ニ〕逢ひとぶらひはべりしほどに、その母君、去年の冬亡くなりはべりにしかば、今においてば、またゆづるかたなく、さる雪のなかにいかでかと迎へ出でて、(浜松・五)
〔5ホ〕「いと心憂し。このうちにも、なものしたまひそ。今におきては、まぼりいさめんも無益なり。人の聞き耳、大臣の思さんところもあり。…」(とりかへばや・三)
文法・表現
- 現代語の~に繋がるものとして(語史的接続の指摘)
- 「現代語の〜ニオイテに繋がるものとして、〜ニオキテハの形で…」=「現代語の『〜において』へとつながる形として、〜ニオキテハの形が」。 古語形「ニオキテハ」と現代語形「ニオイテ」の歴史的連続性を指摘する。 言語史研究で「過去の語形と現代語の語形を繋ぐ」定型表現。
- 〜ニオキテハ → 〜ニオイテ(音韻変化と意味継承)
- 古典:ニオキテハ(オク連用形+テ+係助詞ハ)
現代:ニオイテ(オク連用形が音便化「オキ」→「オイ」、係助詞ハ脱落)
意味:両者とも「〜に関しては/〜では」(範囲・観点限定)
「ニオイテ」は元来は「ニオキテハ」だったという語源理解。古典文と現代文の繋がりを示す重要な語法。 - 「〜に関しては」のような意味を表す(意味の現代語訳示し)
- 「〜に関しては」のような意味。古典の「ニオキテハ」を現代語の言い換えで示す。学術文で古語形の意味を現代語で説明する慣用法。
- 例数は多くない(量的限界の明示)
- 「例もあるが、例数は多くない」=「例は存在するが、数としては多くない」。 量的傾向を慎重に示す学術文の常套。「ある」「ない」の二択ではなく「ある、ただし少数」と程度を示す。
- 〔5ロ〕「道のことにをきては」(職事・登省・及第・学問料)
- 『宇津保物語』の引用で、道のこと(学問・教養の道)に関しては、職事に入り、登省し(昇官)、及第し(試験合格)、学問料を賜るべし、と述べる。 平安期の官人としての出世コースを列挙した実用的記述。「ニオキテハ」がテーマ・話題限定として機能している好例。
- 「今にをきては/今におきては/今においてば」(時間限定)
- 「今にをきては」「今におきては」「今においてば」=「今においては/今となっては」。 時間的範囲の限定として用いる用法。古典では「ニオキテハ」のまま、現代では「ニオイテハ」「今においては」に変化。
中文翻譯
另,作為連結至現代語「〜ニオイテ」之形態,亦有以「〜ニオキテハ」之形表現「就〜而言」之類意義之例,但例數不多。
〔5イ〕《落窪・4》「就大將殿而言,縱使不得此家亦無妨。」
〔5ロ〕《宇津保物語・藤原の君》「就學問之道而言,應入職事、登省、及第、賜學問料。」
〔5ハ〕《寢覺・5》「今者,自身雖被棄,此人尤希以體面待之。」
〔5ニ〕《濱松・5》「今者,已無可託付者,故迎入。」
〔5ホ〕《とりかへばや・3》「今者,無益於勸阻。」
2.1.5 乙類(補助動詞・〜シテオク)pp. 15–16
続いて乙類(複合動詞の後項となり補助動詞化したもの)の例を掲げる。「ある状態をそのまま続ける意を表す。前もってしておく場合にも、したままほうっておく場合にもいう」(日本国語大辞典・第二版)、「将来に備えて現在の行為の結果を継続させようとする意図を表す用法」(古語大鑑)と説かれるものであり、現代語の〜シテオクに相当する。幅広い動詞と複合することが判る(注4)。
〔6イ〕「衣着せつる人は、心異になるなりといふ。物一言いひをくべきことありけり」といひて、文書く。(竹取物語)
〔6ロ〕男一人、「御局見おかむ」とて行く後につきて、帯刀見おきて、走り帰りて、「かうかうなむ申しつる。かれが行かぬさきに」とて(人々ヲ牛車カラ)おろす。(落窪・二)
〔6ハ〕「これはきこしめしをきたる事のありしかばなむ。わろかめれば、寿命経もえ書くまじげにこそ」と仰せられたる、いみじうおかし。(三巻本枕・二五五)
〔6ニ〕むかしより、われ生まれける日より、亡くなりたまふまで、思しけるやう、ありけることどもをしるしをきたまへる日記は、肝絶えて悲しきこと数知らず。(宇津保・楼の上下)
〔6ホ〕この御送り仕うまつらせたまふとて、御乳母たち、女房たち、御前にさぶらふべきよしおほせおかせたまひて、(栄花・七)
〔6ヘ〕われをも何とおぼさずとも、三の皇子のおぼしたりしけしき、親子と結び置きつる契りは、身を代へ世を隔てても、変らぬものなりけりと見知りにしかば、(浜松・三)
文法・表現
- 補助動詞化(言語学術語)
- 「複合動詞の後項となり補助動詞化したもの」=「複合動詞の後ろの要素となり、補助動詞として機能するもの」。 補助動詞=もとの動詞としての具体的意味を失い、文法的機能(時制・アスペクト・態など)を担うようになった動詞。 オクの場合:「言ひ置く」「見おく」「記しおく」など、本動詞の後に付いて「〜しておく(事前準備・状態継続)」の意味を加える。
- 「ある状態をそのまま続ける意を表わす」(辞書定義の引用)
- 『日本国語大辞典・第二版』の定義引用。
- 前もってしておく場合=事前準備・予備行為(〜しておく)
- したままほうっておく場合=放置・継続(〜したままにしておく)
- 「将来に備えて現在の行為の結果を継続させようとする意図」(古語大鑑の定義)
- 『古語大鑑』のより精密な定義。
- 将来に備えて=目的・指向性
- 現在の行為の結果=完了状態
- 継続させようとする意図=意志的継続
- ~と説かれるものであり、…に相当する(複数定義の総括)
- 「『〜』『〜』と説かれるものであり、現代語の〜シテオクに相当する」。 二つの辞書定義を引用したうえで、「これらは現代語のシテオクに相当する」と現代語との対応を明示。古典語の意味を現代日本語感覚で把握させる橋渡しの記述。
- 幅広い動詞と複合することが判る(観察結果の提示)
- 「幅広い動詞と複合することが判る」=「広範な動詞と複合することがわかる」。 〔6〕諸例を見ると、言ひオク・見オク・聞コシメシオク・記シオク・仰セオク・結ビオクなどの多様な複合動詞が現れる。補助動詞オクの結合制約が緩い(生産性が高い)ことを示す。
- 〔6ホ〕「おほせおかせたまひて」(敬語+使役+オク)
- 多重敬語の好例:
- おほせ=「仰せ」(言うの尊敬)
- おか=「置か」(補助動詞オクの未然形)
- せ=使役(または尊敬)
- たまひ=尊敬補助動詞
- て=接続助詞
中文翻譯
續舉乙類(作為複合動詞之後項而補助動詞化者)之例。其義據《日本國語大辭典・第二版》:「表持續某狀態之意。事前完成之場合、保持原狀放置之場合皆可」;又據《古語大鑑》:「為備將來而欲使現在行為之結果繼續之意圖之用法」。相當於現代語之「〜シテオク」(〜地保留)。可見其能與廣泛動詞複合(注 4)。
〔6イ〕《竹取物語》「言ひ置く」(先說好留下話)。
〔6ロ〕《落窪・2》「見おく」(先看好(的位置))。
〔6ハ〕《三卷本枕・255》「聞こしめし置く」(先聽聞了解)。
〔6ニ〕《宇津保・樓の上下》「記し置く」(記下並保留下來)。
〔6ホ〕《榮花・7》「仰せ置く」(先吩咐好)。
〔6ヘ〕《濱松・3》「結び置く」(結下並使其持續)。
二の二 漢文訓読文におけるオクの語義・用法pp. 17–18
当時のオクの常用字と見られる「置」字の付訓例及びオクと推読される例を調査した(仏典系資料十二点、漢籍系資料三点、計一三七例)。まず対象が具体的なものである例が次のように存する(注5)。
〔7イ〕然(シ)て後に珠を[於]左の手の願ノ指に懸けて杵を[於]同じ掌に持せよ〈已ノ下更に暫くも置カ不レ〉(西大寺本護摩蜜記 長元八年点 80上 20)
〔7ロ〕其ノ堂ノ中ニ一ツノ立像ヲ置ケリ。(最明寺本往生要集 院政期点 中 88 ウ 2)
〔7ハ〕彼の獄卒は諸の有情を以て無量踰繕那(ノ)三熱の大鐵の鏊の上に置ク。(石山寺本法華経玄賛 古点 6 518)
〔7ニ〕各、[於]其上に名ヲ諡を題シて一をは高山に置キ、一をは水に沈メむ。(神田本白氏文集 天永四年点 4 30)
〔7ホ〕亦(タ)大イナル暴風…大衆を吹キ擲ケテ[於]輪圍山ノ間(アヒタ)に置(ヲ)ク、唯し十地ノ大菩薩等を除(ラ)ク(東寺蔵不動儀軌 万寿二年点 37)
対象が抽象的な例としては、まず甲類の例が次のように見られ、珍しいものではない。
〔8イ〕暗(オグラキ所ニ)丈坑を置(キ)て、為テ牀座を敷き、(東大寺図書館本大乘大集地藏十輪経 元慶七年点 2 318)
〔8ロ〕王聞て震怒(シ)て厳刑に置カム(ト)欲(ホツ)(ス)。(石山寺本大唐西域記 長寛元年点 1 189)
〔8ハ〕夫・者は置イ[之]而天地に塞(フサ)カル[乎]。(金沢文庫本群書治要 鎌倉中期点 7 418)
〔8ニ〕〈…人君・既に賢者を得て之レを[於]位に置キ…〉(金沢文庫本群書治要 3 217)
〔8ホ〕[於]前ノ九ノ轉ノ下ニ各毘邪底ノ言ヲ置(ケ)リ、(注6)(興福寺本大慈恩寺三蔵法師伝 院政期点 3 442)
〔8ヘ〕速(ナル)ことは、心を推シて人の腹(ハラ)に置くに在「リ」。(神田本白氏文集 3 49)
和文で一定数見られる、心理に関する例に近いものとしては、僅かに〔8ヘ〕が見られるのみであったが、これも「谓以至诚待人」(誠意を以て人を遇する)の意といい(漢語大詞典)、和文における「気をつける、遠慮する」の意味のココロオクとは別物である。
和文に見られた除外の意味での例に関係して、次のような例が見つかった。
〔9イ〕大般若経ニ云ク、敬ニ依(リ)テ仏ヲ憶スレハ、必ス生死ヲ出テ、涅槃ニ至ル。此レヲハ置ク。乃至、仏ヲ供養セムカ為ニ、一花ヲ以テ虚空ニ散スルモ亦是(ノ)如シ。又此レヲハ置ク。(最明寺本往生要集 下 10 オ 4)
〔9ロ〕…故に即(チ)能く信受す。復是の事をは置(き)て む。(高山寺本大日経疏 永保二年点 2 199)※「 」部は長治二年点
〔9ハ〕止ムナムタムナム(ヤ)此ノ雑(サフロン)論(オ)ヲ置イテ深(シム)義ヲ論(ロン)ス可シ。(東大寺図書館本法華文句 8 オ 4)
〔9ニ〕彼の、癰を洗ひ、睫を置くか如し、(最明寺本往生要集 上 36 ウ 3)
「置」字の用法としては、イ〜ハは『漢語大詞典』が掲げる「④擱置;放下」(保留する、投げ出す・ほったらかしにする)、ニは同書の「③废弃;舍弃」(捨てる)に相当するものと思われる。〔9イ〕は「いまはこれについては触れない」(『日本の名著4 源信』中央公論社、二六四頁下段)と解釈されている例である。〔9ロ・ハ〕も同様に解釈されよう。また〔9ニ〕は、「目に刺さった逆睫毛を抜いで」(前掲書・九十二頁上段、傍点引用者)と解釈されている。
これらは和文の〔4〕のような例と、意味的な親近性は感ぜられるが、〔9〕諸例では和文のように「〜を差し置いて」「〜がありながら」の意味ではないこと、また、〔9ハ〕を除き中止形にもなっていないこと等、比較的明瞭な差異も存する。
続いて、複合動詞を構成している例について、補助動詞化しているか否かを問わず、確認できたものの全例を以下に掲げる。
〔10イ〕盛(ルル)ニ宝ノ函ヲ以(テ)セリ、斎日ニ到(ル)毎ニ、高台ニ出シ置ク、(興福寺本慈恩伝 4 222)
〔10ロ〕其ノ中ノ衆生(ハ)己(オノ)カ[之]所住ヲ覚セ不、知(シラ)セ不。又復、本処ニ還シ置イタマハムニ、都(スベ)テ人ヲシテ往来ノ想有ラ使(シ)メ不。(最明寺本往生要集 中 39 オ 5)
〔10ハ〕焼供ヲ[於]壇上ノ[之]後(ノチ)に移し置(キ)て。(西大寺本護摩蜜記 80 下 14)※同書に他三例
〔10ニ〕乳木一把〈先(マヅ)に取(ト)り置る所の者也(もなり)。〉(西大寺本護摩蜜記 86 下 1)※同書に他一例
〔10ホ〕其の両の頭を搵シテ鑪の内に擲(ナゲ)け置(ハシ)け。「ナゲ」(高山寺本大日経疏 8 226)
〔10ヘ〕〈正直(ノ)[之]人を挙ケて用(モチ)キ[之]、邪枉(ノ)[之]人を廃(ス)テ置クトキンハ・則其上に服す〉(金沢文庫群書治要 9 210)
併わせて十例、例数が集中している西大寺本護摩蜜記を除くと四資料に各一例と、数はごく少ない。また、乙類に該当する(オクが所謂 put の意味を失って補助動詞的になっている)と判断し得る例としては、〔10ホ・ヘ〕程度しか認められないようである。またこの二例が和文と同様の「将来に備えて現在の行為の結果を継続させようとする意図を表す用法」と言えるかどうかも、判定が難しいが、例数も非常に少なく、漢文訓読語における語法として一般的なものとは見倣し難いと言えよう。
文法・表現
- 付訓例(訓点学術語)
- 「『置』字の付訓例」=「『置』の漢字に訓(オク)が付されている例」。
付訓=漢文訓読資料で漢字に振り仮名(訓)を付すこと。これらの古点本資料を分析することで、古代日本人の漢字読みを復元できる。
推読=訓が直接付されていなくても、文脈から「オク」と読まれたと推定される例。 - 仏典系資料/漢籍系資料(資料分類)
- 仏典系=法華経・往生要集・大日経疏等の仏教書(最も多い)。
漢籍系=白氏文集・群書治要・大唐西域記等の中国古典。
訓読研究では両者で訓読傾向が異なるため、別々に分析するのが常套。 - 「擱置・放下」「废弃・舍弃」(漢語大詞典の項目)
- 『漢語大詞典』(中国語の大型辞典)の「置」字項:
- ④擱置・放下=「保留・置き去り」(〜について処理しない)
- ③废弃・舍弃=「廃棄・捨却」
※〔9〕の例は中国語の④③に対応するが、和文の〔4〕(〜オキテの差し置き)とは異なる。 訓読語の「置」は中国語の語義に近く、和文の派生用法には至らない。 - 意味的な親近性は感ぜられるが…比較的明瞭な差異も存する(学術的比較)
- 「意味的な親近性は感ぜられるが、〜比較的明瞭な差異も存する」=「意味的な近さは感じられるが、明瞭な差異も存在する」。 「親近性 vs 差異」を両方提示する慎重な比較分析。和文と訓読文の関係を「近いが同じではない」と精密に把握。
- ~か否かを問わず(範囲全体の網羅)
- 「補助動詞化しているか否かを問わず、確認できたものの全例を以下に掲げる」=「補助動詞化しているかどうかにかかわらず、すべての例を挙げる」。 学術文の「網羅的提示」定型。「分類はするが、まずは全例を提示する」というデータ提示の透明性を確保する書き方。
- 所謂 put の意味を失って補助動詞的になっている(言語学的観察)
- 「オクが所謂 put の意味を失って補助動詞的になっている」=「オクが英語 put 相当の本来の他動詞的意味を失い、補助動詞となっている」。 言語類型論的な記述。「put」(英語)を媒介に、オク本来の語彙的意味を客観的に示す。文法化(grammaticalization)の現象。
- ~と見倣し難いと言えよう(婉曲的否定結論)
- 「漢文訓読語における語法として一般的なものとは見倣し難いと言えよう」=「〜とは見なし難いと言える/〜とは認めにくいだろう」。
- ~難い=「〜することが困難」
- ~と言えよう=控えめな結論提示
中文翻譯
調查當時オク常用字「置」字之付訓例及推讀為オク之例(佛典系資料 12 點,漢籍系資料 3 點,計 137 例)。首先,對象為具體者之例如下(注 5)。
〔7〕具體對象例:放置珠子於指上、堂中置立像、置諸眾生於鐵盤上、置題名於高山等。引自西大寺本護摩蜜記、最明寺本往生要集、石山寺本法華經玄贊、神田本白氏文集、東寺藏不動儀軌等。
對象為抽象者,首先甲類之例如下,並非罕見。
〔8〕抽象對象甲類例:「置丈坑於暗處」、「置之嚴刑」、「置之於位」、「置毘邪底之語於各轉之下」、「推心置人腹」等。引自東大寺圖書館本大乘大集地藏十輪經、石山寺本大唐西域記、金澤文庫本群書治要、興福寺本大慈恩寺三藏法師傳、神田本白氏文集等。
和文中一定數量可見之心理相關例(如「ココロオク」),於訓讀文中僅〔8 ヘ〕勉強相當,但其義據《漢語大詞典》乃「謂以至誠待人」(以誠意待人),與和文「氣をつける、遠慮する」之意的ココロオク為不同物。
關於和文中所見除外義之例,發現如下例子:
〔9〕除外・捨棄義例:「此レヲハ置ク」(暫不論此事)、「此事置之」、「置雜論論深義」、「洗癰置睫」(洗癰並去除睫毛)。引自最明寺本往生要集、高山寺本大日經疏、東大寺圖書館本法華文句等。
「置」字之用法,イ〜ハ相當於《漢語大詞典》第④義「擱置;放下」(保留、置之不論),ニ相當於同書第③義「廢棄;舍棄」(捨棄)。〔9 イ〕被解釋為「現在不觸及此事」(《日本之名著 4・源信》中央公論社,264 頁下段)。〔9 ロ・ハ〕亦可同樣解釋。〔9 ニ〕被解釋為「拔出刺入眼睛之逆睫毛」(前揭書 92 頁上段,傍點為引用者所加)。
這些與和文〔4〕之例雖感意義之近似性,但〔9〕諸例不像和文之「擱置〜」「〜尚在」之意,且除〔9 ハ〕外亦未呈中止形等,差異較為明顯。
續舉構成複合動詞之例(無論補助動詞化與否),全例如下:
〔10〕複合動詞例:「出し置く」、「還し置く」、「移し置く」、「取り置く」、「擲け置く」、「廢てて置く」。引自興福寺本慈恩傳、最明寺本往生要集、西大寺本護摩蜜記、高山寺本大日經疏、金澤文庫群書治要等。
合計 10 例,扣除例數集中之西大寺本護摩蜜記後僅 4 資料各 1 例,數量極少。又能判斷為乙類(オク失去 put 之意而為補助動詞)者僅〔10 ホ・ヘ〕程度。又此二例能否與和文同樣解為「為將來而欲使現在行為之結果繼續之用法」亦難判定。然例數既極少,可說作為漢文訓讀語之語法,難視為一般用法。
二の三 変体漢文におけるオクの語義・用法pp. 19–20
具体例+露霜の不在
右で確認した、和文・訓読文それぞれの状況を念頭に置いて、変体漢文の例を見ていく。古往来にはオクの用例が殆ど見られなかったため、記録、文書(『平安遺文』所収文書)、典籍を対象とした。調査は平安時代後半(西暦一〇〇〇〜一二〇〇年)を対象に、オクの常用字と見做せる「置」について行った(注7)。
まず対象が具体的なものが、和文・訓読文と同様に一般的に見られる。
〔11イ〕上卿置レ於二右一、披二見一二枚一即奏、入管、(貞信公記・延喜八年六月廿八日)
〔11ロ〕召二官人一令レ置二膝突一、召二外記一問二諸司具否一、(殿暦・長治元年十一月廿二日)
〔11ハ〕更以奉二納此記文一、自二往代一迄二近年一、無二聞納レ置于何処一、不レ知レ伝二与于誰人一、(金剛峯寺官符等奉納状(注8)・平治元年七月一日)
〔11ニ〕取二次巻一読時。読畢。経一尺躍昇。従二軸本一巻還。至二於標紙一。即置二机上一。(法華験記 35)
〔11ホ〕雨ヲ物ニ請入テ被レ置二獄舎一云々、(古事談一ノ七十四)
特記すべきは、和歌に特徴的な語法で、和文の散文部分にも見られた、露霜等についての例は変体漢文には見られないということである。これらの気象現象については「降」が用いられるようである(注9)。唯一、古記録に「左和歌、〈千年経霜能鶴結波置名栖菊能花古會久苅芸被、〉」(九暦・寛治七年正月七日)という例が見られたが、一見して判る通り、和歌の引用部分である。オクの用法からは、変体漢文において、和文に見られる語法の内の和歌的な部分は受け容れられていないと言うことができる。
文法・表現
- 右で確認した、…を念頭に置いて、…見ていく(接続的論述)
- 「右で確認した、和文・訓読文それぞれの状況を念頭に置いて、変体漢文の例を見ていく」=「上で確認した状況を念頭に置きつつ、変体漢文の例を観察していく」。 「念頭に置いて」=「踏まえて」の文章語。前段の論述を承けて新たな対象に視点を移す論述定型。
- 変体漢文の返り点・送り仮名表記
- 変体漢文の例〔11〕は、漢文体で書かれているため返り点・送り仮名が付されている:
- レ=一字返り点(直前の一字を返って読む)
- 二・一=二字以上戻る返り点
- 於・于=置き字(読まない場所表示)
- 露霜等についての例は変体漢文には見られない(§2 のキー発見)
- 本論文の核心的発見。和文(および和歌)には頻出する「霜・露がオク」の用法が、変体漢文では完全に欠落している。
唯一の例外(九暦の例)は和歌の引用であって変体漢文本来の語法ではない。
結論:変体漢文は和文に近いが、和歌的部分は排斥する=「日常語的」性格の証拠。 - 受け容れられていないと言うことができる(断定の婉曲提示)
- 「変体漢文において、和文に見られる語法の内の和歌的な部分は受け容れられていないと言うことができる」=「〜は受け入れられていないと言える」。 「と言うことができる」は「〜と言える」の文章語。学術文で論証結果を慎重に断定する定型。
- これらの気象現象については「降」が用いられる(語の使い分け)
- 変体漢文では霜・露が「降る」と書く(「降」を用いる)。和歌・和文の「霜・露が置く」とは語法が異なる。 訓読では「霜降る」「露降る」と読み、これは現代語感覚にも通じる。 注 9 に「今朝霜降」(後二条師通記)「露甚降」(殿暦)等の実例が引かれる。
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承上節所確認之和文・訓讀文兩者狀況,續觀變體漢文之例。古往來中オク用例幾乎未見,故以記錄、文書(《平安遺文》所收文書)、典籍為調查對象。調查以平安時代後半(西元 1000〜1200 年)為對象,就オク常用字「置」進行(注 7)。
首先,對象為具體者,與和文・訓讀文同樣常見。
〔11〕變體漢文具體例:「上卿置於右」、「召官人令置膝突」、「未聞此記文納置於何處」、「即置机上」、「請入雨水置獄舍」。引自貞信公記・殿暦・金剛峯寺官符等奉納狀・法華驗記・古事談等。
特別值得記錄者:和歌特徵性語法(和文散文部分中亦可見之露霜相關語法),於變體漢文中未見。此類氣象現象,似以「降」字表之(注 9)。唯一於古記錄中見「左和歌,〈千年經霜的鶴結波置(其上)名栖菊之花……〉」(九曆・寬治七年正月七日)之例,但一見即知乃和歌引用部分。從オク之用法可知:變體漢文中,和文所見語法之中的和歌性部分並未被吸收。
2.3.2 甲類・差し置き(〜オキナガラ)pp. 20–21
次いで対象が抽象的なものの例について見る。まず甲類であるが、やはり和文・訓読文と同様に広く見られる。以下に数例を掲げる。
〔12イ〕為二為任朝臣一可レ置レ心之事、令レ戒二子孫一之由、再三被二披陳一、多有二驚レ耳之御詞等一、(小右記・長和三年十一月廿八日)
〔12ロ〕為二公(大)所一申、則是太神宮之所レ被レ仰也、不レ可レ令レ置レ疑、(小右記・長和四年八月三日)
〔12ハ〕郡司此事憑トシハナケレト、依レ無二心置所一、相二具法師一忽上洛、(古事談三ノ十)
〔12ニ〕先例神事与国忌相合内、被レ延レ祭常事也、件日雖(時)不レ被レ置二国忌一、御前僧参被レ行二仏事一、依レ例後卯日被レ行レ祭宜歟者、(御堂関白記・寛弘四年二月九日)
〔12ホ〕天皇、先妣藤原茂〈信能女〉子、贈二皇后位一、置二国忌山陵一、(古事談一ノ七十三)
〔12ヘ〕即県々在民、管々置政、(観智院本注好選 上 36 ウ 2)
これらに加えて、「乍置」の形で、「〜を差し置いて/〜がありながら」の如き意味の語法(和文の〔4〕諸例に相当)の例が一定数見られる。
〔13イ〕又主殿頭近信為二院司一、乍レ置二両三人一、左相府殊以二雅通一令レ従二此役一、遍段(偏頗)無レ極、(小右記・寛弘八年十一月十八日)
〔13ロ〕右兵衛督序代頗不レ得レ心、乍レ置二両大弁一被レ仰レ序者条、世人為レ奇、(中右記・長治元年四月廿四日)
〔13ハ〕乍レ置二大弁一召二他弁一仰二装束事一、不レ可レ然也、(愚昧記・嘉応元年正月九日)
〔13ニ〕奉国忽称二骨肉之由一、乍レ置二券契之理一、恣以非道所二押取一也、(熊野本宮別当大衆等申文案 4949・永保三年九月四日)
〔13ホ〕次守師仲云、何乍レ置二古東屋庄一、新可レ立二渋田公田一哉、(栄山寺別当実経置文 1397・承徳二年八月十五日)
〔13ヘ〕但末貞乍レ置二先日証一、以二後日証一注レ申条、謂不候、(宇佐宮公文所問注日記 2158・大治五年四月十四日)
〔13ト〕後一条院御時、踏歌節会出御之時、乍レ置二三位中将〈師房〉一、大納言斉信卿講二警蹕一之事、権大納言行成卿注二其失錯於扇一、(古事談一ノ四十二)
〔13チ〕今宮ノ后腹ニテ御座スルヲ乍レ被レ奉レ置、争可レ及二異儀一、(注 10)(古事談一ノ九十六)
「差し置き」の語法が和文に見られることは既述の通りである。訓読文でも類例は見られたが、語形から言ってもまた語義から言っても、右の〔13〕の諸例は訓読語よりも和文語的と言って良い。但し、オキナガラは和文にも見られるがむしろ変体漢文において活発に用いられている(A)。この語句におけるナガラには具体的な意味が乏しいと思われる(B)。また先述のように『古語大鑑』は「差し置き」等の意味のオクは多くオキテの形で出る(C)としている。これらA〜Cのことは、拙稿(二〇一三イ)で指摘した、意味的にオドロキテ又はイソイデに相当する所で「乍驚」の形が出る例が、(和文でも見られるが)多くの変体漢文資料で見られることと、共通する現象であるように思われる。要するに、「差し置き」の語法が一定数見られることは和文的な特徴と言って良いと考えるが、それが多くオキナガラの語形を採ることは変体漢文に特徴的な部分と見るべきと考える。
文法・表現
- 「乍置」(さおく、変体漢文の特徴的表記)
- 「乍置」=「置きながら/差し置きながら」の意。
- 乍=漢字「ながら」(同時並行・譲歩)
- 置=オク(差し置く)
※和文では「〜オキテ」が主流(〔4〕参照)だが、変体漢文では「乍置(オキナガラ)」が活発。同じ意味でも語形が異なる。 - ~について見る/…まず~であるが、やはり…広く見られる(並列観察の構文)
- 「次いで対象が抽象的なものの例について見る。まず甲類であるが、やはり和文・訓読文と同様に広く見られる」。 論述の「視点切り替え→部分肯定→確認」の典型構造。「やはり」で予想通りの結果を示す。
- 語形から言ってもまた語義から言っても(多角的論証)
- 「語形から言ってもまた語義から言っても、右の〔13〕の諸例は訓読語よりも和文語的と言って良い」=「形態的にも意味的にも〜と言える」。 「形態」「意味」両面から論証する言語学的な慎重な記述。両面で同じ結論に至るので主張が強化される。
- 但し、オキナガラは…むしろ変体漢文において活発に用いられている(重要な但書)
- 「但し、オキナガラは和文にも見られるがむしろ変体漢文において活発に用いられている(A)」。 先行の主張(〜オキテは和文的)を承けつつ、例外的に変体漢文で活発な語形(オキナガラ)を提示。「但し〜むしろ〜」で重要な逆転を導入。
- A・B・C と命名された論点(学術的整理)
- 三つの観察事項を(A) (B) (C) と命名して整理:
- (A) オキナガラが変体漢文で活発
- (B) ナガラに具体的意味が乏しい(≒形式的接続)
- (C) 古語大鑑によれば差し置きのオクは多くオキテで出る
- 「乍驚」(さきょう)— 拙稿(2013イ)の知見との照応
- 変体漢文には「乍驚」(オドロキナガラ)という語形がよく現れる。本来「驚いて」の意は和文では「オドロキテ」となるはずだが、変体漢文では「乍驚(オドロキナガラ)」が頻用される。
これは「乍置(オキナガラ)」の現象と共通する—和文と意味は同じでも、変体漢文では「乍〜」(〜ナガラ)を選好する傾向がある。
→ 変体漢文の独自の語形選択を示す重要な発見。 - 要するに、…と言って良いと考えるが、…と見るべきと考える(結論の対比)
- 「要するに、『差し置き』の語法が一定数見られることは和文的な特徴と言って良いと考えるが、それが多くオキナガラの語形を採ることは変体漢文に特徴的な部分と見るべきと考える」。
二段階の結論:
- 意味用法 → 和文的
- 語形 → 変体漢文独自
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接著觀察對象為抽象者之例。首先甲類,亦與和文・訓讀文同樣廣泛可見。以下舉數例:
〔12〕變體漢文甲類例:「可置心」(應留心)、「不可令置疑」(不可使生疑)、「無心置所」、「不被置國忌」、「置國忌山陵」、「置政」等。引自小右記・古事談・御堂關白記・觀智院本注好選等。
除此之外,以「乍置」之形(相當於和文〔4〕之「擱置〜/〜尚在」之意之語法)一定數量可見:
〔13〕變體漢文「乍置」例:「乍置兩三人」(在有兩三人時)、「乍置兩大弁」、「乍置大弁」、「乍置券契之理」、「乍置古東屋莊」、「乍置先日證」、「乍置三位中將」、「乍被奉置(今宮)」等。引自小右記・中右記・愚昧記・熊野本宮別當大眾等申文案・栄山寺別當實經置文・宇佐宮公文所問注日記・古事談等。
「擱置」之語法見於和文一事,已如上述。訓讀文中亦見類例,但無論從語形或語義言,上述〔13〕諸例毋寧較訓讀語更接近和文語式。但是,オキナガラ雖亦見於和文,毋寧於變體漢文中活躍使用(A)。此語句中之ナガラ似乏具體意義(B)。又如前述,《古語大鑑》指此義之オク多以オキテ之形出現(C)。A〜C 之事,與拙稿(2013イ)所指出之意義相當於オドロキテ又イソイデ之處出現「乍驚」之形之例(雖亦見於和文,但於諸多變體漢文資料中可見)為共通現象。要言之,「擱置」語法之一定數量可見可謂和文性特徵,但其多採オキナガラ之語形則應視為變體漢文之特徵性部分。
2.3.3 乙類(補助動詞)p. 21
続いて乙類の用例を見る(注11)。これは訓読文には例がない乃至は非常に乏しかったが、変体漢文ではごく普通に用いられ、特に文書において多く見られる(これは〔11〕のような具体的なモノを置くという記述が文書ではあまり必要とされないが故に、相対的に乙類の例の割合が高くなっているのだとも捉えられる)。
〔14イ〕一日申二左相府一、命云、已被レ定置二之日也、不レ可被レ忌二坎日一者、(小右記・長和三年十一月三日)
〔14ロ〕詣二木幡寺一、塔供養雑事行置、(御堂関白記・寛弘四年十二月一日)
〔14ハ〕申云、仰下置可二祗候一由上参二八省一、(小右記・寛仁元年八月七日)
〔14ニ〕子細在二縁起一、後代為レ令レ知二年紀一、略注置也、(僧範好等連署起請文 4576・長徳二年八月廿六日)
〔14ホ〕神社仏寺田等坪坪各被レ定置二之後、至二于今日一更無二相論一之処、(左衛門少志中原資清重勘文 1417・康和元年十月十一日)
〔14ヘ〕存命之時心安可二見置一云々、(本)(古事談二ノ十二)
〔14ト〕大臣蒙レ仰還レ置探題杯(雷)一、取レ笏着二大座一、(本)(九暦・天暦七年十月廿八日)
〔14チ〕近日京中死人極多、出レ置路頭一、疫癘方発、(小右記・長和四年四月十九日)
〔14イ〜ヘ〕のように和文と共通するものと、〔14ト・チ〕のように訓読文と共通するものとがあるが、乙類が非常に頻用されていることや、和文では見られ訓読文では見られない「伝達」に関する〔14ハ・ニ〕の如き例も多数確認されることから、これらは和文的特徴を示していると認めて良いと思われる(注12)。
文法・表現
- ~乃至は…乏しかった(範囲・程度の限定)
- 「これは訓読文には例がない乃至は非常に乏しかった」=「訓読文には例がないか、もしくは非常に少なかった」。
- 乃至(ないし)=「もしくは/〜から〜まで」(学術文・公文書語)
- 乏しい=「少ない」の文章語
- ~が故に、相対的に…が高くなっている(因果と相対化)
- 「具体的なモノを置くという記述が文書ではあまり必要とされないが故に、相対的に乙類の例の割合が高くなっているのだとも捉えられる」。
- ~が故に=「〜であるために」(古典的因果接続)
- 相対的に=「絶対値ではなく、他との比較で」
- 「定置」「行置」「仰下置」「注置」「見置」「還置」「出置」(変体漢文の補助動詞オクの実例)
- 〔14〕諸例の補助動詞用法:
- 定置(さだめおく)=定めておく
- 行置(おこないおく)=行っておく
- 仰下置(おおせくだしおく)=命じておく
- 注置(しるしおく)=記しておく
- 見置(みおく)=見ておく
- 還置(かえしおく)=返しておく
- 出置(いだしおく)=出しておく
- 「伝達」に関する例(〔14ハ・ニ〕の独自性)
- 〔14ハ〕仰下置=命令を下しておく
〔14ニ〕注置=記しておく(後代に知らせるため)
これらは情報伝達・記録保持に関わる用法で、訓読文には見られない。和文には類例があるため、変体漢文と和文の共通性を示す重要証拠。文書という性格上、「将来に伝える」用法が頻出するのは自然。 - ~と認めて良いと思われる(結論の慎重提示)
- 「これらは和文的特徴を示していると認めて良いと思われる」=「〜と認めても良いと思われる/〜と見て差し支えないだろう」。 「認めて良い」は許容的判断。「断定する」より控えめで、「他の解釈も理論上はあり得るが、こう認めるのが妥当」という学術的姿勢。
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續觀乙類用例(注 11)。此於訓讀文中無例或極乏,但於變體漢文中極為普通使用,尤多見於文書(此或可解釋為:如〔11〕之記述具體物件「置」之必要性於文書中本即不高,故相對而言乙類例之比率變高)。
〔14〕變體漢文乙類例:「定置」(已決定下)、「行置」(執行完畢留下)、「仰下置」(命令傳達下)、「注置」(記錄下來留存)、「定置」(既經訂定)、「見置」(先看好)、「還置」(歸還置之)、「出置」(移出置於路頭)。引自小右記・御堂關白記・僧範好等連署起請文・左衛門少志中原資清重勘文・古事談・九曆等。
有如〔14 イ〜ヘ〕與和文共通者,與如〔14 ト・チ〕與訓讀文共通者。但乙類使用極為頻繁,且如〔14 ハ・ニ〕之「傳達」相關之例(和文中可見、訓讀文中未見之類)亦多有確認。據此可認此等顯示和文性特徵(注 12)。
三 まとめと課題p. 22
前節までで確認したことをまとめると、変体漢文におけるオクの語義・用法は和文と共通し、しかし和文には見られる和歌的な用法は除かれている。これは拙稿(二〇一四イ)のサカリの例など、これまでの稿者の調査結果(→本稿第一節①②/Ⅱ)を補強するものである。Ⅰ・Ⅲについては拙稿(二〇一三ハ)・同(二〇一四ロ)にて私見を述べた部分があるが、なお考究して今後の課題としたい。
変体漢文に現れた言語の性格については、峰岸明氏による「貴族社会を中心として使用された日常口頭語の基盤の上に立った男性知識層の書記言語であろうと推測される」(峰岸(一九八六イ)八十五頁)という主張が夙に有名である。しかしながら、男性知識層の「日常口頭語」とはそもそもどのようなものであったのか、ということについては未だ考究の余地が大きく残されているように思われる。それは、同氏の「古記録の言語は、当代の貴族教養層の言語の中から漢文訓読語を基礎として形成された文章語と理解すべきものであろう」(峰岸(一九八六ロ)二〇五頁)といった記述からは、漢文訓読語的色彩の濃厚なものと見られていると捉えられよう。本稿を含む稿者の研究は、変体漢文の言語的性格に関する、それとは異なる側面に光を当てるものである。なお考究を進めていきたい。
文法・表現
- 前節までで確認したことをまとめると(要約導入)
- 「前節までで確認したことをまとめると、〜」=「前節までに確認した内容を要約すると、〜」。論文末尾の「まとめ」導入定型。「〜と」で要約の主節へつなげる。
- ~は~と共通し、しかし…は除かれている(並列+例外)
- 「変体漢文におけるオクの語義・用法は和文と共通し、しかし和文には見られる和歌的な用法は除かれている」。
本論文の核心結論を一文で要約:
- 共通:和文 ≈ 変体漢文(基本用法)
- 除外:和歌的部分は変体漢文にない
- ~を補強するものである(先行知見の確認)
- 「これは拙稿(二〇一四イ)のサカリの例など、これまでの稿者の調査結果(→本稿第一節①②/Ⅱ)を補強するものである」=「先行調査の結論を補強するものだ」。 新発見が既存の知見を裏付けるという研究の蓄積性を示す。
- なお考究して今後の課題としたい(将来計画の宣言)
- 「なお考究して今後の課題としたい」=「さらに考察を進めて今後の課題としたい」。 「未解決問題を将来に持ち越す」論文末尾の定型。「考究」は学術文の「考察・研究」の格式語。
- 峰岸明氏の主張への対比(先行研究との対話)
- 峰岸明(変体漢文研究の権威)の二つの主張を引用:
- 1986イ:「日常口頭語の基盤+男性知識層の書記言語」
- 1986ロ:「漢文訓読語を基礎として形成された文章語」
- 「未だ考究の余地が大きく残されている」(学術的留保)
- 「未だ考究の余地が大きく残されているように思われる」=「まだ研究の余地が大きく残っているように思われる」。 「未解決問題を提示する」慎重な記述。直接「峰岸は不十分だ」と言わず「考究の余地」と表現することで、先行研究を尊重しつつ自分の貢献を打ち出す学術礼儀。
- ~は~されていると捉えられよう(解釈の客観化)
- 「〜は漢文訓読語的色彩の濃厚なものと見られていると捉えられよう」=「〜と理解されていると把握できるだろう」。
三層の婉曲:
- 見られている=受身(学界での通念)
- 捉えられよう=意志可能形(私はこう把握する)
- それとは異なる側面に光を当てる(学術的位置づけの婉曲表現)
- 「本稿を含む稿者の研究は、変体漢文の言語的性格に関する、それとは異なる側面に光を当てるものである」=「先行研究と異なる側面を照らし出すものだ」。 「光を当てる」=「明らかにする・注目を集める」の比喩的表現。学術文の「自分の研究の独自性を控えめに主張する」定型。「峰岸とは違う角度を提示する」と直接言うより上品。
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綜合前節所確認之事項:變體漢文中之オク語義・用法與和文共通,惟和文所見之和歌性用法則被排除。此補強了拙稿(2014イ)所提サカリ之例等,稿者過往調查結果(→本稿第一節①②/Ⅱ)。Ⅰ・Ⅲ於拙稿(2013ハ)・同(2014ロ)中已述部分私見,惟仍當深究,留作今後之課題。
關於變體漢文所現之言語性格,峰岸明氏之主張:「以貴族社會為中心使用之日常口頭語為基盤之男性知識層之書記語言,可推測之」(峰岸(1986イ)85 頁),早已聞名。然而,男性知識層之「日常口頭語」究何所指,似仍有大量考究之餘地。同氏「古記錄之語言,當理解為自當代貴族教養層語言中以漢文訓讀語為基礎所形成之文章語」(峰岸(1986ロ)205 頁)此一記述,可解為將其視為漢文訓讀語色彩濃厚者。本稿在內稿者之研究,乃就變體漢文之言語性格,照亮與此(峰岸見解)相異之側面。仍當繼續深究。
[注]p. 22
1 こうした語を指標として用いることの意義については拙稿(二〇一三ロ)第一節を参照されたい。なお、語形としては和文語と漢文訓読語とで共通するものの、語義・用法といった語としての振舞い方は両文体で異なるということは、実質的にこれもそれぞれの文体にとっての「特有語」であると言うことができる。カネテ(=和文語)/アラカジメ(=漢文訓読語)のように、語形を見るだけで特有語と判断できる語を「顕在的特有語」と呼ぶ時、稿者が扱ってきたような、語義・用法を検討して初めて特有語であると認め得るような語は「潜在的特有語」であると言うことが可能である。「文体間共通語」では、両文体に語形として見られるのみならず、用法上も両文体で大凡共通するような語をも含むように感じられるため、術語としては「潜在的特有語」の方が適当であったかと考えているが、これまでの稿者の論と並べて紛らわしくなることを避けて姑く「文体間共通語」という語を本稿でも用いることとする。
2 以下和文の用例については使用テキスト(稿末参照)の表記に従うが、オク以外の部分については適宜漢字に改める等の処置を行った。
3 複合動詞の例でも、ウツシオク(移置)、ヲサメオク(納置)、カクシオク(隠置)のような語句ではオクは補助動詞化していないと見られるため、乙類には該当しない(文脈により補助動詞化していると判断される場合もある)。
4 東辻保和・岡野幸夫・土居裕美子・橋村勝明編『平安時代複合動詞索引』(清文堂出版、二〇〇三年)では、オクが後項に来る複合動詞は七十種類が挙げられている(乙類に該当しないものも含む)。
5 以下、訓点資料の用例は訳文が公開されているものについてはそれに基本的に従う(稿末の使用テキスト参照)。訳文未公開のものについては稿者が訳文を作成した。
6 印度の言語に関する記述で、「ヴヤティ」という語尾(=毘邪底ノ言)を各々に付すという意味。
7 訓点資料においてオクが付訓された漢字には他に「安」「在」「措」等があるが、変体漢文においてはオクの意味の「安」は基本的に字音語「安置」専用であり、「在」は動詞アリの常用字であり、「措」は「臣下弥何為、無レ方レ措レ身」(小右記・長和四年十月十五日)のように使用例が確認されるが、ごく少数であり用法も固定的(打消語との共起等)かと見られる。本稿ではいずれも検討対象外とした。なお、複合語サシオクの表記に「閣」を用いた例が鎌倉時代に見られる。例えば「何閣二嫡子一、可レと乞二請次男之判行一哉」(藤原光定重綱陳状・建久六年五月・鎌倉遺文 793)の如し。
なお変体漢文の用例中の訓点は、訓点資料である観智院本注好選を除いて、私に差したものである。
8 『平安遺文』の文書番号。文書の例について以下同様。
9 「今朝霜降」(後二条師通記・寛治四年十二月廿四日)、「露甚降」(殿暦・永久五年八月十九日)等。
10 (次の天皇については)后(待賢門院璋子)の子である今宮(後の後白河天皇)を措いて、どうして異論が有り得ようか。
11 「○置」という形は「ーチ」と字音読みされた可能性も否定しきれないが、姑く「ーオク」の用例と見なして調査対象とした。但し、字音読みされたことが先行研究により論証されている「割置(カッチ)」については対象外とした(高橋久子(二〇〇九))。
12 なお柳原恵津子(二〇一二)では、御堂関白記における複合動詞の後項は文法化しない(補助動詞としての用法を持たない)ことが指摘されているが、その数少ない例外の一つとして「置」が挙げられており、今回の調査結果もそれに合致している。
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注 1:使用此類詞語為指標之意義,請參閱拙稿(2013ロ)第一節。又,雖語形上和文語與漢文訓讀語共通,但語義・用法等詞語之表現於兩文體中相異,實質上亦可謂此皆為各文體之「特有語」。如カネテ(=和文語)/アラカジメ(=漢文訓讀語)僅由語形即可判定者稱「顯在性特有語」之時,稿者所處理者,需檢討語義・用法後方能認可為特有語者,可稱「潛在性特有語」。「文體間共通語」似含兩文體於語形上可見且用法上亦大致共通之詞語,故術語上以「潛在性特有語」較為妥當,惟為避免與稿者過往之論並列時混淆,姑且本稿仍用「文體間共通語」一語。
注 2:以下和文用例之表記基本依使用文本(稿末參照),但オク以外部分視情況改為漢字等處置。
注 3:複合動詞之例中,如ウツシオク(移置)、ヲサメオク(納置)、カクシオク(隱置)等語句中,オク並未補助動詞化,故不屬乙類(依文脈而判斷為補助動詞化之場合亦有)。
注 4:東辻保和・岡野幸夫・土居裕美子・橋村勝明編《平安時代複合動詞索引》(清文堂出版,2003 年)中,オク為後項之複合動詞舉有 70 種(含不屬乙類者)。
注 5:以下訓點資料之用例,譯文已公開者基本上從之(參照稿末使用文本)。譯文未公開者由稿者作成譯文。
注 6:印度語言相關記述中,「ヴヤティ」此一語尾(=毘邪底之言)附於各語之意。
注 7:訓點資料中以オク付訓之漢字尚有「安」「在」「措」等,但於變體漢文中,オク義之「安」基本為字音語「安置」專用;「在」為動詞アリ之常用字;「措」雖如「臣下彌何為,無方措身」(小右記・長和四年十月十五日)所見之使用例可確認,但極少數且用法亦固定(多與打消語共起)。本稿皆排除於檢討對象外。又,鎌倉時代見「閣」字用於複合語サシオク之表記之例。如「何閣嫡子,可乞請次男之判行哉」(藤原光定重綱陳狀・建久 6 年 5 月・鎌倉遺文 793)。
又變體漢文用例中之訓點,除作為訓點資料之觀智院本注好選外,乃稿者私下所加。
注 8:《平安遺文》之文書編號。文書例以下同樣。
注 9:「今朝霜降」(後二條師通記・寬治 4 年 12 月 24 日)、「露甚降」(殿曆・永久 5 年 8 月 19 日)等。
注 10:(關於下任天皇)后(待賢門院璋子)之子今宮(後之後白河天皇)之外,何由能有異論?
注 11:「○置」之形雖無法完全否定為「ーチ」之字音讀之可能性,但姑且視為「ーオク」之用例而納入調查對象。但先行研究已論證為字音讀之「割置(カッチ)」則排除於外(高橋久子 2009)。
注 12:又,柳原惠津子(2012)指出御堂關白記中複合動詞之後項不文法化(不具補助動詞之用法),但其少數例外之一即為「置」,本次調查結果亦與之合致。
[参考文献]pp. 23–24
高橋 久子(二〇〇九)「割置考」『東京学芸大学紀要 人文社会科学系Ⅱ』六十
田中 草大(二〇一三イ)「変体漢文の語彙の性格について―文体間共通語「オドロク」の用法調査による―」『訓点語と訓点資料』一三〇
田中 草大(二〇一三ロ)「変体漢文の文体的性格を測る手段について―形容詞ヒサシと形容動詞ワヅカナリを例に―」『日本語学論集』九
田中 草大(二〇一三ハ)「変体漢文の文体的構造についての試案」第一〇九回訓点語学会研究発表会配布レジュメ
田中 草大(二〇一四イ)「平安時代の変体漢文語彙と和文語・漢文訓読語の関係について―語義・用法上の相違がある文体間共通語を用いて―」『国語と国文学』九十一ノ一
田中 草大(二〇一四ロ)「平安時代の変体漢文諸資料間における言語的性格の相違について」第一〇七回国語語彙史研究会配布レジュメ
築島 裕(一九六九)『平安時代語新論』東京大学出版会
峰岸 明(一九八六イ)『平安時代古記録の國語學的研究』東京大学出版会
峰岸 明(一九八六ロ)『変体漢文 国語学叢書11』東京堂出版
柳原恵津子(二〇一二)「自筆本『御堂関白記』に見られる複合動詞について」『中央大学文学部紀要』二三九(言語・文学・文化一〇九)
[使用テキスト及び索引]p. 24
【和文】小沢正夫・松田成穂(一九九四)『古今和歌集 新編日本古典文学全集 11』小学館/山田忠雄(一九五八)『竹取物語總索引』武蔵野書院/大野晋・辛島稔子(一九七二)『伊勢物語』明治書院/平林文雄(一九七五)『土左日記 本文及び索引』白帝社/塚原鉄雄・曾田文雄(一九七〇)『大和物語語彙索引』笠間書院/曾田文雄(一九八五)『「平中物語」研究と索引』渓水社/佐伯梅友・伊牟田経久(一九八一)『かげろふ日記総索引』改訂新版、風間書房/室城秀之ほか(一九九九)『うつほ物語の総合研究』勉誠出版/松尾聰・江口正弘(一九六七)『落窪物語総索引』明治書院/榊原邦彦(一九九四)『枕草子 本文及び総索引』和泉書院/東節夫・塚原鉄雄、前田欣吾(一九五九)『和泉式部日記總索引』武蔵野書院/池田龜鑑(一九八四〜一九八五)『源氏物語大成』普及版、中央公論社/佐伯梅友、石井文夫、青島徹(一九九九)『紫式部日記用語索引』改訂増補・復刻版、牧野出版/高知大学人文学部国語史研究会(一九八五〜一九八七)『栄花物語 本文と索引』武蔵野書院/池田利夫(一九六四)『濱松中納言物語總索引』武蔵野書院/東節夫・塚原鉄雄、前田欣吾(一九五六)『御物本更級日記總索引』武蔵野書院/鎌田廣夫・相澤鏡子(一九九八)『讃岐典侍日記 本文と索引』おうふう/阪倉篤義・高村元継・志水富夫(一九七四)『夜の寝覚総索引』明治書院/塚原鉄雄・秋本守英・神尾暢子(一九七五)『狭衣物語語彙索引』笠間書院/鈴木弘道(一九七七)『とりかへばや物語総索引』笠間書院
※基本的に索引の底本に拠ったが、浜松中納言物語と狭衣物語は新編日本古典文学全集(小学館)の本文に拠った。また用例の提示に際しては漢字への改めや句読点の挿入などを適宜行った。
【漢文訓読文】築島裕『訓點語彙集成』汲古書院、二〇〇七〜二〇〇九年/東大寺図書館本大乘大集地藏十輪経元慶七年点…中田祝夫(一九五四)『古點本の國語學的研究』講談社(改訂版は勉誠社、一九七九年)/石山寺本法華経玄賛淳祐古点(九五〇頃)…中田(一九五四)/石山寺本法華経義疏長保四年点…中田(一九五四)/天理図書館・京都国立博物館本南海寄帰内法伝長和五年頃点…大坪併治(一九八六)『訓点資料の研究』風間書房/月本雅幸(一九八〇)「東寺蔵不動儀軌万寿二年点」『訓点語と訓点資料』六十五/小林芳規(一九五四)「西大寺藏本 護摩蜜記長元八年訓點の訓讀文」『訓点語と訓点資料』一/西崎亨(一九九二〜一九九八)『「法華文句」古点の国語学的研究 東大寺図書館蔵本』桜楓社/高山寺本大毘盧遮那成仏経疏 永保二年・長治二年点…高山寺典籍文書綜合調査団(一九八六)『高山寺古訓點資料 第三』東京大学出版会/築島裕・坂詰力治・後藤剛(一九八八〜二〇〇三)『往生要集 最明寺本』汲古書院/太田次男・小林芳規(一九八二)『神田本白氏文集の研究』勉誠社/築島裕・石川洋子(一九九〇・一九九二)「山岸文庫蔵「史記孝景本紀第十一」影印」「山岸文庫蔵「史記孝景本紀第十一」訳読文・索引」『実践女子大学文芸資料研究所別冊年報』一・二/石山寺本大唐西域記 長寛元年点…中田(一九五四)/築島裕(一九六五〜一九六七)『興福寺本大慈恩寺三蔵法師傳古點の国語学的研究』東京大学出版会/高野山龍光院本妙法蓮華経院政期点…大坪(一九八六)/小林芳規ほか(一九九六)『宮內廳書陵部藏本群書治要經部語彙索引』汲古書院
【変体漢文】(記録)貞信公記、九暦、小右記、御堂関白記、後二条師通記、中右記、殿暦、愚昧記(いずれも大日本古記録(岩波書店)本に拠った)/(文書)『平安遺文』(東京堂出版)所収文書の西暦九〇〇〜一二〇〇年分/(典籍)鈴木恵(一九八二)「眞福寺本「將門記」漢字索引」『鎌倉時代語研究』五/宇都宮啓吾(一九九五)「天理大学附属天理図書館蔵『日本往生極楽記』訓点語彙索引」『鎌倉時代語研究』十八/藤井俊博(一九九六)『大日本国法華経験記 校本・索引と研究』和泉書院/後藤昭雄、池上洵一、山根對助(一九九七)『江談抄中外抄 富家語 新日本古典文学大系 30』岩波書店/有賀嘉寿子(二〇〇九)『古事談語彙索引』笠間書院/東寺貴重資料刊行会(一九八三)『注好選 古代説話集』東京美術、後藤昭雄(一九八八)『金剛寺本注好撰』和泉書院、馬淵和夫・小泉弘・今野達(一九九七)『三宝絵・注好選 新日本古典文学大系 31』岩波書店/馬渕和夫(一九八五)『探要法花験記』武蔵野書院
※記録、文書の用例は東京大学史料編纂所のデータベースにより検索し、必要に応じて書籍版を参照した。
《付記》p. 25
本稿は第一〇九回訓点語学会研究発表会(平成二十五年十月二十日、東京大学本郷キャンパス)及び第一〇七回国語語彙史研究会(平成二十六年九月二十七日、大阪市立大学杉本キャンパス)にて口頭発表した内容の一部を改稿したものである。質疑応答等の場にて御意見御質問を頂戴した先生方に篤く御礼申し上げる。なお本稿は平成二十六年度日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費、研究課題「変体漢文を中心とする日本語文体史の研究」)による成果の一部である。
(たなか そうた 大学院人文社会系研究科 博士課程三年)
中文翻譯
本稿乃將第 109 回訓點語學會研究發表會(平成 25 年〔2013〕10 月 20 日,東京大學本鄉校區)及第 107 回國語語彙史研究會(平成 26 年〔2014〕9 月 27 日,大阪市立大學杉本校區)口頭發表內容之一部分改稿而成。對於在質疑應答等場合給予寶貴意見・提問之諸位老師,謹致深切謝意。又,本稿乃平成 26 年度日本學術振興會科學研究費補助金(特別研究員獎勵費,研究課題「以變體漢文為中心的日本語文體史研究」)成果之一部分。
(田中 草大 大學院人文社會系研究科 博士課程 3 年)